33.対応
被害を免れた村に、ユージンは対策本部を設けた。
村長の家を借りて、現場対応にあたっていた家令のフォードと合流する。
「去年にも一度、洪水を経験していたため、避難が迅速におこなわれたことが不幸中の幸いです」
農民たちは皆、近くの山へ避難していた。
ただ村ごとに散り散りになっているため、逃げ遅れがいないかなど、最終確認にはまだ時間を要する。
「土手などの対策のおかげで、冠水エリアは想定内ですが……」
「雨が上がるまで安心はできませんね。水魔法の使い手は確保できてますか?」
「いつでも動けるよう、待機させています」
魔法は便利な力だが、自然災害に太刀打ちできるものではない。
ただ小型の船なら転覆を防げたり、急流でなければ一定の効果を得られた。
水魔法の使い手がいるだけで、水害時は救援が捗る。
「水の勢いが安定次第、船に乗って冠水エリアに人が残っていないか見回りをお願いします。少しでも異変を感じたら引き返すように言い含めてください。皆、自分の命を最優先に」
「かしこまりました」
今後の方針について、フォードと確認を重ねていく。
同時にユージンは、救援に必要なものを概算し、書類をつくった。
「近隣の領地、公爵領へ支援を要請します」
今必要なもの、あとから必要になるもの。
時系列ごとに書き出し、まとめた書簡を使者に渡した。
災害時には相互扶助の決まりがあり、支援を求められる。
テキパキと事務作業をこなすユージンを見て、フォードが感心する。
「わかってはいたつもりでしたが、領主様がおられるだけで進行が段違いです」
「すみません、今まで任せっきりで……」
「いえ、家令として、もっと精進せねばと思った次第です」
やることは同じでも、ユージンとフォードの違いは、遠慮がないことだ。
身分によるところが大きいけれど、特にユージンは文官として「必要なものは申請する」という行為が身に付いているため、迷いがなかった。
「今はスピードが勝負ですからね。悩むのは後回しです」
人命が最優先。
出せるものは全て出す。
「その分、あとからダメなところが浮き彫りになると思うので、持ち上げていただくと落胆が大きくなりますよ」
「既に私が他に手を回せているので、杞憂です」
だったら良いんですが、とユージンは頭を掻く。
去年はフォードが取り仕切ってくれたおかげで、被害を最小限にできた。
ユージンとしては彼の邪魔をしないよう、少しでも助力できる立ち回りを念頭に置いていた。
子爵領に関しては、彼が誰よりも熟知している。
(書類では、人間関係の機微まではわからないから)
農民会議でご老体がフォードにも物申したのは、これが理由だ。
村々で集まって避難してもらうとき、相性を知っていると知らないでは、労力に差が出る。
人々の感情への作用も大きい。
「現場のことはフォードさんに任せるのが一番だと考えています。不足があれば僕が手配しますので、何でも相談してください」
「ありがとうございます、心強いです」
「むしろ心強いのは僕のほうですよ。頼りにしています」
できるだけ早く、ユージンも同じレベルに到達するのが課題だ。
家令として、子爵領の内政と外政を司るバートとフォードは、目標そのものだった。
寄せられる情報の確認と調整、対策本部で密度の高い時間を過ごしていると、あっという間に日が落ち、朝を迎える。
窓から陽光を見た瞬間、ユージンは、かつてないほど日の恵みを感じた。
雲と雲の間から射し込む光芒。
誰ともなく、光に向かって祈りを捧げる。
――さぁ、雨が上がった。
フォードと顔を合わせるなり、互いに気合いを入れる。
「ここからまた一段と慌ただしくなりますね」
「お休みいただきたいのは山々ですが、領主様にもご助力お願いいたします」
否はもちろんない。
人の動きが増える分、情報が一気に寄せられた。
緊急度合いによって処理するわけだが、皆が皆、勝手を理解しているわけではなく。
「手伝いの人間が来ました!」
「届いた物資の管理はどこで?」
「確認したいことがあるんですけど!」
朝から、騒がしさは増していくばかりだった。
ユージンも声を張り上げながら、動線を整理していく。
誰が、どこで、何をするのか。
人の往来で、外でも中でも土のにおいがする。
全員の足元が泥で汚れていた。
ユージンも例に漏れず、気付いたら汗だくで、昼食を取るのも忘れてペンを走らせていた。
見かねた近衛騎士のウェストンから、ハムを挟んだパンを差し出される。
「いい加減、休んで、水も飲んでください」
「ありがとう! ごめん、失念してた」
飲食もそうだが、一番上の人間が、率先しなければいけないことがあった。
時には休む姿を見せないと、他が気を遣って休めない。
(文官のクセが抜けてないな)
ここでのユージンは部下ではなく、上司なのだ。
◆◆◆◆◆◆
雨が長続きしなかったおかげで、四日後には現場を視察できた。
近衛騎士のウェストンとイールを連れて、ユージンは落ち着いた川を見ながらフォードの報告を聞く。
「川上で降った雨が直接の原因ではありますが、川の水が溢れたのは、去年の大雨で流された土砂が川底に溜まっていたせいもあるようです」
「自然には流れませんでしたか……」
川が塞がれたり、大きな変化があった場所は土砂を除去したが、人手にも限界があり他は自然に任された。
一般的な対処法であるものの、想定以上に川底に土砂が残ってしまっていた。
「考え得る理由として、通常より重い土砂が流れ着いていた可能性があります」
「岩などではなく、ですか?」
「はい、一見してわかるものなら、誰かしら気付くはずです」
川は、ものを輸送するための「道」でもある。
氾濫したコータリア川も、川上で切った木材を流したり、船を使った運搬がおこなわれていた。
「川底をさらってみないことには、何とも言えないのですが」
「わかりました、堤防の改修と併せて考えましょう」
とはいえ、一日二日でできることではない。
長期的に人手も必要になるため、一旦持ち帰る。
(さすがに僕たちだけじゃ荷が重い)
支援の一つとして、河川の専門家も要請しているので、到着待ちだ。
堤防となる土手へ視線を向けたところで、ユージンは見知った顔を発見した。
ちょうど補修作業が気になっていたのもあり、フォードと別れて移動する。
「リヒュテさん、ご協力ありがとうございます!」
「災害時だ。気にするな」
土手をつくるには、土魔法が役立った。
サーフェスからリヒュテが土魔法の使い手と聞いて、協力を願い出ていた。
魔法は、現象に変化をもたらすものである。
ただ一時的という制約があった。持続時間は、使い手の力量次第。
とはいえ、土壁を出現させれば、その場に土が残る。土を運搬しなくて済むだけでも有難かった。
「サーフェスさんたちも来られてるんですね」
遠目に、レイクブルーの髪が見えた。隣にはネオもいる。
だいぶ距離が離れているので、ユージンが持つ特性の影響はなさそうだ。
二人は身体強化による力で丸太を担ぎ、木材での土台づくりを手伝ってくれていた。
「使えるものは、何でも使え」
「助かります」
子爵領に冒険者ギルドはない。
本来なら、冒険者の協力を仰げる立場にないし、「青き閃光」は客人である。
それでも手を貸してくれる彼らには頭が下がった。
「これもおれたちの自由だ」
冒険者の権利。
彼らが自己責任と引き換えに得ているもの。
文官として派遣された砦でのことが思いだされる。
小さく口角を上げるリヒュテは、間違いなくヒーローだった。
そんな彼が、突如、眉間にシワをつくる。
視線は川へ向けられていた。
「何かいる」




