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03.とある竜騎士の独り言

 仕事内容に目を通したカラクは、面倒だ、と思った。

 人を輸送するのはよくある任務だが、今回はケラブノス公爵の末息子が同乗するという。

 『テナチュールの花弁には指一本触れるな』と社交界で謳われる人物。

 竜騎士は、パートナーである飛竜と生活を共にするため、人里離れた場所で暮らし、パーティーなどには参加しない。

 そんな平民上がりのカラクでも、謳われる文句を耳にしていた。

 貴族への礼儀を不問にされる竜騎士だが、進んで関わりたい相手ではなかった。

 たとえ公爵家に所属する竜騎士であっても。

 竜騎士の所属は、パートナーである飛竜がどこで飼われているかで決まる。

 ただ希少性から、あまり仕事に所属は関係なく、王命によって王国各地を飛び回っていた。

 前妻との子どもたちとは違い、能力の低い末息子を公爵は猫可愛がりしているという。

 ほぼ隠居の身の上ながら、公爵の権威は未だ衰えを知らず、反感を買えば未来はない。

 だが――と動かした視線の先に、飛竜ククルの姿があった。


(舐められるのは(しゃく)だ)


 自分はどう思われたっていい、元より平民だ。貴族とは生まれが違う。

 しかしククルは別だった。


 何よりも強く、尊い生き物。


 飼育されている飛竜の先祖は、元々山の主と崇められ、人間と共存していた種だ。やがて交流が盛んになり、背に人を乗せるようになった。とはいえ、信頼を勝ち取らねばパートナーにはなれず、成竜になっても人を乗せない竜もいる。

 彼らの気高さは変わらず、人と比べるなどおこがましい。

 だというのに、時折、人間社会で権威があるからと勘違いする貴族がいた。自分は飛竜より上だと。笑えるものだ、誰に守られている社会かも知らず。


 飛竜が、山の主と崇められていたのには理由がある。

 他の魔物を牽制してくれるため、人里での被害が少なくなるのだ。ただ山の魔物が減り過ぎると食糧がなくなってしまい、飛竜は住処を移す。

 それを避けるため、人は試行錯誤しながら食糧を献上してきた歴史があった。


 今も構図は変わらない。

 国中を複数の飛竜が飛び回ることで縄張りを示し、空を活動域とする魔物の侵入を防いでいた。

 また飛竜がその場にいれば、食糧となる魔物は近付くのを避ける。

 スタンピードの際は、魔物が興奮状態になっているため効果は少なくなるものの、群れから離れた魔物には覿面だった。

 だから今回もお呼びがかかったのだ。


(全くもって面倒だ)


 飛ぶのが、ではない、貴族の相手をするのが。

 結局カラクはいつも通りに対応し、様子を窺うことに決めた。

 最悪、自分の頭ぐらいいくらでも下げてやると。



◆◆◆◆◆◆



(貴族だな)


 広場の端に立つ二人を認めるなり、そう思う。

 真っ直ぐな姿勢を保ちながらも、騎士のような硬さはなく、佇まいに気品があった。


(なるほど、茶色いバラか)


 バラは公爵家の代名詞である。

 ユージンと名乗った青年が、ケラブノス公爵の末息子だった。

 一見して看破するのが難しいほど、平凡な見た目だ。

 しかし小さな傷一つない肌は瑞々しく、頭から爪先まで手入れが行き届いていた。細身ながらも、どこか余裕を感じさせる姿に位の高さが現れている。

 きっと何も疑うことなく富を享受してきたのだろう。

 ユージンの育ちに興味はないが、ククルの神経を逆撫でする行動だけは避けてくれと願う。甘えきった貴族の息子は、相手が人間でないことを忘れがちだ。

 念のため、対応策を脳内でシミュレーションしておく。

 が、その全ては無駄に終わった。


「動くなよ」


 ぶっきら棒な指示に不満一つ見せず、文官二人は従う。

 上司のほうは以前も運んだことがあった。

 前もって、こちらの調子を聞いていたのかもしれない。

 意外にも公爵家の末息子は、気概を見せた。

 腰は引けているが、正面からククルと向き合う。大概は、上司のように目を瞑り、ククルとの対面が終わるのを待ち望むというのに。

 糸目だからわかりづらいが、ユージンはククルの瞳を認めてさえいた。

 さらに驚いたのは、ククルが興味を示したことだ。

 後ろへ倒れそうになるユージンの背中を支える。

 飛竜がパートナー以外に好意を寄せるのは珍しい。あまりにも懐いて見せるので、つい笛を吹いてしまった。


(お前のパートナーは俺だぞ?)


 姿勢を正させると、予想外のところから黄色い声が上がる。


「かっこいい……!」


 ユージンの表情が輝いていた。

 竜好きに通ずるものを感じ、頷く。


「そうだろう?」

「はい、とても素敵です!」

「ははっ、君は飾らないんだな」


 三十半ばのカラクからすれば、ユージンは一回り以上、年下だ。

 童心に返る姿は愛嬌があり、もっと幼く映った。


(なるほど、ご老公が可愛がるわけだ)


 同時に心配にもなる。

 無垢は美徳とされるが、世間知らずでは困るのだ。

 差し迫った状況ではないといっても、今から向かうのはスタンピードの危険があるところである。

 自分が輸送するのは補助要員であり、邪魔者であってはならない。

 好意的であっても、ユージンの甘やかされて育った坊ちゃん感は否めず、ちゃんと仕事ができるのかは疑問だった。



◆◆◆◆◆◆



(杞憂だったか)


 予定が狂い、不時着を余儀なくされた先で、カラクは抱いていた先入観を振り払う。

 いざというときのため、お互いに準備はしていた。

 自分用のテントを設置しながら、テキパキと荷台を寝台に変形させる文官二人を見る。そこに世間知らずのお坊ちゃんはいなかった。

 一通り支度が整うと、ユージンが様子を見に来る。


「ククルは大丈夫ですか?」

「風に煽られただけだからな、ご覧の通りだ」


 呼んだ? と、何食わぬ顔でククルが顔を上げる。

 思わぬ強風に行く手を遮られたときは困った素振りを見せていたのに、地上に降りた途端、今日の仕事は終わったと羽を伸ばしていた。気楽なものである。


 空には道がないと思われがちだが、海に海路があるように、空にも飛行に適した場所があり、自ずと順路が決まった。

 特に人など生物を輸送している場合は無理ができないため、より安全な空路が選ばれる。

 山風や季節風を念頭に入れて飛んでいたのだが、相手は自然だ、毎回予定通りにことが進むとは限らなかった。


 予定外に町へ近付くと、魔物の強襲と勘違いされたり、家畜が恐慌状態に陥ったりするため、不時着場所として人里は避けなければならない。

 結果、自然しかない場所を選ぶしかなく、一夜過ごすだけでも不便を強いられる。

 というのに、文句を言うどころか、こちらを気遣ってくる坊ちゃんとカラクは目を合わせた。


「そっちはどうだ? 設営には慣れてそうだが」

「人手が足りないときは補給部隊を手伝うので、浅いながらも従軍経験はあるんです」


 聞いて納得する。常時でなくとも、経験の有無は大きい。

 ちゃんと補助要員になるべく、ユージンは派遣されたのだと知る。


「ところで、僕、ククルに食べられないですよね?」


 話している最中も、ククルが鼻先をユージンの頭に付けていた。

 ふんふんと鼻息で、茶色いクセ毛が揺れている。


「安心しろ。パートナーを持った飛竜は人間を食べない」


 どれだけ飢えていても、人を食べるくらいなら餓死を選ぶ。

 それほど飛竜と竜騎士の間で形成される絆は深かった。

 ならよかった、とユージンが上を向くのと同時に、ククルがペロリと舌を出す。

 ユージンの顔面が唾液で濡れるのを目の当たりにしてカラクは笑った。


「お腹空いてたりしませんよね……?」

「多分な」


 一日予定が狂ったところで、大差はない。

 幸い王国は豊かな土地が多いので、食糧に困るのは、畑など持ち主がいる場合だった。

 それよりも、とククルの懐きっぷりにカラクは首を傾げる。

 ユージンは動物に好かれやすい体質らしいが、飛竜は魔物に分類される。それこそ信頼を得るために訓練を続けてきたカラクにとっては、信じがたい光景だ。


(最初に飛竜が交流を持ったのは、ユージンみたいな人間だったのかもな)


 飛竜を山の主と崇めていた時代。

 交流のきっかけについては諸説あり、明確な答えは出ていなかった。

 無条件で動物や魔物に好かれる人間がいるならば、十分考えられる。


(とはいえ、なぁ)


 文官として仕事はできるようだが、ユージンの印象はやっぱり頼りない。

 荒事と無縁なのはその通りのようなので、ククルも庇護欲を掻き立てられたのかもしれなかった。


(俺らが傍にいる間は大丈夫か)


 飛竜を警戒しない人間も、魔物もいない。

 また何かあればククルが真っ先に察知した。

 この世に、飛竜ほど頼りになる存在はいないのだ。

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