27.お礼
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて思ってませんよ」
サーフェスは笑顔を見せてくれるが、招待客が殺到したのは事実だ。
(僕が間に入らないといけなかったのに)
結局、対応を全て任せてしまった。
視線が下がったところで、サーフェスの人差し指が視界に映る。
伸ばされた指で、軽く顎を持ち上げられた。
「こういうときは謝罪より、感謝のほうが嬉しいですね」
「えっ、あ! ありがとうございます、助かりました!」
「はい、どういたしまして」
伝えるべきことを失念していて、自分でも乾いた笑いが漏れる。
「呆れますよね。こんなにグダグダで」
「どこがですか? ちゃんと領民の方と対話されていたじゃないですか。……そうか、もしかしたら理想が高すぎるのかもしれませんね」
ケラブノス公爵家の生まれであることを指摘される。
周りが優秀すぎて、平均値がおかしくなっているのではないかと。
「もっと横柄で一方的な領主がほとんどですよ。自分からするとユージンくんは、もっと力を抜いて良いと思います」
「そうでしょうか?」
うーん、と考えたところで、ずっと立ち話をしていることに気付く。
ここで言葉を尽くしても、お礼にはならない。
「気が利かなくて、すみません。もしよければ続きは部屋で如何ですか?」
「部屋、というのは、ユージンくんの私室ですか?」
「はい――あっ」
またやってしまった。
サーフェスが嫌う誘い方ばかりしていることに血の気が引く。
しかし当人は満面の笑みを浮かべていた。
男性ですら見惚れる顔で頬を緩められると、きらきらと輝いてさえ見える。
「気を許していただけて嬉しいです」
「あの、嫌じゃないですか?」
「何故です? ああ、また元伯爵のことを気にしておられるのですね」
先ほどは顎を支えていた人差し指で、額を突かれる。
「相手によると言ったでしょう? ユージンくんからのお誘いは大歓迎ですよ」
「なら、良かったです。嫌なことを思いださせてないなら」
折角、領地にまで来てもらったからには、良い思い出だけを残したい。
ユージンにとって、子爵領は「家」になるからこそ。
「ホストにここまで気を遣っていただいて不満を言うようなら、客のほうが礼儀知らずですよ。さて、領主の私室がどんなものなのか楽しみです」
今まで貴族とは浅い付き合いしかしてこなかったため、私室を訪れるのははじめてだという。
「期待するほどのものじゃないですよ?」
父親や兄ローレンスの私室に比べて、質素だという自覚があった。
◆◆◆◆◆◆
「いやぁ、期待どおりです!」
「そうですか?」
部屋へ入ってから開口一番の感嘆に、首を傾げる。
もっと豪奢な設えを想像されていると思っていた。
その実、父親はもっと部屋を飾りたがったが、ユージンが落ち着かないという理由で断ったものも多い。
窓際にある一人掛けのソファーを勧める。
小ぶりなサイドテーブルを挟んで二脚あり、座って話をするのにちょうど良かった。
腰掛けながらサーフェスは部屋を見回し、机上の文具に目を留める。
「調度品の数こそ少ないですが、品質は全て最上級品ですね。あちらのペン軸など、魔法杖で使われる木材じゃないですか?」
冒険者は森へ入る機会も多く、装備品の質は命に直結する。
キャリアが長いほど、希少な木材について知見があった。
「ああ、木工品は全て領内のものです。土地柄、森の手入れが必要なので、費用は人件費や加工代だけで済んでいます」
子爵領には平野もあるが、半分以上が森や山だった。
昨今は開拓が進み、平野部も広がっている。
それはそれで問題が出ているものの、木材が入手しやすい土地であるのは確かだ。
「特に魔力の帯びた木は早めに伐採しないと、魔物化してしまいますから」
「トレント」と呼ばれる木の魔物がいる。
魔力の元となる「魔素」が多い地域では、突然変異が起こりやすく、植物を魔物化させることがままあった。
「なるほど、トレントですか。問題になるくらいに、森には魔素が多いと……では魔物も多いのでは?」
「はい、魔物被害から技術者を守るために生まれたのが、このトアイードの町です」
技術者には、医者や薬師も含まれる。
「記録を継承するために、とも言い換えられます」
優れた技術をはじめ失敗談など、後世に役立つ記録を伝えるのが、石壁で囲われた町の役目だ。
「トアイードの建築物に石造りが目立つのは、焼失を防ぐためなんです」
「町を歩いて、漠然と燃えにくくするためかなとは思っていましたけど、背景があったのですね」
城だけでなく、民家も基本石造りだった。
道路も広く取られ、水路がある理由も同じである。
窓から見える市周壁のかがり火が、ぼんやりと町を囲っている。
城主の私室が二階にあるのと、城自体が丘の上に建てられているため、視界が開けていた。
まだ眠るには早い時間なのもあって、民家にも明かりがついている。
それもあと一、二時間すれば消えるだろう。
ぼうっとしかけたところで、サーフェスを招いた目的を思いだす。
今はのんびりしていいときじゃない。
「すみません、話が逸れました。お礼がしたかったのに」
「こうしてユージンくんの時間を頂戴しているだけで十分です」
夜会のときといい、何故こうも慮ってくれるのか。
申し訳なさが勝って、ソファーから立ち上がると、すぐに用意できるものへ手を伸ばした。
「お酒は嗜まれますか? 贈答用のものがあって、王都からも新たに持ってきたので、今なら選びたい放題です」
「おや、嬉しいですね」
有力者向けの手土産といえば酒だった。苦手な人じゃない限り、とても喜ばれる。
急な来客にも対応できるよう、私室には酒用の保管棚さえあった。
棚を開けるユージンの隣に、サーフェスが立つ。
部屋にはないスッキリとした香りが漂ってきて、今夜はじめて彼が香水をつけているのに気付いた。
(別に、何もおかしくないのに)
香りと一緒にサーフェスの体温まで伝わってくる気がしてドキドキする。
先ほどまで、和やかに会話していたはずだ。
体に走る緊張に首を傾げながら、父親から教わったおすすめを告げる。
「いいですね。ネオとリヒュテには内緒にしておかないと」
「三人分ご用意できますよ?」
「ダメです。これは自分へのお礼ですから」
もし渡すならグレードを下げたものにしてくださいと要望される。
「じゃあ、罪悪感を抱かない程度に……二人にも励まされましたから」
サーフェスほど直接的でないにしろ、居てくれるだけで心強かった。
お礼を渡し、今後の予定について訊こうと再度着席したときだった。
サーフェスが一点を見つめる。
その先には、所在なげに棚の出っ張りに立てかけられた、淡いブルーとピンクが表紙の本があった。




