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19.帰宅

 王都の中心街。

 観光の名所でもある広場で、ユージンは、サーフェスたちと別れることになった。

 「青き閃光」はここで下車し、街へ出る。

 挨拶のため、一旦ユージンも馬車を降りた。


(帰ってきたんだ)


 広場にある巨大な噴水を見上げ、実感する。

 噴出される水の高さは、五階建ての建物に相当した。


「見事なものですね」


 サーフェスが目を細めながら感想をこぼす。

 隣で、リヒュテも無言で見上げていた。

 馬車から距離を置いて馬を停めたネオも同じだ。

 自分が生まれ育った町。

 その魅力を知ってほしくて、ユージンは説明を加える。


「この噴水は、繁栄と共栄の象徴なんです」


 水の受け皿となる土台は円形で、外側には等間隔に鉢植えが並んでいる。鉢では、季節の花が噴水に彩りを添えていた。

 円の中心に杯を重ねたような塔が三段あり、果実を模した頭頂部から水が噴射される。杯部分にも噴射口があり、真上から見ても水が描く曲線を楽しめるようになっている。


「土台や杯の支柱に彫刻されているのは、繁栄を意味する植物です。この噴水は、水の葉を茂らす大きな樹木でもあるんですよ」


 なるほど、と頷きながらサーフェスが質問する。


「『繁栄』はわかりやすいですが、『共栄』を示す部分はどこにあるのでしょう?」


 噴水の巨大さからも、建設に費用がかかっているのは明白だ。

 国が富んでいるからこそ、造れたものである。

 旅先案内人が観光客に望む質問をそのままされて、ユージンは頬が緩んだ。


「水が共栄を表しています。噴水の水は、ケラブノス公爵領のものなんです」


 公爵領にある水源地から引かれた水が、噴水に使われていた。

 王家直轄領と公爵領が隣り合い、技術を共有しているからこそ、できることだ。

 王都に次いで、公爵領が栄えているのは周知の事実。

 噴水は、王家と共にあれば、共栄できることを示唆していた。

 サーフェスは目を丸くし、満点のリアクションを返してくれる。


「隣だとはいえ、公爵領から王都まではかなりの距離がありますよね?」


 ユージンに訊ねながら、再び噴水を見上げる。

 陽光で、水しぶきがキラキラと煌めいていた。


「はい、水道橋、地下水路と長い道のりを経て、公爵領の水は、ようやく王都へ辿り着きます」


 王都の住民にとっては、いつもの風景。

 あって当たり前のものだけれど、メンテナンスには両家とも多大な労力を費やしている。

 決して、水を枯らしてはならないからだ。

 整備中、噴水を停めることはあっても、長くて七日ほど。

 共栄の象徴であるが故、水が途絶えることは両家の断絶を意味した。


「王国にとって、大きな意味がある噴水なのですね」


 公爵家がどういう立ち位置であるのかもわかりやすいと、サーフェスは頷く。


「ユージンくんを軽く見た人たちのバカさ加減には笑うしかありません」

「まぁ、この外見ですから」


 そばかす顔の糸目。

 公爵から受け継いだのは碧眼だけで、兄姉たちとは違い、ユージンはいつでも雑踏に紛れられる自信があった。

 頬を掻くユージンを、サーフェスがじっと見つめる。

 目が合ったアメジストの深い色に吸い込まれそうになって、慌ててユージンは顔を逸らした。

 正面からサーフェスの視線を受けとめるのは未だ慣れない。頬がじわじわと熱くなっていく。


(急に顔を背けたのは変だったかな)


 失礼じゃなかったか。

 そう思って、ちらりとサーフェスの様子を窺う。

 気分を害した様子はなく、むしろニコニコ顔だったので、ユージンは胸をなで下ろした。


「サーフェスさんたちは、二か月ほど滞在されるんですよね」

「裁判の日程にもよりますが、そのぐらいの予定です」


 「青き閃光」の面々は、ディアーコノス伯爵の裁判で証言するため王都に来ている。

 王都に冒険者ギルドはない。

 用事が済めば、滞在する理由はなかった。

 だとしても、しばらくは会いたいときに会える。


「もし観光されるなら案内しますよ」

「ええ、ぜひお願いします」


 ユージンがケラブノス公爵の末息子だとわかったあとも、サーフェスたちの対応は変わらなかった。砦のときと同じく、気さくに接してもらえるのが嬉しい。

 友人だと認めてもらえている気がする。

 馬車に乗り込もうとしたところで、リヒュテの大きな手が伸びてきた。ガシガシと頭を撫でられる。別れの挨拶代わりらしい。

 ネオのほうを見ると、軽く手を上げられた。

 応えるよう大きく手を振る。


「じゃあ、また!」


 公爵家と「青き閃光」が滞在する宿泊施設の連絡先を交換して、ユージンは馬車が発進するのに任せた。

 広場から公爵家の屋敷までは二十分ほど。

 早くも帰ってきた安堵感と共に、カッポカッポと馬の足音が心地良く響く。

 なのに。


「どうして、もう寂しいんだろう」


 新しくできた友人たち。

 直前まで、すぐそこにあった温もりも声も届かない。

 窓を覗いても、レイクブルーの髪はもう見えなかった。


「未練がましいにもほどがあるだろ」


 会おうと思えば、また会えるのに。

 上司に言われたとおり、早く元気な顔を両親に見せよう。

 頭を左右に振って、考えを切り替える。


 ある程度、叱られることも覚悟して屋敷へ戻ったユージンを待っていたのは――父親の訃報だった。

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