15.介抱
薄ら意識はあるものの、サーフェスの息は荒かった。
部屋へ戻れば毒消しがあると聞き、引き続き肩を貸しながらサーフェスの部屋を目指す。
ホテルのフロントには、悪酔いしたと伝えておいた。
(伯爵も後遺症の残るものは飲ませないよね)
医者を呼んだほうがいいか確認すると、必要ないと答えられる。
サーフェスは症状の原因について心当たりがあった。
「抵抗を、阻害するため、麻痺薬……あとは媚薬を、混ぜた、みたいです」
呼吸の合間を縫って教えてくれる。
顔が上気しているのは媚薬――興奮剤のせいだった。
(つくづくあくどいなぁ!)
伯爵の思惑を阻止できて良かったと、改めて思う。
性的に人を襲うための薬の存在は、ユージンも知っていた。例に漏れず、悪友から一方的に聞かされた情報だが。
(特級クラスの冒険者に、なんてことを)
対魔物のエキスパートを欲望のはけ口にしようとした伯爵には、憤懣やるかたない。
敬うべき相手を、どうして平然と傷付けられるのか。
全く理解できなかった。
部屋へ着き、教えてもらった薬を飲ませる。
次いで、サーフェスをベッドへ寝かせようとしたところでバランスを崩した。
(まず鍛えるべきは体幹かな)
情けなく、一緒にベッドへ倒れ込んだユージンの目には天井が映った。
はずだった。
「サーフェスさん?」
顔に陰が落ちる。
さらりとクセのないレイクブルーの髪が、ユージンの頬を撫でた。
見上げた先に、とろりと蜜を含んだアメジストの瞳があった。
褒賞式の際、誰もがそこに自分を収めたいと願った瞳が、ユージンだけを映す。
鼻先に熱い吐息がかかっていた。
「あなた、だけが……」
サーフェスの顔が迫る。
甘い瞳に魅入られて、ユージンは動けない。
(避けなきゃ)
このままではぶつかってしまう。
そう思うのに。
目元を赤く染めたサーフェスから目を離せない。
鼻先が触れ合う。
聞こえる心音は、誰のものなのか。
「ああ、やっと」
満たされた息が、ユージンの唇と重なる。
動くにはもう遅く、ぎゅっと目を閉じた。
サーフェスの体温が服越しに伝わってくる。
ドッドッド。
脈動に耳を塞がれた。
次いで、頬に柔らかいものが当たる。
「サーフェスさん……?」
そろりと開けた視界の先で。
サーフェスは頬同士をくっ付けた状態でユージンに体を預け、健やかな寝息を立てていた。
「すー……すー……」
「どうしよう、これ」
体調が心配だったので、看病するつもりでいた。
まさか下敷きになってしまうとは。
サーフェスの穏やかな心音につられ、ユージンも落ち着きを取り戻す。
「まぁ、至近距離で様子を見られると思えば……?」
いいのだろうか。
(そういえばネオさんとも似た状況があったっけ)
あのときはマタタビ効果が働いた結果だったが。
思い返せば、出張の間に色々あったものだ。
自分の心構えについては反省するばかりだけれど、楽しい思い出も多い。冒険者たちと交流を持って、認められたのは心の底から嬉しかった。
(「魔物の使い」かぁ)
「魔性の子」とも呼ばれる特性があったのには驚きだ。
今後、獣人と接する際は気を付けないといけない。
嫌われているのではないと知れたのは良かった。警戒はされるとしても。
「あー、起きてないといけないのに……」
瞼が重くなってくる。
サーフェスの安らかな寝息を聞く限り、毒消しの効果はあったようだ。
(ネオさんのときも寝ちゃったんだよなぁ)
いつものんびりするときは一人だった。
けれど案外、人が傍にいたらいたで、自分は安心してしまうのかもしれない。
体温をはじめ、存在感が眠気を誘う。
ユージンが意識を手放すまで、そう時間はかからなかった。
◆◆◆◆◆◆
翌朝、目覚めたときには、サーフェスがコーヒーを用意してくれていた。
目を擦りながら、おはようございますと挨拶する。
「おはようございます。昨晩は助けていただき、ありがとうございます」
「サーフェスさんが無事なら何よりです。体調はどうですか?」
「大丈夫です。大丈夫です、が」
「が?」
記憶では甘かったアメジストの瞳に、ジロリと睨まれる。
「ユージンくんはもっと危機感を持つべきです。自分が媚薬を飲まされていたことは伝えましたよね?」
「はい、あとは麻痺薬を飲まされたようだと聞きました」
「だったらもっと抵抗すべきでしょう! 襲われていたかもしれないんですよ!?」
実はベッドの上で、太ももに硬いものが当たっていた覚えがある。
生理現象だから仕方ないとスルーしていた。
「でも僕、男ですし」
「伯爵の所業を見た上でよく言えますね!?」
「サーフェスさんも男性が……?」
「知りませんよ! 面倒で、恋愛ごとは避けてきたんですから!」
サーフェスの容姿を見て、納得してしまう。
子どもの頃からさぞモテただろう。
「そういう話ではなく、興奮した人間は何をするかわからないと言っているんです。ネオのときも、されるがままだったそうですね!?」
「あのときは抵抗のしようがなかったんです」
「大声で助けを呼ぶことはできたでしょう!? 近くの部屋には自分もいたんですよ!」
「言われてみれば……!」
人が部屋の前を通りかかるのを待っていたけれど、案外、別室にも声が届いたかもしれない。
同意するユージンにサーフェスは頭を抱える。
「どうして、あなたはそう危機感がないんですか……」
「さすがにないわけでは……昨晩も、服を脱がされそうだったら抵抗しましたよ」
顔を上げ、サーフェスが近付いて来る。
ベッドへ腰掛けると、手首を掴まれた。
そのまま耳元へ唇を寄せられる。
「脱がさなくても、できることはあるんですよ?」
今から試しましょうか? と艶のある声で言われて、即座に謝った。
「僕が悪かったです!」
「今後はもっと相手を警戒するように」
「はい!」
元気よく答えるも、サーフェスとの距離は変わらない。
しまいには、そろりと指先で顎を撫でられる。
喉元に触れられた瞬間、腰が浮いた。カッと、頭に血が上る。
「さ、サーフェスさん!?」
「ユージンくんは躾がいがありそうですね」
「いや、あの、躾はご遠慮願えませんか?」
及び腰でサーフェスを見上げる。
答えは、にっこりとした綺麗な笑みで返ってきた。
加虐心を隠さないサーフェスに、ユージンは降参です、と両手を挙げた。