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14.貴族

 ディアーコノス伯爵の立場を思っての発言だろう。

 しかし支部長の一言は、完全に余計な一言だった。

 上司であるウース男爵は、ユージンと同じ王都生まれ、王都育ちの生粋の貴族である。

 冒険者ギルドの存在は理解しているが、心証が良いとは言えない。彼らは時に、貴族をも手中に収めようとするからだ。

 冒険者ギルドを誘致しない領地の者たちは、国外の勢力に依存する危険性を熟知していた。

 カッと上司が目を見開く。


「貴族の間に平民が割って入るなど言語道断! 君は我が国の歴史を愚弄するつもりか!」


 貴族には誇りがある。

 国の歴史は王家、そして貴族を含めた国民がつくるものだが、貴族は外敵から領民を守り生活を支えている自負があった。

 一部には志のない悪徳貴族もいる。能力が足らない貴族も。けれどそれが全てではないし、領民を守るのは貴族の基本理念だった。

 そこへあとからやって来た人間が、大きな顔をできるほど、国は落ちぶれていない。

 予想外の剣幕に、冒険者ギルドの支部長はたじろいだ。

 きっとここにいる貴族相手には、今まで言い分が通ったのだろう。


「私が男爵だからと軽んじているのかね? 我がウース男爵家は、国民の耳になるようにと、建国当時の国王陛下から直々に爵位を奉じられた家門ぞ!」


 上司の発言通り、ウース男爵家の歴史は古い。

 領地を持たないため男爵の位に留まっているが、歴代文官を輩出し、国に仕えてきた家門である。

 上司は宰相とも親交があるくらいだ。

 これくらい貴族なら常識だった。だから伯爵も上司と対話を試みているのだ。

 目ざとい参加者は、王都への足がかりとして交流を持とうとしていた。上司が社交を任せろと言ったのも、このためである。

 旗色が悪いと察した伯爵は折れた。


「わたしに落ち度があったようだ、誤解を与えてしまった件については謝罪しよう」

「では軟禁にもご了承いただけますね」

「なんっ!?」


 まさかの言葉だった。

 ユージンも内心驚く。

 そして、ここにきてようやく、上司が演技ではなく本気で怒っているのだと悟った。


「騎士を処分しただけでことが済むとお思いですか? 再三言っていますが、ユージンくんは『テナチュールの花弁には指一本触れるな』と謳われる、その人ですよ?」


 テナチュールとは茶色の色彩を持つバラの一種だ。

 容姿端麗な公爵家の末息子であり、花にたとえられる人間がこんなに平凡だと誰が思うか! と、伯爵の目が雄弁に語る。ユージンも同意だった。


(花のたとえは、温室育ちの揶揄でもあるんだけど)


 ニヤニヤした悪友から、このフレーズを聞いたときは耳を疑った。よくもまぁ、ここまで言葉を飾れたものである。

 さすがに軟禁はあり得ないと伯爵は怒気を返す。


「わたしは領地を治めるディアーコノス伯爵家の当主だぞ! そのような横暴を国王陛下が黙っているわけがあるまい!」


 領地での裁量は、領主に任せられる。

 本来なら上司がどうにかできる相手ではない。


「まだ理解されていないようですね。今頃、私が書いた報告書が竜騎士によって届けられ、公爵家を介し、国王陛下の目にも留まっていることでしょう」


 ユージンと上司を運搬するのに一週間かかった飛竜だが、荷物がなければ当然、もっと速く飛べる。

 竜騎士の技量にもよるが、ユージンが伏せっていた日数を考えると、妥当な推量だった。


「王家のよき隣人であり、盟友である公爵の息子が害されたと知って、国王陛下が放置なさるとお思いですか? 少なくとも事実確認のため調査団が編成されるでしょう。冒険者ギルドと癒着し、逃走の危険性がある被疑者を放っておくほど、私は耄碌しておりませんよ」

「わたしは癒着などしていない!」

「そうですか? 先ほどの支部長の発言から、可能性ありと判断させていただきました」


 ひとえに付け入る隙をつくった伯爵が悪かった。

 言いがかりでも可能性があれば、押して通せるのが貴族である。

 もちろん、そのためには根拠が必要だが、ユージンという被害者がいる手前、伯爵に逃げ道はない。


「潔白は、あとから来る調査団にされるがよろしいでしょう。君たちも、次の主人に仕えたい意思があるなら、身の振り方を考えたほうがいいですよ」


 後半は騎士たちに向けられた言葉だ。

 次の主人、というフレーズに、彼らの行動は早かった。

 男爵の指示通り、伯爵を自室へ連れていく。

 伯爵は何か喚いていたが、聞く耳を持つ者は誰もいなかった。損得勘定だけで繋がった関係は、切り捨てられるのも早い。

 そっとユージンは上司に訊ねる。


「代替わりを促されるほどの罪に問われますか?」

「君も自分の立場を今一度自覚しなさい。ケラブノス公爵家の者なら当然の権利です」


 公爵家の人間として誇りがあるなら、そんな言葉は出てきませんよ、と軽く叩かれる。

 指一本触れるなという警告は、上司には通用しなかった。

 社交界において、ユージンは空気という名の爪弾きものだった。父親の保護下にいられるのも、存命中の間だけである。

 だから身の上について軽視する傾向があった。


(僕は、ちゃんと向き合えてなかったのかな)


 知らず知らずのうちに斜に構え、わかったつもりでいたのかもしれない。

 上司の言葉に考えさせられる。

 そんなユージンを見る上司の目には慈愛があった。


「さぁ、私はもう少し場を掌握しますので、ユージンくんは先に帰りなさい」

「はい、何から何までありがとうございます」

「君の行動は、いつだって誰かを助けるためですからね。私も働きがいがありますよ」


 白髪交じりの銀髪を撫で付け、上司は周囲に聞こえる声量で独白する。


「さて、次の伯爵候補について興味がある方はおられますかね?」


 ざっと人々の視線が上司に集中した。

 現当主が退場するなら、次は誰に擦り寄るべきか、気にならない者はこの場にいなかった。

 宣言通り、場を掌握しはじめる上司に舌を巻きながら、ユージンは広間を出た。敵に回すと恐ろしい人である。

 馬車へ向かう途中で、ドウキと遭遇する。


「サーフェスは自力で逃げたみてぇだ」


 休憩室を確認したところ、いた痕跡はあったものの姿が見当たらなかったという。


「逃げられたなら良かったです。ご協力ありがとうございます」

「それはこっちの台詞だ。やけに支部長がアイツに酒を勧めるとは思ってたんだよ。伯爵と席を外したのにも気付けなかった」


 あれだけ人がいて賑わっていたら見逃しても仕方がない。

 聞き捨てならないのは支部長の行動だった。


「支部長は、この件で伯爵とグルだったんですね」

「サーフェスも盲点だったろうよ。支部長は味方だと思ってたからな。オレも残念だぜ」

「上司には僕から報告しておきます」

「おう、何から何まで世話になるな」

「僕のほうこそ、お世話になりっぱなしで」

「ふんっ、今回の件で、十分借りは返せただろうよ」


 バシバシと思いっきり背中を叩かれてつんのめった。

 暴行事件もあり、今後は体を鍛えよう何度目かの誓いを立てる。

 ドウキと別れを告げ、馬車に乗った。

 門へ向かっていた途中、窓から屋敷の庭を見ていて違和感を覚える。

 煌々と照らされていたはずの一部に陰ができていた。

 中庭のそれとは違う。

 咄嗟に御者へ声を張り上げた。


「停めてください!」


 警戒しつつ、御者の目が届く範囲で暗闇を探る。

 そこにレイクブルーの色を認めた。


「サーフェスさん!」


 陰は、潜んだサーフェスによるものだった。

 中庭では故意に暗がりがつくられていたこともあり、警備兵は気に留めなかったようだ。


「んっ……ユージン?」

「大丈夫ですか? 動けるようならお手伝いします」


 生憎、回復薬の類は持ち合わせていない。夜会には必要ないものだ。

 サーフェスに肩を貸し、ユージンはホテルへの帰路に就いた。

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