13.奮闘
(それでも)
未熟な自分でも。
父親に頼りっぱなしでも。
温室育ちのお坊ちゃんでも。
(やれることがあるなら……!)
持っていたグラスを煽り、シャンパンを口に含む。
無作法に、溢れて顎を伝うのもそのままにして、サーフェスとディアーコノス伯爵の前へ躍り出た。
「あれぇ~? 誰かいるんれすか~?」
酔っ払ったふりをして近付く。
見るとサーフェスは、伯爵に抱きしめられるようにして立っていた。
上気した表情は険しく、嫌悪に満ちている。
片や、伯爵は。
(うわっ、最低だ)
頬ずりする勢いでサーフェスへ顔を寄せ、片手でサーフェスの内股を撫でていた。
そっち方面の経験がないユージンでも状況を察する。悪友のせいで耳年増なのもあった。
酔っていても、おぞましさから酔いが覚める光景に、演技を忘れそうになる。
「何だね、きみは!」
「あ~! サーフェスさんじゃないですかぁ! 隣にいるのは伯爵ですかぁ?」
二人で何をしているんです~? と言いながら、伯爵の足を踏む。
「いっ!? きみ、無礼だぞ! この場は見逃してやるから、今すぐ去りなさい!」
「いいじゃないれすか~、僕も混ぜてくらはいよぉ~!」
今度は伯爵に絡み付く。
サーフェスから離そうとするが、案外、伯爵は力が強かった。
腕を取ったところで、ドンッと押しのけられ、尻餅をついた。
ユージン! と呼ぶ声が遠くで聞こえた気がした。
が、それどころではなくなった。
一気に血の気が引き、心臓がバクバクと異常を訴える。
床についた手が震えた。
砦での光景が過る。騎士と相対したときの。
内臓に不安が満ち、食道を通り、口から溢れる。
「うわぁあああ!」
殴られる。
蹴られる!
フラッシュバックした光景に、恐怖が爆発した。
手で床を掻き、四つ足で走るようにして起き上がる。
「誰か、誰かぁああ!」
半ば恐慌状態だった。
けれど、冷静な自分もいた。
ここで父親の名前を出しても、また信じてもらえないかもしれないと。
「助けてぇえええ! 伯爵に襲われるぅううう!」
「き、きみ!?」
広間を目指して走りながら、絶叫した。
怖い、怖いと嘆きながら助けを呼ぶ。
自分の身分を保証してくれる人を。
「男爵! ウース男爵ぅうう!」
上司を呼ぶ。
その後ろで、伯爵は慌てて声を荒げた。
「おいっ、その酔っ払いを止めろ!」
広間への入り口には騎士が立っていた。
入場を止められても気にしない。
訴えが人々に届けば良かった。
「ウース男爵助けてください! 伯爵に襲われそうなんですぅううう!」
遂には黙れと口を塞がれる。
けれどそのときには、入り口付近にいた人がざわめいていた。
ユージンが酔って拘束されたと耳にした上司が飛んで来る。
入り口前で泣きそうな顔をしているユージンを認めた上司は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「なんたる狼藉か! 彼はケラブノス公爵のご子息にあらせられるぞ!」
王国で王家に次いで権威のある名前に、ざわめきが大きくなった。
今すぐに拘束を解けと言われ、騎士たちが動揺する。
「ここで首を跳ねられたいのか!」
上司の剣幕に、騎士たちは負けた。
解放され、上司へ駆け寄る。
「伯爵が、僕を、突き飛ばしたんです! お父様に言い付けてやる!」
いつにないユージンの調子に、迷うことなく上司は合わせた。
「ディアーコノス伯爵はどこにおられる!? 公爵のご子息を痛めつけておいて、ただで済むとお思いか!」
これだけ騒げば、伯爵もサーフェスに手を出している場合じゃないだろう。
ドウキと目が合い、それとなく状況を伝えた。
あのクソ野郎っ、と吐き捨てて、ドウキがサーフェスを助けに行ってくれる。
伯爵が離れれば一人でも逃げられそうだが、サーフェスは体調を崩しているように見えた。大方、薬を飲まされたのだろうと予測する。
上司の声が届いたのか、平静を装って伯爵が姿を見せた。
「おやおや、これはどういう」
「そこの騎士、伯爵を拘束なさい!」
よもや自分がと伯爵は目を丸くする。
しかしすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「世迷い言を。ここがどこか男爵はお忘れのようだ」
「伯爵こそ、ご存じないのではないかね? ユージンくんは、紛う事なきケラブノス公爵の末息子であることを」
いや、まさか……と上司は言葉を続ける。
「知らないふりをして、ユージンくんを亡き者にしようとしていたのではあるまいな!?」
「ああっ! だから砦で騎士たちに僕を襲わせたんですか!?」
上司のアドリブに驚きつつ、応えた。
ここまできたら上司に任せるしかない。
真っ赤な濡れ衣に、さすがの伯爵も焦りを見せる。
「落ち着いてください。まさか本当に、あの公爵の、ご子息であらせられると?」
「白々しい! 一度ならず、二度までもことを起こしておきながら言い逃れるつもりか! 騎士たちが失敗し、仕方なく自分で手をくだそうとしたのでしょう!」
なんて恐ろしい! とユージンは叫ぶ。
(大丈夫かな、これ?)
大丈夫ではない気がする。ただ勘違いはあるものだ。
身の潔白を伯爵が証明すればいいだけの話。
上司が騎士たちに発破をかける。
「何をしているのかね! まさか君たちも伯爵と共犯なのか!? 違うなら、さっさと拘束したまえ!」
騎士たちは目を見合わせ、そして伯爵を仰いだ。
伯爵は騎士たちを睨み返す。平時では、領主である彼が、領内の王だ。
新たな人物が上司の隣に立つ。
「勘違いが起こっているようです。一度話し合われては?」
冒険者ギルドの支部長だった。