12.暗がり
誰もがサーフェスのアメジストの瞳に収まりたいと願う中、主催者のディアーコノス伯爵が真っ先に望みを叶える。
「スタンピードを未然に防いだ働きを讃え、『青き閃光』のサーフェスに褒賞を授与する」
「身に余る光栄に存じます」
二人を取り囲む観衆などいないかのようだった。
静けさの中、伯爵とサーフェスの声だけが響く。
粛々と褒賞式は執り行われ、集まった人々は、秀麗な冒険者の一挙一動を見守った。
穏やかなヴァイオリンの音色が、式の終わりを告げる。
会場に音楽が戻り、人々は我先にとサーフェスへ駆け寄った。
(僕が近寄るのは無理そうだなぁ)
一言、お祝いを告げたいものの、人混みへ飛び込むのは気が引けた。
無意識にお腹を撫でる。想像以上に受けたダメージが大きかったと自覚したのは、ベッドで安静にしているときだった。
回復薬で傷は治っていたが、あくまで表面上なのだと痛感させられた。
激しい痛みに襲われることはなかったものの、内臓の一つ一つに不安が詰まっているような、何とも言えない気持ち悪さを味わったのだ。
医者に夜会の参加は大丈夫だと診断されているが。
(まだ不安が残ってる気がするんだよね)
完治したとは自信を持って言えなかった。
中身の減っていないシャンパングラスを携えたまま、中庭へ足を向ける。
酔っ払うには早い時間なのもあって、先客はいなかった。
人気ない場所で、当てられた熱気を冷ます。
のんびりしたいところだが、頭を過るのは、砦での騎士団との一件だ。
(僕は間違った)
一人で立ち向かうのではなく、上司や竜騎士を同伴するべきだった。
これは当人たちからも言われたことである。
あのときは気が急いていた。任せてくれた冒険者たちの期待に応えたかった。
そして、頭の隅では父親の名前が助けになると盲信していた。
(失敗したなぁ)
問題を大きくし、たくさんの人に心配をかけてしまった。
――荷が重過ぎないかい?
出立前の父親の言葉が蘇る。
王都のぬるま湯に浸かって育った息子を憂慮したのだろう。その考えは的中した。
報告を受けたら、さすがに呆れられるに違いない。
仕事だと、大口を叩いておいて、このざまである。
「はぁ……」
情けなさに吐く息が震える。
すぐには立ち直れそうになかった。
(ダメだ、お祝いの場なんだから)
頭を振って、暗くなってしまう気分を払う。
スタンピードの憂いがなくなった町は、お祭り騒ぎだった。
ギルド職員は請け負った仕事を完璧にこなし、町へ帰った冒険者たちは好きなだけ酒を浴びた。
四日経った今でも、町には浮ついた雰囲気が残っている。
このまま「青き閃光」の居住を望む声も多かった。
残念ながら、当人たちは、既に次の町への移動を決めているという。
それぞれの別れが近付いていると思うと、より気分が沈みそうなので中庭を散策する。
門から屋敷へ続く外庭は、昼と勘違いしそうになるほど明るかったのに対し、建物に囲まれた中庭は全体的に薄暗い。
一部は陰になり、闇しか見えない場所もあった。
(嫌な感じ……)
貴族の夜会では珍しいことではないと親友兼、悪友から聞いているけれど。
伯爵は何も照明代をケチッているわけではない。
わざと暗闇をつくっているのだ。
酒に酔い、高揚した人々が羽目を外せるように。
休憩所を使うのがセオリーだが、外のほうが盛り上がる人たちもいるらしい。
長居する気にはなれなくて、薄暗いものの渡り廊下を目指す。
方角的に、そこを通れば広間へ戻れた。
渡り廊下の硬質な床に足を付けようとしたところで、話し声が聞こえる。
「……くだ……」
「……じゃないか……わたしの……」
反射的に身を隠し、耳をそばだてた。
なんとなく前へ出るのは躊躇われたのだ。
盗み聞きする意図はなかったけれど、結果的にそうなる。
「はぁ、やめて、くださいっ」
「わたしに身を任せたほうが、きみも楽になれる」
聞き覚えのある声だった。
前者の息が不自然に荒々しく、違和感を覚える。
たくさんの人に囲まれたからって、疲れる人ではない。
「いい加減に、して、ください!」
「強情だね。そんなところもそそられるが」
明らかにサーフェスは嫌がっている。
(助けないと)
伯爵との間に何があったのかはわからない。
それでも強要されそうになっているのは見過ごせなかった。
だが一瞬、足が止まる。
――未熟な自分に何ができる?
成人しても父親に頼りっぱなしの、温室育ちのお坊ちゃんに。
ユージンは、ぐっと奥歯を噛みしめた。