11.反省
「いやぁ、最後の最後でやってくれたねぇ」
「すみません……」
上司の指摘に、ユージンは体を小さくする。
空に闇の帳が下りはじめた頃、二人は馬車に揺れられてディアーコノス伯爵の屋敷へ向かっていた。
スタンピードの終息を祝う夜会に招待されたのだ。
「青き閃光」には一番の功労者として、褒賞が授与される予定だった。
魔物の討伐は呆気なく済んだものの、砦では最後に大乱闘が起きた。
火付け役はユージンである。
正確には騎士団が回復薬を盗もうとしたのが悪いのだが、ユージンが止めに入らなければ、積み込みを完了させた騎士団が砦をあとにしていた可能性は高い。
ユージンにしてみれば、時間さえ稼げれば助けが来る算段があったのだが、体を張るなど言語道断だと、サーフェスだけでなく上司からも説教された。
「私も君の存在が伝わっていないのは誤算だったからね、あまり責められる立場じゃないんだけど」
王都において、公爵の末息子であるユージンのことは暗黙の了解だった。
黙して語られなかったせいか、前妻の子どもの存在しか地方に伝わっていなかったのは、上司も予想外だったのだ。
「体の調子はどうだい? 無理は禁物だよ」
「大丈夫です。お医者様にも診てもらいましたから」
回復薬は傷を治す効果があるが、万全ではない。
安静にしていないと、傷口が開く可能性もあり、砦の一件からユージンは数日寝たきりを余儀なくされた。
帰りも飛竜を使う案が出たが、行きに体験した通り、飛竜での移動は内臓に負荷がかかるため、ユージンの体調を考慮して断念された。
代わりに、先に王都へ帰ってもらい、報告をお願いしている。
ユージンと上司は馬車でのんびり帰路に就く予定だ。
「帰りも僕に付き合わせてしまって、面目ありません」
「いいんだよ。来るときにも言ったけど、飛竜は苦手でね。仕事を急かす相手もいないし、旅行気分で帰らせてもらうよ」
久しぶりの長期休暇だと上司は楽しそうだった。
ユージンの顔にも笑みが戻る。
「口うるさいようだけど、くれぐれも無理はしないように。社交は私に任せればいいからね」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
元より、ユージンたちの招待は労いついでである。
騎士団との一件は、相手方に非があるということで、飛竜を含め、冒険者たちは不問に付された。
ユージンを暴行した騎士は、傷害罪で裁かれている。
騎士団の言い分を考えると、腑に落ちないところもあった。伯爵が十分な報酬を用意していれば、起きなかったことだ。
しかし領地の問題は、領主に委ねられる。
ユージンが口を挟む余地はなかった。
「飛竜が暴れたのは意外だったねぇ」
「僕の血のにおいを嗅いで、興奮したようです」
竜騎士のカラクが異変を察したのは、飛竜ククルのおかげだった。
ククルが敏感に、ユージンのケガを察知し、カラクへ伝えたのだ。
現場へ駆け付け、血のにおいが濃くなったことで、その場にいた騎士たちを敵認定したとのだと聞かされた。
「気に入られたものだねぇ」
「有り難いことです」
飛竜が竜騎士以外に懐くのは珍しい。
(これも特性の効果だったりするのかな)
今までも犬猫に懐かれることは往々にしてあった。
獣人にとってのマタタビ効果が動物に現れていても不思議ではない。
帰ったら家族と話すことが多そうだ。
きっと父親からも無茶をしたことでお叱りを受けるだろう。自分に落ち度があるので、腹をくくる。
とても夜会に出る気分ではないが、付き合いは大切である。
華々しい場所で、顔見知りの冒険者たちと会うのが唯一の楽しみだった。
(サーフェスさんは、綺麗だろうな)
普段から身なりの整った人である。
残念ながらネオとリヒュテは、不参加だった。堅苦しい場所は苦手らしい。
サーフェスも得意ではないが、褒賞を貰う手前、パーティーのリーダーとして断れなかったようだ。
見るからにいかつい赤眼のドウキは、どんなスタイルで現れるだろうか。
型にはまっていなくとも、彼らは常に活力が溢れ、魅力的なのを知っている。
きっと目の保養になるだろう。
夜にもかかわらず、煌々と輝く屋敷が馬車から見える頃には、幾分、気持ちが浮上していた。
◆◆◆◆◆◆
夜会には、ディアーコノス伯爵の縁者を含め、現地の貴族や商人が多数参加していた。
上司は先に会っていたが、冒険者ギルドの支部長ともユージンははじめて顔を合わせる。
各々が手にグラスを持っていた。
大きな笑い声の先には、大抵冒険者がいた。身振り手振りを交えながら自分が経験した冒険を語っている。
王都では、ありえない光景だ。
(身分の違う人たちが、一堂に会してるなんて)
貴族主催の夜会に、貴族以外が招かれている。
ユージンの常識にはなかったことで、これが王都と地方の違いかと感慨深く会場を見渡す。
たくさん人がいる中で、ドウキは見付けやすかった。
通り名に合わせて、真っ赤なジャケットを着ていたからだ。ペイズリー柄のネクタイは虹色でケバケバしい。
けれど装いの派手さが、いかついドウキの相貌と調和し、かっこ良かった。
誰でもできるものじゃないからこそ、唯一無二の輝きがある。
ドウキがユージンに気付く。
「おう、坊主! 調子はどうだ!」
「おかげ様で快調です。先日はご心配をおかけしました」
「まったくよぉ、お姫様が無理しちゃいけねぇなぁ」
「そのお姫様って、やめてください」
サーフェスに恭しく横抱きで運ばれてから、変なあだ名が定着しつつあった。
「今夜は王子様の見せ場だな」
「はい、それを楽しみに来ました」
「皆そうだろうよ」
物腰の柔らかいサーフェスの王子様呼びには異論ない。
参加している令嬢たちは、ユージンたち以上にそわそわしている。
挨拶回りが軽く終わったところで、待ちに待った褒賞式となった。
広間の中央にスペースが設けられ、ディアーコノス伯爵が書状を携えて立つ。
伯爵は兄のローレンスと同じ四十代で、黒髪のナイスミドルだった。鼻の下の長いヒゲをワックスでまとめ、両端を上向きに湾曲させている。
会場で流れていた音楽が止んだ。
「青き閃光」の名が呼ばれ、リーダーのサーフェスが前へ出る。
ほう、とどこからともなく溜息が漏れた。
ユージンも例に漏れず、サーフェスの晴れ姿に見惚れる。
全身から生命力という名の光が溢れていた。
クセのない淡いレイクブルーの長髪は後ろでまとめられ、歩みによって毛先が軽やかに揺れた際に、キラキラと輝きを散りばめる。
きめ細やかな肌には傷一つなく、細めの凜々しい眉が表情をつくっていた。
スッと通る高い鼻に、薄い唇。
中性的でありながらも、しっかりと筋肉のついた体は、フォギーグレイの紳士服に包まれ、下襟と袖に繊細な刺繍が入ったジャケットが華やかさを際立てさせる。
同色の細身のベストがサーフェスの気高さを表していた。
足下は爪先にかけて締まり、緩やかな曲線を描く革靴で彩られている。
貴族と並んでも遜色がないばかりか、会得された体術からくる隙のなさは、さすが一流の冒険者たる風体だった。