6話 少年期(1)
ノリス父さんに言わなきゃ。
何だか今日は調子が悪いって。
十中八九昨日の食べ過ぎだろう。調子に乗りすぎたな。
「ジュディス、そろそろ起きないか?珍しいなお前が寝坊だなんて………ジュディス、だよな?股の間に付いてるか?」
部屋に恐る恐る入って来たノリス父さんは僕の顔や体をマジマジと見るとそんな冗談を言う。
「ノリス父さん、おはよう。何だか、体に力が入らないんだ。ごめんなさい、グラスト2頭分食べちゃった」
ノリス父さんが腕組みしてうなり始めた。
「いや、それは良いんだが、お前、妖精の姫みたいに綺麗過ぎるんだよ。へドラの1次成長期ってこんな感じから始まるのか?訳解らんわ。調べるから、下には食事以外で降りるな!しばらくは食堂も休め。私でさえ、妙な気分になるくらいだから他の奴らは信用ならねぇ!」
ええ?!そんなに僕の容姿変わっちゃったの?
「ノリス父さんは、何処行くの?」
「お前の叔父さんに会ってくるから2~3日留守にする。家の鍵はかけて行くから絶対中から開けるな!」
ノリス父さんは僕の額にキスすると部屋を急いで出て行った。
エルフの加護もらっちゃった!生涯に1人にしか与えない特別の印。
ハチマキして隠さないとノリス父さんが変態呼ばわりされちゃう。
部屋にある姿見の前に移動してノリス父さんの心配がわかった。
「こ、これが僕?」
そこに居たのは妙になまめかしい美しい乙女だった。ハチミツ色の金髪は緩やかに波打って嫋やかな肢体を縁取り、空の青の瞳は自分さえ魅了しそうな魅力に溢れている。ほっそりと小さな白い顔に絶妙なバランスで口鼻目が配置されており、抗いがたい衝動に駆られて姿見の乙女の苺より紅い唇に口づけた。
そうやって何時間経っただろう。辺りが暗くなりランプを点けた。
僕は恥ずかしい事に何度も暴発してしまっていた。股間がぐちゃぐちゃだ。
気がついたのだが、どうも姿見の自分と目が合うと妄想暴走状態になるらしい。魅了眼とか言う奴だろう。
風呂に入って自分が男だと確かめるとホッとした。体つきも肩はなで肩だが、細マッチョの基準に達していて腹筋が6パックに割れてるのが嬉しかった。
剣と体術に関しては鬼みたいなノリス父さんのシゴキに耐えた実感を感じていた。
大きな服がないのでノリス父さんのチュニックを被って帯も借りて新品の布で自分の服を縫う。ここ1年で何十回か破ったチュニックやズボンを繕ったりしたので裁縫は得意な方だ。
「ただ、下着の縫い方知らないんだよなぁ」
自分の声にも違和感ハンパない。
しゃべってるだけなのに、うっとり聞き惚れてしまう。
さっさと部屋を出て行ったノリス父さんの危機管理の高さに脱帽する。
せっせと白いチュニックを縫うその姿をまさか見られてるとは思わず翌日の夕方まで、無防備にエルフ達に晒したのだ。
◆○◆○◆sideスーリャ
「嘘じゃねー!ノリスの奴、身を固めるつもりだ!自分の加護も与えてたし、娘っ子は婚礼衣装を縫ってた!」
「「「「嘘だろ?ノリスみたいな偏屈な奴に嫁なんか来るわけない!」」」」
「お前なら信じてくれるよな?!ノートン!!」
「あのなぁ、いくら幼なじみでもへドラの養子が居るような家なんかに嫁に行く馬鹿はいねぇ、って断言できる!」
「ああ、臭いは問題無い!どうもバラの精霊の姫君みたいで、めちゃめちゃいい香りが漂ってんだ!」
「「「「ジュディスを呼んで来い!」」」」
「それがさあ、ノリスの奴、7星の封印掛けて行ってんだぜ!気が付かねえよ!」
「口止めもしてるな。その様子じゃ」
俺の嫁さんは竪琴を手にすると村1番の踊り手メルサデューを呼びに行き俺の案内でノリスのログハウスにたどり着いた。
「な、なんね、これ?!」
森の獣達が何重にもログハウスを取りまいている。何とも言えない麗しい香りが漂う森に唖然としていたが、そこは我が嫁。
即座に竪琴を弾きはじめ里にラズリあり、と語り継がれる歌声で、獣達を魅了する。
獣達はよほど気持ち良いのか無防備に眠り始めた。
食堂のテーブルを退けてメルサデューをそこで踊らせるとようやくノリスの恋人が窓際に立った。ああ、まるで今朝咲いた薔薇のように美しい。
木の板に炭でエルフ文字を書く。
何を書いたか見てみると「3日後に来て」と書いてある。
しかし、我が嫁は引かなかった。
こっちもある程度の情報が欲しい。
「花嫁衣装は里の嫁を何人か集めて縫う物なんだよ!」
【花嫁衣装?誰か結婚するの?おめでとう】
何というか手応えがない。まるで他人事だ。
「アンタとノリスがだよ!」
すると麗しい彼女は激しく首を左右に振る。そして木の板に驚愕の事実を書いた。
【僕、ジュディス。ノリス父さんと結婚しない】
「「「はぁあああああーーー!」」」
俺はラズリとメルサデューにその場でボコボコにされた。
ラズリは手のホコリを払うとジュディスと会話を続けた。
「なるほど、着る物が無くて婚礼衣装用の布に手を出したのかい。大きくなったね。ウチの宿六がろくでもない勘違いしてごめんよ。それは、連れ以外が着たらいけない衣装だから、ちょっと調達してくるから、そのまま待ってな!」
【男物の下着が欲しい!】
「おう!抜かりはねぇ!任せとけ!」
俺はジュディスの果物を取って来いとラズリに尻を蹴っ飛ばされた。
◆○◆○◆sideジュディス
「これって婚礼衣装用の布だったんだ。作っちゃったよ、1枚。ナイナイしておこう」
もう、お昼かぁ。肉食べよう。
ホーンディアーのソテー。分厚い!美味そ!ハーブソースをつけながら食べていると梨を泥棒背負いしたスーリャさんが食堂のテーブルに梨の山を置いた。
【ありがとう!スーリャさん】
「俺にも何かくれ!金は払うから」
そういうとスーリャさんは食堂のイスに座った。いつも通り窓から食事を差し出してノリス父さんの忠告を思い出した。
決して開けるな!と。
手首を取られて地面に縫いつけられるまであっという間だった。
ギラギラした目つきでスーリャさんが僕の唇を奪う瞬間森の上からノリス父さんが降って来た。ノリス父さんは僕の唇の上に足を挟み、そのままスーリャさんを蹴っ飛ばし、制裁をタップリ与えた。
「ノリス父さん!ありがとう、うぇえええん」
「何もされてないか?よしよし、怖かったな。私の友達を連れて来た。お前と同じエコドラだ。怖がらなくていい。デュバル!降りて来いよ」
「ほ~い!ノリスの大事な君。純潔は守れたみたいだね」
ログハウスの屋根から飛び降りて来たデュバルさんの姿に目が釘付けになった。
「女の人なの?僕より細い!」
「いや、食べる物無くてやつれてるだけ。料理美味いんだってな?食わせて!」
「わかりました!」
ホーンディアーのイチジクのワインソース煮。5鍋分お替わりされて嬉しかった。
「スペアリブ最高!しばらく森に居るからご飯食べさせてねー!」
デュバルさんはそういうと散歩に行ってしまった。
ラズリさんとメルサデューさんが来たのは夕方近くで、ゴミと化しているスーリャさんをみても何とも思っていず、僕の着せ替え大会へと自然にシフトし、むちゃくちゃ盛り上がっていた。髪も編み込まれ、一体、どこのお姫様かと思うような仕上がり具合にデュバルさんは噴き出しスーリャさんとノリス父さんは酒の肴にして、それぞれ楽しんでいた。
魅了眼はデュバルさんがサングラスかける程度のお呪いをかけてくれたので普通に身動き取れるが魅惑声とバラの香りは、僕の母親に由来するものだから、抑えるのが、難しいので声を出すなとデュバルさんとノリス父さんから厳命された。
木の板で質問する。
【いつ治るの?】
デュバルさんが僕の口を開けてノドを覗きこんで、顔をしかめる。
「種族特定できたのはよかったねー、これ、向こうに会いに行って直した方がいいかも」
ええ?!