双子達の浮城6
杖屋でも感じだことだが、浮城の店はどれも奥行きが長い造りになっているらしく、外から見るよりかなり広い。壁一面に並べられた剣や槍が、明るい橙の灯火を反射する。
カウンターに座って短刀の手入れをしていた店主が、しょぼしょぼした目をキーロに向けた。武器職人にしては随分と小柄で、どちらかと言えば街角の煙草屋に座っていそうな感じの老人だ。
「おやエリック、ちゃんと営業時間内に来るなんて珍しいじゃないか。そっちの子は新入りかい?うんうん、なかなか良い身体してるじゃないか。武術経験者かね」
「い、いええ……全く」
「そうなのかい?槍術に向いていそうな良い腕をしているのに勿体無い。せっかくだから試してみるといい」
感心したような店主の言葉にキーロはたじろいだ。ルウ以外に身体的なことを褒められたことは──それも、理想的な骨格だとか人体の機能を最大限に活かせる肉体だとか独特な褒め方しか──無い。
それに、剣術や槍術は心得ているが、闘うためのものではない。舞うためのものだ。剣舞や槍舞は、エルムの花にとって一番馴染みのある舞踏だった。手足に銀の鈴をつけ、薄絹のヴェールを纏い、古き神々の物語を歌い踊る。特にキーロは、宝飾の付いた重たい槍を、まるで自分の一部であるかのように自在に操ることをいっとう得意としていたし、きょうだい達には舞神の愛し子とまで呼ばれていた。用途の違いこそあれ、他のどんな武器よりも槍の扱いには慣れているだろう。
しかし、これから仕事で使う武器に槍や剣を選ぶ気にはなれなかった。否が応でも昔の自分を想起させるそれらを、身近に置いておきたくはない。
「剣にも槍にも興味がないなら、他のもあるよ。銃も暗器も揃えているし。ああ、エリックが使っているような一本鞭なんてどうかね?」
「はぁ……」
キーロが煮えきらない生返事をしていると、一度店の奥に引っ込んだエリックが変わった形の武器を持って戻ってきた。銃のような台座に、横一直線で張られた弦。エリックはキーロに見せるように構えると、台座についた引き金を引く仕草をした。
「……弓?」
「クロスボウか。君の腕なら十分安定して支えられるだろうが、初心者にはちと難しい武器だな」
キーロの二の腕をつつくと、エリックは弦を引っ張り、キーロの杖を本体の溝に装填した。杖は、まるで最初からそこに番えるために作られたかのように、ピタリと収まる。手渡されたクロスボウはバネの弾性力に耐え得る重厚な造りをしていたが、キーロの腕にはなんてこと無い重さだ。昔は呪うほど嫌だった筋肉の付きやすい体質が、初めて役に立った。
「このクロスボウは特殊でね、矢を必要としないんだよ。魔力を杖に集中させて引き金を引くと、凝縮された魔力が高速で飛んでいくんだ。普通は矢を毎回番えなきゃならんが、コイツなら魔力が続く限り矢が尽きることは無い。便利だぞ。試し撃ちをしてみるかい」
店主の案内で、キーロは裏口から外に出た。店の裏は雑木林になっていて、数十メートル先は浮城の端。断崖絶壁だ。
試し打ち用の標的は、見通しの悪い木立の中に置かれた真っ赤な林檎だった。林檎が載せられた木製の箱には、誰かが撃ち損じたのであろう穴がいくつも空いている。
「最初から林檎に当てようなんて思わなくていい。あの箱のどっかしらに当たるだけでも大したもんだからね」
「これ、外したら魔力の塊が地上に落っこちるんじゃ……」
「心配いらないよ。酔っ払いの千鳥足散歩対策に、元から遮蔽の魔術が掛かってるから」
エリックに教えられた通りクロスボウを構えると、キーロは大気中に満ちた魔力を吸い込むように、静かに呼吸を整えた。剣槍以外にも舞で使う武具はあったが、弓だけは使ったことがない。上手く当てられるだろうか。
店主に言われた通り、杖を軸にして魔力を編み上げる。速く、遠く、正確に射抜ける形へ。
大丈夫、出来る。何たって俺の魔力の形は、黄金の──
『うおぉ凄え、一発命中!お前さん弓兵になれるぜキーロ!!』
初夏の庭。どこまでも高い青へと打ち上げた、七色の旗飾り。
不意に甦った声に背中を押されるように、キーロは引き金を引いた。刹那、クロスボウから放たれた黄金の矢が空気を切り裂く。その音が耳に届く頃には、標的の林檎は中心を刺し貫かれていた。
店主の興奮したような声と、いつの間に見物しに来ていたのか他の護衛士たちの歓声が上がる。いいぞ!やるなぁ新入り!その声が、今は亡き友人の声と重なった。
肩を叩かれて振り向くと、エリックに両手で頭をわしゃわしゃと撫で回された。
「わっ、ちょ、ちょっと兄さん⁉︎」
「|優秀『よく出来ました》」
「喋った⁉︎」
初めて聞く声に衝撃を受けている暇もなく、駆け寄ってきた店主や護衛士に、次は流鏑馬やってみようぜ、いやいや連的当てが先だろう、と揉みくちゃにされた。同じ弓使いだという護衛士達に順に挨拶をしながら、キーロは久々に胸の内が透明になっていくのを感じていた。
パーシェに弓兵になれると言われたあのとき、本当は照れよりも嬉しさが勝っていた。誰かから、何かに成れると言われたのは初めてだったからだ。生まれたときから決められていた役割でも、誰かに依存した立場でもなく。自分の力で望んだ道を歩くことに、恐怖と、それを凌駕するほどの憧れを覚えていた。
キーロは微かに熱を持ったクロスボウの本体をそっと撫でる。なぜ己の魔力が矢の姿を象ったのか、今なら分かる気がした。
俺は──
「エリック兄さん。俺にクロスボウの使い方、もっと教えて下さい」
──俺は今からでも、自分自身で望んだ『何か』になれるだろうか?




