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死がふたりを結ぶまで  作者: 篠矢弓人
27/29

双子達の浮城5



「こりゃ駄目だな。心臓を喰われかけてやがる」


 浮城の医術師、カノは、医務室のベッドに寝かされたルウを見て、開口一番にそう言った。ルウの体には、クリスティーヌの結界でも防ぎきれなかった青紫の炎が、纏わり付くように燃えている。


「呪相は濃いし気の巡りも悪りぃ。しかも……何だこれ、魔圧腫か?いくらザルドより魔力源が潤沢だからって、一気に吸収したら体が保たねえに決まってんだろうが」


 目を隠すほどに伸びたボサボサの前髪に、眼鏡の奥の濁った瞳。無精髭の生えた口元には咥え煙草と、キーロの知る『医者』とはかけはなれた出で立ちをしたカノだったが、患者を診る目は確からしい。文句なのか説教なのか分からないことをブツブツ言いながらルウの容態を調べると、「鬼火憑きか」とだけ言って、彼は紫煙を吐き出した。


「この鬼火はいつからだ」


 棚から出した硝子瓶に干した月桂樹の葉を折って入れながら、彼は振り向きもせずにキーロに問う。


「……正確には分かりません。一つは二年以上前から連れていました。他は最近のはずです。でも……鬼火はずっと、この中に封じてあると言っていました」


 キーロが差し出した紫水晶を、カノは陽の光に透かし見た。

 古代から多くの魔術師たちに愛され、最も高貴な魔術を織りなすと謳われてきた宝石。ルウのもつそれは特に透明度が高く、余計な加工を施していないため、より多くの魔力を溜め込むことが出来るはずだった。


 しかしカノは、これは駄目だと首を振った。


「体から鬼火を引き離して身喰いを抑制しようとしたんだろうが、甘いな。こんなんじゃすぐに容量が足りなくなるに決まってんだろ」


 カノは煙草の残りを一気に吸い切ると、ひゅぅぅ……という口笛のような音とともに、細い煙を天井に向かって吐き出した。煙は、まるで意思を持っているかのように螺旋を描くと、次第に薄いカーテンのように天井から垂れ下がり、ルウのベッドの周りを覆った。


 霞んだ煙のカーテン越しに、ルウに絡みついていた鬼火が少し弱くなったのが窺える。


「ふん、帝国出身にしちゃあ妙に魔術慣れした餓鬼だと思ってはいたが、まさか鬼火憑きとはな。それも蝙蝠の群れみてぇにうじゃうじゃと引き連れやがって……この調子じゃ長くは持たんだろ。むしろ、今まで生きてたのが不思議なくらいだよ」

「先生!」

「怒るなよ婆さん。俺は、無い希望は持たせん主義なんだ」


 クリスティーヌの咎めるような呼びかけに肩を竦めつつ、カノは魔術薬の調合を続けた。

 キーロはというと、突如つきつけられた『死』の可能性に、目の前が真っ暗になっていた。


 ルウが、死ぬ──?魔術で人を操り、殺しても、何の感情も抱かなかった化け物が、こんなにもあっけなく、ふつうの人間みたいに死ぬって言うのか?


 緩やかに上下するルウの胸を、キーロは呆然と見ていた。組まれた手も、ガーゼを貼られたままの顔も、紙のように白い。このまま煙に溶け出して、消えてしまう光景が頭に浮かぶ。


 カノは月桂樹を入れた硝子瓶に、薄い塩水と青眼石の粉末を混ぜた。それをルウの目蓋にきっかり三滴垂らすと、短い詠唱を5回繰り返し、更に三滴。余った分で真珠貝の殻を濯ぎ、別の魔術薬──キーロにも見覚えのある、緑の煙を吹き出すドドメ色の液体──で満たして、ルウに飲ませた。


 ルウの全身を包んでいた鬼火は一瞬抵抗するかのように激しく燃え盛ったが、徐々に威力を弱めていった。しかし鎮火には至らず、残った小火がチリチリと燻っている。


「チッ、やっぱ駄目か。浮城に来てすぐ、小さい傷を治療してやったときもそうだったが、治療しようにもコイツは魔術薬の類がほとんど効かん。今は詠唱封じを原液でブチ込んで無理やり鬼火を散らしたが、気休めにしかならんだろう」


 カノは盛大に舌打ちしたが、残りの鬼火もすでに篝火程度になっていた。


「鬼火憑きって、一体何なんですか」

「言葉通りさ。死霊魔術によって縛った魂を、その身に宿した人間のことだ」


 カノは新しい煙草を取り出すと、何の躊躇いもなく鬼火から火を付けた。ぷかり、と吐き出された煙は、紫煙のカーテンを厚くする。


「んで、これは生き物の命を使う魔術全般に言える事なんだが……本来、死霊魔術は人間が手を出しちゃいけねぇものだ。確かに死霊魔術は、他のどんな魔術よりも強大な力を行使できる。それを身の内に宿すってぇなら、ほぼ魔法みたいな芸当だって夢じゃねぇ。だが、こいつには大きな落とし穴がある。どれだけ犠牲を払おうと、魔術の対価が払えねぇんだ」

「魔術の、対価……」

「そう」


 机に置かれた銀の天秤。カノがその皿の上にルウの紫水晶を乗せると、当然のことながら天秤は傾く。

 カノは続いて、ごちゃついた引き出しからカサカサに乾燥した鼠の頭蓋骨のようなものを探し当てると、もう片方の皿に乗せた。


 すると、どう見ても軽そうだった鼠の頭蓋骨の皿が勢いよく沈み、ルウの紫水晶は高く宙を舞った。上手く受け止めたカノが、これは魔力を量る天秤だと笑う。


「骸の一部だってこれだけの魔力を持っている。さっきまで生きていた魂なら尚更な。生きるってのは、それだけ莫大なエネルギーを費やすってことなんだ。こんなに重いもんの対価、払えるわけがねぇ。最終的には自分の命でもって清算することになる。それだって足りねえ場合もあるがな」

「…………」

「俺も長いこと生きてきて、何人かの鬼火憑きに会ったことはあるが、決まってロクな死に方をしなかった。特に男は、女と違って別の命を身の内に抱えられるようには出来てはいないから、限界が来るのも早い。……覚悟は、しておくことだ」


 そうか。つまりルウは、自分で殺した人々によって殺されるのか。

 カノの話を聞きながら、キーロは、ともすれば震えてしまいそうな体を必死に押さえつけていた。


「そんな……あんまりだわ。この子はまだ子供なんですよ。どうにかしてあげることは出来ないんですか、先生」


 何も知らないクリスティーヌが、涙声で問う。カノは「残念だが」と、彼女にハンカチを渡した。


「俺にはお手上げだ。身体自体はもうしばらく持ち堪えるだろうが、先に精神が腐る。これは前に会った鬼火憑きに聞いた話なんだが……聞こえるんだそうだ。鬼火になった奴らの恨みつらみが、耳元でずっと。だから、心臓を食い破られる前に、精神を病んで自害しちまうヤツの方が多い。その話をしてくれた奴も、そのあとすぐ死んじまったよ」


 あの惨劇の夜、死霊魔術の発動とともに聞こえた怨嗟の声をキーロは思い出した。耳を切り落としてしまいたくなるほどの叫び。あれが、四六時中ずっと……。


 あまりの悍ましさに、キーロはこみ上げる吐き気を堪えなければならなかった。同情なんてするな。だってこれは自業自得なんだ。当然の報いだ。そう自分に言い聞かせようとしたとき、小さな呻き声を上げてルウが目を覚ました。


 ルウは、自分を取り囲んでいる煙を胡乱な目つきで見回すと、ようやく側にいたキーロたちに気がついた。


「よお、気分はどうだ?多少マシにはなっただろ」


 カノが煙草をもみ消しながら問うのを、青年は怪訝そうな顔で見つめた。その視線は不自然なほど口元を注視している。

 異変に気付いたカノは煙の魔術を散らすと、ルウの耳元で左右二回ずつ指を鳴らした。


「同じように聞こえてるか?……ん、なら良い。完全に聞こえてねえわけじゃないみたいだな」 


 ルウの耳は今、軽度の難聴状態にあるらしい。カノが単語を区切りながら話すと、彼はようやく状況を理解したようだった。


「すみません。いつもより少しうるさくて聞き取りにくかっただけです」

「うるさくて……?おいお前、まさかもう声が聞こえ始めてんのか」


 一瞬、何のことかわからないと言うように首を傾げたルウだったが、すぐに思い当たったようだ。鬼火の声ならずっと前から聞こえていますと頷いた。


「ずっと前からって……それでお前、何ともねえっていうのか」

「……?はい。最近は、気にならなくなっていたので」


 そこでちらりとキーロを流し見たが、ルウは何を言うでもなく、そっと視線を外した。まるで、君のせいだと暗に訴えかけるような態度に、キーロはむっとする。


「なんだよ。言いたいことがあるなら、」

「君の声が聴こえなくて良かったなどと、思う日が来るなんてな」


 遮るつもりはなかったのだろう。もしかしたら伝えるつもりの無い独り言だったのかも知れない。少し乱れた前髪の隙間から覗く菫色の瞳は、ぼんやりと真っ白なシーツを見つめている。


 たった一言。けれどそれは、キーロから声を奪うには充分な一撃だった。「そうかよ」と、瀕死の言葉をなんとか絞り出して、それすら聞こえないのだと気づいて……それだけ。

 もう二度と喋れないのでは無いかと思うほどの喪失感が、キーロの胸に残った。


 耳元で恨み言を囁き続けられても気にならないという、にわかにわ信じがたい発言に、カノは難しい顔で腕を組んだ。


「その声が気にならねえなら、もうしばらくは持つだろう。魔力源を鬼火に頼らなければ、多少は身喰いを抑制できるはずだ。まずは杖を作って、他の魔獣やら精霊やらを呼ぶ練習をすることだな」 


 数日の療養を経てルウが起き上がれるようになると、クリスティーヌはさっそく二人をメザリアの大通りに連れ出した。


 城のすぐ下に町があるのは自室の窓からも見えていたが、実際に通りを歩くのは初めてだ。どこを向いても人、人……ときどき魔獣や妖精の姿もある。キーロはきょろきょろと周りを見渡しながら、極彩色のメッシュが入ったエリックの頭を目印に歩いた。


 城の門から下り坂になっている道の両側には、護衛の仕事に欠かせない武具や鎧、魔術薬の調合に使う薬草などの実用的なものを扱う店から、喫茶店や菓子店のような飲食店まで、様々な店が軒を連ねている。


 薔薇色や金糸雀色の煉瓦で作られた建物はどれもこじんまりとしていて可愛らしい。二階の窓からは花籠や飾り布が向かいの店の窓に渡され、地面に色とりどりの影を落としている。上空とは思えない心地よい微風に、どこからか砂糖の焦げる甘い匂いが漂う。


 道ゆく人々は皆、黒もしくは白を基調とした服を身に纏っていた。黒は『護衛士』、白は内勤の『衛士』の制服だ。キーロとルウも、既に護衛士の制服を貸し与えられている。首に巻かれた青いスカーフが窮屈で、キーロは何度も襟元をいじっていた。


「先生の言う通り、まずは杖を作りましょう。それから精霊を呼ぶ練習ね。少し不便に思うかもしれないけれど、身喰いを止められない以上、鬼火の使用は禁止よ」 


 クリスティーヌの唇の動きを読んだルウは少し不服そうにしていたが、杖作りには興味があるらしい。案内された杖屋の中をキラキラして目で見渡している。


 杖屋は不思議な内装をしていた。様々な長さに切り揃えられた木材が壁一面に陳列され、カウンターのガラスケース内には何十種類もの鉱石が原石の状態で並べられている。店奥の棚には既に出来上がった杖が並んでいて、自分に相応しい主人が訪れるのをじっと待っているかのようだ。


「魔術師の杖は、本体となる自然木と、核となる鉱石とで構成されるの。せっかく良い紫水晶を持っているのだから、相性の良い木を探しましょうね」


 決めかねてクリスティーヌに選んでもらったルウの杖は、彼の髪と同じ艶やかな闇色をした黒檀が素材だった。共鳴や守護の効果が高まることから、自身の瞳や髪と同じ色の素材を選ぶ魔術師は多いらしい。身の丈程はある杖の先端はくるりと丸まっていて、そこから吊り下げられた綿蜘蛛虫の巣に、紫水晶を括り付ける。


「黒檀は最も死の世界に親しい木の一つ。お葬式の道具に使われることも多いわね。きっと貴方の魔術の助けになってくれるわ」


 一方のキーロは、クリスティーヌの助言通り自身の髪と瞳の色に似た杖を性質も知らないまま適当に選んだ。どのみち自分はルウほど魔術を使わない。必要最低限の魔術が使えればそれでいい。


 杖は黒胡桃の木を素材とした短いもので、底の部分にはぴかぴかと金色に輝く猫目石が嵌め込まれている。


「昔は『魔女の集会場の木』なんて揶揄されていたけれど、本来は精霊に好かれるとても良い木よ。猫目石は状況をよく見極め、光差す方へ導いてくれる石」

「集会場の木……面白いな。何故そんな異名が?」

「胡桃はもともと知略の実と言われているの。そこから、謀を企てるのには胡桃の木の下が最適なんて伝承が……」


 新しい知識を貪欲に吸収しようとするルウに、クリスティーヌが快く応える。

 その様子を横から傍観していたキーロは、胸の底が妙に焦げ付くような気分になった。何も知らずに勉強熱心な生徒を褒めるクリスティーヌも、清廉潔白な優等生を演じるルウも、なにもかも不快で仕方ない。


 あの日以来、キーロはルウと言葉を交わしていなかった。目を合わせることすら徹底的に避けていた。ルウの方はどう思っているのかはわからない。が、特に何も行動を起こしてこないところを見ると、彼も話し合う気は全く無いのだろう。


 そこまで考えて、キーロは自分自身を嘲笑した。お前なんかとは一緒にいられないとルウを突き放したのは、他ならぬ自分じゃないか。アイツは良心など微塵も持ち合わせない殺人鬼だ。罰することも、償わせることも出来ないなら、関わり合いにならないのが一番だ。どうせアイツは鬼火に喰われて死ぬ。


 自業自得だ。と、キーロは無理に残酷な気持ちを作り上げた。ルウが死ぬかもしれないことに恐怖を覚えていたことを忘れようとした。そうすることが、今の自分に出来る一番正しいことに思えたのだ。また凶行に走らないように監視だけはして、あとは他人だと思って生きていけばいい。キーロを呼ぶ甘い声も、抱きしめる腕も、自分にだけ見せる屈託のない笑顔も、二度と手に入らない。


 それでも構わないはずだ。要らない。どうだって良い。だってもう、自分はエルムの花でも実験動物でもないのだから。奴隷の権利書を破り捨てて、俺を自由の身にしたのはアイツだ。同時に与えられた菫青石(首輪)も永久に喪われた。俺には、自分の好きに生きていく権利がある。


 でも……。と、キーロは自問する。

 花でも実験動物でもないなら、今度の俺は、一体何になればいい?


「なるほど、どうりで自力で杖を造ろうとしても出来なかったわけだ。こんなにも複雑な工程を経ていたなんて……」


 惜しみなく与えられる魔術の知識に、ルウが初めて見る楽しそうな顔をしている。


 ああ、嫌だ。見たくない。パーシェ達を殺しておいて、平然と笑っていられるアイツが許せない。早くこの空間から抜け出したかった。


 また無意識のうちに腕に爪を立てようとしたとき、背後からぬっとエリックが現れて、キーロは思わず飛び上がりそうになった。どうにもこの人は苦手だ。喋らない上に、お面で顔が隠れているせいで、何を考えているのか全くわからない。


 エリックはキーロの額をつんつんと突くと、店の外を指差して歩き出した。ついて来い、と言っているらしい。正直気は進まないが、ここにいるより幾分かマシだろう。キーロが杖屋を出ると、エリックと一緒に向かいの武器屋に入った。





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