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死がふたりを結ぶまで  作者: 篠矢弓人
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双子達の浮城3


 クリステーヌが自身の『双子』だとして紹介したのは、不気味な仮面をつけた痩身の男だった。灰色の髪には色とりどりの挿し色が散らされ、耳の辺りから極彩色の鳥の羽がぶら下がっている。


 キーロと目が合うと、男はカタリ、と音がしそうな気味の悪い動きで首を傾げた。


「私と一緒に貴方たちの監督官をするエリックよ。ちょっと照れ屋で無口だけど、恐い人じゃないわ。仲良くしてあげてね」


 どう見ても照れ屋の人間のする出で立ちではなかったが、少なくともクリスティーヌにとって彼はシャイで可愛い男であるらしい。


 機械じみた動作でエリックの掌が差し出される。握手のつもりかと思い、恐る恐る握った途端、掴んだ右手が手首のあたりからすっぽ抜けた。驚いて手を離したキーロを見て、エリックの仮面がガタガタと小刻みに震える。どうやら笑っているらしい。


「あらエリック、素敵な挨拶ね」


 彼女の言う素敵な挨拶とやらが、ダミーの手首と本物の手とを繋ぐ布に書かれた「ようこそ浮城へ!」という文言を指しているわけではないと信じたい。


 クリスティーヌは次に、城内の一室へ二人を案内した。部屋の中には、ベッドや書き物机、本棚などの家具が揃えられている。本棚に入っているのは、『魔術基礎入門』『作陣の理論と方法〜鉱石学の視点から〜』など、タイトルだけで欠伸が出てしまいそうな素人向けの書籍ばかりだ。

 書き物机の上には、羊皮紙や硝子の文鎮、星座盤、天秤、定型銅板など、魔術陣の製図に必要な道具が一式。


「部屋の数は限られているから、独身者はみんな相部屋なの。狭くてごめんなさいね。工房は共用のものがあるから、あとで案内するわ」


 古びた木枠の窓と鎧戸を開くと、クリスティーヌは「貴方たちの制服を取りに行ってくるわ」と言い残し、エリックを連れて部屋を出ていった。


 ふらりと窓に近寄り、外を見る。遠く遠く、どこまでも続く一面の青色が、この城が空の上にいることを教えていた。青以外の色を探して視線を彷徨わせると、目眩がしそうなほど遥か下方に、白く輝く雲が見える。水晶の岩盤の下をすり抜けたのは渡り鳥の群れだ。じきに凍て付く季節を迎えるあの国から逃げ出して来たのだろうか。


「担任の先生が善良な(ひと)で良かったな。私達のことを微塵も疑っていないらしい」


 背後から、嘲り混じりのルウの声が聞こえる。


「頭領と呼ばれていたあの魔術師にしてもそうだ。創始者の双子が200年以上生きていると聞いたときは耄碌した老人を想像していたが、話の分かる人間で助かった。あれは利益にならないことには首を突っ込まないタイプだ。私達の手綱を握っていると確信している以上、追放されるようなことは……」


 キーロが何も答えず外を見ていると、ルウが近付いてくる気配がした。ツンツン、と遠慮がちに上着の裾を引っ張られる。


「もしかして怒っているのか?私が君を身代わりにしようとしていたことを」


 途方もない失望感がキーロの胸をしめた。やはりルウは、自分がやったことを何とも思っていないのだ。


 いや、なんとも思っていないだけならまだマシだったかもしれない。自分が取り返しのつかないことをした事実に、気が付いてすらいない。まるで底の抜けた器に水を注いでいるかのようだ、とキーロは思った。どれだけ言葉を尽くしても、感情の名前を教えても、ルウが命の重さに気がつくことはない。薄々勘付いていたことが、最悪の形で表出してしまった。


 菫青石を探して胸元に伸ばしかけた手を爪が食い込むほどに握り締めながら、キーロはそれでも、水を注ぎ続けることを止められなかった。


 振り返り、数日ぶりにルウの顔を真正面から見た。キーロの視界に映ったのが嬉しかったのか、作り物じみた容貌に血の通った表情が宿る。あまりにも場違いな反応に、ぞわりと鳥肌が立った。


「何であんなことしたんだ」


 尋ねた声が震えたのは、きっと、期待した言葉が返ってこないのを判っていたからだ。

 ルウが不思議そうに首をかしげる。まるであの夜の再演のように。


「あのときも言ったじゃないか、君とここに来るためだ」

「殺す必要なんて無かっただろ!家を継ぎたくないのも、魔術が存在する国に行きたいのも、全部お前の都合じゃねぇか!見つからずに逃げ出す方法なんて、お前ならいくらでも思いついただろ!なんでっ……なんでパーシェ達が巻き込まれなきゃいけねえんだよ!!」


 悲鳴にも似た怒声を浴びせながら、ルウの胸倉を掴んで引き下ろす。

 キーロの怒気を真っ向から受けたルウは、一瞬、痛みを堪えるような表情をして心臓のあたりを抑えたが、すぐに普段通りの口調で言った。


「なにも追跡される煩わしさだけで殺したわけじゃない。鬼火を創るためだ」


 淡々と、冷静に。当たり前の筋書きをなぞっているだけだとでも言うように。


「猫魔の鬼火だけでは、一度で賄える魔力の量に限界がある。あの屋敷から出る前に、安定した魔力源を確保しておきたかった。そして鬼火を創るのには、術者に恨みを抱いて死んだ者の魂が必要だ」


 ルウが取り出した紫水晶から、ゆらゆらと鬼火が浮かび上がる。微かに火の粉を散らすもの、ただ静かに灯るもの、激しく燃え盛るものが、一つ、また一つ。ゆるやかに旋回するこの鬼火の中に、ルシアナやパーシェがいる。自分達を殺したルウへの怨念を、ずっと燃やし続けながら。


「まぁしかし、あれだけの人数の殺害を完遂できたのは君のおかげかもしれない」

「は……?」

「以前君が、猫の墓の前で教えてくれたのを思い出したんだ。普通、人は親しい者の死には悲しみや寂しさを覚えるものなのだろう?」


 やめろ、やめてくれ……聞きたくない。


「それでは残された者が可哀想だと思った」


 やめろ。だまれ、黙れ!黙れ‼︎


「全員殺せば誰も悲しませずに済むと思ったんだが……すまない、まさか当の君がそこまで使用人たちと親しくしているとは思わなかったんだ」


 頼むから、もう……。


「こんなに悲しませることになるなら、最初から君をあの部屋から出すべきではなかったな」


 限界だった。

 キーロは襟元を掴んだままルウを引き倒すと、馬乗りになり、拳を振り下ろす。瞬間、燃えるような痛みがキーロの腕に走った。




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