双子達の浮城1
目を覚まして最初に視界に映ったのは、こちらを覗き込む空色の瞳だった。泣き黒子のある丸顔の女性が、心配そうに眉根を寄せている。
「ぇ……ケホッ」
声を出そうとして失敗し、キーロは激しく咳き込んだ。喉が張り付いてしまったかのように動かない。
金髪の長い髪を三つ編みにした女性は、「まぁ大変」とキーロの背を撫でさすった。
「お水を持ってくるわ。ちょっと待っていてね、まだ起きちゃだめよ」
ややぎこちないザルド語でそう言うと、彼女はパタパタと部屋の外へ出ていった。
ようやく落ち着いてきた咳に荒い息を吐きながら、室内を見渡す。真っ白で四角い部屋だ。窓枠も、風に揺れるカーテンまで白い。部屋の中には、自分が寝ているのと同じ簡易ベッドがいくつか並んでいて、それぞれに床頭台の様なものが備え付けられている。いっそ無気質なほど清潔な空間は病室を思わせるが、あちこちに吊るされた薬草や花が奇妙な存在感を放っていた。
ここは一体どこだろう。自分は今まで、何をしていたのだろうか。天井から吊り下げられた金瘡小草から嗅ぎ慣れた香りがする。咳止めを作るのに使う、鮮やかな青紫の花。その花の色に似た石を探して首元に手を伸ばしたとき、ぼやけていた思考が一気に覚醒した。
「ルウ!?っ〜……」
突然跳ね起きた体に血の巡りがついていかず、再びベッドに沈み込む。水と重湯を盆に乗せて戻ってきた女性が慌てて駆け寄った。
「ダメって言ったじゃない。貴方、三日も眠っていたのよ。急に動いてはいけないわ」
女性はキーロの頭を支えて枕の位置を整えると、彼に吸い飲みを差し出した。喉が乾いていたせいか、ただの水でも甘く感じる。
ようやく見えるようになった窓の外には、見たことのない花や木々が生茂る、植物園のような空間が広がっていた。ガラス張りの天井からは、燦々と光が降りそそいでいる。
「貴方を連れてきたお友達のことなら心配いらないわ。今は別の部屋にいるだけ。落ち着いたらちゃんと連れていってあげるから、まずは何かお腹に入れないと」
女性は木の枝のようなものを取り出すと、重湯の入った木椀の縁を軽く叩く。すると、杖の先から出た光の帯のようなものが木椀に巻きつき、たちまち湯気が立ちのぼった。
魔術だ。それも、熟練が必要とされる火を操る術式。彼女は魔術師か、それとも魔女なのだろうか……?
困惑するキーロの隣で、彼女は呑気に鼻歌を歌いながら重湯にハーブを散らしている。
「あの、ここは一体……」
月見草の丘に居た後の記憶が曖昧だ。三日も眠っていたというが、ここはまだ帝国の何処かなのだろうか。
女性は木椀を差し出すと、キーロを安心させるように微笑んだ。
「ここはメザリア。護衛商の浮城よ……といっても、ザルドの子には馴染みがないかしら」
クリスティーヌと名乗った女性によると、キーロは三日前、帝国領にある浮城の地上基地のような場所で保護されたのだという。
流れ者や難民を受け入れながら作り上げられてきた浮城は、創立から二百年以上経った現在でも、保護を求める者の手を拒まない。目を覚さないキーロを抱え、助けを求めてきたルウを、クリスティーヌは当然のように受け入れた。
「しばらくは駐屯地で経過を看ていたのだけれど、全く目を覚まさないから城に連れ帰ったの。何か強い睡眠薬のようなものを吸ってしまっていたみたいだけど……あぁ、でももう大丈夫よ。ここの医術師は腕が良いの。毒抜きは済んだわ」
強い睡眠薬、という言葉にキーロは唇を噛んだ。
平然とそんなことが出来る人間を、キーロは一人しか知らない。ルウが浮城に保護を求める理由としてキーロを使ったのは明らかだ。
沸かしかけの湯のように、怒りがふつりと込み上げる。あれだけ大勢殺して、何も知らないパーシェに罪を被せておきながら、未だ身勝手な願望を成就させようとしているルウを、キーロは許せなかった。そして、あの惨劇の後をただ一人のうのうと生きている自分のことも。
「ルウは……俺と一緒に来た男はどこですか」
「少し前まで貴方に付き添っていたのだけれど、今は頭領に呼ばれて執務室の方にいるわ。ああ、頭領はこの城を作った双子の、弟さんの方よ。心配しなくても案内してあげるから、先にそれをお上がりなさいな。途中で倒れてしまうわ」
呑気に食事なんてしている場合じゃない。一刻も早くルウに言ってやらなければならないことがある。苛立ちをあわらにしたキーロの主張は、クリスティーヌの差し出した匙によって封じられた。
ほんのりと生姜の香る烏骨鶏の出汁と、柔らかく煮込まれたクコや棗が口の中に流し込まれる。美味しい。美味しいが、今は本当にそれどころでは「ちゃんと食べない子は連れて行ってあげませんからね」……。
有無を言わさぬ彼女の態度に、キーロはしぶしぶ雛鳥のように口を動かす羽目になった。
頭領の執務室は、城の中心に位置する塔の上にあった。植物園の只中にあった医務室から出たキーロは、クリスティーヌに連れられて長い長い螺旋階段を上り、重厚な石造りの廊下を進む。三日間も寝たきりだった体には過重な負担だ。何も口にせずここまできていたら、本当に倒れてしまっていたかもしれない。
まるで牢獄のような薄暗く長い廊下を抜け、突き当たりにある扉を入ると、振り返った菫色と目が合った。
「キーロ!良かった、目が覚めたんだな」
おそらく自分だけが見ることの出来る、何の外連も無い無邪気な笑み。その笑顔にこんなにも怒りを覚える日が来ようなどと、数日前のキーロは終ぞ思わなかった。
「ルウ、お前っ……!」
「待っていましたよ」
突如割り込んできた声に、ルウの胸ぐらを掴みかけていた手を止めた。見ると、ルウの向かいの椅子に壮年の男性が腰掛けていた。




