秋の夜に惑う2
四角い屋敷の西側一階には、使用人たちの部屋がある。狭いながらもそれぞれ個室が与えられていて、彼ら専用の食堂などもあるらしい。キーロが思うに、この家の使用人たちは一般的な貴族の家で使われている者たちよりも生活水準が高い。以前パーシェが仕えていたという下級貴族の家では、使用人の食料は一番の倹約項目だったそうだ。
結局その家は没落し、パーシェは父親の知人だったイゼドの紹介でこの家に雇われた。「こんなこと言っちゃあ怒られるけどさぁ、やっぱ元庶民だと金の使い道が良心的で助かるわ〜。成金バンザーイ」と、イゼドが聞いたらカンカンに怒りそうな愚痴をこぼしていたこともある。
そんなパーシェが、珍しく風邪を引いているらしい。それをキーロに知らせたのは意外にもルウで、薬を持って行ってやれと今朝方託されたのだ。
「あんなにもお美しい上にお優しいだなんて……ルウグ様、これ以上完璧になられてどうするおつもりなのかしら」
「ルシアナは大袈裟だなぁ……」
キーロは斜め下から聞こえる可愛らしい声に苦笑した。朝の仕事がひと段落したらしいルシアナに、パーシェの部屋まで案内してもらっているところだ。
「もうキーロったら!自分のご主人様が褒められて照れちゃうからって、水を差さないでほしいのだわ!」
「えぇ……」
ぷすーと膨れた頬を突っついたら、そっぽを向かれてしまった。ルシアナは相変わらず夢みがちであったが、キーロは彼女と会話するのが好きだった。出会った頃から今までずっと、ルウに対する彼女の態度は変わらない。もしもルウが他所のお嬢様と結婚するなら、こんな風に明るくて優しい子がいいなと、キーロは親のような気持ちになった。
あと優しいだけじゃなくて、ときにはビシッと意見を言えるような、しっかり者の女の子が理想だ。ルウは意外と抜けているところがある。ルウの好みは知らないが、日に焼けた肌が好きだと言っていたから、活発で健康的な子が好みなのかもしれないな。果たして良いとこのお嬢さんに、そんな活発な子が居るかは分からないが……。
勝手だと理解しつつもそんな想像を巡らせていたら、顔を赤くしたルシアナに脇腹を小突かれた。無意識に見つめてしまっていたらしい。
「なによ。人の顔を見てニヤニヤしないでちょうだい」
「ごめんごめん。やっぱルシアナって可愛いなと思っt痛っ⁉︎」
「浮気者滅ぶべし!」
鳩尾のいい位置に肘鉄が入った。プスプス怒りながら早足で先に行ってしまったルシアナは、五メートル先でコケた。
てっきり大人しく寝ているのだと思っていたパーシェは、部屋でコソコソと内職をしていた。古い道具を修理しようとしていたらしい。
「全く信じられないわ!!貴方ってどうして昔からそう大雑把で不精で自分のことに無頓着なのかしら!」
「いやぁだって、ただの風邪で休むってのも皆に悪いし……」
「お黙りあそばせ!!それで悪化したりしたら、余計に迷惑なのだわ!」
当然ルシアナは怒り狂い、キーロにテキパキと指示を飛ばすと、自分は体を拭くためのタオルとお湯を取りに出て行ってしまった。キーロは言われた通りに窓を開けて換気をすると、嵐が過ぎ去ったような部屋の中を見回した。至る所に箱や端材が積み上げられたパーシェの部屋は、中庭に立つ小屋と同じような雰囲気だった。
ベッドの上でちびちびと麦粥を食べているパーシェを見て、キーロは小さく笑った。なんだか母親に叱られた子供のような哀愁が漂っている。
「ルシアナってさ、普段はドジで危なっかしいけど、こういうときは凄く」
「カッコイイよなぁ」
パーシェがしみじみとした口調で言う。顔色はそれほど悪くないが、しょっちゅう鼻をすすっているから息苦しそうだ。
「ドジだし、そそっかしいし、妄想癖はあるし、母ちゃんみたいに口煩いし」
「肘鉄痛いし?」
「そうそう、アイツ乱暴なんだよな……だけどさ、あんなに格好良くて優しい人、国中探したって見つからねえよ」
パーシェはドアの方にチラリと目をやると、珍しく真剣な面持ちでキーロを手招きした。なんだよと近寄ると、とても小さな声でパーシェが囁く。
「俺さ、ルシアナに結婚してくれって言おうと思ってて」
「……マジで?」
「マジで」
きゃー言っちゃったー!と奇声を発したパーシェが、仰向けに寝転ぶ。一見ふざけているようにも見えるが、これは彼なりの照れ隠しなのだろう。両手で顔を覆っているが、耳が赤い。
「そか。まぁ、その、なんだ……応援してるから頑張れよ」
「うん」
「あまりにもヘタレるようなら俺が貰っちゃうからな」
「ヤメテ〜!俺負ける線濃厚じゃんヤメテ〜!」
パーシェがルシアナに好意を寄せていることについては、キーロも薄々勘付いていた。ただ、ルシアナの方は全く意識していないようだったので、男女の友人同士というのはこんなものなのか思っていたのだ。どれだけ仲が良くても、二人の間には友人関係としての一線があった。その線がもうすぐ、パーシェの方から越えられようとしている。
「俺の安月給じゃあ菫青石は買ってやれねぇけどさ。あいつの側で一緒に歳をとれたらさ……きっと凄く、幸せだと思うんだ」
好きな人と結婚して、家庭を築いて、一緒に歳をとっていく。やはりそれが、多くの人が思い描く普通の幸せなのだろう。名前の付く関係。周囲から祝福される関係。
自分達には───。
思考が逸れそうになった頭を振り払って、キーロはパーシェの肩を軽く叩いた。
「パーシェ、実は結構具合悪いだろ。ポエミーになってるぞ」
「あはーバレた?」
「ちゃんと薬飲んで、寝てる間に気の利いたプロポーズの言葉でも考えとけ」
「ポエミーなやつを?」
「詩聖も裸足で逃げ出しそうなやつを」
心なしか先程より顔色が悪くなっているパーシェの背に枕を当てて、上体を起こしてやる。ルウから預かった薬瓶を開けたとき、キーロは微かな違和感を覚えた。妙な匂いがしたのだ。
もしかしてルウが渡す薬を間違えたのか?とラベルを確認するが、確かに彼の几帳面な文字で解熱剤と書かれている。記された調合日も昨日だ。魔術薬には毎日のように触れているが、普通の薬には長らく世話になっていない。自分が知らないだけで、これは新しい種類の薬なのかもしれない。キーロはそう納得して、パーシェに薬瓶を手渡した。
あまりの苦さにパーシェがのたうちまわり、ちょうど戻ってきたルシアナが驚いて水瓶を危うく引っくり返しそうになった頃には、キーロはもう、薬に違和感があったことなど忘れてしまっていた。
大学から戻ったルウが、ビーカーの中の液体を魔術陣の上で熱している。ふつふつと気泡が浮いてくると火を止め、ガラスの棒でかき回して冷ます。立ち昇る湯気は淡いピンク色で、甘い匂いがした。見たことのない魔術薬だ。
「なんだそれ」
「なんだと思う?」
後ろから覗き込んだキーロが声をかけると、ルウは唇の端を上げて笑った。このクイズのようなやり取りは、ふたりの間で最近流行っている遊びだ。出題範囲はルウの蔵書の中から使用人達の噂話に至るまで幅広く、意外にも勝敗は五分五分だった。
「ヒント」
「イモリの黒焼きと鹿角、林檎を丸呑みした蛇の血と、真珠貝でくり抜いたカカオの果肉と種子。それらを蜂蜜酒で煮込んだものを、柘榴の汁で描いた魔術陣で蒸留」
ルウのヒントを復唱しながら、もうすっかり暗記してしまった魔術薬のレシピを脳内でパラパラとめくる。栄養剤のレシピと似ているが、より材料が多く手順が複雑。極めつきに柘榴の魔術陣とくれば、該当する魔術薬はすぐに思い至った。
「仕上げに女神と銀の星の詠唱。魔女の媚薬か」
「正解。ついでに月下美人の蜜入りだ」
付け足された材料に、キーロは首を傾げた。月下美人を配合するなんて記録は、どの書物にも無かったはずだ。
「君の名前だろう。『花』だった頃の」
脳が言われた言葉を処理するのに、一瞬間が空いた。
「…………正解。なんで分かった」
「君に一番似合うから」
「あーハイハイ、そういうのイイから。長命過ぎて逆名前負け状態だから。んで、本当のところは?」
「ほとんどの『花』はその容姿や雰囲気を踏まえた上で帝国人にも馴染みのある花の名を与えられると聞いていたが、君に雪国の花は似合わない。南国から輸入されている花の中から、この国での知名度が高いものの名を付けられているだろうと予想していた。あとは……」
「あとは?」
「食べ物の好き嫌いのない君が、夕食に月下美人が出たときだけいつも微妙な顔をするから」
気障ったらしい建前とは打って変わって現実的な回答に、キーロは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。月下美人を使った料理は、ザルドの富裕層の間では一般的だ。花も実も薬膳として重宝されている。とはいえ、いっときでも自分の名前だった植物を食べるのはなんとなく気が引けて、毎回苦心して食べていたのを見られていたらしい。
キーロは必死に笑いを堪えながら「何でそんなもん入れたんだ?」と訊ねた。
「甘みのある添加物や香料で味の調整を試みている。このままだと流石に売り物にならない」
媚薬なんて調合して何に使うのかと思えば、副業の足しにと考えているらしい。ルウは少し前から、魔術薬の材料を仕入れている闇市に薬を卸すようになっていた。キーロは魔女の媚薬に使われている材料の数々を思い浮かべながら、確かに不味そうだと顔をしかめた。とんでもなく甘苦いであろうことは想像に難くない。
「月下美人ならこの国でも比較的手に入りやすく、香りも万人受けする。試してみる価値はあるだろう」
というわけで、とルウは媚薬の入った試験管をキーロに差し出した。
「……待って、試すって、俺で?」
「他に誰がいるというんだ?」
「いやいや待て待てルウちゃんや、それはさすがにな?まずいって、考え直そ?な?」
今まで数々の魔術薬を試してきてはいるが、それだけは勘弁してほしい。市井に出回っている媚薬ならば、殆どがソフトドラックや偽薬効果で気分を高めるためのジュースでしかないが、『魔女の媚薬』はそれらとは全く効果が違う。
もともとは隣国リーマニオンの娼婦達が、自分の身を守るために客の酒に混ぜて飲ませていたものだ。妖魔の類が使う魅了を人為的に起こすことができ、強力なものであれば他者の精神を意のままに操ることができる。
「自分で飲めよぉ……俺外に出といてやるからさぁ」
「私が飲んだら誰が経過観察記録をつけるんだ。配合も変えたからどの程度効果があるのか見たい」
「お、オレハミタクナイヨー!」
必死に抵抗するキーロを、ルウは冷ややかな目で見下ろした。
「はぁ……よく喋る実験動物だ。よほど血管に直接打ち込まれるのが好きらしい」
「喜んで飲ませていただきます!」
ルウはやると言ったら本当にやりかねない。注射剤を打たれるよりは、経口摂取の方が幾分マシだろう。
「ちゃんと時間ごとに検温とか状態とか記録しとくからさぁ、俺一人で実験するんじゃダメ?」
「そこまでの理性が持つような生優しい薬を、私が作ると思うか?」
「ですよね〜」
最後の悪あがきもあっさり挫かれたキーロは、淡いピンク色の湯気が立ち昇る試験管を受け取った。
「…………?」
月下美人の上品な香りの中に、嗅ぎ慣れない、けれど覚えのある匂いがした。しかし、記憶を辿ろうとしたキーロの思考は、後からやってきた強烈な苦みにかき消されてしまった。えずきそうになりながらソファの上に倒れ込む。これはダメだ。人間が口にしちゃあいけないものだ。
「し、舌の感覚がにゃひ……」
「そんなにか?」
ぐいっと頭を引き寄せされたかと思うと、柔らかいものが唇に当たった。隙間から入り込んだ舌が上顎をなぞって出ていく。間近に見えるルウの顔が、苦々しげに歪んだ。
「これは確かに不味いな。甘苦いものに甘味を足しても焼け石に水か」
「お前……試験管のやつ飲めよ……本当そういう、そういうとこだぞ……!」
ともかく味の調整は失敗だ。そもそもルウが作るものでまともな味だった物など、薬用飴くらいしか覚えがない。味覚が鈍いのか味の予測が不得手なのか、彼が作るのもは大概苦い薬の味がするのだ。
がちゃがちゃと音のする方をに視線を向けると、ルウが試験管に入ったキーロの血液を保管箱から取り出していた。そして何を思ったのか、ルウはそのまま試験管の縁に口を付け、飲んだ。
「……は?」
「ダメか。鉄臭い」
「いやいやいやいや。ダメか、じゃないから!血なんだから鉄臭いに決まってんだろ!ってか、そんなもん飲むなよ汚いだろ馬鹿じゃねえの⁉︎」
今見た光景が信じられずキーロが半泣きで叫ぶ。いったい何なんだ今日は。俺が何をしたっていうんだ。ルウはそれをきょとんとした表情で見やると、例の嗜虐的な笑みを浮かべ、試験管に残っていたキーロの血液を全て飲み干した。
「えぇ……おま、頭おかしい……」
「甘いのではないかと思ったんだが」
「俺は、夢魔じゃ、ない!」
「それだ……夢魔の血液は甘い!」
なにか閃いたらしいルウが、パチンと指を鳴らして机に向かう。ぶつぶつと呟きながらノートに文字を書き込んでいく主人を、キーロは死んだ魚の目で見ていた。ルウの頭がぶっ飛んでいるのは今に始まったことではないが、今日のは流石に度が過ぎる。俺の血は口直しじゃないんだぞ。
頼むからそのまま思考の海に潜って海藻でも喰っててくれ、というキーロの願いは叶わず、考えをまとめ終えてしまったらしい主人は機嫌良くソファーに近寄ってきた。
「味の方は君のお陰でなんとかなりそうなことだし、そろそろ効果の程を確かめようじゃないか。どこまで自分の意に反することをさせられるのか見物だな」
「待って、媚薬ってそういう風に使うもんじゃなくない?普通は……普通はこう…………うん、とりあえず違くない⁉︎」
「……?君は元から私のことが好きだから、惚れ薬としての効果は確かめようがないじゃないか」
そう口にしたルウの瞳があまりにも純粋だったから、キーロは何も言い返すことが出来なかった。急成長した身体と口調のせいで、さも大人の男性のように見えるルウだが、彼の中身は出会った頃のままだ。十四歳の……否、もっと前の段階から変わらず、子供のまま。実験と称するコレは、彼にとってはただの遊びに他ならない。
そして彼が自分に向けている感情は、飼い主がペットに向けるものと同じだとキーロは解釈していた。不純物など一切ない、いっそ恐ろしい程に澄んだ愛情だ。その『好き』とは意味合いが違うのではないか、という訂正さえ無粋に思えてくる。
「相変わらず自信家な坊ちゃんだなぁ」
「そうかな。君のことに関しては慎重になっているつもりだが」
「人の血液飲み干した口でよく言う。抗凝固剤混ざってただろ、大丈夫なのか?」
「うん。あれくらいなら問題ない」
膝を折り、ソファーの座面に頬杖をつくルウの頭を、キーロはわしゃわしゃと撫でた。心地良さそうに目を細める様を見て罪悪感が押し寄せる。勝手に意識して抵抗していた自分が馬鹿みたいだ。
しばらくそうして仔犬のように撫でられていたルウだったが、ふと腕時計を確認すると、ペンとメモ帳を取り出して笑った。
「さて五分経ったな。手始めに服でも脱いでもらおうか」
「お〜い、俺の罪悪感返せ〜」
言い終わるのと、腕がひとりでに動き出すのは同時だった。
「あ"ぁぁぁああ死ぬ死ぬ死ぬ!指が死ぬ!」
「強情だなぁ。良いじゃないか服くらい。減るものでもあるまいし」
「俺の中の何かが減っちゃうの!!」
自分の意思に反してシャツのボタンを外しにかかってくる指を、ソファに食い込ませて叫ぶ。少しでも気を抜いたら自分の手が襲いかかって来そうだ。
ルウの言う通り、諸々の計測や測定で裸なんて何度も見られているのだが、それとこれとは話が別だった。
「これ絶対媚薬の精神操作じゃない!なんかヤバイもん入れただろ!」
体温と心拍数の向上、軽い興奮作用はあるものの、それを押し除けるほどの強い精神作用を生じているのが自分でも判る。
「失礼な。正真正銘の媚薬系魔術薬だ」
「系⁉︎」
「ああ、さっき言い忘れたが、磔刑の杭を粉末にしたものが少々、中途半端に残っていたので試しに入れた」
「それもう傀儡の呪いじゃねえか……!」
通りで体の自由がきかないわけだ。傀儡の呪いは強力な古代呪術の一種であり、精神力どうこうで跳ね返せるものではない。今こうしている間にも、意識がジリジリと侵食されていくのを感じる。
とにかく一度解呪しろと睨み付けると、ルウは渋々といった様子で命令を撤回した。やっとソファから手を離せる。
「お前わざと言わなかったな?」
「わざとも何も、もともと君に投薬内容を説明する義務はない。……『仰向けになり、両手を上に』」
突き放すような言葉に傷付く間も無く、体が勝手に動いていた。力無く頭の上に投げ出された腕を、大きな手が一纏めに拘束する。
無防備に横たわったキーロの上に、ルウが覆い被さる。先程までの半ばふざけた雰囲気は跡形もなく霧散し、張り詰めた空気が漂っていた。
「ルウ……?」
「最近の君は、要らないことばかり考えているだろう」
「は……何言い出すんだよ、急に」
「目を逸らすな」
頬に手を添えられ、真っ直ぐ前を向かさせる。菫色の瞳の奥に、もう見ることはないと思っていた暗い昏い闇が瞬く。
ギシリ、とソファが軋んだ。
「君が勝手に離れて行こうとするから、私なりにいろいろと解決策を考えたんだ。もう少しで完成するのに、肝心の君が居なくちゃ意味が無い」
ゾワリと鳥肌が立つ。こんなに表情の抜け落ちたルウは久々に見る。自分が何処かでルウの逆鱗に触れてしまったのは確実だが、キーロには彼の言葉の意味が理解出来なかった。
唇を撫でていた指が首筋を辿り、やがて心臓の上へと移動していく。そこに常とは違う意図を感じ取り、キーロは縋るような視線を向けた。
「ルウ、やめろ。俺たちはそういうのじゃないだろ?」
「ああ、そういうのじゃない。ただ……」
カッターシャツの下から滑り込んだ冷たい指先が、薄い腹を撫でる。「ここに、」と低い声が示したのは、臍の少し下あたりだ。
「私の遺伝子を受け入れる器官があったなら、君が離れていかない理由が作れると思ったんだ」
「……おい、お前まさか」
最悪の想像が頭を過ぎる。被験者として、今まで沢山の魔術薬を飲んできた。目や髪の色を変える薬、声を封じる薬、一時的に身体能力を向上させる薬……身体の一部を作り変えるなんて、魔術薬には簡単になし得ることだ。
緩慢な動作で持ち上げられた右手首の内側に、甘く歯が立てられる。蒼褪めていくキーロの顔を、ルウは至極愉快そうに見下ろした。
「正解」




