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死がふたりを結ぶまで  作者: 篠矢弓人
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独白─瞼の地獄2─

 

 魔獣を殺して、より高位の魔物である『鬼火』に格を引っ張り上げる。そうして僕に取り憑かせれば、魔物をずっと従えることが出来き、魔力の供給源に困ることはなくなるだろう。魔術薬の調合以外で魔術を行使するのは初めてだが、手順通りにやれば上手くいく。


 せっかくだ。効率重視で、人間には危険な魔術薬も投与してみよう。魔獣は丈夫だから、それでも死なないかもしれないな。そうしたら、今度は猫魔でも失血性ショックで死ぬのか試してみよう。臓器の一部は保存して……そういえば、魔力を生成する器官はどこにあるのだろう?調べてみたい。腐敗するまでの時間も記録しなくては。


 ああ、試したいことが多過ぎる!これからのことに思いを馳せて楽しいと感じるのは生まれて初めてだ。猫魔が一体しかいないのが残念でならない。


 けれど、実験は失敗した。術式を発動させている最中に部屋に入ってきたイゼドに止められたせいだ。

 魔術の暴走によってイゼドは頬に大きな傷を負い、猫魔の魂は中途半端な形で亡骸に絡まった。猫魔の体は血液でぐちゃぐちゃに湿っていて、元の柔らかさをすっかり失っていた。


 僕は慌てて母の遺品である紫水晶の原石に猫魔の魂を繋ぎ止めた。天然石は微量ながら魔力を放出する。時間はかかるが、ずっと亡骸の側に置いておけば猫魔の魂の修繕は可能だろう。


 しかしこの一件により、僕は顔も覚えていないお父様から大変な畏れを抱かれることになってしまった。


「ルウグ、お前は狂っている」


 父親から初めて直接かけられた言葉だ。いつもは使用人を通してしか意思の疎通をしてこなかったから、父親はこんな声をしていたのかと新鮮な気分だった。


 そういえば、誰かに名前を呼ばれたのは初めてだ。使用人はみんな『坊ちゃん』と呼ぶものだから、なんだか違和感があった。

 父が非常に怯えたような様子で、お前を癲狂(てんきょう)院(精神科病院のとても旧い名称だ)に入れると言うものだから「もし仮に僕がなんらかの精神疾患を患っていたとして、この国の現在の医療水準では、寛解させるどころか治療すらままなりませんよ」と進言した。治療効果のないものに無駄な医療費をかけるのは愚かなことだと提案したつもりが、父親はますます僕を気味悪がった。


 結局僕を精神科病院に入院させることを諦めた父親は、僕を再び閉じ込めた。そのために設えたらしい新しい部屋には、日常生活で必要になるものが全て揃っていて、僕が外へ出ることへの恐れを如実に表している。父は僕を矯正させようとしたのか、帝国主義の家庭教師ばかりを雇った。僕が一番嫌いな人種だ。彼らはそれ専用の生産機か何かのように、矛盾ばかりを吐き出す。


 再び頭痛に苛まれるのが嫌で追い返しても、さらに雑音の出力を上げた矛盾生産機が送り込まれる。こんな場所にいたら、いつか本当に発狂してしまう。本気でそう思った。


 何故か無性に猫魔のふわふわの毛並みに触れたい。もう居ないというのに可笑しな話だ。

 そういえば、あれからイゼドの声も聞いていないな。彼は大人にしては矛盾が少なくて不快ではなかったのに。


 ああ、頭が痛い。


 耳を塞いでも雑音が聞こえる。


 何もかも邪魔だ。


 一人で生きていける力が欲しい。


 ……ただ、静かに暮らしたい。


 だから僕は計画を立てた。今にして思えばあまりにも拙い、この箱庭から抜け出すための計画を。

 そのためにはもう一人必要だ。僕と同じ年頃の、同性の子供が。律儀にも例年通り、使用人を通して誕生日の贈り物の希望を訊いてきた父親に、僕は初めて子供らしくおねだりをした。「実験に使う奴隷が欲しい」と。


 父親からしてみれば、生贄でも要求された気分だったのだろう。わざわざ遠くの街の寂れた奴隷商へ使いを遣り、そうして「彼」が来た。


 ずいぶん見目好いのを連れて来たな。というのが、彼に対する最初の感想だった。


 滑らかな褐色の肌。涙でぐちゃぐちゃに濡れた精悍な面差し。金色に輝く大きな猫目。

 無駄のない生き物。痩せて窶れてはいたが、その程度で彼の魅力は損われていなかった。見惚れていたせいで、イゼドへの命令が一拍遅れてしまったくらいだ。花崩れだと後から知って合点がいった。エルムの花だったのなら、この美しさも頷ける。


 キーロと名付けたその彼はもともと要領が良かったのか、新しい環境にもすぐに適応した。また、想定以上に賢く、文学や音楽など、芸術に関しての造詣が深かった。


 その一方で驚くほど無知な一面も持ち合わせていたが、これはエルムの花として教育されていた内容が偏っていたためだろう。試しに書物と辞書を与えると、彼はみるみる新しい知識を吸収していった。とても便利だ。教育の手間が省ける。


 彼はまた、大変にお節介な性格だった。毎朝早く起きては、甲斐甲斐しく僕の世話を焼く。給料を貰っている訳でもないのに、細かなことに気がついては僕の手伝いをしたがる。最初の頃はなんて奇特な人間だと呆れたが、徐々にそれも悪くはないと思い始めた。

 彼は雑音のない声で僕に語りかけ、身体の割に大きな手で頭を撫でる。僕に触れるキーロの手は柔らかく暖かで、心地良い。おそらくこれが、いつか本で読んだ「甘やかされている」という状態を指すのだろう。


 キーロが来たことで得たものは、他にも沢山あった。彼は僕に『寂しい』という感情を教えた。好意的な意味をもつ『好き』を音声として聞いたのも、彼の声が初めてだった。嬉しかった。「舞い上がるような気持ち」という言葉は、きっとこういうときに使うのだ。


 キーロとの生活を通じて、僕は今まで宙ぶらりんだった『感情』や『感覚』を、『言葉』に結びつけることが出来るようになった。


 例えば、キーロと話すのは楽しい。抱き締めれば暖かく、頬を擦り寄せれば柔らかい。離れているのは寂しくて、一緒にいれば安心する。


 キーロが笑っていると嬉しい。それなのに、泣いている顔も、困った顔も、怒った顔も可愛らしく思えてしまう。私の中に初めて許容出来る矛盾が生まれた。


 名前を呼ぶ声が耳に心地良くて、その声が他の人間の名前を紡ぐと少し苛立つ自分がいる。そっぽを向かれると不安になって、最優先でどうにかしなくてはと思ってしまう。


 指先を絡めるのは幸せ。唇が触れるのは、すこし、照れる。

 その声を聴くために耳を塞ぐのをやめた。

 その姿を目に映すために瞼を開いた。


 独りぼっちが、怖くなった。


 愛情とはどのような姿をしているのか?という問いの答えは、遥か昔から詩人が詠い、画家が描き、哲学者が生涯を捧げ、それでもなお決まったカタチのないものだという。複雑で、多様で、ときに矛盾していて、実に主観的。けれどそれは、何物にも代えがたい素晴らしいものなのだと。

 それなら、キーロに抱くこれらの感情を総称すると、きっとそれは『愛しい』なのだ。そうであったなら良いと、いつしか僕は思うようになった。


 ──なって、しまったのだ。 僕の計画に、狂いが出始めた。


 使うときまで飼育して徐々に作り変えようと思っていたのだが、困ったことに、殺すのが惜しくなってしまった。

 だってキーロを殺したら、きっと私はまた『寂しく』なる。作り変えてしまったら、それはもうキーロじゃなくなる。それは嫌だ。あの暖かい手が温度を失うことも、人形のように表情をなくした顔も、想像しただけで恐ろしい。


 ここから逃げ出す方法を変えなくては。もっと緻密に、もっと正確に。キーロも一緒に、逃げられるように。


 計画の変更は思った以上に時間がかかった。僕は周囲の人間が思っているような『頭の良い人間』ではない。知識をただ覚えるのは得意だが、それを分析し、再構築するのは人一倍不得手だ。


 今までは、その欠陥を補うために情報を詰め込んで理論的飽和に至っては、予測との些細なズレに悩まされてきた。まして今回は『キーロも一緒に』という絶対的な前提条件がある。不安要素を挙げ出したらキリがない。うまく立ち回って、邪魔なものは全部消して、それを誰にも悟られないように、この世界から消えなくては。

 そのためには、多少の精神的苦痛は耐えなければならないだろう。でも、彼と生きるためだと思えば、我慢できる気がする。


 ここから出たら、キーロとふたりで生きていける場所を探そう。昼も夜も、明日も明後日も、何年だって一緒にいられる場所。おはようとおやすみを、恙なく重ねていける場所で生きていこう。


 どんなに遠いところだって構わない。君と一緒なら、きっと何処へでも行けるって、そう信じられたんだ。



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