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魔法使いレオナの魔法が使えない!?  作者: ネコまんま
見知らぬ森
3/8

 その日の放課後、私は学級委員の雑務を先生に頼まれてしまい、いつもより少し遅い時間に下校していた。


 怜央奈(意外と遅くなっちゃったなー。コユキお腹空いてるだろうし、早く帰ってあげなきゃ)


 コユキはうちで飼っている犬で、私が小学生に上がる年の誕生日に父がプレゼントしてくれた。あとから聞いた話だけど、私の誕生日プレゼントを買い忘れていた父が、そのとき偶然捨てられていたコユキを拾ってきて、急ごしらえのプレゼントにしたらしい。急に捨て犬連れてきたわけだし当然、母とはひと悶着あったみたいだけれど、喜ぶ私の姿を見て母も受け入れざるを得なかったらしい。


 私はまだ幼かったので詳しくは知らされていないが、約一年後、父は海外旅行中の事故によって亡くなってしまった。以降、仕事で忙しくなった母に代わり、私の寂しさを埋めてくれたコユキは私にとってかけがえのない存在だ。


 コユキの事を想いながら自転車のスピードを上げて帰宅を急いでいると、見慣れた道になにやら人だかりが出来ているのを見つけた。


 怜央奈(なにかあったのかな?)


 不穏な空気を感じつつ人だかりに近付いていくと、前方のバンパーが大きくへこんだ車が停まっているのが見えた。どうやら交通事故のようだ。怪我している人がいるのかもしれない。少しでも何か力になれればと、自転車を降りて駆け寄ってみた私は、飛び込んできたその光景に自分の目を疑った。


 怜央奈「………コ…ユキ…?」


 そこには変わり果てた姿で横たわる血まみれのコユキと、何故か放心状態で地べたに座り込む透の姿があった。母曰くコユキは雑種で、白い柴犬のような見た目をしているのだが、鼻先から耳、背中から尻尾にかけて特徴的な黒い毛が生えているからすぐに分かる。何より、小さい頃からずっと一緒に生きてきたのだ。見間違いようがない。


 怜央奈「コユキ!!コユキしっかりして!!!!誰か救急車おねがい!長谷川くん!」


 私は泣きながらコユキに駆け寄り、抱きかかえて周囲の人に助けを求めた。しかし、長谷川は放心状態で、周囲の人々は哀れみの目を向けるだけ、誰もコユキの為に動いてはくれなかった。


 怜央奈「なんで誰も助けてくれないの?助けてよ!ねぇ!お願い!こんなのひどいよ…あんまりだよ…」

 本当はこの時点で私にもその理由は分かっていた。コユキの白かった毛を赤く染め上げている血液は所々乾いていて、あんなに暖かかったコユキの温もりが徐々に失われていっているのを肌で感じていたから。コユキはもうどう足掻いても助からない。もう、とっくに死んでいるのだ。


 怜央奈「コユキ…。おねがいコユキ目を開けて?帰ったら好きなだけおやつあげるからさ…いっぱい遊んであげるから…おねがい…ずっと一緒にいてよ!……一人に…しないで……誰でもいいから…コユキを助けて…」


 父が亡くなってから、母は自分が家族を養っていかなくてはいけないという責任からなのか、仕事で家にいる時間が極端に減り、家にはいつも私とコユキしか居なかった。それでも私はコユキがいてくれたから寂しくなかった。


 散歩のときは、猫を見つけると全力で追いかけて行くコユキを止めるのがすごく大変だったし。一緒にお風呂に入れば、まだ泡流してないのに勝手に湯船に入って泡風呂にしちゃうし。芸を教えてもお手しか覚えてくれないし。一緒に寝るといびきうるさくて嫌んなっちゃうけど。そんなコユキの全部が愛おしくて大好きだった。「いってきます」と「ただいま」を言える相手が居てくれたことが、幼かった私にとってどれだけ心の支えになったか。そんな些細な幸せすら突如として奪われてしまった。これから、私は()()だ。


 現実を受け止めることが出来ず、冷たくなっていくコユキに顔を(うず)めながらただひたすら泣いていると、我に返った透が泣きながら話しかけてきた。

 透「樋口さん。ごめんなさい。僕が瀬乃くんの頼みを聞かなきゃこんなことには…僕のせいだ」


 怜央奈「………櫂…渡?櫂渡がやったのね?櫂渡は今どこ?」


 透「樋口さん落ち着いて?そうじゃなくてこれはじ」


 怜央奈「櫂渡はどこに行ったの!!?」

 声を荒げる怜央奈。初めて見る怜央奈の表情に気圧され、正直に答える透。


 透「っ!…む、向こうの道を走って行ったよ」


 怜央奈「…ごめんねコユキ。ちょっと待っててね」


 抱いていたコユキを優しく地面に降ろすと、怜央奈は停めていた自転車に跨り、ものすごい勢いで透の指差した方向に自転車を走らせた。その刹那、透がなにか叫んでいたが、怜央奈には届かなかった。


 怜央奈(なんで?どうしてこんなことになったの?わからない。櫂渡がやったの?なぜ?昼のことで怒った腹いせに?いや、櫂渡はそんな人じゃない。…本当にそう?私あの時殴られそうだったよね?櫂渡はそんなにも変わってしまったの?もう私の知ってる櫂渡はいないの?ねえ櫂渡。もうわかんないよ)


 悲しみ、驚き、怒り、後悔、様々な感情が怜央奈の中を渦巻いている。もう自分がどうしたいのかもわからなくなっていた。


 そんな状態の怜央奈の視界に、俯きながら歩く櫂渡達三人組が映り込んできた。瞬間、自転車を乗り捨てて走り出して叫んでいた。

 怜央奈「櫂渡ーーーー!!!」


 怜央奈の声に気付いて振り返った拓真と翔は、血まみれの制服で泣きながら迫ってくる怜央奈の姿に驚いて固まってしまった。櫂渡は俯きながらゆっくりと振り返る。


 怜央奈「ハァッ…ハッ……櫂渡が、やったの?」


 櫂渡「…ああ。そうだ」


 俯きながら返事をする櫂渡の左頬を 私は力いっぱい殴った。殴った手が、心が、痛む。もちろん殴られた櫂渡の方が痛いはずなのは分かっている。けれど、人を殴ったことのない私は、殴った側がこんなにも痛むことをこの時初めて知った。なによりも、信じていた人に裏切られた事実が、私の心を深く(えぐ)った。


 私は櫂渡の胸のあたりを両手で突き飛ばしながら問い詰めた。

 怜央奈「どうして!?ひどいよ櫂渡!なんであんなことしたの?コユキは関係ないじゃん!」


 櫂渡「……」


 怜央奈「私のことが嫌いなら、殺したいほど嫌いだったなら、私を殺せばよかったでしょ!」


 櫂渡「っ!!…それは違う!」


 怜央奈「何が違うって言うの!?」

 私は櫂渡の事を何度も突き飛ばす。


 翔「樋口、落ち着けよ。俺らだってあんな事になるなんて思ってな」


 怜央奈「あんたには聞いてない!!!」


 櫂渡「…ごめん。本当にごめん」


 怜央奈「……ごめんって何?謝罪の言葉なんていらない。コユキを返して。返してよ!!!」

 どうしようもなく感情を抑えられず、私はまた櫂渡を突き飛ばしてしまった。


 櫂渡「おわっ!」


 その瞬間、櫂渡が大きく体勢を崩したので私は咄嗟に彼の手を掴んだ。周囲のことなど目に入っていなかった私は、櫂渡の背後に長い階段があることに気付いていなかったのだ。手を掴んだものの、私と櫂渡の体格差は大きく、当然支えることなど出来ずにそのまま二人共階段を転げ落ちてしまうのだった。


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