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気弱な令嬢のあこがれ





ぱちり。

この日もまだ日は昇っていなかったが、オレリアはいつもと変わらず早い時間に目を覚ます。

顔を簡単に洗い、服を着替える。

吐く息が白いほどの寒さだが、それはもう慣れた。


ある程度支度を終えてから、鏡の前に立つ。

静かに服を捲って自分の脇腹を確認すると、真っ青の痣は昨日より一日分、心臓に近づいていた。


(あと残り359日)


今日は、残った359日のオレリアの寿命のうちの一日だ。




オレリアは、冷たい水を汲んで朝の準備を始めた。

以前と変わらず、エクレールと夫人の世話をするためだ。


だけど今日のオレリアは、買い出しに市場に出た時に、可愛い服やアクセサリーを見に行きたいと考えていた。

不細工な自分に可愛いドレスやアクセサリーは似合わないだろうけれど、やっぱり女の子に産まれたのだから、オレリアにも可愛くて綺麗なものに憧れはあった。


これは心の隅っこで、オレリアが「できたらいいな」「やってみたいな」とずっと思っていたことだった。

でも「また今度、奇跡が起こって私が不幸じゃなくなった時に」、「いつかドレスが似合うような自分になれた時に」と、そんなことを言って、今までは見に行くことさえしようとしなかったのだ。


(でも今は、あと一年で死んじゃうのだから、やりたい事が少しでも出来たらうれしいな、と思ってるの……)


一日づつ明確に死に向かうオレリアは、非力だけれど自分のできる最大の範囲で、自分の願いをかなえてあげたいと思ったのだ。




自らに課せられた仕事を頑張って出来るだけ早く終わらせ、オレリアは買い出しに出かけた。

今日買わなければならない物は、薬と、屋敷に残っている数少ない使用人たちの食事の材料と、衣類を繕うための糸だ。

先ずはそれらの仕事を先に済ませていく。


賑やかな市場に入り、人とぶつかりそうになるのを避けて目的の店を目指す。

市場の中で一番安い薬屋で一番安い薬を買い、それから野菜を売っている屋台で旬の野菜を買った。

今は雪がちらつく寒い季節だから、買ったのは主に芋類だ。


野菜を一通り買い終わったら、次は肉屋を覗いてみる。

並べられた肉の値段と財布の中身を見比べ、オレリアは今回も諦めることにした。


侯爵が遣いを通して支給してくる毎週の金額が、今週も明らかに減らされているからだ。

きっと侯爵は今週も、夫人とエクレールにねだられて何か高い物を買ってしまったのだろう。

だからそのしわ寄せが、使用人たちのための経費の削減という形で現れたのだ。


オレリアの一応の父親である侯爵は、領地内にある別邸で仕事をしており、オレリアがいる本邸には滅多に来ない。

侯爵は、夫人とエクレールには別邸に一緒に住みたいと何度も提案しているらしいが、夫人とエクレールは首を振り続けている。

なんでも、別邸は街から遠い辺鄙な地にある小さな屋敷だから嫌なのだそうだ。

だから2人は、基本的には本邸で暮らしている。

そして時々夫人は気がむいた時に別邸に滞在し、侯爵の機嫌を取っているようであった。



「今週も、お肉はなし……ふう」


もう何年も質素なスープだけを食べてきたオレリアは今週も肉を買うのを諦め、糸が売っている店へと移動した。


そして無事に糸を買い求め、仕事を終えたら次は、少しドキドキしながら市場を出てブティックのある通りへ向かう。




お洒落な煉瓦道。

煌びやかなお店。

周りを歩くのは、市場にいたような雑多な身なりの人たちではなく、きちんと手入れされた服の人。


オレリアも一応、煤の着いた髪を冷水で洗って、顔の汚れも取ってはきたものの、綺麗な服など持っていないから使用人用のローブと、履き潰したブーツでこの場所にいる。

場違いだと顔が赤くなって、今にも逃げ出してしまいたくなったが、何とか踏みとどまった。


(あと一年しか生きていられないのだから、こんなに汚い格好でこのお洒落な通りを歩いても、一度くらいは、許してもらえる、よね……?)


おずおずと、ブティックのお洒落な通りに足を踏み入れる。

道行くお洒落な人たちの視線が痛い。



しかし可愛らしい洋服のお店の前に来たとき、身を縮めてビクビクしていたオレリアの気持ちが少しだけ明るくなった。


(わあ……かわいい)


ウィンドウに飾られたマネキンが来ているのは、透明感のあるレースを幾重にも重ねた美しいドレス。

それと、生花を縫い付けたような鮮やかなドレス。

その後ろには天使が舞い降りたかのようなフワフワと軽やかなドレスもあった。


(でも、愚図でのろまで不細工な私には絶対に似合わないけれど……)


(って……駄目駄目、俯いちゃ。卑屈になる為にここに来たんじゃないんだもの)


いつもの癖でつい俯いて下を向いてしまうが、オレリアは慌てて顔を上げた。


綺麗なドレスと比べると際立つ自分の残念さに、どうしようもない気持ちにはなったけれど、可愛くて綺麗なドレスを見ることが出来ただけでも満足だという気持ちが大きい。

以前までのオレリアだったら、綺麗なドレスを見てみようとさえしようとしなかったのだから、大きな一歩だ。


ドレスのお店の隣には、帽子屋があった。

ウィンドウを覗くと、その名の通りたくさんの帽子があって、とても賑やかだった。

しかし帽子だけではなく、令嬢の間で流行っているという飾りがいっぱいに付いたカチューシャや髪につけるベールなどもあるようだった。


(これも、みんなかわいい……)


オレリアは自分の灰色の髪に合う飾りはないかもしれないと思ったが、見ている分にはとても幸せになってくる。


(あれと、さっきのドレスを合わせたら、もっとかわいいかも……)


ウィンドウを覗き込みながら、オレリアは思わず笑みをこぼしていた。


そんな風にしてお店を外から見て回り、オレリアはアクセサリーショップの前まで来ていた。

中にはたくさんのお客さんがいたので、彼女たちを怖がらせないようにしつつ、こっそりとウィンドウを覗いてみた。


(わあ……とってもかわいい……)


ショーケースの中には、色とりどりのアクセサリーが綺麗に並べられている。

上品に光る小さな石を付けたネックレスや、魔法陣を彫り込んだお守り代わりにもなる指輪。

個性的な輝きを放つ対のピアスに、珍しい石で作られたブレスレット。


どれも、物語に出てくるアクセサリーよりも精巧で、想像していたアクセサリーよりも100倍輝いていた。


(来て、良かった……綺麗なものが見れて、満足……)


(死ぬ前にやりたかった事、一つ、できた……)



オレリアが顔をほころばせた瞬間だった。



唐突に、大きな悲鳴が上がった。



「「「「強盗だーっ!!」」」」




(え?なんだろう……?)


何事かと声のした方へ顔を向ける前に、何か固くて大きなものがガシッとオレリアを捕まえた。


「それ以上近づいてくるな!近づけば、こいつを殺す!」








皆さまはゴールデンウィーク、いかがお過ごしなのでしょう。

私はごろごろ休みを満喫しています。


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