最終話
「だめっっっ!!!!!!!」
オレリアは自分で出した大声に驚いて目を覚まして飛び起きた。
「ルイスさん、なんてことを!」
先ほどまでぼんやりとしていた意識は今、しっかりとある。
先ほどまでなかった感覚は、ハッキリとある。
そして、夢の中で見ていた光景の記憶もしっかりとある。
オレリアは毛布を跳ねのけ、服を捲り上げた。
自分の腹を鏡に映す。
真っ赤に痛んでいた痣が、綺麗さっぱり無くなっていた。
体も全くだるくない。
思い通りに俊敏に動く。
本当に、呪いが無くなってしまった。
夢で見た光景はやはり本当に起こった事だった。
オレリアは急いで見習い騎士寮の自室迄走り、動きやすそうな服を身に付け、履き慣れたブーツを履いて部屋を飛び出した。
「お、おい、オレリア!?お前、体はもういいのか?!」
途中で驚いたロナウトに声を掛けられたが、オレリアは「大丈夫です!」と一言叫んだあと、脇目もふらずに王城へ急いだ。
目指すは、第二王子ディートリヒのところだ。
ただの病人だった女が第二王子と面会するのは多少難航するかもしれないし、門番がごねたら強行突破でも何でもしてやろうとこぶしに力を込めていたが、オレリアは案外あっさりと通され、無事にディートリヒに会うことが出来た。
もしかしたら、珍しい呪い持ちだったということでオレリアの顔は門番や守衛たちにも憶えられていたのかもしれない。
まあ、今はそれをのんびり考えている暇はない。
ディートリヒには簡単に現状を説明して、ルイスが魔物の呪いを自身に移したことを話した。
そして、ルイスが向かったその場所を聞きだした。
一刻も早く、ルイスがいる場所にいかなくては。
まくし立てるオレリアの話を静かに聞いていたディートリヒは、騎士団の小隊を一つ護衛に付けると言ってくれ、ルイスが魔物と対峙した場所を教えてくれた。
「オレリア君、険しい場所ではあるが行ってやってくれ」
「はい!」
オレリアは、何としてでも呪いが発動してしまう日の前にその場所に辿り着き、もう一度自分に呪いを移してもらおうと考えていた。
ルイスの事は、絶対に死なせない。
オレリアは騎士団から軽めの防具やら厚手のマントやらを借りて、馬に乗って出発した。
休憩は馬を休ませるだけに使って、あとは脇目もふらずに目的地を目指した。
その間も、刻一刻とタイムリミットが近づいてくる。
ルイスはその身にオレリアの呪いを受けたのだから、今だって赤い痣に覆われて、焼けるような痛みを味わっているのではないか。
あの薄暗い洞窟で、独り耐えているのではないか。
……そんなこと、あんまりだ。
大事な人にそんな思いをさせてまで生き延びたかったわけじゃない。
好きな人がいるから生きたかっただけで、ルイスが死んでしまうなら生きている意味などない。
ほんとうに、大好きな人を失って生きる人生に意味なんてないのだ。
「オレリアさん、少し休んだらどうですか?」
「いいえ。私は大丈夫です。でも皆さんは休んでもいいですよ。それで後から追い付いてきてください」
「いや、俺たちは大丈夫ですけど、オレリアさんは顔色も悪いし、夜もろくに寝られてませんよね」
オレリアはその提案を一蹴するように首を振った。
まさか。悠長に眠っていられるわけがない。
一刻も早くルイスの元に辿り着きたいのだ。
一秒でも早く呪いを移し戻してもらいたいのだ。
オレリアは近付いてきて心配してくれた騎士を振り払うように、馬の腹を蹴った。
はやくはやくはやく。
早く。
絶対に死なせないと言ってくれたルイスの顔を思い浮かべて、オレリアは「絶対に死なせない」とルイスを強く抱きしめたかった。
ルイスがオレリアにしてくれたように、今度はオレリアが絶対にルイスを死なせない。
何日走っただろうか。
小さな村を幾つも突き抜け、峠を越え、山を登った。
もう少しで、本来オレリアが死ぬ予定だった日が来てしまう。
夢の中でアルベルはオレリアの呪いをルイスに移すと言っていたから、呪いの期限が切れるとしたら元々のオレリアの寿命の日である可能性が高い。
「はやく、行きましょう」
オレリアは今夜はこのあたりで野営をしようと言い始めた騎士たちに、断固として賛成しなかった。
「オレリアさん、焦る気持ちはわかりますがもう馬も貴方も限界です。お願いだから休んで。オレリアさんの言う時間までには絶対に洞窟に辿り着けるようにしますから」
「でも、一刻も早く助けてあげたいんです。馬は休ませてあげてください。でも私は大丈夫ですから、近くの村で一頭新しい馬を借りていきます」
「いや、ちょっ……」
白い岩でできた壮大な山肌のふもとの村まであと少しというところまで来た。
魔物とルイスがいた洞窟はあの山にあるから、もう少しでルイスの所に辿り着ける。
早く。
早くルイスの元に辿り着いて、一秒でも早く助けてあげたい。
一秒でも早くそばに行きたい。
オレリアは騎士の制止を振り切って、フラフラとしてしまう体にムチ打って走り出した。
この先にあるという、まだ見えぬ山のふもとの村を目指して足を動かす。
途中で足がもつれてこけてしまったが、オレリアは砂が付いたのも怪我をしたのも構わず立ち上がって走り続けた。
やっぱり、何日もろくに眠ることが出来ていないので流石に疲労が蓄積している。
足が軽く動かない。
だけど、足を止めるわけにはいかない。
少しでも早く、ルイスに会いたい。
「わっ!」
村はもう目前だというところで、どしゃっという音を立ててオレリアは再びこけてしまった。
地面に盛大にうつ伏せになり、鼻に手のひらにとすりむいてしまった。
だけど、こんなもの痛みのうちに入らない。
腕に力を入れたオレリアが立ち上がろうとしたその時。
「お……オレリアさん?!」
聞きたかった声に顔を上げると、驚いたような泣きそうなような顔のルイスが目の前にいた。
夢で見たよりもさらに汚れてボロボロになっていたが、山の方からこちらに歩いてきたように見える。
幻覚だろうか。
会いたすぎて、幻覚を見ているのだろうか。
それとも疲れすぎて、オレリアの意識がはっきりしていないのだろうか。
「……ルイス、さん……?」
「オレリアさん!大丈夫ですか?!体がまだ辛いのですか?それに、どうしてこんなところに?!」
ルイスが駆け寄ってくる。
そしてオレリアを抱き起してくれた。
「オレリアさん……」
物凄くボロボロだけど、ちゃんと温かい。
ちゃんと動いている。
痛みに耐えている風でもない。
まだルイスが生きている。
幻覚でもなかった。
会いたくてたまらなかった本物だった。
どういう訳かは分からないが、洞窟に辿り着く前にルイスに会えた。
「ルイスさん、ルイスさん……!」
必至にルイスにしがみ付くと、ルイスは崩れるように地面に膝を付き、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「オレリアさん……体はもう大丈夫、ですね……?」
「はい、はいっ……」
「では、どうして、こんなところに」
「るっ、ルイスさんこそ!体が痛いのではないですか?どうして呪いを移してくれなんて言ったんですか!?だめです!ルイスさんがいなくなるなんて、絶対にダメです!ルイスさんがいないなんて、そんなの絶対に嫌です!」
ぎゅうっとしがみつきながらありったけの声で叫ぶと、オレリアの視界はあっという間にぼやけてしまう。
止まらない涙を頑張って止めようとしてみるも、自分の体は全然思うように動かなかった。
その間、ルイスは優しく背中を撫でてくれた。
それが優しくてオレリアはまた泣き声を上げてしまった。
「大丈夫です、オレリアさん」
「ルイスさん、大丈夫じゃないです!ルイスさんが私の呪いを自分に移したんですよね?夢で見ました!早く、貴方の呪いを私に移してもらわないと!」
「……夢で、見たのですか。でも駄目ですよ。そんなことをしたらオレリアさんが死んでしまう」
「私はルイスさんがいなくなることの方が嫌です!」
「大丈夫ですよ、オレリアさん」
ルイスは大きな手で優しくオレリアの涙を拭うと、小さく微笑んだ。
「私だって、オレリアさんを残して死んでしまうことは嫌です。まだまだ見せてあげたいものがありますし、私が死んだら他の男に取られてしまったりするのではないかと考えることさえ嫌です」
「でもっ……ルイスさんに呪いがっ……」
「それも、大丈夫です。私がオレリアさんを幸せにすると言った約束は必ず守ります」
いいこいいこと宥めるように、ルイスはオレリアの頭を撫でた。
そしてそのまま手をオレリアの頬に添えて、温かさを確かめるようにふわりと包み込んだ。
「魔物には、私の寿命を差し上げました。でも、オレリアさんから奪うつもりだった分のみです」
「えっ……じゃあルイスさんの寿命が短くなって……そんなの嫌です……」
「確かに少し短くはなったようです。でも、そんなに泣くことは有りません。オレリアさんは元々人より少し短めの寿命で、私は人よりも長い寿命を持っていたようなので、今ちょうど2人とも同じくらいの寿命になりました。私としては、全然悪くない取引でした」
「で、でも……」
どうやらルイスは、魔物がオレリアが死ぬまでの年月分をルイスの寿命から引き算したようだった。
そしてルイスの長めだった寿命はオレリアの寿命と同じくらいの長さになってしまったのだという。
オレリアが再び泣きそうな顔になると、ルイスはふふっと微笑んだ。
「私はもう貴方がいないところで生きていくのは想像するのも嫌なので。だから私はむしろ良かったと思っていますが、オレリアさんはまだ申し訳なさそうな顔をしていますね」
「だって……ルイスさんが……」
「では、その代わりにと言っては卑怯かもしれませんが、私とずっと一緒にいてくれませんか?結婚して、死ぬまで」
「え?」
目を真ん丸にして、まじまじとルイスを見つめる。
オレリアはルイスの腕の中で、彼の顔を見上げる形になった。
「いけませんか?」
「あ、えっと、けっこん?ルイスさんと、わたし?」
「はい、勿論オレリアさんと」
「い、いいんです、か……?」
「はい。オレリアさんが良ければ」
「はい、はいっ……!」
オレリアは少しだけ赤くなったルイスにぎゅうっと抱き付いて、全力で頷いた。
嬉しい。
本当に嬉しい。
オレリアは人よりも少し短いかもしれないという残りの寿命、全力でルイスを大切にしようと心に決めたのだった。
ルイスと一緒に綺麗な景色を見て、おいしいものを食べて、面白いものを発見して、話して笑って、誰よりも幸せになる。
そして誰よりも幸せにしよう。
彼と一緒に、全力で生きるのだ。
全力で悔いなく、ルイスと一緒にやりたいことを全部やる。
「そうですね。死ぬまでに、やりたいことを全部しましょう。一緒に」
ここまでお付き合いくださってありがとうございます。
評価などしていただけたら喜びます。
あと全然別の雰囲気の子がヒロインですが、新しく書き始めたものもあるのでよかったらそちらも訪ねてみてくださると嬉しいです!
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