怖いこと
「一緒にいられないというのは、何故ですか?」
訝し気に顔を上げたルイスの質問に対し、オレリアはモゾモゾと毛布から這い出して着ていた衣服に手を掛けた。
「え?!オレリアさん、なにを……」
オレリアの行動を予測して顔を赤らめて止めようとしたルイスは一瞬遅く、オレリアは自らの白い腹を外気に晒していた。
いや。
実際の腹は白ではなく、禍々しい赤い痣が広がっていてまるで魔物の皮膚のようなありさまだった。
そしてその邪悪な呪いの痣を見せつけられたルイスは目を見開き、ぐっと息をのんだ。
話すよりも見せた方が早いだろうと思って行動に出たオレリアは、すっと衣服をもとの位置に戻して禍々しい痣を隠すと、ベッドの上で姿勢を正してルイスに向き直った。
「私は魔物の、呪いに罹っています」
「魔物の……」
「その呪いの所為で、あと3ヶ月とちょっとで死んじゃうみたいなんです」
「オレリアさんが……?」
「だから、私、ルイスさんと一緒にいたくてもいられないんです」
死んでしまう。
だから一緒にいられない。
言葉にするとそれは途轍もなく重たい事実で、オレリアの心にのしかかってきた。
気を緩めればあっという間にルイスの前で泣いてしまいそうで、オレリアは無理やり笑顔を作った。
ニコッと笑ったつもりだったが、オレリアは手を引かれてルイスの方へグイッと引き寄せられていた。
ポスンと軽い音がして、オレリアは難なくルイスの胸に抱かれてしまった。
ぎゅっと力を入れて抱きしめられる。
ルイスにいきなり抱きしめられて爆発しそうなくらいドキドキして、そして生きている人間の温かさに包まれて不覚にも安心した。
「オレリアさん」
「は、はい……」
「大丈夫です。絶対に死なせません。絶対に幸せにします」
ルイスの強くて優しい言葉に、一人で張り詰めさせてきた糸がぷつんと切れた気がして、途端に涙が溢れてきた。
自分なんかが死ぬのに後悔も恐怖もない。
ルイスとはいい思い出が出来ただけで満足。
この街を出て綺麗な景色や珍しい風景を見たりお茶会に参加したりもっと色々なことをしてみたかったけど、でももう十分。
大丈夫。一人で死ねばいい。
そんな風に諦めるように自分に言い聞かせてきたけれど、本当は怖かった。
痛いのも怖いし、死ぬのも怖い。
幸せだったことも楽しかった時間もみんな消え失せて、なかったことになる死が怖い。
やっぱり死にたくない。
「……でも、そんなの、無理です……」
後から後から零れてくる涙を拭いていると、ルイスが優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫、泣かないで……絶対に死なせない。なんとかしてみせます」
「でも、魔物になんて、人間じゃ太刀打ちできません……」
「オレリアさん、大丈夫です。あと3ヶ月で絶対に何とかしてみせます。なんとか……」
「ルイスさん……」
大丈夫大丈夫とあやすように強く抱きしめてくれるルイスの名前を呼びながら、オレリアはまだボロボロと泣いていた。
こんなに好きだと思った人と一緒にいられなくなるかもしれない死への恐怖から来る、どうしようもならないほどの涙だった。
「大丈夫です、オレリアさん」
わんわん泣き続けるオレリアを面倒くさがることなく、ルイスはずっと宥め続けてくれた。
ギュッと抱きしめ、優しく背中を擦ったり涙を拭ったり、オレリアの気持ちが鎮まるまでずっと傍にいてくれた。
「オレリアさん、大丈夫。心配いりません。私はずっと傍にいますから。貴方もずっと私の傍にいてください」
「ルイスさん……でも、私が死んだら、ルイスさんには他の人といてもよいですからね……」
「なんてことを言うんですか貴方は。オレリアさんは死にません。大丈夫」
「でも、死なないようにするなんて不可能ですよ……」
「いいえ。絶対に、何か方法を探しますから」
それでも当てがあるわけでは無く内心は不安なのか、ルイスは生きているオレリアを覚え込むようにぎゅっと更にきつく抱きしめた。
そしてオレリアはこの晩からルイスと第二王子ディートリヒの迅速な計らいによって王城内にある医療施設に移され、そこで療養することとなった。
しかし、医療施設の専門はあくまで病気や怪我であって、オレリアのような呪いではない。
オレリアの所に来るのは医者や治療師よりも神官やまじない師が多かった。
また、魔物学者や魔術学者もオレリアの症状を確認しにやって来る。
しかし彼らは基本的には魔物の呪いは災害のようなものだから避けようもないし治しようもない、と神妙な顔をして言うばかりだ。
オレリアが痛みに耐えつつ色々な人の話を聞いている間、ルイスは毎日オレリアの様子を見に来ては時間の許す限り傍にいて色々と話して優しく撫でてくれた。
しかも、あれだけ仕事ばかりだと言われていたルイスが休暇以上の休みを申請し、あちこち奔走してオレリアの呪いを解く術を探して回っているらしい。
時々顔を出してくれるディートリヒやクレーベからそういった話を聞いた。
オレリアは、本当に嬉しかった。
これなら死んでも悔いはないと思う一方、こんなに大好きな人を残しては死んでも死にきれないと強く思うようになっていた。
だが、なんの解決策もないまま時間は過ぎ、オレリアの寿命はどんどん無くなっていた。
どんどんどんどん生きていられる時間が消えていき、腹にあった赤い痣がもう少しで心臓に届きそうだった。




