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余命一年のドアマット令嬢のやりたいこと全部  作者: 木の実山ユクラ


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距離を置く




それからルイスが再びオレリアに姿を見せてくれたのはクレーベと話した丁度一週間後で、その時のルイスはたくさんの軟膏を持参していて、オレリアに何度も大丈夫かと聞いてくれた。

そしてオレリアは大丈夫だと笑顔で答え、心配させないように今まで以上に明るく振舞えるように心掛けた。

ルイスは何でも言ってくれと念を押してくれたが、オレリアは大丈夫だと頷いただけだった。


ここ数日で呪いの痣がどんどん大きくなって、ハッキリとした痛みを伴うようになってきていたけれど、それが不安であることも言わなかった。



オレリアは毎日朝鏡の前で痣の進行具合を確認するのだが、痣は元々青色だったのに、最近赤みがかかってきた。

そして色が赤に変わるにつれて、痛みも増していくような気がしていた。

酷い時には、針の虫が皮膚を這うような痛みだ。


だが体が痛くなっても、オレリアは何でもないように振舞っていた。

侯爵家で働いていた時は風邪を引いて辛くても怪我をして痛くても働いていたし、今回だって期限までは働けるはずだ。

それに、仕事に穴は開けられない。

そんなことを思って、オレリアは頑張って働いていた。


だがある日、気が付いたら倒れていて、目覚めたらベッドに寝かされていた。




「気が付いたか!お前はいきなり蹲って気を失ったんだ、大丈夫か?!」


オレリアが目覚めたことに気が付いて声を上げたのはロナウトだった。

目覚めたばかりで状況の整理が追い付いていないオレリアのベッド脇で氷水で冷やしたタオルを絞っていたロナウトは、オレリアが目を覚ましたことに安堵したようだった。


「いま……何時ですか?」


「今4時くらいだよ。 ……まさかお前、夕食の準備をしなきゃとか言いださないよな?駄目だぞ、今日は休め」


オレリアの記憶では、急な痛みに気を失ったのが昼食の片づけをした後だったから、気を失ってベッドに運ばれて寝ていた時間は一時間ほどということになる。


(ロナウトさんに……迷惑かけちゃった)


オレリアはゆっくりを体を起こそうとする。

しかし慌てたロナウトに安静にしているようにと止められた。

夕食の手伝いをしなければと申し出るが、ロナウトはやっぱり今日は寝ていろというばかりだ。

オレリアを思いやってくれていることが分かるので、オレリアは最終的にはお言葉に甘えることにした。


ロナウトが一人で夕食の準備のために厨房に向かい、部屋は再びオレリア一人になった。

オレリアはベッドの上でゆっくりと寝返りをうつ。


服の上から、腹部を小さくなでた。

痣のある部分だ。

先ほどは気を失うくらい痛かったが、今はじんわり痛いくらい。

この呪いが引き起こす痛みには、どうやら波があるようだ。

だが、もう寿命が残っていないオレリアの体はきっとこれから辛くなっていくばかりだろう。


(最初は、一年後にポックリ死ぬものなんだろうなって思ってたけど、この呪いには病気みたいに痛みもあるなんて知らなかったよ……)


(だから寿命が来るギリギリまで働けると思っていたけど……)


(これから迷惑をかけるようになるのは目に見えているし……)


ベッドの上で、オレリアは近いうちに仕事を辞めることをロナウトに伝えようと決意した。


そして仕事を止めたら、どうしよう。

この寮に死ぬまでおいてくれというのもおかしな話だし、少し貯めたお金で小さな旅行でもしてみようか。体が大丈夫そうなら。

死ぬ前に、行ったことの無い街の外の綺麗な景色を見て見たいとも思っていたし。



(とか思うけど……いざ死ぬ時が迫ってくると、こわいなあ)


(でも、楽しかった思い出、思い出せば大丈夫かな?)


(……うん、ルイスさんの事とか思い出したらきっと……)


オレリアは毛布を頭からかぶり、単純な自分に対して一人苦笑いをした。





陽が落ちて、窓の外がすっかり暗くなった頃。

夕食の時間が終わって寮生たちは皆部屋に帰るか風呂に行くか貴重な自由時間を各々が満喫している時間帯だ。



コンコン。


突然、オレリアの部屋の扉がノックされた。


ロナウトだろうか。

オレリアはそう思ったが、寮生たちの自由時間の頃、厨房はまだ夕食の後片付けに追われている時間帯の筈だ。


オレリアは恐る恐る、毛布を引っ張り下げて扉の方を凝視した。



「オレリアさん。突然気を失ったと聞きました。大丈夫なのですか?」


扉の向こうから聞こえてきたのは、心配そうに窺う優しくて低い声だった。

どうやら、オレリアを訪ねてきたのはルイスのようだった。


(る、ルイスさん?!)


そのことに気が付いたオレリアは、どうしようと焦り出した。


何となく、今ルイスには会いたくない。

それは、ポロッと呪いの事がバレてしまって、最終的にルイスに面倒をかけるような結果になりはしないだろうかと不安になったからだ。


たとえば死にそうなオレリアが何かの拍子に死にたくないなんて泣いて口走って、その哀れな女が、これからも生きていかなければならないルイスの枷になったりはしないだろうか。

ルイスは優しいから、変に責任を感じるかもしれない。

もしくは、長らく悲しむかもしれない。

もうすぐ死んでしまうだけのオレリアが、未来ある彼の負担になるような事態にはなりたくない。



「オレリアさん? ……大丈夫ですか?もしかして起き上がれない程体が辛いのですか?大丈夫なのであれば、せめて返事を」


オレリアが返事を考えあぐねていると、なかなか扉を開けてくれないオレリアに何かあったと思ったらしいルイスの少し焦った声が聞こえてきた。


どうしよう、何と返事をしよう。

気絶したばかりの頭を回転させてみるが、何と言えばいいかまるで分らない。


「オレリアさん、扉を開けても……」


「ま、待ってください!あの、今日は、ちょっと、すみません……」


まだ考えもまとまっていないのに入ってこられては困ると思い、オレリアは咄嗟にルイスを拒絶してしまった。


「……すみません。そうですよね、人に会わず安静にしていたいときもあります。オレリアさんが大変な時にまくし立ててごめんなさい」


扉の向こうでは、ルイスが小さく謝った声がした。


「薬、持ってきましたので扉の前に置いておきますね」


そして、ルイスの気配はくるりと踵を返して去っていった。

その足音は何となく、頼ってもらえなかったことを悲しんでいるようにも聞こえた。





それから次の日から、オレリアは再び厨房で働き始めていた。


働こうと体を動かし始めると、ランダムなタイミングで激痛に襲われるようになったのだ。

青い顔で仕事をするオレリアを心配したロナウトは医者に行くように勧められた。

ロナウトの手前医者へ行くと言って外に出たものの、オレリアは痛みの原因が病気ではないことを知っている。

病院など行っても意味がない。そうしてどこか人目に付かないところで時間を潰したりもした。


そして医者を勧められたのみならず、ロナウトには強制的に休みを取らされた。

オレリアはまだ働けると言ったが、結局一週間もの休みを貰ってしまった。




「オレリアさん、まだ今日も体調が良くないのだと聞きました。大丈夫ですか?少しだけでも顔を見る事は出来ませんか」


ノックの音がして、ルイスの心配そうな声がする。


「無理はしなくてよいのですが、薬もあります。食べられるか分かりませんが、果物を持ってきました。あとオレリアさんが可愛いと言っていたクマのぬいぐるみも……」


「ルイス。返事が全くないってことは、十中八九オレリアは寝てるぞ。この前も昼飯を食わずに一日中寝ていたと言っていたしな」


「そうですか……」



オレリアが仕事を休んでいる間、ルイスは何度か見舞いにやってきた。

だがそのタイミングでオレリアが丁度寝ていたり、丁度痛みが酷い時だったりしたのでルイスには会わないままだった。


見舞いに来てくれるルイスを追い返し続け、そしてルイスの顔を見ないまま、もう何日も経っていた。



(ルイスさんに会いたいな……)


(でも本当は、このまま会わないままの方がいいと思う)


(だって私、ほんとにもうすぐ死んじゃうんだから)




オレリアは、大事なものを包むような顔で笑ってくれるルイスの事を思い出していた。


もしも、もしもルイスもオレリアと同じような気持ちでいてくれているのだとしたら、もうルイスにはこのまま会わない方がいいかもしれない。

これからも生きていかなくてはならない人間は、これから死んでしまう人間のことなどなかったことにした方がいい。

すぐ死ぬ方はまだいいが、あとに残される方は想いが行き場を失って途方に暮れるだけだからだ。






気が付けば、窓の外は不気味なほど静かで穏やかな夜だった。


(もう夜か)


つい先ほどまで朝だと思っていたのに、アレコレ踏ん切りがつかぬまま悩んでいたらあっという間に日が暮れている。




ぬらり。


風のない部屋の中で、まとわりつくように空気が震えた。

いつも唐突にやって来るそれはオレリアの頬を撫で、ランプの灯をゆらりと揺らした。




『こんにちは、ご機嫌いかが、オレリア・エンフィールド。こうして話すのもお久しぶりでしょうかね。どうですか、今の気分は』


やはりオレリアに呪いをかけた魔物、ベリアルだった。


今日は、魔物の姿がとても良く見える。

手を伸ばせば触れることが出来そうなくらいだ。

それはきっと、寿命が近いからだろう。


魔物のベリアルは黒くてフワフワで大きくて、大きな角が二本。

そして瞳孔がこの世のものではないと思わせる不思議な金色の瞳を持っていた。


『よくここまで生き延びてきましたね、いい子ですよ、オレリア・エンフィールド。 でも実は私、君に呪いがかかってしまった時に大変がっかりしたんですよ。何故なら君は全く不健康で不幸で見るからに短命ですこぶる不味そうな寿命でしたから。しかしね、私もそろそろおなかが減ってきました。空腹は最高のスパイスとも言いますから、君の不味そうな寿命もそれなりに味わえそうですよ』


「私の寿命はあと3ヶ月後……くらいですか」


『ええ。正確には君の寿命はあと4か月弱。しかしその時には私もおなかがペコペコでしょう』


あと4か月弱。

毎日見るたびに広がっていく腹の痣と、徐々に強くなっていく痛みで覚悟はしていたが、本当に寿命が尽きるのは早い。


『楽しみですね、オレリア・エンフィールド』


魔物ベリアルは純粋な笑顔で嬉しそうに笑った。


オレリアは特に何も言わず、ベリアルが会話に飽きてふっと消えてしまうのを待つばかりだった。





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