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気弱な令嬢の勇気




皆がやっと寝静まった深夜。

あろうことか、アデルがオレリアの薄暗い屋根裏部屋へと踏み込んできた。


(なに……?なんでこんなところまで)


恐ろしさに、身がすくんだ。




「雑巾女」


アデルはいつもの呼び名を口にした。


暗闇にアデルの恐ろしい顔が浮かぶ。

アデルはまたエクレールに侮辱されたのか、相当苛々しているようだった。


「あのクソ女!」

「いつもこの俺を虚仮にしやがって!見下して!俺に元の爵位があれば、こんなことには……」

「屈辱だ!屈辱だ!」


アデルは屋根裏部屋に入って来るなり、オレリアに手を上げた。



(いた……!)


乾いた音が狭い屋根裏部屋に響く。


叩かれて痛くて、やっぱり声が出ない。

でも、オレリアは必死になって自らの体を庇った。


(いたい)


今日のアデルはいつもより更に気が立っているようで、振り上げるその手は鞭のように痛かった。

オレリアの目じりから、生理的な涙が出てくる。



(いたいの。やめて。もう叩かないで)


(お願い、やめて)


(お願い、誰か助けて)


(でも、誰に?私は誰に助けをお願いしているの……?)


オレリアは何かあるたびこうして身を縮めて震え、耐えて忍んできた。

声も出せず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

誰かに願って、何か奇跡が起こって助かることを願って、ずっとずっと生きてきた。


でも、奇跡を願って誰かに助けを求めてずっと生きてきたって、何も変わらなかった。

生きてたらいい事があるなんて思っていたけど、いい事も特になかった。

それどころか、一年後に死ぬことになってしまった。


誰も助けてはくれなかった。

神様もいなかった。

奇跡だって起きなかった。

ヒーローなんてものも勿論いなかった。



待っても待っても耐えても耐えても何も起きなかったのに、あとたった一年しかない寿命の中で、オレリアを助けてくれる誰かに巡り合えるとは思えない。

オレリアに手を差し伸べてくれる神様が、出てきてくれるとも思えない。

奇跡が起きて、オレリアを守ってくれるヒーローが現れる可能性だって絶対にない。

待ってたって、いいことも起きるわけない。


このままだとオレリアは、不幸なまま一年後に死んでしまうのだ。


(そんなの、いやだ)








「もうやめて!」


突然の声に、アデルが驚いてその動きを止めた。


しかし、声を出した当の本人が一番驚いていた。

オレリアは、最初その声が自分の喉から出たものだと気が付かなかった。

いつも俯いてか細い声しか出せない自分が出した声だとは、にわかに信じがたかった。


しかしもう一度口を開いたら、再び声が出た。

いつものように蚊の鳴くような声じゃない。

ハッキリと、相手に聞こえる声だった。


「もう殴るのは止めて」


「はあ?」


今まで震えて怯えるだけだったオレリアが反抗してきたことに苛々したのか、アデルはバキボキと指を鳴らして威嚇を始めた。


(怖い……)


(でも……)


誰も助けてはくれないのだから、自分で立ち上がるしかない。

神様もいないのだから、自分で藻掻くしかない。

奇跡なんてないのだから、自分で切り拓くしかない。

ヒーローなんてものもいないのだから、自分で立ち向かうしかない。


自分を助けてあげられるのは、自分だけ。

そのことに、オレリアは今ようやく気が付いた。


こんな自分の力では何も変えられないと、ずっとそう思ってきた。

自分は猫背で声も小さくて勇気もなくて、愚図でのろまで汚くて不細工で。

オレリアはそんな自分を変えられない。

大嫌いな自分だけれど、弱い自分は弱い自分を変えられない。

そうやってずっと俯いてきた。

だけど、今は違う。


(どうせ一年後には死ぬんだから)


(死ぬ前に一度くらい死に物狂いでやってみよう)


(死に物狂いでやったら、何か変わるかも)


(ううん。変わるかもじゃない。変えたい。変わりたいの)


(だって、死ぬ間際のその瞬間に、弱い自分のことしか思い出せないのは、嫌だから……)


(少しでも、自分のやりたいことをやって死にたいから……)


オレリアは、残りの寿命が一年だと分かってからしか覚悟を決められないような弱い人間だけれど。

そうやって追い詰められでもしない限り、勇気を出せない臆病な人間だけれど。

死ぬことを実感してからしか、我武者羅になれない卑怯な人間だけれど。

でも、それでも。



「もう殴ることはやめて!私の部屋に勝手に入ってくることもやめて!」


「はあ?なに一人前に言うようになった?お前のようなゴミが」


「ひ、人を殴るりたくなるくらい嫌な目に遭っているというのなら、貴方は妹の従者を、やめればいいのよ!」


「偉そうに!!お前に何が分かる?!」


「分からない!貴方のことなんてこれっぽっちも分からない!だから私を巻き込まないで、自分でどうにかして!私も自分のことは自分でどうにかするって決めたから!自分のことは自分で解決するしかないの!」


今までほとんど声を上げたことの無かったオレリアが顔を上げ、乗り出すように叫んだので、アデルが一瞬怯んだ。


「出て行って!!!」


その隙を付き、渾身の力を込めて、オレリアはアデルを扉の向こうに押し出した。

そして素早い動きで閉めた扉の前にベッドを動かし、扉が開かないように全身を使ってベッドを固定した。


扉の向こうでは、アデルが「開けろ」と扉を叩いたりしているようだが、毎朝晩の水汲みで鍛えたのオレリアの力は細腕にも拘らず、男のアデルの力にも負けなかった。


結局、折れたアデルが盛大な舌打ちを残し、屋根裏から廊下へ戻るための梯子を降りて行った音が聞こえてきた。


もう扉の向こうにはいないだろうか。

オレリアは暫く用心の為に、扉を閉鎖したベッドを押したままの姿勢でいた。



しかし気が付けば眠ってしまっていた。

今日、人生で初めて抵抗したオレリアは、自分でも知らないうちにとても疲れていたらしい。









最終的な制裁は最後あたりかなと思ってます。

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