救出された気弱な令嬢
「オレリアさんに触らないでください」
オレリアが必死に助けを求めた時。
そう言って公爵の男性を吹き飛ばした影があった。
グフッと咽る声がして、褐色の肌の公爵がオレリアから手を離す。
「る、ルイスさん……」
自由になった体で顔を上げると、そこに立っていたのはルイスだった。
(ルイスさんが……来てくれた)
思わず、涙が出てきてしまいそうになる。
自分の招待客であるオレリアの面倒を見なければならないからここに来てくれただけなのだとしても、オレリアは泣きたいほど嬉しかった。
顔を見ることが出来て、本当に安心した。
「オレリアさん」
名前を呼んで、手を引いてくれる。
虫唾が走る男性から引き離してくれて、その腕の中にすっぽりと包んでくれた。
誰にも渡さないと言うようにきつく抱かれている気がするけれど、それは錯覚なのかもしれない。
でも錯覚でも何でも嬉しかった。
そして突然現れたルイスに驚いたのはオレリアだけでなく、エクレールも公爵の男性も含めたそのブースにいた人間全員が目を丸くしていた。
皆、口をあんぐり開けていたが、それでも真っ先に叫んだのはエクレールだった。
「ル、ルイス様!!! 駄目だわ!その雑巾女はもう公爵様のものなの。公爵様が買ったんだもの」
「貴方たちにそんな権利などない」
「でもそれじゃ駄目だわ!私はもうお金を貰ったんだもの!私はこのお金、返さないわよ!」
「その金銭の受け渡しは認められない。オレリアさんは物ではない」
「嫌よ、駄目!!私はお金が欲しいんだもの!買わなきゃいけないドレスもアクセサリーもたくさんあるの!私は次の賭けには絶対に勝つんだから!」
ルイスは氷よりも冷ややかな目でエクレールを睨んでいるが、エクレールは金貨袋を守るように抱えて頑として動かなかった。
嫌々をするように頭を振って、駄々をこねる子供のように蹲っている。
「なあ騎士のお前、そうでしゃばるなよ。ここでは俺がルールを決める。お前の所の常識はここでは使えないんだよ。なぜならこの一角は俺の賭博場だからな」
低い声でそう言ったのは、ソファに大きく腰掛け直した公爵だった。
ルイスの攻撃のダメージはもう残っていないとでも言うようにコキコキと首を回している。
しかしルイスも怯むことなく細めた鋭い目で公爵を見据えている。
「貴方のルール?そんなもの認められはしない」
「いいや。ここで起きたことは全て俺が正当化する。公爵ってのはそれくらいの事ができるんだ。おっと、しがない家の三男坊ではこの力のことは分からないか」
「……なるほど、権力を振りかざすわけですか。それなら」
ふてぶてしい公爵に不敵に笑いかけ、ルイスはちらりと後ろを振り返った。
しかしそこには、期待した人間はいなかった。
「殿下、肝心なところで使えませんね」
誰もいない空間にボソッと呟いて、一瞬にして当てが外れたルイスは溜息をついたようだった。
しかしそんな間もルイスはオレリアをぎゅっと抱きしめてくれていて、オレリアとしては不安やら申し訳なさやら緊張やらドキドキやらと色々と混ざり合っていて複雑な気持ちだった。
「それからお前はその使用人を離すつもりはないようだが、それは今俺のだぞ?」
「ですから、オレリアさんは物ではない」
「その理屈はもう通用しないと言っただろう。俺はもう対価を払っている。どうしても欲しいのなら俺と勝負事でもしてみるか?まあ俺と戦いたいなら俺のルールで戦うことになるがな」
粉煙草を引き寄せて吸い始めた公爵の前で、ルイスは大きく眉をしかめた。
だが何か肚を決めたように、公爵の金色がかった瞳を見据える。
「……そんな暴言聞いていられないと言っても埒があきそうにはないですね。貴方のルール、聞きましょう」
「いいだろう」
公爵は吐き出した甘い匂いの煙を大きくルイスに吹きかけた。
「じゃあお前、次の準決勝で敗けろよ。そうしたらその使用人を手放してやる。俺はお前の次の試合で第一王子の騎士が勝つ方に賭けてるからな、大金を」
「えっ!」
公爵の提案に、真っ先に声を上げてしまったのはオレリアだ。
そんなの、駄目だ。
次の準決勝で第一王子の騎士と当たるルイスにわざと負けろなんて、そんなの駄目だ。
ルイスに八百長の片棒を担げと言っているようなものだし、それに何より頑張ってきたルイスが全力を出せないなんて絶対にダメだ。
「いいですよ」
しかしルイスは二つ返事で承諾していた。
「ルイスさん!!」
「大丈夫です。次にある準決勝で敗ければいいんですよね」
必死に止めようとするオレリアに微笑んで、ルイスは頷いた。
公爵はにんまりと唇を釣り上げる。
「思っていたより聞き分けがいいじゃないか。お前が次の準決勝で敗けたならその使用人は手放してやるよ。騎士の意地と名誉を優先してお前が奮闘した場合には、この話はなかったことになるがな」
「分かりました」
ルイスは相変わらず涼やかな顔で頷いている。
それを見て満足そうなのは、公爵だけではなかった。
その向かいに座るエクレールもだ。
「きゃはは!そういう八百長の話なら私、このお金を第一王子の騎士に全部賭けるわ!ああそうだ、それに加えて私の体を担保にお金も借りて、それも賭けることにするわ!公爵、私が娼館に行く場合のお金を貸して!」
甲高い声で笑いながら抱えていたすべての金貨をテーブルにぶちまけて、エクレールは更なるお金を借りようと立ち上がった。
一方の公爵はエクレールの申し出を受け入れて、契約書と引き換えに追加のお金を渡しながら、粉煙草をふかしている。
そしてエクレールや公爵、その周りでニヤニヤと笑う貴族たちを見回して、ルイスは平然と繰り返した。
「では次に行われる準決勝の一試合、負けてきます。それで良いのですね?」




