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余命一年のドアマット令嬢のやりたいこと全部  作者: 木の実山ユクラ


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気弱な令嬢と賭博部屋




オレリアは覚悟を決め、そっとエクレールと男性が消えていった扉を押した。


扉は重かったが、音もなく開いてオレリアを中に入れてくれた。

室内に入ると、まず分厚いカーテンが目に飛び込んできた。

このカーテンを捲って進めば、この部屋の内部が見えるはずだ。


ふうと深呼吸すれば、鼻に何か甘ったるい匂いが飛び込んできた。

何の匂いか全くわからなかったが、妙にクラクラするような怪しい匂いだった。

よく見ると、カーテンの向こう側から白く細い煙が揺蕩っている。今上流の貴族の間で流行っているという粉煙草の煙だろうか。

そして煙と共に、男女の楽しそうな笑い声とグラスやボトルがぶつかる音が聞こえてくる。




オレリアは目の前のカーテンの端を摘まみ、そっと室内にその身を滑り込ませた。

昔のオレリアだったら、こんな部屋の中にまで入って行こうとは絶対に思わなかっただろう。

だけど今のオレリアは、ほんの少しだけ勇気が出せるようになっていた。


(あのプライドの高いエクレールの必死さ、何かおかしかった)


(それにエクレールがついて行った男の人、なんだか嫌な感じがしたから、確認だけ……)



オレリアが足を踏み入れたカーテンの向こう側に広がっていたのは、薄暗くて広い空間だった。

高級そうなのにどことなく怪しげなシャンデリアや、いかにもといった感じの金の装飾が付いたテーブル、それから革張りのソファ。

奥には暗めの硝子に覆われた観客席もあった。


そこにいる客は皆高級な衣装や装飾品を身に付けていて、仮面で顔を隠したような普段見慣れない恰好をした人もチラホラと見受けられた。

皆、お酒を飲んだり煙草を吹かしながら、勝ち負けとお金の話をしているようだった。



オレリアはごくりと喉を鳴らす。


予想はしていたが、これは剣技大会の観客である貴族たち専用の賭博部屋だ。


この国で賭博は違法ではないし、むしろ貴族だけでなく平民の娯楽としても賭博はこの国に広く根付いている。

ホースレース場は国の至る所にあるし、賭博を楽しめる酒場も下町には多くある。


それに貴族なら、付き合いの為にも賭博場の作法を知っておくのも悪い事ではないし、むしろ賭博場で新しい人脈に恵まれることもあるくらいだ。


賭け事も、娯楽としてならほどほどに楽しめばいい。


(だけど、あのエクレールの様子は……)


オレリアはなるべく誰の注意も引かないように、静かに部屋の中へと進んでいく。


エクレールの姿を確認だけして、大丈夫そうだったらすぐに帰ろう。

オレリアはそんなことを思いながら部屋の中を見て回り、エクレールの姿を探した。

エクレールはどこにも見当たらず、オレリアは最後に部屋の隅にあるパーテーションとカーテンで目隠しがされている場所へ辿り着いた。


オレリアはそのカーテンの隙間から中を覗き込んだ。



「あっ」


思わず声を上げてしまう。

中のソファの真ん中にあるテーブルを挟んで言い争っていたのは、エクレールと先ほどの男性だったからだ。


「じゃあお前、アザゼル豚男爵の相手一時間な」


「私が借りたのはたったの金貨数枚よ?私の一時間がそんなに安い訳ないじゃない!私は侯爵令嬢なのよ!!」


「はっ。お前は没落侯爵家の娘ってだけだろ。そんな女に金貨の価値が付いただけでも豚男爵に感謝しろよ」


「嫌よ、感謝なんて!これっぽっちのお金で!!」


縋るように髪を振り乱して抗議するエクレールのドレスは、よく見たら昔彼女が着ていたものだった。

オレリアが侯爵家にいた頃、エクレールが同じドレスを二回着たことは一度もなかったというのに。

どんなに高価なドレスでも一度着れば、エクレールは捨てておけとオレリアに投げて寄越していたのだ。


オレリアはドレスが勿体なくて捨てられずエクレールが普段立ち入らないような所にすべて保管していたので、エクレールは新しいドレスを買えなくなった時にその在処を見つけたのだろう。


(貴族の家がどうなっているかなんて話を聞かないから知らなかったけど、エンフィールドの侯爵家、今相当苦しい状態なのかも……)


(ということは多分、あのまま変わらず贅沢の限りを尽くしていたんだ……)




「お金!!お金が要るの!私は新しいドレスが欲しいの!!新しい宝石も欲しいの!!だから、ねえ、次は絶対に勝つからもっと元手が欲しいの!!」


エクレールはテーブルを叩きながら、ほとんど泣き叫んでいた。

周りの貴族たちは滑稽だと失笑しているか、エクレールに無様だと言わんばかりに冷ややかな視線を向けているかのどちらかだった。


「私はもっと価値のある女なのよ!!ねえ、次は勝つから、私にお金を頂戴よ!!」


「うるっせえな。何を言われようともお前に付いた値段はそんだけだ。それかどうする?お前が嫌だって言った娼館に行くって言うなら、もう少しいい値はつくが」


「この私が娼館ですって!嫌だと言ったでしょう!豚男爵と一時間過ごすだけでも鳥肌が立つって言うのに娼館なんて!私を馬鹿にし過ぎだわ!!」






「エ、エクレール」


狂ったように喚いているエクレールを見て、オレリアは思わず前に一歩進み出ていた。


あれだけもう会いたくもないと思ったエクレールだが、必死な姿を哀れだと思ってしまったのかもしれない。

いやはたまた、いくら意地悪な義妹だったとしても、一時の激情に任せて身売りをしようとしている女性を放っておいてはいけないと、同じ女性として思ったからなのかもしれない。



変に男性に媚を売ってお金を貰うとか娼館へ行くとか、借金してまで賭け事で儲けようとせず、これから誠実に過ごせばいつかきっと欲しいドレスも欲しい宝石も買えるようになる。

少し節約をして、頑張って仕事をすればいい。

そう言ってエクレールの手を引きたかった。



だが、進み出てきたオレリアを見たエクレールの顔は一瞬驚いたのち、すぐに醜く歪んだ。


「雑巾女!!そうだわ、この女がいた!この女は家の使用人よ。この女を娼館に売るわ!だからそのお金を頂戴!!」


エクレールは間髪入れずに、オレリアの腕をガシッと掴む。

その必死過ぎる握力に、オレリアはぐっと顔をしかめた。


「ほら、この雑巾女を売るから、私にお金を頂戴!!」








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