気弱な令嬢と王子様
予想外の事が立て続けに起こってまだ処理が追い付いていないのに、気が付いたら剣術大会当日になっていた。
ルイスが招待してくれた剣術大会だ。
本当はこっそり会場に行って、誰にも気づかれないようなところから戦っているルイスの姿を見ようと思っていたのに、まさかこんな幸運に恵まれるとは。
オレリアなんかの応援でルイスの力になれるか少し不安だが、頑張って応援するつもりだ。
オレリアは、この日の為に街で悩みぬいて選んだワンピースに、亡くなった母親の箪笥の奥で見つけたブローチをつけて会場へと向かった。
ルイスは出場者なので当日迎えにはいけないが、会場で落ち合おうと言ってくれていた。
待ち合わせの場所は、王城の中でも来客が多い第一宮の大ホールだった。
剣技大会があるので解放された大ホールには花が飾られ、壁には王族の姿絵や出場する騎士たちの紹介が用意されていて、軽食のビュッフェまであった。
夜会の時とはまた違った雰囲気の高価な服装に身を包んだ、いかにも高貴な人々が大会の開催時刻までの時間をここで潰しているようだった。
オレリアは夜会の時のように、また居た堪れない気持ちになった。
悩みぬいて選んだワンピースも、やっぱりこの場ではとても貧乏くさく見えてくる。
オレリアは壁際にコッソリと移動をして、ふうと小さくため息をついた。
(こういうところに来てみたいなとは思っていたけど、でも、やっぱり身の丈に合ってないなって思っちゃうな……)
(ううん、だめだめ。もうすぐ死んじゃうんだから、私なんてと言ってる暇なんてない。しゃんとしなきゃ)
(折角招待してもらえたんだから、頑張って応援したい)
「オレリアさん。こんなところにいた」
声をかけたのは、壁際で小さくなっていたオレリアをようやく見つけたルイスだった。
「ルイスさん!」
オレリアがルイスに駆け寄ると、彼は優しく微笑んだ。
普段の純白の騎士服ではなく、黒地に金の装飾が美しい騎士服に身を包んでいる。
普段見慣れないような大きなマントも付けていて、なるほどこれが
伝統ある武道大会であり人気の高い催し物の正装なのかと納得した。
そしてそんな豪勢な衣装を身につけてスラリと立つルイスは、まるで何かの芸術品のようだった。
「貴方は招待客ですから、ここではなく上の席で大会が始まるまでゆっくりしていてください。案内します」
「は、はい!」
「手、腕にどうぞ」
「え?」
「貴方は私の招待のお客様ですから、エスコートします」
ルイスがこちらだと言うように腕を動かしたので、オレリアはおずおずとその腕に手を載せた。
夜会で仲良さげな男女が腕を組んでいたのは見たけれど、そこまで大胆なことは緊張しすぎて出来なかったので、ほんとうに指先をのせただけだ。
それに対してルイスは何か言う事はなく、ゆっくりと歩き出した。
「じゃあ、こちらです」
「は、はい。お供します!」
ルイスがオレリアを伴って悠々と歩き出し、それに気がついた会場は無言でザワザワとしだした。
ルイスのような大会に出場する騎士が、この場でエスコートするのは特別な招待客しかいない。
しかも女性嫌いで有名だった第二王子の騎士のルイスが女性を伴っているとは何事だ。
会場にいた貴族たちは顔を見合わせ、目でそんなことを語っていた。
そして、驚きを隠せない貴族たちの中で、パリンとグラスが床に落ちて割れた音がした。
「あれは……雑巾おんな……?」
会場の誰よりも信じられないという表情。
そして去っていく二人の後ろ姿を、誰よりも執拗に観察する視線があった。
長い金髪とつり上がった眉が特徴的な女性の、鋭い視線だった。
競技場が一望できる半個室の特等席。
オレリアは幾つかあるその特別な部屋の一つ、第二王子陣営の半個室に案内されていた。
一般の貴族たちの席も革張りでそれは上質なものだったが、ここには完全にくつろげるようなソファがある。
第二王子の招待客らしき人物が数人既に座っていて、贅沢に用意された食事や飲み物を摘まんでいるようだった。
何人かのメイドも控えているので、きっとあれが欲しいと言えば直ぐに出てくるような準備までしてあるのだろう。
オレリアがキョロキョロしていると、一際目立つ男性が優雅な動作でやってきた。
「やあ、君がオレリア君か。僕がディートリヒ・アーケフス・グランデだ。よろしく」
「あっで、殿下!よろしくお願いします!」
オレリアとルイスの到着に気が付いて出迎えてくれたのは、銀の髪と翡翠色の瞳が神々しいまでに美しいこの国の王族、第二王子だった。
「ワンピースが爽やかだね。それにそのブローチ」
「あっ、ブローチは、母の物で」
「なるほど、そうか。……いいね、似合っている。さて、今日は我が陣営の応援に来てくれてありがとう」
「い、いえ!こちらこそ、ありがとうございます!」
オレリアが深く頭を下げると、ディートリヒは「君は客なのだからそんなに恐縮しないでくれ」と言ってくれた。
王族にお目にかかるなんて初めてだけど、とても気さくで優しくて、オレリアは少しホッとした。
「ルイスに聞いているだろうけど、今回僕の騎士で参加するのはルイスと、そこの金髪のクレーベというやつだ」
第二王子ディートリヒの陣営ではルイスと、以前強盗事件の件でお世話になった金髪の騎士が代表で出場するらしかった。
紹介されたクレーベは甘いものたくさんが載っている皿の前で何やら悩みながら、オレリアに器用なウインクを飛ばしてきた。
「兄上も姉上も弟も妹もそれぞれ自慢の騎士を出してきているが、今年はこの二人のどちらかがこの第二王子陣営の席に優勝杯を持ち帰って来てくれると僕は思っている」
ディートリヒはそう断言した。
ルイスは頷いたようだったが、クレーベは用意されていたタルトをつまみ食いしようとしていた。
「まあ、僕はしがない第二王子だから覇権争いには興味ないんだけどね。でもだからと言って手を抜いていい事にはならない。特にクレーベ」
クレーベは摘まみ上げたタルトを口に放り込みながら、親指を立てた。
了解したと言いう意味だろう。
この国には王と王妃、そして6人の王子と王女がいる。
実はまだ誰が王位を継承するのか決まっておらず、王子と王女たちの仲はあまり良くないのだという。
特に長男の第一王子と、長子で長女の第一王女の仲は水と油の如く悪く、この剣術大会では第一王子派と第一王女派で一触即発の状態らしい。
この大会で優勝したからと言って直接王位継承権に関わってくるかと言えばそうではないかもしれないが、やはり自分お抱えの騎士が他の騎士よりも強いということは、大きなステータスになるのだ。
「僕は力をひけらかしたい訳じゃない。でも勝てない勝負から逃げるのは賢者でも勝てるものに勝たないのは腰抜けというものだ。 それになにより、僕は姉さん兄さんの悔しそうな顔が見たい。という訳でよろしく頼むね、ルイス、クレーベ。オレリア君も全力の応援よろしく」
ルイスが頷き、クレーベが再び親指を立てたので、オレリアも「はい!」と返事をした。




