気弱令嬢と火傷の手当て
最後の仕事を終わらせて、オレリアは食堂で一人ルイスを待っていた。
大きな食堂に一人。
ロナウトももう自室に帰っていったので、とても静かだ。
時計の針がカチコチと動く音だけが聞こえる。
自分一人しかいない空間で、オレリアはぼんやりと色々なことを思い返していた。
それは主に、ルイスの事だ。
最近のオレリアは、少しでも暇があればルイスの事ばかり考えている。
今日だって、オレリアの火傷を本気で心配してくれた。
わざわざ冷たいタオル迄作って手当をしてくれた。
それにルイスは今夜薬を届けてくれるとまで言ってくれた。
だからオレリアはこうしてルイスを待っているのだが、本当にそこまでしてもらって良かったのだろうか。
彼はきっと忙しいだろうから、遠慮すればよかったかもしれない。
オレリアが心配になり始めたところで、食堂の大きな扉がキイッと開けられた。
「お待たせしてすみません、オレリアさん」
入ってきたのは、手に袋を下げたルイスだった。
「お話していた薬を持ってきました。塗りますので、座ってください」
「は、はい。じゃあ……」
立ち上がってルイスを出迎えたオレリアは、再び座るように促されて長椅子の元居た場所に収まった。
そしてルイスは、自然な動作でオレリアの隣に腰かけた。
「騎士団の秘伝薬を拝借してきました。こちらが火傷用で、こちらが痣に効く薬です」
ルイスは持っていた袋の中から、赤い蓋の瓶と青い蓋の瓶を取り出して説明してくれた。
そして慣れた手つきで蓋を開け、中にあった赤みがかったゼリー状の塗り薬を長い指で掬い上げた。
「はい、では手を出してください」
「あっ、はい……」
「少し冷たいかもしれません」
「分かりました。……ひゃ」
「ふふっ。少し冷たいと言われていても驚いてしまいますよね」
騎士団秘伝の火傷の薬は特に冷えた瓶から出てきたわけでもないのに、一瞬氷のように冷たくて驚いてしまった。
こんな火傷薬、初めてだ。
「痣の薬も塗りますね。腕を出してください」
手にできた火傷に薬を塗って包帯まで巻いてくれたルイスは、次は青い色の軟膏が入った瓶の蓋を開け、オレリアに腕を出すよう要求した。
痣のことはあまり見せたくなかったオレリアだが、もうルイスは青い軟膏を指に掬ってしまっている。
おずおずと腕を出して痣を見せると、ルイスは慎重な手つきで軟膏を塗ってくれた。
「本当にありがとうございます。塗らせてしまって、ごめんなさい」
「いえ。……明日も塗りましょうか」
「えっ?い、いえ!大丈夫です!手ですから自分で塗れますし!ルイスさんに迷惑をかけるわけにはいきません!」
「迷惑ではなくて、私が塗りたいと言ったらどうでしょうか」
「……えっ?」
キョトンとしてしまう。
また塗りたいって。どういう意味だろう。
深い意味なんて、無い、よね?
よく分からない動悸を抑えつつルイスの顔を伺ったら、彼はパッと顔を赤くしたようだった。
「いえ、ごめんなさい。今のは流石に、忘れてください」
「あっ、は、はい!」
ルイスが赤くなっているのでつられて顔を赤くしたオレリアはコクコクと頷いた。
それを見て一息ついたルイスはオレリアの手当てを続けながら、「そうだ」と話を変えた。
「実は今日の昼、オレリアさんに伝えたいことがあったんです。伝え損なってしまったのですが」
「あ、そうだったんですね。なんでしょうか?」
今日の昼はオレリアの火傷が発覚したのでバタバタしてしまい、ルイスは用事を後回しにしていたらしい。
オレリアは大きな火傷なんかして迷惑をかけて申し訳ないなと思っていたが同時に、自分の用事よりオレリアの心配をしてくれたルイスはやっぱり優しいなと思ったのだった。
「それで伝えたいことというのが、今週の剣術大会のことです。剣術大会、ご存じですか?」
「はい、ロナウトさんが教えてくれました。王族の専属騎士が一堂に集うトーナメント戦で、騎士にとっての憧れの華やかな大会だって」
ロナウトから聞いただけじやない。
いつか王城の庭で出会った2人の令嬢も剣術大会について話していた。
剣術大会とは、王家と騎士団が主催する伝統的な催し物で、名のある貴族たちが観戦を楽しみにしているイベントである。
そしてこの大会に出場するのは選ばれた優秀な騎士のみ。
国で一番優秀な騎士たちはみな騎士団に所属しながら王族や上位の貴族に仕えることが多いから、出場者たちは自然と自分の主人の名誉の為にも戦うことになる。
だから剣術大会に出場することは名誉であり、そして最上位の騎士だと認められた証にもなる。
「うーん。水面下では優勝を巡って王族同士や違う陣営の騎士同士が睨み合ってますし、出場者は騎士の男ばかりですし、華やかかどうかは分かりかねますけどね。 ……まあそれは置いておいて。私はそれに第二王子の陣営で出場するのですが」
「はい」
オレリアは大きく頷いた。
調理見習いのオレリアでさえルイスの騎士としての素晴らしい評判を聞くくらいだから、第二王子の名を背負って大会に出ると言われてもなんら不思議ではない。
むしろ、ルイスが優勝するだろうとまで考えていた。
しかしルイスは次に、オレリアが全く予想していなかったことを言ったのだった。
「オレリアさん、私を応援していてくれませんか?」
「えっ?」
(……おうえん?)
(聞き間違い、かな)
オレリアは煌びやかな令嬢でもなければ、美しい令嬢でもない。
オレリアなんかに応援されたい人がいるとは思えないような……
しかし、ルイスは首を振って言葉を続けた。
「出場者はゲストを一人、応援席に招待することが出来るんです。だから、オレリアさんに来てほしいです」
「……わ、私が、ですか?」
「はい。オレリアさんが応援してくれると嬉しいです」
「わ、私が、ルイスさんを、応援、してもいいんですか……?」
「はい。そうしたらきっと優勝出来る気がするので」
「わ……私……優勝……え……」
「だから、招待してもいいですか?」
ルイスの顔はとても真剣で、万が一にも冗談を言っているようには見えなかった。
「あ、あの、私、じゃあ頑張って、頑張って応援します」
招待席で応援することがどれほどのことなのかオレリアは分かっていなかったが、全力で応援する事は決めた。
真っ赤になった顔を隠すように「お願いします」と頭を下げれば、ルイスは少し照れた顔で微笑んだ。
「よかった。きっと勝ちますので」
誤字報告やブックマークや評価やいいね、ありがとうございます!
私は単純な奴なので、やはり見てくださる方がいるんだなあと分かると嬉しくなります。




