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余命一年のドアマット令嬢のやりたいこと全部  作者: 木の実山ユクラ


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夜会の次の日



あの夜会の日、オレリアは正直どうやって帰ってきたかよく覚えていない。

バルコニーでルイスと話したことを何度も何度も思い出してしまって、上の空だったからだ。


帰って来てベッドに入っても頬が熱くて寝られなくて、でも体の方はへとへとだったらしく、気が付いたら眠りに落ちていた。



そして今、オレリアは自室のベッドの上で朝を迎えていた。


ふと視線を壁にやると、そこにはオレリアが手直しをしたドレスがかかっていた。


それは夜会に着て行ったドレス。

これを着ていたオレリアに、ルイスは可愛いと言ってくれた。

……なんて、そのドレスを着て体験したことを思い出すと途端に体温が上がった気がした。


(だ、だってルイスさんが……変なことを言うから……)


(それに今度、夜会に一緒に行こうって……それから、出かける約束も……)


(今週は忙しいから、来週末って言ってたけど……)


一緒に出掛けたいと言ったルイスの顔を思い出すだけで、心臓がバクバクしてくる。


ルイスがどういうつもりでオレリアを誘ってくれたのかは分からない。

でも十中八九、親切なルイスはオレリアが夜会に来られて喜んでいたので次の夜会に誘ってくれたのだろう。

一緒に出掛けるというのも、街を見せてあげようというただの親切に違いない。

ルイスはただ何気なくオレリアに優しくしてくれただけ。

分かっている。

オレリアが自分の頬を叩いたから、それを止める為に手を握っただけ。

分かっている。


でもそれでもオレリアは心臓の音が大きくて止まらなくて、物凄く緊張していた。


アレスに夜会に誘われたときはこんな風に変に緊張しなかったのに。

確かに夜会が楽しみでドキドキはしていたけれど、今回の全身が熱くなるようなドキドキとは全然違う。



「……今日は仕事なんだから、落ち着かなきゃ……」


忙しなく毛布を畳んで開いてみたり、ルイスがくれたクマのぬいぐるみぎゅっと抱きしめてみたりして気持ちを落ち着かせる努力をする。


(やっぱりまだドキドキしてる……)


(思い出しただけなのに……)


深呼吸をしても、頬をバシバシと叩いてもあまり効果は無いようだったが、始業時間はもうすぐだ。

早く支度をして厨房に行き、ロナウトが来る前にピカピカに磨いておきたい。




オレリアはフラフラしながら寝間着を脱ぎ、清潔に洗って畳んでおいた仕事着を手に取った。


そしてふと、鏡を見て手を止める。

鏡に映るものを見て、オレリアは我に返った。

なんだか、目が覚めるように落ち着いた。



(……痣が)


(今日も少しだけ大きくなってる)


鏡に映った自分の白い腹に広がった鮮やかな呪印を観察する。

昨日見た時より一日分、痣は心臓に向けて広がっている。


でも、大丈夫だ。今更死にたくないなんて泣いたりしない。

オレリアは死ぬまで一生懸命に生きる。

生きているその間に素敵なことがあれば死ぬ間際にも思い出して、生きててよかったと思いながら死ぬ。

きっとそれで十分だ。



オレリアは仕事着を手早く身に付け、屈んできゅっと革靴の紐を結んでからすくっと立ち上がった。

そして扉を開けて、厨房へ向かって部屋を出た。








朝食のベルが鳴り、騎士見習いの寮生たちが続々と朝食を取りにやって来る。


オレリアがシチューを器に盛りつけてトレーに配膳していると、最近ではすっかり聞き慣れてしまった声に挨拶された。


「オレリアさんっ!おはよーございます!昨日は楽しかったっすね!」


「あっ、アレスさん、おはようございます」


「ほんと、夜会ではみんなオレリアさんの事振り返ってたし、兄貴たちもオレリアさん見て羨ましいって言ってたし、第二王子にもオレリアさんの事で話しかけられたし、俺は鼻が高かったっす!」


「えっ……」


「友達にも、すごい色々聞かれたっす!あの令嬢は誰なんだー!俺にも紹介しろー!って」


今日のアレスはひときわ元気なようだった。

大きな声だったので、周りが何事かと少しざわついたのも感じ取れた。


視線が自分に集まってきたような気がしたオレリアはぎゅっと身を縮め、シチュー取り分け用のお玉を持ったままブルブルと首を振った。


少し手直しした程度のドレスを着た調理人見習いのオレリアが、会場で見た綺麗な令嬢たちを差し置いてそんなことを言われたはずがない。

絶対にない。

アレスの言うことは流石にお世辞だ。

あからさまなお世辞をそんなに大声で言われても困ってしまう。



オレリアはこれ以上のお世辞を回避するためにも、そして周りの視線を避けるためにも、なんとか話題を変えようと試みた。


「そうだ。アレスさん、シ、シチューをどうぞ」


「あざっす!今日はコーンシチューなんっすか?これも美味しいんっすよね」


トレーを持ったアレスが身を乗り出してきて、オレリアの隣にある鍋の中を覗き込んで笑顔になった。


よかった。

アレスの注意はもう夜会ではなくシチューに移ったようだ。


「いい香りっすね!」


「は、はい。ロナウトさんが作ったのですが、とてもいいコーンの香りですよね。私も美味しくて好きです」


「そうそう。パンにバターとシチュー付けて食べると美味しいんっすよね。あと俺が好きなのは……」


オレリアが盛りつけたシチューを受け取ったアレスが食べ方について話しだそうとした時、厨房の奥から大声が飛んできた。



「こらアレス!!列が進まねえから立ち止まんなって何度言ったら理解すんだお前はッ!!」


オレリアと話すために立ち止まって進もうとしないアレスを見つけたロナウトの声だった。


アレスは「すんませーん」と肩をすくめてトレーを持ち直し、オレリアに手を振りながら次の配膳コーナーへ進んでいった。


手を振られたオレリアは小さく手を振り返し、配膳の仕事に戻った。




アレスは夜会の時も、オレリアが退屈しないようにとたくさん話しかけてくれた。

そんな明るくて愉快な彼がいつも友達に囲まれていて人気があるのも頷ける。

朝食を全てトレーに乗せ終わって席に着いてからも、アレスはすぐに友人たちに囲まれて何やら楽しそうにしている。


友達が多くていいなあ、なんて少しだけ思いながら、仕事をひと段落させたオレリアも賄いの朝食をいただくことにした。



「おつかれさん。ほれ、ゆっくり食いな」


オレリアが自分でシチューを盛り付けて厨房の隅に座ると、ロナウトがパンとバター、それからハムエッグを手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます!」


「おうおう」


オレリアが恐縮してお礼を言っているうちに、ロナウトはよっこいしょとオレリアの近くに腰を下ろした。

そして手に持っていた、特別に作った大きなサンドイッチに容赦なくかぶりつく。

一二回だけ噛んですぐにごくりと飲み下した後、ロナウトは「そういえばよ」と切り出した。



「どうだったよ。夜会は」


「と、とっても楽しかったです!」


「ならいいが、アレスの奴は調子が良いというかなんというか、連れ回されて疲れたんじゃねえのか?」


「い、いえ!アレスさんにはすごく気を遣っていただけました」


「そうか?ならまあいいけどよ。そういやその夜会は王家主催だったな。ルイスの奴にも会ったか?」


「ル!!!」


オレリアはシチューをスプーンで掬って食べていたところだったのだが、思わず咽てしまいそうになった。

急にルイスの名前が出てきて、あの時のルイスの顔を思い出してしまったからだ。



「夜会にも出席しにゃならんし、剣術大会もあるしルイスのやつも忙しそうだったんじゃないか……ってお前、顔が真っ赤だな。なんかあったのか」


「い!いえ!!なにもです!!」


ロナウトとオレリアの共通の知人と言えばルイスなのでルイスの話題が出るのは自然なのだが、今のオレリアはルイスの名前を聞くだけで心臓が飛び上がってしまう。


(ルイスさんは絶対何とも思わずに誘ってくれただけなのに……私は変なことばかり考えてて、失礼だよね)


(勝手にドキドキしたりなんかして、ルイスさんに知られたら迷惑だよね)


(……絶対、死ぬまで誰にも知られないように、しないと……)



オレリアはそれからパンにシチューとバターをつけて口に入れ、ロナウトにそれ以上何も言われないように急いで食事を済ませたのだった。





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