気弱な令嬢と元気な騎士
「オレリアさん、おはようございます!」
朝食を取りに来た見習い騎士の一人が、配膳の手伝いをしているオレリアに元気に挨拶をした。
彼は最近オレリアに良く話しかけてくるようになった見習い騎士の一人なのだが、名前をアレスという。
アレスは栗色の柔らかい髪と屈託のない笑顔が特徴の男性で、人懐っこそうな顔をしている。
彼は、この寮の中でも一二を争うくらい明るくて声が大きい。
「お、おは……おはようございます」
元気過ぎるアレスの挨拶にまだ慣れないオレリアは、しどろもどろになりながらも挨拶を返した。
声が小さかったかもしれないとこっそりアレスの顔を窺うと、満面の笑みで返された。
「俺の顔に何かついてます?」
「い、いえ!そういうわけでは! ……あっ、これ、パンをどうぞ」
今日はパンを配る係のオレリアが、慌ててアレスの朝食のトレーにミルクパンをおいてあげると、アレスは再び笑顔になった。
「ありがとうございます!今日も美味しそうっすね!このパンもオレリアさんが作ったんっすか?!」
「あっ、はい……」
「うわー、このパンがもっと美味しそうに見えてきました!今日はパン以外に何を作ったんっすか?!」
「えっと、この、ポテトサラダを……」
「ポテトサラダもっすか!俺、ポテトサラダ好きなんですよね!」
「あっ、えっと、はい……」
「オレリアさんは何か好きな食べ物はあるんっすか?!」
「え、えっと、私は……」
オレリアが好きな食べ物は何かと考えて口籠っているうちに、向こうからロナウトの叫び声が聞こえてきた。
「こらアレス!料理を受け取る列の途中で立ち止まるな!後ろが詰まるだろ!」
「ああ、いっけね!じゃあまた、オレリアさん!」
アレスは小さく舌を出して、トレーを持って移動していった。
アレスはいつも明るい嵐のようだ。
元気で友達も多そうで自分とは全く対極にいるようなアレスが去って、オレリアは少しだけホッとした。
アレスに話しかけられるのは嫌ではないし、むしろ嫌がらずに何度も笑顔で話しかけてもらえて感謝しかないのだが、アレスの勢いに圧倒されるオレリアは毎回ろくに喋れていない。
(アレスさんはたくさん話しかけてくれるのに、上手く喋れなくて申し訳ないなあ……)
(アレスさんみたいに、私もみんなに分け隔てなく明るく話しかけられるようになれたらいいのだけど。そうしたら、私にも友達が出来そうなのに……)
オレリアが前髪を切ってからというもの、こうやってオレリアに積極的に話しかけようとする見習い騎士が増えた。
侯爵家にいた時のオレリアは、誰からも好意的に話しかけられることが無かったので、見習い騎士たちに笑顔で話しかけられるたびにビックリして緊張してしまう。
嬉しいとも思うのだけれど、どうしてなのだろうという困惑と、話しかけられても上手く返事が出来ない申し訳なさも感じていた。
……
昼食の忙しい時間が無事終わり、昼食の後の片付けをして夕食の下準備をする時間帯。
オレリアは外でゴミ出しをしていた。
大きな袋を何回にも分けてゴミ捨て場に運ぶ。
いつもしている、厨房の通常業務だ。
だが今日は、少しだけいつもと違うことが起きた。
「あれ?オレリアさん?大変そうっすね、大丈夫!?」
この日は、そう言ってオレリアに声をかけた者がいた。
両手に大きな袋を持ったオレリアに駆け寄ってきた、アレスだった。
訓練の帰りなのか、砂のついた訓練着を着て模造刀を腰に刺した格好だ。
「こんな細腕の女の子に大きなゴミ袋を持たせて、ロナウトさんは酷い上司っすねー!俺、手伝います!」
「い、いえ!私、体力には自信がありますので!」
ゴミを奪おうと手を伸ばすアレスから逃げるように、オレリアは首を振った。
オレリアはこう見えてとても力持ちなので、二つのゴミ袋を持つことなんて全く苦ではない。
それにゴミ捨てはオレリアの仕事だし、訓練帰りで疲れているアレスに迷惑をかける訳にはいかない。
「いいんですって。困ってる女の子を助けるのは騎士の役目っすから!」
「こ、困っている訳では……」
再び手を伸ばしたアレスは、今度はひょいっとオレリアのゴミを奪ってしまった。
「ゴミ捨て場に持っていけばいいんっすよね?」
「えっと、はい……」
アレスは笑顔でゴミ捨てを手伝う気満々で、もう既に歩き出している。
それを拒否できなかったオレリアは小さく頷いた。
ゴミを二つとも奪われたオレリアは手持ち無沙汰になってしまったが、とりあえずアレスと共にゴミ捨て場へ向かう。
ゴミ捨て場への道は、厨房の裏口から騎士団の第三訓練場の裏を通っていくのが一番近い。
しかし少し遠回りである第一訓練場の裏を使うルートでは、運が良ければルイスが同僚と訓練をしている姿が見られるので、オレリアはいつもそちらを使っている。
今日もその癖でオレリアの足は知らず知らずそちらに向き、アレスと一緒に第一訓練場の裏を使うルートを歩いていた。
「そういえばオレリアさんってすごくモテそうっすけど、恋人とか婚約者とかいたりするんすか?」
「えっ?!」
天気がいい空の下を歩きながらの他愛のない会話の間に、アレスがそんなことを言い出した。
アレスはいつもの調子で話しているようだが、恋人とか婚約者とか自分とは全く縁遠い言葉が出てきたことにびっくりしたオレリアは思わず声を上げてしまった。
「オレリアさんって清楚で綺麗で優しいから恋人とかいそうって思ってたんですけど、毎日仕事してるみたいだし、もしかしたらいないのかなーとかも思っちゃって」
「……こ、こいびとなんて、いません……!」
オレリアはゴミを奪われて空いている両手をブンブンと振って、全力で否定した。
(な、何言ってるんだろう、アレスさん!)
(こんな私に恋人なんている筈無いよ!)
(たしかに恋人とデートとか、死ぬまでにしてみたかったなって思ってたけど、私のことを好きになってくれる人なんていないと思うし!)
脳内でパニックを起こしかけているオレリアとは反対に、アレスはパアッと明るい笑顔になった。
「いないんっすか!そっか、そうなんっすね!」
「は、はい」
「じゃあオレリアさんはどういう人がタイプなんっすか?」
「えっ?」
オレリアは、そんなものを考えたことはなかった。
自分に恋人ができるとか、少し前まで虐げられていた自分のような女の子が、誰かと恋愛の話をすることになるとは思っていなかったからだ。
「ほら、理想の恋人のイメージは爽やか系とかオラオラ系とか年上とか、色々あるじゃないっすか。オレリアさんはどういう男が好みなんっすか?」
「えっと……」
「優しいとか笑顔が素敵とかお喋りとか元気とかでもいいっすよ!」
「えっと、じゃあ、優しい人……」
理想の恋人のイメージ。
優しい人。
笑顔も穏やかで、物腰も柔らかで、思いやりのある人。
(そう、ルイスさんみたいな……)
と。
そこまで考えて、オレリアは我に返って青ざめた。
(ご、ごめんなさいルイスさん!)
ルイスは自分では絶対に手の届かないようなエリートの騎士で、第二王子の傍に仕えて重要な任務をこなし、いつも美しい王女や令嬢たちに囲まれている。
侯爵家に生まれたものの使用人同然だった不細工なオレリアが彼を想像するなんて、とても厚かましい。
(ルイスさんだって、私のことはただの可哀そうな子としか見てないだろうし、仕事を紹介したのを理由に気にかけてくれているだけだし……)
オレリアはこれ以上自分の好みの男性のタイプについて考えては危険だと判断し、話を変えることにした。
「あ、アレスさんは?」
「俺っすか?」
「アレスさんはどういう人が好みなんですか?」
「俺は、綺麗で優しくて、一生懸命で守ってあげたくなるような感じの人が結構きゅんとくるっすね」
アレスはゴミで両手がふさがっているのに器用に鼻を掻いて、元気な彼には珍しく少し照れているようだった。
アレスはいつもハキハキしているので、照れている表情は少し新鮮だ。
そんなことを思いながら見ていると、アレスは「ああ、そうだ」と呟いて足を止めた。
そして横を歩いていたオレリアに向き直った。
「今度俺、王家主催の夜会に招待されたんっす。オレリアさん、一緒に行きません? 俺、こう見えてもちょっと名の知れた侯爵家の次男なんっすよ」




