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気弱な令嬢の失敗と成功




「あれ、ロナウトさん今日なんで厨房にいないの?」

「ああ、今日は採用試験でな。今日は候補者に70人分作ってもらってんだ」

「うげえ。一人で?俺ロナウトさんが上司だったらやだなー」

「ああん?俺ほど部下想いの男はいねえぞ!ま、部下は選ぶけどな」


厨房の横に立ち、中で作業するオレリアの様子を見ながら、ロナウトは顔見知りの寮生と話をしているようだった。



今の時間は丁度、朝食のベルが鳴った頃。

オレリアは朝早くから朝食の準備を始めていたが、もうこんな時間だ。


大きな食堂に、続々と人が集まってきている。

あと15分で朝食が始まって、あと15分で人がオレリアの料理を取りに来る。

 


(だ、だ、だ、大丈夫かな)


(……うん、きっと多分大丈夫)


(準備はできてるし、ステーキ茸はもう全部焼き終わってるし、サラダも付け合わせも出来てる。あとは、パンが焼けるのを待てば大丈夫。あと一分で焼き上がり……)


(……………………あれ??!!)


ソワソワしていたオレリアはオーブンを覗き込み、固まった。





パンが……

パンが全く膨らんでいない。


急いでオーブンの蓋を開けて確認してみても、同じだった。

オーブンの中のそれはオレリアが作りたかったパンではなく、ただの固い小麦粉の塊だった。


昨晩小麦粉をこねた台を見ると、パンを膨らませる魔法の粉が新品のまま放置してあるのが目に入った。

どうやら、オレリア自身がその粉を入れるのを忘れたらしい。


(どう、しよう……)



大切な主食がないなんて、皆お腹を空かせて文句を言うだろう。


オレリアのような欠陥ばかりの人間が仕事をもらうには完璧に近い成果を上げなければならないのに、失敗なんて。

こんな大切な日に、うっかりにも程がある。


本当にオレリアは、エクレールたちに言われてきたように愚図でノロマで、どうしようもない。

何一つ満足に出来ない。

やっぱり、こんな使えないオレリアが自分の力で幸せになりたいと思うことが間違いだったんだ。


冷や汗と共に、次から次へと後ろ向きな感情が溢れてきて、止まらなくなる。


(もう、だめだ……)


オレリアは、目の前が真っ暗になってしまったような錯覚に陥った。










「オレリアさん、どうかしましたか?」


どれくらい放心していただろう。

オレリアを引き戻したのは、低くて優しい声だった。



オレリアが後ろを振り返ると、そこには厨房を覗きこんでいる白い騎士服姿のルイスがいた。


「今日はお邪魔かと思ったのですが、少しだけ様子を見に来てしまいました」


「あ……あの……」


「なにか困った事でも?」


「えっと……」


優しげなルイスの顔を見て、オレリアは言葉を続けることができなかった。


(ルイスさんにだけは、迷惑、かけたくない……)


(けど……どうしよう……)


(やっぱり私は愚図でのろまで、どうすれば良いのかも分からないし、なんて説明すればいいかも、もう分からない……)






「パンですか?」


いつの間にか、ルイスはオレリアの横に立っていた。

そして、オーブンの中のパンをまじまじと見つめている。



「パン……少し固そうですね」


「わ、私……」


ルイスは求人を紹介してくれただけに留まらず、昨日も買い出しを手伝ってくれて、おまけに頑張れと励ましてくれたのに、オレリアは何も期待に答えられなかった。


いきなりこんなヘマをしてしまった。

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ごめんなさい……」


「謝らないで。大丈夫ですよ」


「……」


「ええと、ほら、騎士というものは常におなかをすかせていますから、パンが多少固くても大丈夫です」


オレリアが真っ青になっているのを心配してか、ルイスはわざと明るく冗談めかしてフォローしてくれようとした。

こんな愚図なオレリアに対しても、本当に優しい。


おかげで落ち込んでいたはずのオレリアの心は、少しだけだけど、落ち着いた。


だけど、オレリアが失敗したものを他の人に責任を取らせるような形で食べさせるのは絶対にダメだ。


それをなんとかルイスに伝えると、ルイスはしばらく考えて、こう切り出した。



「………………なら、素人意見で申し訳ないのですが、この固そうなパンを何かのソースかスープに浸してチーズをかけてはどうですか?私の主がそのようなものを隣国でうまいうまいと食べていました」


「!」


「ああ見えて私の主は舌が肥えていますから、そのパンスープグラタンという料理は美味しいものだと思いますよ」


「……それなら!!それなら作れるかもしれません!」


それは真っ暗闇に差した一筋の光のような、とても良いアイディアに思えた。


そして丁度良いことに、スープなら昼用に準備しておいたスパイシーミートスープがある。

チーズも付け合わせに使おうと取っておいたものがたくさんある。


この大量の固いパンも、スープに浸してチーズをかけてパンスープグラタンにしてしまえば、立派な食事になる!




「そうと決まれば、手伝います。ロナウトさんに手伝いは禁止と言われましたが、朝の15分くらいは大目に見てもらいましょう。なにをすればいいですか?」


ルイスは白い騎士服の袖を捲り上げ、ごく自然に手伝いを名乗り出てくれた。


「あっ、そんな。私のミスなんですから、私一人で大丈夫です!それに、ルイスさんの騎士団服、真っ白だから汚れたら目立っちゃいます……」


「大丈夫ですよ。この服、たくさん支給されていますから一枚くらいエプロン代わりにしても怒られません」


優しい笑顔を向けられて、オレリアはそれ以上何も言えなかった。

憧れの人がこんなに眩しく微笑んでくれているのだ、もうそれを拒否することなんてできなかった。


「ありがとうございます。では、どうぞお願いします」





ルイスは最後の15分で、固く焼き上がったパンを一口サイズに切り耐熱皿に入れていく。

それを受け取ったオレリアは素早くスープを流し込み、チーズをのせてオーブンに入れる。

そしで焦げ目がついたタイミングで、給仕当番の見習い騎士たちが列に並んでいる他の仲間に配膳をしていく。


途中、厨房の中に王家直属のエリート騎士であるルイスを発見した若めの見習い騎士たちが、目をキラキラさせてはしゃいでいたけれど、ルイスは無視を決め込んでいたようだった。





……




こうしてひと波乱あった朝食を何とか終わらせ、昼からはしっかり魔法の粉を加えたパンを焼き、夕食も何とかこなして、今。


夕食の片付けが終わってから呼び出された料理長室で、オレリアは腕組みをしているロナウトと対面している。

ルイスはこの場にはいない。外の訓練場にいると言っていた。



「顔を上げろ」


「は、はい!」


ロナウトに指摘され、オレリアは急いで顔を上げる。

どうしても今朝の失敗を指摘されることが怖くて、つい俯いてしまっていた。



「さて。どうだった?」


「……失敗をしてしまいました」


「それで?」


「それで……」


ルイスが助けてくれたけれど、試験は全て1人でという約束だったので、オレリアは審査対象外だ。


オレリアは不採用だろうけど、貴重な時間を使って審査をしてくれたロナウトには、感謝しかない。


オレリアがお礼を言おうと頭を下げると、ロナウトに再び頭を上げるように言われた。


「パンの粉の入れ忘れは、あった」


「はい……」


「だが。俺は正直、お前が70人分三食作ると言い切った時点で採用してもいいとは思っていた」


「………………え?!」


「見かけによらず、根性がありそうなヤツだと思った」


「……」


「それだけでなく、本当に一人で70人分三食作り切った。これを根性があると言わず何と言う?文句なしに採用だ!」


「えっ!!ほ、ほ、ほ、ほ、ほんとですか?!」


「ああ、これからは俺の元でキリキリ働けよ!お前は昨日使った部屋で寝泊まりすればいいし、風呂付食事付きだ!」


「あ、あ、ありがとうございますっ!!」


オレリアは大きく頭を下げて全身で感謝の気持ちを示した。


嬉しかった。


仕事を評価されたことも、必要とされたこともなかった。

審査されて、選ばれるなんて体験も初めてだ。


(本当に?!本当に?!)


(私が働けるんだ!!ここで働いていいんだ!嬉しい!!)


嬉しくて飛び上がりそうになるのを必死で堪える。

でも飛び上がる代わりに、椅子からバッと立ち上がった。



(ルイスさんに報告しなきゃ!)


訓練場のある外にいると言っていたルイスに一番に報告するべく、オレリアは駆けだした。


(お礼もしっかり言わなきゃ!たくさん助けてもらったから)


(全部ルイスさんのおかげですって感謝の気持ちを伝えなきゃ)


(それで報告したら、おめでとうって言ってくれるかな)



優しく笑って、喜んでくれるといいな。



見習い騎士寮の厨房を出て、そのまま玄関も出て、訓練場を目指して走る。

そして訓練場の真ん中にルイスの姿を見つけたオレリアは、脇目も振らずに真っ直ぐルイスに駆け寄ったのだった。









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