黒髪の騎士と同僚の騎士
時は少し遡り。
ルイスは丁度、オレリアと別れて第二王子の待つ執務室への道を急いでいたところだった。
「ルイス、今日半休取ったんだって?」
後ろからクッキーを齧りながら歩いてきた同僚に声をかけられた。
同僚の彼は金髪の騎士で、名をクレーベ・ヘルマンという。
ルイスと同じ第二王子に仕える騎士だ。
いつも飄々と冗談を言うが、憎めないやつだ。
クレーべは脇に抱えていた女性からの贈り物らしきクッキーを一つ差し出してくるが、ルイスはそれをジェスチャーで拒否した。
「それにしても、この仕事人間が半分でも休暇を取るなんて、どういうことなわけ?」
クレーべはポリポリとクッキーを軽快に齧りながら、首を傾げた。
「……人助けをしていたから、でしょうか」
「ほえ?ルイスはいっつも目を離したらしてるよね、人助け」
「そんなことないと思いますけど」
「でも半休取ってまでする人助けってなによ?誰助けた訳?」
ルイスが休みを取ったことが珍しく、その理由が余程気になるようで、クレーベはクッキーをポリポリさせながらルイスの顔を覗き込んでくる。
こうなると、クレーベは聞きたい答えが聞けるまで離してくれないことを、ルイスは知っている。
「この間、強盗に人質にされていた女性、覚えていますか?彼女が仕事を探していると言うのでロナウトさんに紹介したら、物凄い無理難題を吹っ掛けられていたので、流石に助けが要るかなと」
「え?女の子?」
クレーべがクッキーを齧る手を止め、目を見張った。
「まあ、はい」
「女の子って、ルイス、女の子苦手じゃなかった?女の子に話しかけられると俺が分かる程度に嫌な顔するし、なんか前隣の国の王女に言い寄られた時も絶対無理って殿下に相談して、何とか言いくるめたことあったじゃん。ルイス、女の子大嫌いだったよね!?」
「嫌いではないですけど……」
「えっ、じゃあ好きなの?!」
「まあ、普通に好きですよ。でもなんというか、女性にどうしても苦手だと思う人が多いって言うだけで」
「いーや。多いっていうか、ルイスはほとんどの女の子苦手って言ってるよ」
「言ってはいません」
「はいはい、言ってはいないね。でも顔に書いてある」
「……」
「とりあえず、世間はそれを女嫌いという」
でも一応言っておくが、ルイスは男好きなわけではなくて、普通に恋愛の相手も結婚の相手も女性がいいと思っている。
だが、ルイスの苦手なタイプの人間が女性に極端に多いと言うのもまた事実だ。
ルイスは見境なくくっついて来るような下品な人間や自己中心的な人間が苦手だが、それ以上に、物凄く強欲だったり、思いやりに欠けていたり、腹黒かったりと信用に値しない人間がとても苦手だ。
そういう人が、ルイスの周りでは女性に多いのだ。
それは騎士という仕事柄、ルイスの周りには正義感あふれる騎士の男と腹黒い貴族女ばかりになるので、卑怯な男より卑怯な女が多いという印象になるのは必然といえば必然なのかもしれないが。
「でもあの強盗騒ぎの時の子は、女の子でも苦手じゃないって事でしょ?だって、その子が困ってたからルイスは半休取ったんだもんね?!」
何か邪推でもしているのか、先ほどよりもクレーべのテンションが高い。
「まあ……でも私が彼女をロナウトさんに引き合わせてしまった訳ですし、多少の責任も感じていて」
「責任?でも、あの仕事人間のルイスが半休取ったんでしょ?」
「休暇も取れと殿下から言われていましたし……」
「なんか物凄い勢いで駆けてきて、物凄い勢いで半休取って戻ってったって殿下が言ってたよ」
「……だからなんです」
「だから、もしかしてルイスが?って思ったの、俺は! でも分かんないなー。すっごいパッとしない子だったじゃん。前髪も長すぎて目とか見えないし、召使いみたいなさ。ルイスはああいう地味な汚い感じのがタイプだったんだ」
「別にタイプとかそう言うわけではなく、とても一生懸命だったので、なんとか手助けしてあげられたらと思っただけです」
クレーべは女性が好きで、どんな女性も可愛いというタイプなのだが、流石に強盗事件の時に助けたオレリアの事はパッとしない召使いのようだと思ったらしかった。
たしかにルイスもその時はそう思った。
でも今日オレリアと改めて接してみて、少し印象が変わった。
彼女は心優しく素直で、やっぱり頑張り屋だった。
相変わらずの長い前髪で両目は隠れて見えなかったけど、唯一見えていた桃色の頬と小さな口はパッとしないどころか、なぜかずっと見ていても飽きなかった。
(一生懸命喋っていて、一生懸命買い物をしていて、一生懸命アイスクリームを食べていてなんだか可愛かった)
(食材について何も知らない私の為に懸命に解説してくれたところも、髪にアイスクリームをつけて慌てたところも……)
(あっ……いや。可愛いとは言ったがそれはただの感想で、深い意味はない)
(決して変な意味ではない)
「一生懸命かあ……うーん、一生懸命な人なんてどこにでもいるけどね。ほら、俺もいつも一生懸命だよ?」
クレーベはわざとらしく上目遣いにルイスを見てくる。
まったく、冗談好きな同僚だ。
クレーベはいつも適当なのに、やるべきことだけはきっちりこなしてきっちり成果だけは持ってくる、調子と要領がいい事で有名な騎士だ。
要するに、一生懸命とは程遠い人間なのである。
「クレーベはともかく。彼女はなんというか、ものすごく本気で一生懸命な感じなんです」
「ふうん?」
「でも一生懸命すぎて1人で頑張りすぎるきらいもあって、今日だって、もう少し周りに助けを求めてくれればいいのにと思いました」
「ほーう?」
「何ですか、その顔は。 この件は、仕事を紹介すればロナウトさんも助けられるし、彼女も仕事を得られるしで2人にとって丁度良いかと思っただけなんです。さっきから言っていますが、彼女が頑張っていたので手伝ってあげられたらと思っただけで、別に変な気持ちがあったわけではありません」
「ふーん。ま、いいや。でもちょっと興味湧いてきたから、ロナウトさんのところにいるなら、俺もまた会いに行ってみよっと」
そんな話をしているうちに、ルイスとクレーべは第二王子ディートリヒの執務室の扉の前に到着していた。
扉をコンコンとノックする。
「開いているよ」
中から主、ディートリヒの声が聞こえた。
「入ります」
さて、仕事だ。
ルイスはスッと姿勢を正す。
おしゃべりの内容はもう忘れて、気を引き締めていこう。