気弱な令嬢の挑戦
「お待たせしました。行きましょう」
(あ、ルイスさんもどこかへ移動するのかな?忙しそうだなあ)
調理長ロナウトに「とりあえず待っとけ」と呼び留められ、騎士団訓練場の門で律儀にロナウトを待っていたオレリアは、現れたルイスを見てそんなことを思っていた。
「あの、オレリアさん?出発しませんか?」
「……え?わ、私ですか?」
ロナウトに待つように言われたので、てっきりロナウトを待っていればいいのだと思っていた。
オレリアは、ロナウトを探してきょろきょろとあたりを見回すが、目に入るのは青い制服の騎士見習いの男性の姿ばかり。
「買い出しの荷物持ちを手伝おうと思ってお待ちいただいていたのですが、もしかしてロナウトさん、貴方に何も伝えていない?」
「とりあえず待っとけって言われて……」
「……。 ほんっと、あの人は料理のこと以外適当なんですから……」
ルイスはハアと息をついたが、すぐに気を取り直したようで買い物には馬車で行こうと言って歩き出す。
案内の為に前を歩くルイスは騎士団の寮や訓練場を横切り、その隣にある王城の門をくぐる。
そしてショートカットだと言って、煌びやかな王城の庭園を通って進んでいく。
オレリアは初めて見る豪華絢爛な王城の庭に圧倒されて小さくなりながらも、懸命にルイスについていく。
「大丈夫ですか?私が早く歩き過ぎでしたら言ってください」
大きな花のアーチを通り過ぎたくらいのタイミングで、くるりとルイスが振り返った。
「全然、全然大丈夫です!」
いきなり振り向かれて驚いたオレリアが、ブンブンと首を振った瞬間。
「あら!ルイス様だわ!」
「ルイス様!お久しぶりです」
突然背後から華やかな声がした。
パッと振り返ると、そこにはレースをふんだんにあしらった可愛いドレスを着た美しい令嬢が二人立っていた。
緩やかなカーブを描く金の髪の令嬢と、ピンクの髪を可憐に結い上げた令嬢。
彼女たちは、道端の石ころのようなオレリアのことは認識していないようで、美しい騎士であるルイスに視線を集中させている。
「ルイス様ってば、この間、このマリリンが観劇にお誘いしたのに何故来てくださらなかったの?」
ピンクの令嬢がルイスに歩み寄り、上目遣いに彼を見上げた。
女のオレリアが見ていても、ドキドキしてしまうような大胆さである。
「ルイス様は私がお食事にお誘いした時も、忙しいっておっしゃってたわよね。ね、なら今度はお休みの日を教えてくださらない?」
金髪の令嬢はピンクの髪の令嬢に負けまいと思ったのか、ルイスの腕に自分の腕を絡めている。
もしオレリアが男だったら心臓が飛び出してしまうほどの、何とも色っぽい令嬢だ。
この二人もしかりエクレールもしかり、令嬢とは美しくて自信満々に男性を落としに行くタイプが多いらしい。
まあ、良いところに嫁ぐのが貴族の娘の使命でもあるのだし、当然と言えば当然だろう。
侯爵家に長女として生まれてはいたもののずっと使用人のような人生を送ってきたオレリアは、2人の令嬢たちをぼんやりと見ていた。
そして素直に(モテそうな令嬢さんたちだなあ)と考えていた。
「ねえルイス様。貴方の次のお休みの日に、二人で出かけましょう?」
「すみません、仕事が立て込んでいて次の休みも未定なんです」
「ええっ。 ……じゃあ、3か月後に王家主催の剣術大会があるでしょう?ルイス様も第二王子の騎士として出場されるわよね?ルイス様がそれに私を招待してくださらない?」
「えー。リリーナずるい!ルイス様に招待されたらディートリヒ様側の特別席って事でしょ?自分だけ殿下にもアピールする気?」
ルイスの返事を待たず、会話に入ってきたのはピンクの髪のマリリンという令嬢だ。
「ずるくなんてないわ。それに私、何考えてるか読めない殿下よりルイス様の方が好みだし」
「私だってルイス様の顔の方が好みだけど!でも殿下とまでお近づきになろうなんてずるいわ、リリーナ!」
ピンク髪のマリリンが金髪のリリーナをルイスから引き剥がし「ずるい」「抜け駆け」と言い争っているうちに、ルイスがこっそり「いきましょう」と歩き出した。
言い合いをしている令嬢たちを置き去りにして馬車乗り場に到着し、馬車に乗り込む。
立派な制服を着た御者がドアを開けてくれたので、オレリアはしっかりとした作りの馬車に恐る恐る乗り込んだ。
(買い物に行く時もいつも徒歩で、馬車なんて乗り合いのものにしか乗ったことなかったけど……)
(こんな汚い私がこんな綺麗な馬車に座っていいのかな……)
物凄く悪い事をしている気がしたが、座らなければ馬車が動き出した時危ないので、勇気を持って腰掛けた。
背中に背負っていた大きな荷物入れは下に置く。
オレリアの後に乗り込んだルイスはオレリアの対角に腰を下ろした。
馬車が動き出す。
オレリアが乗った事のあるおんぼろの馬車とは違い、揺れが少なくてとても快適だった。
それに、馬がいいのか御者が優秀なのか、物凄く早い。
対角に座っているルイスをちらりと見てみる。
ルイスは何も喋らないが、喋りかけるなというオーラが出ているような気はしない。
(話しかけてみて……いいかな)
(私なんかに話しかけられたら迷惑するかな……)
(で、でも!今日がルイスさんに会える最後の日かもしれないし!死ぬ間際に幸せな思い出としてルイスさんに話しかけたことを思い出せたら!)
オレリアは彼に見られないようにこぶしを握り締め、勇気を出して話しかけてみた。
「あのっ……さっきは、可愛い令嬢さんたちでしたね」
「えっ……ああ」
ルイスは一瞬ビックリしたようだったが、それはオレリアが話しかけたからではなくて、先ほどの令嬢達をオレリアが可愛いと言ったから驚いたというような顔だった。
「でもなんというか……変なところを見せてしまって」
「ぜ、全然!全然変なんかじゃないです!皆に慕われて、お知り合いがたくさんいて、素敵なことだと思います!」
「ははっ。なんだか、貴方にそう言われると毒気が抜かれますね」
ルイスが微笑んで、丁度馬車が止まった。
頑張って始めた会話は長くは続かなかったけれど、オレリアは満足だ。
「着いたようです。下町の市場で良かったんですよね?私は下町の地理には疎いので、荷物持ちとして貴方について行くだけになってしまいますが、大丈夫ですか?」
「は、はい!!」
頷いて、馬車から降りる。
目の前に広がるのは、何度も来たことのある下町の市場。
でも今日は少しだけ違う景色に見えた。
理由は後ろに眩暈がするほど眩しいルイスがいるからなのか、それとも明日の大勝負を控えているからか。
大きな荷物入れを背負い直す。
オレリアは覚悟を決めて、市場の雑踏に入って行った。