気弱な令嬢の職探し 2
料理の心得。
オレリアは今までずっと、侯爵家の使用人たちの食事を作っていたので、料理の心得なら多少ある。
エクレールにはさんざん不味いと言われてきたオレリアの料理だが、実は使用人たちには好評だった。
高級な食材を扱うことは無く安物の食材ばかりだったけれど、使用人たちは「これが人参の皮?今まで食べたどの人参の皮より旨い」「キャベツの芯がこんなにうまいなんて信じられん」と口々に呟いていた。
食材を余すことなく使うオレリアの技術が、この高級なレストランで求められているのかは分からないが、料理の心得がある人を募集しているというのなら、オレリアにもチャンスがあるかもしれない。
オレリアは張り紙の張ってある裏口からレストランに入って行くべきか、それとも正面から入って行くべきかで悩んだが、正面から入って行くことにした。
裏口から入って泥棒や乞食と間違われたら嫌だと思ったからだ。
だから正々堂々、正面から声をかけに行く。
オレリアは高価そうな装飾があしらわれたレストランの正面出入口に立ち、深呼吸をした。
そして、エイッとその重厚な扉を押して開けた。
レストランの、シンプルだがセンスの良いレセプションがオレリアの目の前に広がる。
「いらっしゃいま……」
支配人かホールの責任者と思しきピシッとした男性が振り返って、固まった。
貴族の客が入って来たかと思ったら、そこにいたのが汚らしい女の子だったから驚いたようだ。
彼の接客用の笑顔はみるみる形を変え、最終的に汚い鼠でも見るような目つきになった。
「あの」
雑巾と罵るエクレールの瞳を思い出して怯んでしまったが、オレリアは辛うじて声を出した。
「裏口に貼ってあった、求人の紙を、見てきたのですけど……」
「は?」
「料理の心得がある人を、募集しているんですよね……?」
「はあ??」
支配人と思しき男性は、もう一度大きな声でそう言った。
「お前のような奴、誰が雇うものか」と言われているようで悲しくなったが、オレリアは逃げることはしなかった。
本当は今すぐこのレストランから逃げ出したいところだったけれど(死ぬ間際に、あの時もっと粘ってたら違う未来もあったのかな、なんて思いたくないでしょ!)と気合を入れたら、踏ん張ることが出来た。
「私、料理の心得が、あります」
「で?貴方のようないかにも生まれの悪そうな女、いくら何でも雇いませんよ。ウチはオープンキッチンですし客の前には出せません」
男性はオレリアを見下して、冷ややかな視線を向けてきた。
「私、何でもします!お皿洗いでも掃除でも!何人分の料理も一度に作れます!だから、何かのお役に、立てます!」
「ハッ。一応聞いておいてあげますけど、何が作れるんです?西洋風はいけますか?東洋風は?」
「せ、西洋風……?ポトフ、とかハンバーグとか、オムライスとか、なら……」
「テリーヌやコンフィは作れるかと聞いたのです。 でもポトフやハンバーグなんて家庭料理が作れるくらいでは全く話になりませんね」
「でも、食材を余さず使う方法なら、知ってます!しょ、食費を節約するのは得意です!」
「節約?そんなケチ臭い料理をウチで出すと思いますか?」
「ご、ごめんなさい……。 じゃあ、荷物持ちにしてくれませんか?私、力は強いみたいなんです」
「その細腕で何を言うかと思えば。それに生憎、荷物持ちは足りていますから」
「なんとか、お願いします!誰よりも、頑張ります!」
「でも、頑張ってポトフやハンバーグ作ってもらってもウチでは意味ないんですよ」
「教えていただければ、テリーヌやコンフィも一晩で作れるようになります!努力します!」
男性は話にならないとばかりに溜息を付き、一言「御引取ください」と言い放った。
そしてくるりと踵を返し、奥に引っ込んでしまう。
(……駄目だったかあ)
(……張り紙があったからちょっと期待しちゃったけど、こんなに素敵なレストランなんだから、私じゃ駄目だよね……)
がくりと肩を落としたオレリアは、入ってきた出入り口の方へとぼとぼと歩き出す。
「あの、お待ちください。貴方は先ほどお会いした方ですよね?無粋ではありますが、声が中まで聞こえてきたもので、気になって声を掛けさせていただきました」
どこかで聞いたことのある低くて優しい声がして、オレリアは顔を上げた。
振り向くと、強盗に人質にされたときに助け出してくれた黒髪の騎士がいた。
だけど彼は騎士服は着ておらず、質はいいが少しリラックスした服装だった。
仕事終わりに、このレストランで夕食を摂っていたのかもしれない。
「……」
(……今は騎士服じゃないみたいだけど、その服装も似合うなあ)
「突然ですが、貴方は何人分の料理も一度に作れて、重いものを持つことも苦ではなく節約も得意で、今仕事を探しておられるのだとか」
「……」
(また見る事ができるなんて、夢にも思わなかった……)
「私の知り合いがそのような人材を探しているのですが、興味はあったりしますか?」
「……」
(やっぱり王家直属のエリート騎士さんだから、こういう高級なレストランに食べに来るんだなあ……)
「あの、私の声は聞こえておりますか?」
「………………え?」
黒髪の騎士が、汚くて陰気なオレリアに話しかけている?!
また?!何故?!
ようやく自分が話しかけられていることに気が付いたオレリアは、びっくりして飛び上がりそうになるのをぐっとこらえた。
「突然話しかけて驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「………………えっ、い、いえ!そんなこと!全然!」
謝る騎士に対して、ブンブンブンブンと首を振る。
「でしたらよかった。 私の知り合いが、手際が良くて力持ちで、節約も得意で家庭料理が作れて、根性がある調理係を探しているらしいのです。条件に合う方が中々見つからないようで、知り合いが嘆いていました。 もしよかったら、話を聞いてみますか?」
「えっ……その、面接してもらえるんですか……?」
「ええ、貴方さえよければ」
「いいんですか……? でも、何で私……?」
「昼には芋が大量に入った荷物入れを難なく背負っていましたし、支配人にも粘り強く掛け合っていたので根性もある方なんだろうなと思ったので………… と、申し訳ありません。こんな不躾に話しかけておいて、きちんと名乗ることもしていませんでした。私はルイス・エルグラン。第二王子ディートリヒに仕えています。一応、怪しい者ではありません」
「あ、怪しい者だなんてそんな!」
見るからに好青年、見るからに爽やかで優しそうなルイスは、どこをどう見ても怪しくはない。
いやもし怪しい人だったとしても、こんなにかっこいい人に騙されるならいいかな、とまでオレリアは思ってしまったのだった。
「では明日、王宮騎士団の訓練場まで来ていただいても大丈夫ですか?」
オレリアが頷くと、ルイスは綺麗な顔で小さく微笑んだ。
こうしてオレリアは明日、手際が良くて力持ちで、節約も得意で家庭料理が作れて、根性がある調理係を探しているという人物と面接することになったのだった。
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