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気弱な令嬢と壺




……硬い壺ならば、オレリアは腕で受け止めることも出来ないはず。

そして、それが頭にあたれば、流石に死ぬわよね。

今までは従順で、プルプル震えて面白かったから生かしておいてやったけど、もういらないわ。

壺は私が投げたけど、みんなにはこけて頭を打ったらしいとでも言えばいいわ。


エクレールは一人勝利を確信して、笑った。







重そうな壺が、頭上に振り下ろされる。


(あ、危ない……!)


当たったら、絶対に痛い。

いや、痛いだけで済まされるならまだいい。

壺が頭目がけて飛んでくるなんて、打ち所が悪かったら重症になってしまうかもしれない。

もこれってしかしたら、強盗に人質にされた時よりもマズい状況なんじゃ……。




『そうですねえ』


その瞬間、どこからか生ぬるい風が漂ってきて、ぬるりとオレリアの頬を撫でた。

なんとなく、どこかで感じたことのある気配だった。


目の前に迫る壺の速度が遅くなって、時間が止まった気がした。


『ああ。もし私に心臓なんてものがあるのならこう言うでしょう。心臓に悪い。私に食われる前に死ぬなと言った言いつけは、きちんと守ってもらえるのでしょうね?オレリア・エンフィールド』


オレリアの体に寿命を食らう呪印を施した魔物、ベリアルの声だ。

それが風と共にどこからか聞こえてくる。


『こんな低俗な義妹と安物の壺にいとも簡単に殺されてしまうなんて情けない。情けなくて脆弱ですよ。強盗に捕まった時は有能な騎士が追いかけてきているようだったのでエンタメ感覚で見ていましたが、今は流石にヒヤリとしていますね。 ああ。ですが、私に助けを求めても無駄ですよ、オレリア・エンフィールド。だって私は、餌を助けるような面倒な真似はしないのですから』


「私、やっぱり壺で頭打って死ぬ……の?」


『そうですよ。このままだと、ね』


「……」


『でも、まだ君は死んでいない。だから勝手に自分で私に美味しく頂戴されるその日まで生き延びるという選択肢もまだあるのです、オレリア・エンフィールド』


「……」


『では、また。私の気が向いた時にでもおしゃべりしましょう』


言いたい事だけ言って、気ままな魔物はぬらりと気配を消した。



不気味な風も消え去って、ハッと気が付けば、目の前に迫る壺とオレリアの頭部の距離は、あと数ミリ。


(……これが当たったらほんとに死にそう……)


(ただでさえ余命が一年もないのに、こんなところで……)


(まだお菓子作りだってしてないし前髪だって切ってないし友達だってできてないし舞踏会だって行ってないし恋愛だってしてないのに)


(なのに)


(死んで……死んでたまるかああ!!!)



「うりゃああああ!!!!」


誰も、予想はしていなかっただろう。

オレリア自身だって予想はしていなかった。

いや予想どころか、誰も想像さえしていなかった。


不細工で煤だらけで、長い前髪に顔を隠したか細い女の子がこんな力強い声を出して、硬い壺を手刀で叩き割った事なんて。

いつも怯えて震えていた気弱な女の子の火事場のバカ力が、こんなに規格外だったなんて。



「な……何が起こったの……?」


エクレールの驚いた顔が、割れて飛び散った壺の向こう側に見えた。

か細いオレリアが壺をかち割ったことが信じられず、彼女はよろよろと後ずさる。


オレリアは後退るエクレールに迫るように一歩踏み出した。


「もう!!私は!!黙って我慢したりしないっ!!!」





ドン!!

無意識のうちに玄関ホールの壁まで後退していくエクレールを追い詰め、オレリアはその両手を壁に付いた。

いわゆる両手で壁ドンの姿勢だった。


そして勢いのまま、叫んだ。


「私、この侯爵家を出て行くから!!」


オレリアは最後の最後に、エクレールをきつく睨みつけていた。

今まで怖くて怖くて仕方のなかったエクレールが、今は嘘のように小さく見える。


「わ、私がいなくなったら、人件費きっとすごく増えると思う。それで、今までみたいに貴方と夫人が豪遊を続けるのならきっとすぐ立ち行かなくなると思う」


「……そんな訳ッ」


「でも、次の侯爵位を継ぐのは貴方だし、貴方の好きにすればいいとも思う」


「そんな訳、ないでしょおっ!雑巾がいなくなった方が侯爵家は潤うに決まってる!!穀潰しの雑巾の面倒を見なくてよくなったんだもの!!」


オレリアの、長い前髪の隙間から覗く紫の目で射抜かれて暫く何も言えなかったエクレールだったが、ようやく調子を取り戻して吠えた。

更に、平手打ちのおまけつきだ。


だが、オレリアはそれを難なく避けた。


空ぶった片手をもう片方の手で握り締めながら、エクレールは悔しさに顔を真っ赤に染めていた。




「じゃあ、ばいばい」


オレリアはそう言って、くるりと背を向けた。






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