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気弱な令嬢

可哀そうな場面は最初の数エピソード!(のはず)


ゆっくりざまあ(予定)




「この不味そうな料理は何?料理さえ満足に出来ないなんて、貴方って本当に愚図!」


「ご、ごめんなさ……」


下手をすれば下女よりもしょぼくれた身なりをした少女は、大声で怒鳴られて身を縮めた。


「これなんて、ただの芋にブタのスジ肉しか入ってないわ。ゴミのシチューじゃない!私たちにこんなゴミを食べさせる気だったの?!」


少女を睨みつけていた金髪の少女が叫び、テーブルの上に並べられていたスープ皿を思いっきり床にたたきつけた。

大きな音がする。

木製のスープ皿が床にぶつかって跳ね、中身のシチューはぶちまけられて広がっていく。


「私は芋やスジ肉みたいなゴミなんかじゃなく、ステーキやグラタンが食べたいの!」


「お、お芋はゴミなんかじゃないわ……それに、うちにはもう毎日贅沢をする余裕なんて……」


震える少女は俯きながら、小さな声で必死に反論した。


「余裕がない?じゃあ、あんたが食べるのを我慢すればいいじゃない!」


ドン。

容赦のない金髪の少女は、震える少女の肩を強く押した。

押された少女の、細くて軽すぎる体はぐらりと揺れてバランスを崩し、すぐそこにあった小さな戸棚にぶつかった。

体を打ち付けて、鈍い音がする。


(痛い……!)


この戸棚には元々硝子がついていたが、この間も金髪の少女に押されてぶつかったので割れていた。

それらの割れた硝子は全て取り払って綺麗にしたので、今は少女の肌を刺すものが無いのがせめてもの救いだった。


少女は、打ち付けた体を庇いながら、頭を垂れた。

ぼろきれのような服の隙間から見える少女の体には、ところどころに痣がある。


「でも、今の私が食べているのは野菜のきれ端や硬いパンで……私が我慢してもこれ以上のシチューは作れないの……」


「何か言った?」


眉をつり上げている金髪の少女に、震える少女の蚊の鳴くような小さな声など届く筈もなかった。


「いつも俯いてボソボソ喋って、愚図でのろまで不細工。あんたを見ていると気分が悪いわ。謝って!」


「ご、ごめんなさい……」


床に転がっているスープ皿を高いヒールの靴で蹴とばした金髪の少女は、苛々と鼻を鳴らす。

それに対して、震える少女は消え入りそうな声で謝るしかなかった。


「はあ、本当にさっさと消えて欲しいわ。……ねえお母様!」


金髪の少女は、丁度食堂の扉を開けて中に入ってきた影に気が付き、ぱっと振り向いた。


「エクレール、先に食堂に来ていたのね。 ……あら。このシチューを床にぶちまけたのは誰?ああ、分かったわ。この雑巾ね?」


床にぶちまけられたシチューを見て眉根にしわを寄せたのは、神経質そうな女性。

長い爪のついた指で、震える少女を指さして雑巾と呼び、少女が悪いのだと軽蔑するような視線を投げかける。


「私は、なにも……」


「なあに?聞こえない!」


エクレールと呼ばれた金髪の少女が真っ赤な口紅が載った口を大きく開けて、震える少女の声をかき消した。

その横で、神経質そうな女性、エクレールの母親は床に広がった粗末なシチューを再び見やり、まるで泥水でも見るかのように更に顔をしかめた。


「それになんなの、このシチューは。クズ野菜とくず肉しか入っていないように見えるのだけど」


「そうなのよ、お母様!こんなもの人が食べるものではないでしょう?」


「当り前よ。こんなクズ野菜とくず肉なんて、家畜の餌だわ」


「それって、こいつは私たちのことを家畜と同等に見ているという事?雑巾の分際で?許せない!」


(そんなんじゃ……ないのに)


少女はなんとか口を動かそうとしたけれど、綿が喉に詰まってしまったかのように声が出なかった。

エクレールは縮こまる少女を憎々しげに見て、母親と共に震える少女をさらに糾弾する。


「よくも私たちにこんな仕打ちができるわね」


「この雑巾はあの女の子供なのよ。あの女と同じで考えることが狂っているのよ」


「そうね。そうだったわ、お母様。ああ、虫唾が走る。狂った女の娘はやっぱり狂っているのね」


エクレールの母親は上から押さえつけるように震える少女を睨みつけ、エクレールは大きな指輪が光る指で少女の髪を引っ張り上げた。


(やめて……!)


長い前髪が鷲掴みにされ、少女の汚れた顔が2人の前に晒される。


「きゃはは、不細工ね!いい?今度こんなゴミみたいな食事を出したら許さないわよ」


「うう……」


「何?うう……ですって。気持ち悪い!」


真っ赤な唇を釣り上げて嘲笑う。

そして震える少女を捨てるように解放したエクレールは、パッとその豪華なドレスを翻した。


「もういいわ。やっぱり外で食べましょ、お母様。今日は苛々したし、とびきりのレストランへ行きたいわ」


「いいわね。じゃあそうしましょう」


エクレールとその母親は震える少女と床に広がったスープを振り返ることはなく、スタスタと食堂から去っていく。


「私、友達から話を聞いて行ってみたいと思っていたところがあるの。この国で一番大きなシャンデリアのあるお店よ」

「いいわね。なんでも貴方が好きなものを食べましょう、エクレール」

2人はもう、煌びやかなレストランとご馳走の事しか考えていないようだった。




小さくなっていた汚らしい少女は、2人の足音が完全に消え去ってから、ゆっくりと顔を上げた。


煤が付いた灰色の髪。

長い髪に隠された紫の瞳。

こけた頬、あかぎれた手、折れそうに細い腕。

気が弱く、声もシルエットもか細く、いつも自信がなさそうに俯く少女。

震えるこの少女の名前は、オレリア・エンフィールド。

このエンフィールド侯爵家の長女である。


長女、と言ってもオレリアの爵位の継承権は早々にはく奪された。

理由は、オレリアが愛されていないから。

オレリアの母親は愛するエンフィールド侯爵の弱みを握り、嫌がる侯爵と無理やり結婚してオレリアを産んだ。


オレリアの母親は、難儀な人だった。

彼女は侯爵のことを愛していたけど、侯爵はオレリアの母を愛してはいなかった。

オレリアの母親は「どうして私を愛してくれないの」「どうして手をつないでくれないの」「どうしてキスをしてくれないの」といつだって侯爵を責めていた。

そして、愛されるために色々と手を回し、あまり大きな声では言えないようなことまでやっていた。

思うようにいかなければ物に当たったり人に喚き散らしたりする、ヒステリックな母親だった。


子供が出来れば侯爵に振り向いてもらえるかもしれないという理由だけで生まれたオレリアは、そんな母親に愛されることもなく、母親を愛していない父親にも愛されなかった。


オレリアが生まれて何年か後。母親は何をしてもどう足掻いても、狂おしい程愛する人に愛されなくて、絶望と錯乱と糾弾の末、自ら命を絶った。

オレリアは最後のその時まで懸命に母親を慰め続けていたが、結局、母親は一度も幼いオレリアを顧みてはくれなかった。



こうして前妻が死んでしまったことで、侯爵はずっと想いを寄せていたエクレールの母親を口説き落として結婚した。

エクレールの母親は侯爵夫人となり、オレリアの義母となった。

そして夫人が連れていたのがオレリアより一つ下のエクレールであり、彼女がオレリアの義妹となった。


エクレールは稲穂の様に豊かな金髪で、エメラルドの様に美しい瞳を持つ可憐な少女だ。

血は繋がっていないが、愛する人の美しい子供だということで侯爵にも愛された。

エクレールがあれが欲しいと言えば与えられ、ああしたいと言えばそれは叶えられた。

長女のオレリアが賜るはずだった爵位も、彼女に渡った。

そんなエクレールとその母親である夫人の我儘は、今では侯爵家の家の金を食い潰しかけている。




そしてオレリアは、エンフィールド侯爵家で虐げられてきた。

それはオレリアの母親が滅茶苦茶をやっていたことのしわ寄せとして始まり、どんどん加速していった。


侯爵家の人々は、あのヒステリックな悪女の子供には下女くらいの扱いが丁度いいと思っているようで、オレリアが狭くてかび臭い屋根裏で寝起きしていても、寒い冬に外で何時間働いていても、ふらついても怪我をしていても、誰も特に気にしないようだった。



実を言うと、オレリア自身も自分の不幸を気にしないように努力していた。

叩かれて、暴言を吐かれて、責められて、体の心も痛くてやめて欲しくても、気弱な自分は声が出せない。

やめてと言う勇気がない。

ただ縮こまって震えるだけ。


誰か、助けてくれないかな。

物語みたいに。


でも、誰も助けてはくれない。

神様もいない。

奇跡もない。

ヒーローなんてものもいない。


だから結局自分は幸せになれないまま、このまま生きていくのだろうとオレリアは思っていた。


このまま、ずっと不幸のまま生きていくのだろうと思っていた。







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