7.謎の苦労(父ダリフ視点)
セバス→紳士。執事。素敵なオジサマ。皆さまの好みのセバスをご想像ください。
「そうか…話は大体わかった。私が伝えていれば良かったな」
何のことかは不明だが、一番は父が忘れ物をしなければ良かったのでは。
「イザベラ…ハリス殿下は強かっただろう?」
「はい。少年とは思えませんでしたわ」
「その…当時、王宮で殿下と渡り合えのは騎士団長のみだった」
「…はい?」
「王宮騎士として浅い者は殿下の足元にも及ばず、ベテランも10分ともたなかった。騎士団長だけが王宮騎士の矜恃を保っていた」
「……なるほど!」
「バレたのだ、お前の実力が。殿下に」
イザベラは剣に長けていた。
数は少ないが、貴族で剣を嗜む女性は一定数いる。
その中に彼女も含まれるが、イザベラの実力は[嗜む]レベルを遥かに超えていた。
フローレン家の弟たちですら、未だイザベラには敵わないほどに。
それを知るのは家族と他数人だけだ。
「熟練の剣士は数回打ち合わせると相手の力量がわかる。お前の[底]まではわからなかっただろうが、打ち負かした時点で殿下に[強者]と認定されたのだ」
「あら…大人でも負けるとは思いましたが、そこまでとは」
イザベラの思った大人とは、兵士や通常の騎士のことだった。
まさか、あの年で精鋭しか入れない王宮騎士を倒すほど強かったとは。
「婚約に至るまでの思惑はわからんが、興味を持たれたことは確かだろう。……イザベラはどうしたい?」
侯爵家のために婚約してくれ、とダリフが言えばイザベラは頷くだろう。
だがダリフは娘の気持ちを尊重したかった。
妻が亡くなったあと、イザベラは不在がちな自分にかわり仕事を率先して行い、家も取り仕切ってくれている。
貴族は恋愛結婚が難しいとはいえ、家に尽くしてきた娘を駒のように送り出したくはない。
「…少し、考えるお時間をいただければと思います。殿下も時間が欲しいと仰っておりましたので」
「わかった。この件は私からも陛下に確認しておこう」
「ありがとうございます」
娘は父の気持ちを察したのか、優しく笑った。
イザベラが書斎から退室し、部屋には私とセバスだけとなった。
「まさかこんな話が舞い込むとは…」
「イザベラ様は、やはり斜め上を行かれますね」
「ああ、本当に予想がつかない…」
セバスが新しいお茶を出してくれたので、口をつける。
「昔、『子育ては大変だぞ。子供は突拍子もないことをするし、貴族は評判がすぐ広まるから子供が問題を起こしたら上手い答えを考えなきゃならない』と友人に言われたよ。父親としての真価が問われるのだな、と意気込んでいたがイザベラの時は発揮できたことはなかったな…」
「イザベラ様ですから…」
娘が、本来 男性パートナーと行く舞踏会にご令嬢と向かったという報告を受けたときは、理解が追いつかず二晩、悩んだ。
次に、イザベラから とある貴族の男と決闘をすることになった、と言われたときは[対貴族用受け答え]をセバスと1日かけて20パターン練り上げた。
他、娘をもつ一般的な父親とは思えない謎の苦労。
「お陰でリリアンヌの悪戯やわがままは可愛らしいレディそのもので、逆に焦ってしまったな…」
「旦那様…イザベラ様ですから…」
「そうだな、イザベラだから…」
深く考えてもどこに着地するかわからない娘なので、今後の対策や予防は意味を成さないかもしれない。
それでも父親として、できる限りのことはしたいと思っている。
「セバス…今回も苦労をかけるかもしれないが、宜しく頼む」
「もちろんです旦那様。誠心誠意、努めてさせていただきます」
長年仕え、奇妙な苦労を理解してくれるセバスにダリフは父として感謝した。
---------------------
その翌日、予定通り帰ってきた弟たち二人にも どういう事だとイザベラは問われ、夕食の際に弟二人とリリアンヌに打ち明けた。
三者三様、同い年の弟ジオンは絶句し、一つ下の弟ヨセフは納得し、妹リリアンヌは何故かときめいていた(姉に)。