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14.不変

体調の悪い方はUターン推奨です。

ちなみにルーカスはイザベラのお願いで、公爵令嬢の近くにいます。

ああ、頭が痛い、身体が熱い―

胃が荒れている。


わたくしは、会場の椅子に座っていた。

絶え間なく人々に挨拶されるが、酔ってしまい休憩中だと答えるとみな、気遣って短い挨拶だけで終わらせてくれる。

とても有難いと同時に、勇気を出してダンスの申込をして下さったご令嬢たちには申し訳なく思う。

次の機会では必ず、と約束したので名前を脳に刻み込む。

女性がイザベラにダンスを申込むという状況に、指摘する者は誰もいない。


ドク、ドクと鼓動が大きく聞こえる。

まだ、まだ―

笑え、イザベラ。

わたくしはイザベラ・フローレン。

軍事を司るフローレン侯爵家の長女。


(セドリック殿下は…あちらに、いらっしゃるわね)

時間も進み、会場の人数も少なくなった。

そろそろお開きかしら…と思ったイザベラに、貴婦人が近付いてきた。

「イザベラ様、本日は娘と踊っていただき有難うございました。娘は前からイザベラ様とのダンスが憧れでしたの」

「まぁ、そうでしたの?でしたら、もっと踊って欲しいとお願いすれば良かったわ…惜しいことをしてしまいました、次はもっとお誘いしても構いませんか?」

「まあ、娘が舞い上がってしまいますわ。ふふ」

イザベラの返しに、婦人は思わず笑ってしまう。

私も笑顔を向けた。


みを絶やしてはならない。

体内では毒が暴れ回り、吐き気がしているが頬の裏側を噛んでこらえる。

何回 噛んだのか、もうわからない。

鉄の味で口内が苦い。


「それでは私たちは帰りますわ。ご機嫌よう」

別れの挨拶をして婦人は去って行く。

イザベラは優美に頭を下げ、見送った。


目が霞む。

耳鳴りもしているだろうか。

(笑って、イザベラ―)

わたくしは自身に語り掛けた。

毒など飲んできたではないか。

身体に慣らすため、子供の頃から少しずつ摂取してきた。

自身の身体には耐性がある―

口にした毒の種類まではわからないが、量は致死量に至らないものだ。

残念なのは胃の荒れ具合からして、あまり質の良い毒ではないこと。

公爵令嬢に準備するなら上質な物を用意なさい、と心中で物申す。


「―…」

胃から、何か迫り上がってくる。

(胃酸かしら…?)

イザベラは水の入ったグラスを手に取った。

一つ一つの所作を丁寧に、優雅に見えるように気をくばる。

本来はフレア様が飲むはずの毒を、私が飲んでしまった。

あの場で自身が倒れたら、フレア様があらぬ疑いをかけられる。

だからこそ、わたくしは他者に気取られてはならない。

そして、毒など無意味であることを立証する。

水を一口含み、イザベラは ただ耐える―


辛い時間は長く感じるものだ。

頭が痛い、気持ちが悪い、身体が熱い、目も霞む、心臓の音と耳鳴りが大きく反響し騒がしい…

それでも、口角は下げない。


ああ―

「―イザベラ様、セドリックが退出しました」

「フレア様は…」

「ご心配なく、帰宅したそうです」

「…ハリス様…ありがとうございます。それでは、わたくしも馬車に乗りますわ」

全ての感覚を殺して、笑え、イザベラ。

「なりません。その状態で馬車に揺られたら地獄を見ますよ」

全身が痛い、一部が痺れ始めている―

「ですが、誰の目も無いところに参りませんと…」

第一王子の目が何処にいるか、わからない―

彼が退出しても、人目がある範囲ではしとやかに、いつものイザベラ・フローレンでなければならない。


「こちらへ。ご案内いたします」

殿下の手を差し出され、私は一瞬だけ逡巡し己の手を預けた。


---------------------


案内されたのは、ハリスの自室だった。

(いろいろと問題があるけれど、甘受しましょう)

正直、それどころでは無い。

「ハリス様…脱がせてください。吐きます」

「!―わかりました」

素早く察したハリスは、手際よくドレスを脱がしていく。

時間との勝負なので、甘いムードは皆無である。

「バスルームをお貸しください」

「こちらです」

浴室の扉を開け、ほぼ半裸の彼女が入ると即座にバタン!と扉を閉められた。

「イザベラ様?」

「どうか一人に―」

その言葉を最後に、暫く彼女とは話せなくなった。



ゲホ、ゴホ、とイザベラは膝をつき吐血する。

喉が痛い。

バスルームの床に横になり、身体を冷やす。

我慢したために、手が震え始めている。

気を失うことが出来れば、どれだけ楽か―

生憎、そう出来ないことをイザベラは知っていた。

自身のしぶとさは、身を以て理解している。

身体が毒に慣れるまで、耐え忍ぶしかない。

呼吸が浅くならないよう注意しながら、鎮めることだけに集中した。



イザベラが浴室に入り、2時間が経つ。

嘔吐えずく声や立て続けの咳、時折 大きな物音もする。

全身の苦痛を耐えているのだろう、ハリスも経験があるので予想はつく。

毒などを慣らすこと自体は珍しくないものの、基本的には男性が行うものだ。

女の騎士や軍人、戦いに身を置く者なら性別は問わないが、貴族の女性で行う者はまれだ。

あとは質と量、また どれだけの期間を費やすかは個人差がある。


「ハリス様…」

「イザベラ様…!これを羽織ってください。寒くはないですか?」

バスルームから彼女が出てきた。

顔面蒼白である。

インナービスチェは濡れ、血が染みていた。

ガウンを羽織らせ、彼女の身体を支える。

「だいぶ落ち着きました…すみません、浴室を流していただけませんか」

ハリスは言われた通り、バスルーム全体を湯で流し綺麗にした。

数時間もすれば、あの独特な匂いは消えるだろう。


「ベッドに横になりますか?」

「いえ、髪も濡れているので汚してしまいますわ…」

「そんなもの構いません。寝た方が楽ならば、さあ」

イザベラの腰を支えながらベッドに移動し、負荷が掛からないよう、ゆっくりと彼女をベッドに沈めた。

彼女の呼吸が安定していることに安堵する。


「イザベラ様…何故、毒と知っていながら飲んだのですか?」

横たわる彼女の傍で問う。

「ご令嬢の手が、震えておりました」

「…では、何故一人で帰ろうと?」

「…()()()()に、見苦しい姿をお見せしたくなかったの」

イザベラは、ばつが悪そうに笑った。

いつもの妖艶さはそこに無く、心のままに本音を口にする彼女は ただ清らかで―


ハリスは瞬く間に、様々な感情が沸き立つのを感じた。

愛しい、憎い―

守りたい、壊したい―

与えたい、奪いたい―


矛盾した感情が混ざり合う。

音を立てずに右手でイザベラの首を掴み、左手を彼女の頬に添える。

(手折ってしまいたい―)

果たして、どちらの意味でそう思ったのか。


コンコン―

こんな夜中に部屋の扉がノックされる。

「―誰だ」

「ジオンです」

「あら…ジオ…?」

ハリスはイザベラから手を離し、入るように促した。


「殿下、夜分に申し訳ございません。イザベラがこちらに入室したと聞きまして…」

「彼女に会いに来たのでしょう。気兼ねなく話して下さい」

「ありがとうございます。―イザベラ、生きてるな?良かった…」

イザベラの姿を見て、ジオンは安心したようだ。

「リリアンヌが泣いて大変だったんだ。あと、服を持ってきた」

「それは貴方が?」

「…いや、ヨセフ…」

流石ヨセフ、気が利く弟である。

ジオンは優しげでスマートに見えるが、女性への気遣いというものが苦手だ。

一因は幼い頃から過ごしたイザベラにあるが。


「…歩けそうか?」

「ゆっくりなら問題ないわ」

「そうか…」

ちら、とジオンがハリスを見る。

彼女が一晩をハリスの部屋で過ごし、朝帰りとなれば、いよいよ婚約の話が現実味を帯びる。

避けるには、家族であるジオンが夜中の内にイザベラと一緒に退室すれば、なんとか誤魔化せるだろう。

イザベラが心配で来たことは間違いないだろうが、彼には別の意図も垣間見えた。

「リリアンヌも心配している。…殿下、イザベラを介抱して下さり感謝いたします。これ以上、お手をわずらわせる前に連れて帰ります」


さて、自分としてはイザベラがどれだけ居ても、一向に構わない。

彼女の身体もまだ本調子ではないだろう。

優先するべきは休息か?外聞か?

いや、イザベラ・フローレンならば―


「では、一緒に行きましょう」

「―はい?」

「自分も付き添います」


ハリスが爽やかに答え、ジオンの目が驚いたように丸くなった。

そして珍しく、イザベラの目も見開かれていた。



【手折る】

1.道具を使わないで手で花や枝を折る。

2.女性をわがものにする。

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