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第二章 二十八




「ん? ……あやつは、何を言っているのだ……?」


 シルベットは眉根を寄せて困惑していた。


 突如として、ルシアスの父と名乗るルイン・ラルゴルス・リユニオンが出現した。自分を創造と破壊の神と称して、ゲームのルールを説明するように並行宇宙に存在する世界線を全て巻き込んだ戦争の開戦を告げた。それに自分はおろか清神翼までも名指しにされて、意味がわからない。


 シルベットは何だかわからないことに巻き込まれていることに不安が込み上げてくる。そんな彼女の横から、静かな声がかけられた。それはエクレールである。


「並行宇宙にある世界線を巻き込んだ戦争をしたいらしいですわよ」


「それは知っているし、わかっている。何でそんな面倒くさいことに私とツバサの名が出てくるのだ?」


「そんなこと、わたくしに訊かれても知りませんわよ……。知りたかったら、開戦を宣言したあのルイン・ラルゴルス・リユニオンと名乗りました方にでも訊いて見なさい」


「わかった」


 シルベットはエクレールにぞんざいに返事をして、不快感を露にしながらも彼に向けて声を上げる。


「せかいせんせん……とは何のことだ? どういった意味があって開戦させる? それよりも貴様は何者だ? 何故私やツバサの名を知っているのだ? 許可もなく私やツバサの名を使って何がしたいのだ説明をしろ」


「フフフ……」


 シルベットの声にルイン・ラルゴルス・リユニオンは答えない。彼は嘲笑と同じ色をした微笑みを浮かべ、上空で大仰に腕を広げて声を上げたシルベットを見下ろしながら少しずつ降下している。かなり上空にいるから聞こえていないかと判断して、今一度声を上げた。喉に術式をかけて声量を上げて。


「せかいせんせん……とは何のことだぁ? どういった意味があって開戦させるっ? それよりも貴様は何者だぁ? 何故私やツバサの名を知っているのだぁ? 許可もなく私やツバサの名を使って何がしたいのだ説明をしろっ!」


 さっきと変わらない言葉をかけるがルイン・ラルゴルス・リユニオンは答えない。明らかにおかしいとシルベットは訝しむ。彼に届くように術式を行使して声を張り上げたにも拘わらず、声が届いていないわけがない。声を妨げる風とかの雑音はないのだから、明らかに声は彼の耳に届いている。だとすれば、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは意図的にシルベットの問いかけに無視している。加えて、そんな彼女の反応を楽しげに見下ろしているように見えた。


「……あやつ、私を無視しおってっ……」


 無視されているとわかった途端、シルベットの中で苛立ちが募ってきた。意地でも答えさせるべく、接近して耳のそばで声を張り上げてやろうかと飛ぼうとした彼女に横にいたエクレールが声をかけた。


「銀ピカ」


「何だ金ピカ」


「冷静になってくださいましよ」


「私はいたって冷静だが……」


「眉間にシワ寄せて不快感を露にして、拳を握りしめているあなたを冷静だと判断する方がおかしいですわよ……」


 はあ、と頭を抑えて呆れたエクレールは口を開いた。


「ルイン・ラルゴルス・リユニオンという方とは面識はありますの?」


 エクレールからの問いに、シルベットは嫌そうな顔を浮かべて答える。


「ない。会ったこともなければ見たこともない」


「それはホントですの……? 忘れているのではなくて」


「本当だ。会った記憶はない」


「そうですの……」


 エクレールは訝しげに目を細めて見据える。そんな彼女の視線にシルベットは眉を顰めた。


「まだ疑っておるな……」


「当たり前ですわ。あなたは他者の名や顔を覚えないことを知っていますからのよ……ホントに知らないのか、確かめる必要がありますの」


 エクレールは魔力を目に集中させて、術式を行使する。心臓の脈拍や反応を窺うための術式で、嘘を見破るために行使される〈真偽〉と似た性質の術式だ。これによって、シルベットが嘘を吐いていたのなら、心拍数が上がったりと何らかの異変が起こるはずだ。


 普通なら、同じ【部隊員チームメイト】に行使することに躊躇してしまう。もし嘘を吐いていなかった場合、疑ったことに罪悪感を抱いてしまって、任務に支障を与えてしまいかねないのだが、エクレールは躊躇なく行使した。


「アレとは面識はありますか?」


 細めて探るような視線を向けながら歩み寄ってくる。身長差があるので、必然的に身長が低いエクレールは少しばかりか下から覗き込むようにシルベットを見上げることなる。視界に自分よりも豊かなシルベットの胸が入って少し不機嫌になるものの、構わずエクレールはシルベットが嘘を吐いていないか観察を行う。


 シルベットは少し下から目や表情を観察され、疑われて居心地の悪さを感じながらも、はっきりと口にする。


「ない」


「知り合った記憶も?」


「ない」


「ホントですか?」


「ホントだ。会ったこともなければ、見たこともない」


「ホントですか?」


「ないぞ」


「ホント?」


「本当だ。あんな金ピカのように頭がおかしいことを言うアレの顔など見たことはないし、会ったことはない」


「何気なく、わたくしをディスりましたわね……。わたくしの頭はおかしくなんかありませんわ。正常です」


「正常な奴が花畑で自分には酔わないぞ」


「人間界に最初に来た時のことを掘り返さないでくださいましっ!」


 エクレールは、人間界に来た頃を思い出し、渋面を作った。それをシルベットに悟らせまいと話を戻す。


「……そ、それに、わたくしたちの名をちゃんと覚えず、渾名で覚えているあなたを疑うなというには無理がありますわっ」


「もう少し、わかりやすい名前に改名したら覚えるぞ」


「厭ですわ」


 エクレールは改名を即答で断ると、話題を戻した。


「それよりも、世界線戦に名指しされてましてよ。あなたのアレに何か失礼でもしてまして?」


「会ったこともないのに、失礼をするわけがないだろ……」


「それもそうですが……。まず、第一に、アレはあなたの名前を知っておりました。忘れているのではなくて?」


「諄いな……。知らぬものは知らぬ。本当だ。何故、名指しされたのか解らぬ……」


「そうですか……」


 ひとしきりシルベットの様子を観察し終えるとエクレールは、術式を解き深いひと息を吐いた。


「どうやら、嘘を吐いている様子はありませんわね……」


「当たり前だ。私は知らぬものを知らぬと言っただけだ。何でそんなに残念そうな顔をするのだっ?」


「気にしないでくださいまし。ええ。下から覗き込まれて、少々動揺してましたけれど、これといって嘘を吐いた様子はありませんでしたわ」


「動揺したのは、貴様があんな近くに来たからだ」


「近い方が計測しやすいんですわよ。それよりもアレが銀ピカとツバサさんの名を知っていることに対して、知り合いということ以外に、他にもある可能性はありますわよ」


「どういうことだ?」


「あの頭がおかしいことを言っているアレはルシアスの父親ですのよ。だとすれば、【創世敬団ジェネシス】側で間違いはないでしょうね」


「つまり私とツバサを知ってて当然ということか……」


「そういうことですわ」


「では何故、さっき私を疑った?」


「ただでさえ、あなたは、未だにわたくしや蓮歌の名前もろくに覚えず、渾名で呼ぶくらいの記憶力ですのよ。そんなあなたが知り合いじゃない、見覚えがないと証言したところで当てにはなりませんからね……。念入りに念を入れて確認した次第ですわ。このように疑われたくなかったら、今度から名を覚えてくださいまし」


「ぐぬぬ……」


 エクレールは半目でシルベットを見据えると、悔しげに声を漏らして、そっぽを向く。


「何でアレに名指しにされただけでこんなに責められなければならんのだ……」


「日頃の行いが悪いからこうなるんですわよ。決して頭がおかしいことを言っていましたアレが名指しにされたからといって、これをチャンスだと思って言ったではありませんわよ」


「さっきからアレとか頭がおかしいというのが目立つが、それは私のことではないだろうな」


 上空から声がした。見上げると、ルイン・ラルゴルス・リユニオンが地上から五十メートルの高さまで降下してきた。


「ああ、貴様か。そうだが何か?」


「そうか、それは私か。なるほど────ん? 神である私が何故貴様ら亜人の娘風情が頭がおかしいとかアレ呼ばわりしなければならないんだっ」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンはシルベットの言葉に遅れて気づき、思わず声を上げた。


「私の頭は決しておかしくはない。至って正常だ。貴様らに心配されるほどでなければ、言われる筋合いはない。貴様らこそ、礼儀を辨えたらどうなんだ……あと、私の名はルイン・ラルゴルス・リユニオンだ。ルインでもいいから覚えてもらいたい」


 決してアレ呼ばわりはするな、と付け加えたルイン・ラルゴルス・リユニオン。そんな彼にシルベットは返事をして、豊かな胸を張る。


「そうか、わかった。だが、私は名を覚えない上に、勝手に渾名を付けて呼ぶタイプだ。さっきの話を盗み聞きしていた不貞な輩の名を覚えるほど、記憶がいいわけではない」


「それは誇ることではありませんが……女子の会話を盗み聞きする輩の名など、アレ(仮)で充分ですわ」


「エクレールよ。君はちゃんと名を覚える方ではなかったのではなかったのか。最初まではちゃんと名前を言えているのを私は耳にしているぞ」


「聞こえてまして。銀ピカの声を無視してましたから、てっきり聞こえてないかと……」


 ニヤリとエクレールは意地の悪そうな微笑みを浮かべる。それに、ルイン・ラルゴルス・リユニオンは表情を変えた。余裕であった微笑みが崩れて、明らかに眉間を歪ませて不機嫌な顔となる。


「龍人の仔龍ごときが謀ったな……」


「さあ。なんのことかしら?」


「神を相手に惚けるとは、いい度胸だなエクレール」


「お褒めの言葉、ありがとうございますわ」


「エクレールよ。今から私を頭がおかしいなど、アレ呼ばわりすることを禁じる。いいな」


「それは、あなたが敵ではないことの証明して頂き、訊きたいことを全て答えて下さいましたら、考えてもいいですわ」


「龍人の仔龍ごときが神である私に口答えをするのか。いい度胸をしている……面白いじゃないか。いいだろ、答えてやろうじゃないか。訊きたいこととは何だ?」


 ニヤリとルイン・ラルゴルス・リユニオンは面白がるように微笑み、エクレールを見据える。


「そうですわね……」


 エクレールは少し考えた後で口を開いた。


「沢山ありますが……まずは、銀ピカとツバサさんを名指しにされていましたが、どこで知りましたのかしら?」


「それは昔からだ。産まれるよりも前から知っている。神というのは未来を見透す力を持っている。その能力を〈予視〉と呼ぼう。三千年前から未来を〈予視〉し、適任者を探していた。そこで二人を知ったというべきだろう。対面したことはない。私が一方的に知っているだけで知り合いではないということになるね。君が推察したシルベットと清神翼に疑いを持たせるために名指しにしたわけではないのは確かだよ。ただ──」


「ただ?」


「勝手に推察して、勝手に仲間を疑うのは見ていて滑稽であったよ。実に面白い見世物であった」


 ハハハ、と仕返しとばかりに声を上げて嗤うルイン・ラルゴルス・リユニオン。そんな彼を見て、シルベットが拳を握りしめてエクレールに聞いてきた。


「金ピカ……」


「なんですの……」


「私は、少し苛ついたぞ。散々、殴った後に斬り刻んでいいか?」


「わたくしも少しイラッとしましたわ。でも、まだ全て訊き終えてませんの。訊き終えてからにお好きにしてくださいまし」


「ああ、わかった。さっさと終わらせろ」


 二人が珍しくも気が合った瞬間だった。


 エクレールは、上空で愉快げな微笑みを向けてくる神──ルイン・ラルゴルス・リユニオンを見据える。


「神である私に対して、歯向かうのかね……実に面白いな。やれるものやってみるがいい。その時は神罰を与えてやる」


「そうですか。わかりましたわ。こちらこそ、その言葉、そっくりそのまま返させて頂きますわ」


「仔龍ごときが神である私に神罰とはな。それは楽しみだな」


「それは楽しみにしてくださいまし。──では、話を戻しますわ。つまり銀ピカとツバサさんとは一切会ったこともないでいいですのね?」


「ああ。遠くから見たことはあるがね」


「今の発言はギリギリですわね。ギリギリのアウトですわ。危険な香りしか致しませんわよ……」


「何だろうか……。今背筋に冷たいものが走ったぞ……」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンの答えに、二人は背筋を震わせた。


 エクレールは気を取り直すように息を吐いてから質問を再開させる。


「では、本題に移らせて頂きますわ」


「いいだろ、聞いてみよ。暇潰しに答えてやる」


「では、世界線戦についての疑問に答えて頂きたいですわね。恐らく此処であなたの話を聞いていた方々は疑問に思っていらっしゃることですわ」


「いいだろう。何から訊きたい?」


「まずは、世界線戦を何故行わなければならないのか、正当な理由があるのかを訪ねたいですわね。そして開戦して何の意味があるのかも。そして──何故、この銀ピカと人間の清神翼がその代表に選ばれたのかをわたくしたちに納得がいく答えを言ってくださいまし」


「ほう。いいだろ、答えてやる」


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンはエクレールの質問に頷き、得意気に語り出す。


「現在、並行宇宙に存在している世界線では大小を合わせると数えきれないほどの戦争が勃発している。それは私としても、余興として楽しんで見るに耐えない価値の無いものだ。醜いだけの戦争など、私はこれ以上は見たくはない。そこで私は考えたのだ。並行宇宙にある全ての世界線に住まう生物に不容易に戦争を起こさないために再認識をさせる。その意識開拓を世界線戦で行うことにしたのだ」


「不容易に戦争を起こさないために再認識をさせる……その意識開拓だと……? 残念だが、私にはさっぱりだな」


 横で訊いていたシルベットは口を開く。


「私はまだハトラレ・アローラと人間界しか知らんが、大小様々な戦争が起こっていることはわかる。それは見るに絶えないものであることもな。しかし、全ての優占種が戦争を起こそうとしているわけではない。なくそうという働きがあるのだ。にも拘わらず、戦争を起こさせないために戦争を仕掛ける意味がわからない。戦争を起こさせて、多くの命を失うことで戦争がなくなる? 本当にそうなるのだろうか。私は、世界線戦という馬鹿げたものに何の意味があるとはとても思えない」


「あるさ。これは大義なのだからね」


「大義だと……?」


「そう、大義だ」


「貴様は大義の意味を知っているのか? 大儀とは、優占種として踏み行うべき大切な道。重要な意義という意味だ。戦争は優占種として起こしてはならないものだ。それはどんな戦争も同じことではないのか。戦争を起こしたくはないから戦争を起こすという貴様の言い分は、言葉として矛盾していると思うが」


「知っているさ。そして、どんな戦争でも神が加われば、正統化されるんだよ」


「正統化だと……?」


「神界は世界線に置いて頂点に立っている。つまり、そこに住まう神という存在はあらゆる世界線の生物よりも頂点だ。つまり、神という絶対的な権力を持ち、神が白といえば、どんなに真っ黒なものでも白になる神格があるのだよ」


「何ですかその反社会的思考は……」


 エクレールがルイン・ラルゴルス・リユニオンの話しにうんざりしたような顔で浮かべる。


「つまり簡単に言えば、私は神だから何しても赦される。真っ黒なことでも白にできる権力をもっているということを自慢したいのでしょうか……。そんなの自慢でも何でもありませんわよ」


「上の都合によって、いちいちルールを変えられても、下が困ることを知らんのか……」


 シルベットがエクレールの横で軽く準備運動をしながら躯を解しながら口を開く。


「私はまだ新兵だ。上の気持ちは知らん。学舎に通ったことはないから下になったことはない。現在経験中だ。それに関しては私から言える立場ではないが、よく母が言っていた。どんなに力があっても傲り高ぶるなと。強き者は弱き者の味方であることをもな」


「あら、銀龍族の暴走姫と謳われたシルウィーンにしては、いいことを教えてましてね。是非とも、その教訓に従って頂きたいですわね」


 エクレールがすかさずシルベットに茶々を入れながら、右片目を瞑り、サインを送る。


【やりますか?】


「神が加わったことにより戦争が正統化という莫迦げたことに、わたくしたちを巻き込まれたくありませんわ。【創世敬団ジェネシス】だけでも手がいっぱいだというのに、余計なことをしないでくださいまし」


「ああ、その通りだ。世界線戦という貴様の思いつきに乗る暇はない。戦争に巻き込まれる身になれ」


 シルベットは左片目を瞑り、エクレールのサインに答える。


【やる】


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは二人のサインに気づかず、残念そうに首を振る。


「やはり凡人にはわからないのか。戦争という実にくだらないもので、愚かなものだと認識することによって、それだけで戦争を起こす意義や理由がなくなるだろう。それで生命を失おうと、次の時代に平和な世界が広がっていると思えば、魂は浮かばれる」


「わからんわ」


「わかりませんわ」


 シルベットとエクレールの言葉が重なった。


「そんなの大戦で全生命が滅べば、元もこうもないですわっ」


「貴様みたいな自分勝手な神は一度、地上に堕ちろっ!」


 言葉と共に、二人は爆発的な踏み出しによって、飛翔。加速してルイン・ラルゴルス・リユニオンに肉迫した。




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