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第二章 二十七




「さてと」


 少女は、一拍おいてから口を開いた。


 見目麗しい少女だ。背丈で低く小柄。目尻の垂れたおっとりとした雰囲気で、細身ながらも異性の情欲を煽るには充分な、魅惑的な肢体している。


「ルインは上手くやっているかしら? あの性格じゃ無理でしょうけれど…………」


 少女は、少し不安げに微笑んで呟いた。


「世界線それぞれが抱える他の世界線への怖れや不安をどう解消するか…………。ルインは面白いことを思いつくね。彼等に共通の敵を作ることで結束を固めさせる計画を取るとは思えない。意思ある生物は同じ敵を持つことで親睦を深めるきっかけになることはあらゆる世界線の歴史を見れば明らかだけど…………それは、同じ世界で生まれた共通認識があったからだし、何よりそれだけでこの宇宙は一つになれない」


 前にいた少年が答える。波打つ金髪、細身の体に臙脂色のジャケットを羽織った少年だ。


 少年は少女とテーブルを囲み、カップに煎れた紅茶の匂いを楽しんでから口に啜り、味わっている。


「その可能性を考えて、お互いが異なる世界に生まれ、出会うことを決められた清神翼とシルベットがその中心人物として選んだのは、異世界間での結束も含まれているのでしょうけど………彼の真意はまだありますから」


「本人にとっちゃ、いい迷惑さ。勇者や英雄は憧れるものではあるけど、大変だからね。しかも一度なったら、全てが終わるまで辞められないブラックな職種だ。名誉を得られる代わりに、自由はなくなる。そんな勇者や英雄になりたいと本気で願う奴なんていない。それぞれ世界線の住人は少しばかり成長し過ぎたね。成長と進化をし過ぎたために、純粋とはかけ離れてしまったそんな世の中で今さら勇敢な者を集れるわけがない」


 少年の言葉に少女は頷く。


「そうですね。自分と息子であるルシアスを各世界線の共通の敵として認識をさせるまでは上手くいったとしても、世界線の交流が活発になるかは難しいところです」


「僕としては、今さら世界線との交流を活発する前に、それぞれの世界線で置かれている問題を先に何とかした方がいいんじゃないかな、と思うよ」


「それもそうですね。各世界線ごとの情勢を考えれば芳しくありません。今さら世界線全てを一つにしたところで、反発し合うだけだと思います」


「反発したら、事態は厄介さ。ほら、大抵の世界を牛耳っている“奴等”の遺伝子は、他の世界線でも優占種として君臨して、完全に一つにはならないからね。今考えれば、鎖国のままだったら、悪化しなかったと思うこともあるくらいに、“奴等”は厄介だったりするし、下手な交流はしない方が身のためじゃないのかな」


「それもありますね。でも“奴等”の遺伝子を持っても例外はいますから。交流して分かち合えることも確率的には少ないですが、可能性としては少なくないですね……」


「じゃあ、メティスは世界線間での交流は賛成派? ゼノンの継承者を違う世界線の人間にしたくらいだからね」


「ええ。そうですね」


 メティスと呼ばれた少女は頷く。


「基本的に、異世界間の交流は少しはあった方がいいと思いますよ。それで“奴等”の正体に気づけば、繰り返された破滅の道も回避するかもしれませんですし。イクスはさっきの発言からは反対派なんですね」


「まあね」


 イクスと呼ばれた少年はそう言うと、う〜んと両腕を上げて伸びをする。上げた腕を頭の後ろで組んで口を開く。


「一部の違う世界線同士の交流はそれなりにしていて、そんな大規模な戦争には発展してしなければ。僕は限定的に反対さ」


「あれを大規模ではないという言葉はどうかと思いますが……」


「ははは、違いないね」


 メティスの予想通り、期待通りの返答にイクスは愉快そうに笑った。


「ルインが起こそうとしている世界線戦と“奴等”が考えていること考えれば、規模的には小さいには変わりはありませんが……イクスの考えを訊かせてください」


「いいよ。まずは、世界線内部の問題は“奴等”のせいだ。“奴等”は自分たちよりも優れている存在を赦さない。そのお陰で追いやられた種族は後をたたない。“奴等”に反発して戦も絶えない世界線も多いからね。まず、“奴等”を何とかしなくちゃならないね」


「異世界間で交流が進み度合いにばらつきがある理由は、“奴等”と似た遺伝子が持つ生物がいるかいないかですからね」


「“奴等”が跋扈とする現状で他の世界線からの生物を受け入れることはない。断固として認めないだろうね。その生物が“奴等”と優れている程に。“奴等”がいない世界線ではトントン拍子に交流が進んでいて、仲良くやってんだけど。まずは、“奴等”に自分たちは愚かであったことを気づかせるためには、もっとも“奴等”が危険視しているDを英雄とすることかな。そして、“奴等”には自らの愚かさを気づかせることだ。ルインが息子に【創世敬団ジェネシス】という反対分子たちを集めて悪さをさせているのは、“奴等”に自らもその愚かさをやっていることを気づかせるためらしいよ。つまり反面教師みたいなものを考えてのことさ」


「……の割りには、上手くいってないように思えますし、反面教師として成立してないと思いますね」


「世界内での差別・格差に関しては改める動きは出てきたけど、まだまだ種族差別は根付いているね。でも、どの世界線も少しずつではあるけれど、考え方が変わりつつある。ルインが世界線戦とやらを始めなくとも、意識が変わりつつ現状を考えれば、このまま何もしない方がいい」


「つまり今世界線戦を行うタイミングではないということですね。限定的に反対という意味は、今すぐに交流を深める必要はないということですか」


「そういうことだね。これからを見据えて、まずは水無月龍臣とシルウィーンと出逢わせて、清神翼とシルベットとの布石を作ったわけだから。少しずつ、二つの世界線との交流をさせていくべきだね。ルインの気分で英雄譚にしてほしくない。メティスもそれを見据えてハトラレ・アローラの生剣を人間界の少年を継承者として選んだんだろ」


「そうですね。私は二人の出逢いをきっかけに少しずつ世界線の交流をもう一段階上げたかったのですが……ルインが継承者が二人いたら面白いとか言い出した時には、もう世界線戦の前準備を進めていて、二人の出逢い方や方針も変えざるを得なかったのですが間に合いませんでした……。何も戦争を起こさなくともお互いの世界での意識が変わりつつある現状を考えれば、普通に分かち合って交流してほしかったですね。もう何もするなとルインに言いたいのはイクスと一緒ですね」


「つまりメティスは戦争は反対で交流は賛成ということだね」


「ええ」


「じゃあ、止めないの?」


「止めたいのですけれど……」


 メティスは苦虫を噛み潰した顔を浮かべる。


「神界の者の多くは暇人で、平和に飽きてしまっていますからね。ルインみたいに刺激を求めている神も多くいますから、彼を止めたところでまた新たな神が世界線戦とやらを始める確率が高いんですよ」


「そうだね……。何かとそういう神、多いよね。不容易に発言はしないけど、そう考えている人は多いから、ルインが抑止力として働いているのは確かだ。だからといって、神界まで巻き込んで世界線戦争をしたいとかはやり過ぎなんじゃないかな。あとで、魂まで滅ぼされないことを祈るばかりだよ」


「そうですね……」


 メティスは大きくため息を吐いた後、目の前に置いておいたカップに口を付ける。紅茶を音を立てないように優雅に啜り、流し込んで飲んで、カップを置いた。


 ふと、空を見上げる。空は雲のない青天だ。何も良からぬことが起こりそうもない青空が広がっている。


 ルインやシルベット、清神翼ゴーシュといった他の世界線の者たちに心配をするメティス。これが晴天の霹靂にならないことを祈りながら。


 そんな彼女の脳裏にふと、ある人物の顔が浮かぶ。


「そういえば、ゴーシュはどうしたのでしょうか。いろいろと教えましたから大丈夫だと思いますが……」


 そうイクスにも聞こえない小さな声で呟いた。




      ◇




 ゴーシュ・リンドブリムはカツカツと廊下に靴音を響かせながら、静かに息を吐いた。


「────何やら悪寒がするね。厭な予感がするよ」


「やめてくれよ……。これ以上の面倒事は御免だから不吉なことを言うなよ…………」


 ゴーシュの数歩あとを歩きながら、白蓮がとてつもなく厭な顔をして返答してくる。


「ただでさえ、罪人扱いなのにさ。聖獣さまから申し使わされて、忙しなく働いているのに、また何か起こるのかよ…………」


「それに関しては、罪人であるボクらに汚名返上とばかりに任務を与えた地弦様に感謝しなければならないと思うけどね」


「そりゃあそうだけど…………」


 勾留されている留置所に文字どおり飛び込んできた地弦から、ゴーシュと白蓮は地弦からルシアスが脱獄したということを手短に説明を受けていた。それから仮にも留置所に勾留されている身である彼等に対して、人間界に向かった刺客を追う自分の代わりに加戦を頼みたい旨を告げられた。それに反対したのは、ファーブニルのオルム・ドレキだった。“いくらルシアスが脱走したからといって罪人を自由にさせるわけにはいかん゛と反対の意を唱えた彼に対して、地弦は少しばかりの譲歩案として、“ルシアスが拘置場付近に逃げてきた時に監視の目が届く範囲での加戦”という条件付きならばどうだと出したわけだが、ファーブニルのオルム・ドレキは首を縦には振らなかった。よっぽど罪人──特にゴーシュをルシアスから街を救うといった貢献を受けて、汚名返上で減刑に繋がることが嫌らしい。


「あのファーブニルのオルム・ドレキとの交渉で、行動範囲が拘置場の周りだけとなったけどかなりのピンポイント過ぎるし、ルシアスを相手に戦場領域が狭すぎるよ。まあ、そのルシアスは俺らのいる拘置場とは逆方向に逃亡しちまったわけだし。地弦様から申し使わされたにも拘わらず、何の貢献もしてないけどよ。街の復興にタダ働きさせられて、いい迷惑さ」


「それでも、いち早く返事して地弦様の意見に賛同して、助け船を出したのはキミだろ?」


 地弦の頼みに、誰よりも先に返事したのは白蓮である。そして反対するファーブニルのオルム・ドレキに反抗して、何とか拘置場までルシアスが逃げた際での加戦を漕ぎ着けたのは白蓮だ。


「…………まぁ、まぁ確かにオーケしたし、助けたさ」


「じゃあ、文句を言うのはお門違いじゃないかな。ルシアスが此処に逃げて来なくって、戦場に駆り出されずに、代わりに街の復興の手伝いをして貢献できたことを幸運と思うべきじゃないかな」


「まあ…………そ、そうだけど…………」


 白蓮は歯切れが悪そうにそっぽを向く。


「そこの二人、口よりも手を動かせ」


 前から声をかけられた。アフロ頭をした白い法衣の男性──バララ・ルルラルである。懐に手をやると、棒付きの小さなキャンディを取り出した。速やかに、しかし丁寧に包装を剥がしていく。それを口に放り込み、棒をピコピコ動かす。


「そっちこそ、口にキャンディーなんて放り込んで仕事してんのかよ…………」


「現在のオイラの仕事は、見張ることだ。無駄口を叩きたいのもわからないわけではないが、ゴーシュと白蓮が任務を実行していないと仕事にはならないんだよ。だから、ちゃんと手は動かせ。でないと、オイラも怒られるんだ」


「憲兵も大変だね。こんな雑用もしないといけないのかい?」


「憲兵の仕事は犯罪の捜査、警護、道路交通統制、犯罪の予防などだ。戦場によって被害にあった街の復興も憲兵の大事な任務だ。今回はそれに加えて、罪人であるゴーシュと白蓮が逃げないように監視する役目を受けている。ちゃんとすれば、汚名返上となる好意的評価を降してやるから働けよ。じゃないと、あそこで目を光らせているファーブニルのオルム・ドレキに最低評価をもらって確実に牢にぶちこまれるぞ」


 口に啣えてピコピコと動かしていたキャンディの棒の先をゴーシュと白蓮の背後に向けるバララ・ルルラル。彼が指し示した方向を顔を少しだけ向けて目で確認すると、そこには獲物を捉えた猛禽類のような鋭い目を向けて見張るファーブニルのオルム・ドレキがいた。


「何あの小人上がり…………めっちゃ見てくるんですけど?」


「それは仕方ないさ。あれは嫉妬深いからね。揚げ足を取られないように真面目にやった方がいいよ」


「狙われているのは、ゴーシュだけだけどな……。オレは巻き込まれているだけだ」


「そうかい。それはすまなかったね……」


 肩をすくめて、それだけを告げてゴーシュは歩き出す。その歩みを止めたのは、白蓮の声だ。


「おいちょっと待て」


「何だい?」


「もう少しなんか言わないとダメじゃないのかおい」


「ボクは謝ったけど……」


「軽く謝っただろ。オレは現在オマエと〈ゼノン〉を強奪した共犯者と疑われてんだよ。関係ねぇのにさ。軽く謝って済むとは思うなよ」


「残念だけど、キミが疑われるようなことをしたのが悪いと思っている。こっちもキミを共犯者に選んだ疑いをかけられていい迷惑さ」


「どういう意味だよっ」


「キミは、同じ【部隊チーム】で配属していた頃のことを思い出した方がいい。思い出せないのなら、教えてあげるよ。敵と対峙した時、少し苦戦した時、真っ先に逃げたのはキミだろ」


「ぐっ!」


「美神光葉とメア・リメンター・バジリスクに任せて逃げるとか、無類の異性好きにしては最悪な行動だよ」


「だって、死んだら。女の子と遊べないじゃんか……」


「その台詞……世の女の子が訊いたら、白龍の威厳が損うからやめといた方がいいよ。最低だから」


「事情だから仕方ないじゃないか……だったら、ゴーシュは死んだら義妹と遊べなくなると考えたたら、戦いたくなく────」


「ボクは愛しい義妹──シルベットのためなら命を捨てられる覚悟だ。キミの遊び半分で色欲に駆られた気持ちと一緒にするな!」


 ゴーシュは白蓮の言葉を遮って、白蓮の不埒な性欲と遊び半分の恋愛と一緒にされて不快だと言わんばかりの声を上げた。その勢いに白蓮は一瞬だけたじろぐ。


「逃げられないように前線に立てば、攻撃も防御もできない出来損ないのキミを誰が共犯者として使うと思うのか。少し考えばわかるはずだ。白龍で上級種で皇族だからで、有能だと思ったら大間違いだ」


「おいそれ以上は俺への侮辱だからな」


「ボクのシルベットへの愛をキミの不埒な愛と一緒にされたことに対して侮辱したことに対したのだから、どっこいどっこいだ」


「どっこいどっこいって、最近の日本じゃ口にする人、少ないからな……」


「そいつはありがとう。女性問題と税金の横領して人間界に逃げて、長く人間界で暮らしただけあるね。だけど、キミが本当に頭が良かったら、身の潔白できるはずだよ。元【部隊員チームメイト】の連中も最初こそ疑われたようだけど、ちゃんと自分が共犯者でないことを証明してきたんだ。ちゃんと無罪を証明できないキミが悪いからね」


「このやろ……皮肉りやがって。大体、〈ゼノン〉を強奪したゴーシュが悪いんだからな…………」


「ボクは強奪なんかしちゃいないさ」


「まだ言ってんのか…………まず、〈ゼノン〉なんて強奪したんだよ」


『どういうことか説明しろ』


 ゴーシュの無駄に爽やかな微笑みを浮かべながら、彼の紅瞳には真剣な光が宿ったのを捉えた白蓮は、バララ・ルルラルやファーブニルのオルム・ドレキに悟られないように〈念話〉と同時に伝える。


 すると、ゴーシュは〈念話〉と変わらない発言をした。




「『今にわかるさ』」




「はあ? わかんないから訊いてんだよ」


 白蓮は思わず声を上げた。


 せっかく伝えやすく〈念話〉にしたにも拘わらず、口からも同じ言葉を出されては、わざわざ〈念話〉を使う魔力が無駄となってしまう。


 再び〈念話〉で伝えたが、今度は伝えた自分の声が山彦のように少し遅れて返ってくると同時に、送った魔力も返ってきた。どうやら〈念話〉拒否をされたと気づく。


「いい加減に真義を教えろよ。さっきの根に持っているのかよっ!」


「ぎゃぴぎゃぴとうるさいな白蓮。ちゃんとやらないと、汚名返上とはならないし、減刑どころか増刑にしてやるぞ」


 声を上げて手を疎かにする白蓮にバララ・ルルラルは注意をした。


「チッ! どうも、スミマセンでした」


「舌打ちをするな白蓮」


「教えて頂きありがとうございます。これから注意をします。申し訳ありませんでした」


 注意をされた白蓮は、王宮仕込みの美しい所作でバララ・ルルラルに頭を下げて、作業に戻ると悔しげに醜い顔を浮かべてゴーシュを睨み付ける。


「くっ……。怒られたじゃないかゴーシュ」


「ちゃんと、働かないから悪いんだよ。それを人のせいにするなんて愚かだし、謝り方も雑だよ。こういう時はちゃんとしないと段々と自分を追い詰めることになることをわかった方がいいよ」


「働かないといけないことはわかっているよ。さらに増罪となって重罪になっちゃいけないのはわかっているが、オレばかりが損になるのは厭だね。堕ちる時は、ゴーシュ──お前を道連れにしてやるよ」


「ちゃんとしない自分のを棚に上げて、ボクを道連れにしょうとするとは堕ちるどころまで堕ちたね。今一度、自分の名前の意味をわかった方がいいよ」


「いちいち、腹が立つな…………。もしものことがあったら、忘れるなよ。あと、事の顛末を厭でも吐かせてやる」


「わかったよ。それよりも炊き出しするよ」


 ゴーシュはそう返すと、自分の躯を浄化した。続けて、左腕を伸ばして左横に真っ直ぐと向けて、掌を軸に白銀に光る魔方陣が展開させる。白蓮も嫌々ながらも遅れて魔方陣を展開させた。


 魔方陣は行使者の躯よりもやや大きめに拡がり、左から右へと横滑りしながら行使者の躯全体を包み込ように通り過ぎていく。


 通り過ぎていったところから行使者が着ているグレーのスウェットに清潔な割烹着と手袋が装着される。魔方陣が通り過ぎた頃には、二人の口元にはマスクが装着され、格好が炊き出しをするそれとなっていた。


 ルシアスの穢れがカグツチに降りてしまい、浄化するまでの間、食糧難に陥った住民たちに炊き出しをするためにゴーシュと白蓮は復興という名目で駆り出されたのである。


 災害用炊き出しテントの設営を整えてから、炊き出し用鍋やコンロといった必要なものを運び入れた。調理は憲兵が行い、ゴーシュと白蓮は限られた範囲での荷物の運び入れだったのが、思ったよりも列を成したためにゴーシュと白蓮が駆り出された。


 戦場の復興といっても家屋や建物を損壊したわけではない。戦場となったのは、カグツチから離れた荒野である。被害は、ルシアスが撒き散らした穢れだけで、浄化すれば済む程度だ。ただ、カグツチにある水や食糧を浄化終えるまでに時間がある程度かかるというだけ。


「全く…………浄化終わるのに、何時間かかるんだよ」


「カグツチの殆どだからね。特に逃げた方向が酷いと訊いているよ。恐らく、ここまで住民たちが炊き出しに来たのは、向こう側の住民たちも来ているじゃないかな」


 二人は、作業をする手を止めずに話す。


「ルシアスめ、余計なことを…………」


「キミが不得意な戦いにならずに良かったじゃないか……」


「そうだけどさ…………」


「無駄口を叩くのはもうやめよう。まずは、列を並んでいる皆が少しでも待たずに済むようにしなければ」


「わかったよ……」


 一回肩を落としてから、白蓮は頬を両手で叩いて気合いを入れてから、ゴーシュと共に黙々と炊き出しの手伝いを行う。




 彼等の働き具合を目を細めながら観察をするバララ・ルルラル。依然と、彼等に不審な行動は見受けられない。白蓮が少しばかり腐っているだけで、ゴーシュはたまにふざけるが至って真面目に与えられた役割をこなしている。


 バララ・ルルラルは今一度、取り調べの時にゴーシュから〈念話〉で伝えられたことを考えていた。


 ゴーシュがゼノンに許可を入れて次なる継承者に渡したとしたら、それは強奪ではない。彼は身動きないゼノンの代わりに、手足となって次なる継承者の下に届けたに違いない。ファーブニルのオルム・ドレキは、継承者不在の間のゼノンを自分の宝として勝手に護っていたに過ぎないのだから、正統な継承者には何も逆らうこと出来ないのだから。


 これまでファーブニルのオルム・ドレキがゼノンを勝手に自分のものにして護ってきたことに対して、元老院が黙認してきたのは、ゼノンを護るコストを抑えたかったからに他ならない。


 ゴーシュがゼノンを正統な継承者に届けたというのなら、ファーブニルのオルム・ドレキに黙って持ち出したことについて黙奪という罪だけで、現在かけられた罪よりも軽くなるだろう。それが事実ならばの話だが。


 ──ゼノンの次なる継承者に選んだ神にでも確認して、ゴーシュが送り届けたこと真意がわかるまでは何とも言えない。


 ──まあ、確認させている部下の報せを聞くまでは、現在の罪状でゴーシュを見なければならんからな……。


 そんなことを考えながら炊き出しの手伝いをしているゴーシュと白蓮の様子を監視した時だった──


 バララ・ルルラルの脳内に、ゴーシュの言葉の真偽を確かめるべく、ゼノンの継承者を決めたという神界にいる神の下に行かせた部下から〈念話〉に送られてきた。


『バララ・ルルラル大佐。確認が取れました』


『それでどうだ?』


『ゴーシュ・リンドブリムの発言に関して、ゼノンの継承者が二人いることは事実のようです』


『そうか』


『継承者への使者として、ゴーシュ・リンドブリムの下を訪れたこともあるそうです』


『では、その神の名は何だ?』


『メティス様と────…………ルイン・ラルゴルス・リユニオンです』


『メティスとルイン・ラルゴルス・リユニオンか…………』


 バララ・ルルラルは継承者を決めたという神の名を部下から訊くと、大きなため息を吐いた。


 メティスは、“叡智”や“思慮”及び“助言”を意味する知性の女神である。神界では、好意的な神の一人だ。ハトラレ・アローラだけではなく、人間界等の世界線に助言を与え、数々の知恵で困難を乗り越えてきた実績がある。


 問題は、ルイン・ラルゴルス・リユニオンだ。


 ルイン・ラルゴルス・リユニオンは、ルシアスの父にあたる。“破壊”と“創造”を司る神で、これまで彼に創造されては破壊された世界線はあとを立たない。


『正確には、メティスが継承者を決めたところ、ルイン・ラルゴルス・リユニオンが継承者が二人いて、違う世界線でも継承者がいれば面白くないか、と提案されたとか』


『そうか。これでゴーシュの証言に真偽がわかった。神がどうであれ、彼が神に頼まれて、継承者に届けたことは取れたというわけか。それでその継承者二人は誰だ』


『それですが…………』


 部下が言いにくそうに言葉を紡いだ。




『水無月シルベットと清神翼だそうです』




『──ッ!?』


 バララ・ルルラルは継承者の名を聞いて、顔を思わず驚愕に染める。


 表情を思わず変えてしまったことにバララ・ルルラルは周囲を窺う。真っ先に確認したファーブニルのオルム・ドレキだ。勘感づかれていないかが様子を見た。彼はゴーシュが不審な行動を取らないかに夢中でこちらに気付いた様子はない。周囲も炊き出しに忙しく動いているため、バララ・ルルラルが驚きの表情を変えたところで気にする余裕はない。


 安堵して、バララ・ルルラルは部下との〈念話〉を再開する。


『まさか。その二人だったとは…………』


『はい。ハトラレ・アローラと人間界の架け橋として選ばれた半龍である水無月シルベットと、彼女に護衛の任務に就いているのが清神翼とはな……。これが偶然とは思えないな』


『はい。そうですね。どうしますか? ゼノンの居場所を特定するにも、人間界に赴いて調べた方がいいでしょうか』


『ああそうしてくれ。言っとくがまだファーブニルのオルム・ドレキや彼と繋がりがある者には内密に進ませてくれると有り難い』


『わかりました』


 そうして、部下との〈念話〉を終えたバララ・ルルラルは炊き出しの手伝いを行うゴーシュを一瞥する。


「どの辺まで知っているかは知らないが、ややこしい事態になってきたなおい…………」





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