第二章 二十四
「どうなったんだろう?」
清神翼は時計に目をやる。もうシルベットたちが裏庭から飛び出してからかなりの時間が経過している。後から見張りだと地弦が家を出ていき、行き違いでエクレールが地弦を呼びに来て、追いかけて外へと向かったっきり、音沙汰がない。
何事もなければいいが、先日の戦いのこともある。眠らせている天宮空、鷹羽亮太郎、清神燕の記憶を弄らなければならないほどの長丁場にならないことを祈りがながら待っていると──
ベランダから風が吹いてきてカーテンが揺れた。夏の暑さが少し残るモアモアとした風が室内に入って、ゆっくりと引き戸が開かれていく。
バッと顔を上げる。
一瞬、シルベットたちが任務を終えて帰ってきたのではと思ったがおかしいことに気づき、思わず立ち上がった。
翼は、地弦に言われて鍵をかけて戸締まりをしていた。一度、エクレールが地弦を捜しに来た際に鍵を開けたが閉めている。ちゃんと鍵をかけ忘れていないかを確認したので間違いない。
加えて、鍵が開ける音は一切しなかった。清神家の庭先に面した引き戸は立て付けが若干悪く、どんなにゆっくりと開けようとしても、シュパーという音を響かせてしまう。なのに、外からの僅な雑音以外は何も聞こえなかった。
いくら窃盗・強盗でも“鍵を一切動かさずに引き戸を開ける”といった芸当は不可能だ。現に鍵があったところにはブラックホールのような一点の闇があって、鍵があった場所を円形に切り取られている。
そのため、左右の戸の移動を拒んでいた鍵は失い、開閉できるようになっていた。こんな超常現象的なことを起こせるのは、人間ではない。
それに、シルベットたちだった場合は、リリスが襲来する前にあらかじめ決めていた合い言葉で鍵を開ける手筈になっている。明らかに、引き戸を開けようとしているのは──
清神家に張られた地弦の〈結界〉を道を歩くような容易さで入り込み、庭先からそこから、一人の少女が顔を出した。
「お久し振りですね翼くん」
少しよろしいでしょうか、と影は艶やかな朱唇でしっとりと微笑みを浮かべて、上半身だけを出した。
腰まで伸びる漆黒の髪。漆黒の巫女装束に似た衣にいびつな鎧。見覚えがある顔と姿に、翼は凍りつく。
「君は…………美神光葉ッ!?」
清神翼は驚愕に目を見開き、その名を呼んだ。
そう。それは。
かつて清神翼のクラスの転入生であり、【創世敬団】と【謀反者討伐隊】、【異種共存連合】と多重間者を行っていた美神光葉で間違いない。
思わず身体を前傾させ、油断なく清神翼は警戒心を強め、睨め付ける。だが、それが精一杯の強がりであることは一目瞭然だった。翼一人では美神光葉と戦うどころか、逃れることさえ難しい。相手が亜人なのだから当たり前である。
それに、天宮空たちをシルベットたちが戦っていることを悟らせまいとして眠っている。彼等を連れて逃げることは出来ない。見捨てることさえも出来ない。
天宮空たちがいるテーブルを護るように立つくらいしか出来ない彼を美神光葉は妖しく笑う。恐らくそれくらいしか抗う意思を示せることが出来ないことを理解しているから。
そして──静かに唇を開いてくる。
「そんな警戒しなくともいいですよ。今回は、【謀反者討伐隊】側で来ましたから」
「え…………?」
清神翼は美神光葉の言葉に眉根を寄せた。
「それはつまり…………、味方ということ…………?」
「ええ。彼女たちは現在、【創世敬団】と戦っていますよ。安心してください。少し手間が取ったようですが、勝てたようですので。時期に、彼女たちは戻ってきますよ。その前に、少しお話しをしましょう。私の素性を知っているあなたを護る【部隊】が来たら面倒なので……」
「応じないといったら…………?」
「…………そうですね。あなたが後悔するだけです」
美神光葉の目がスッと細くなり、微笑みを貼り付ける。声音は寒気がするほどに冷気が含んでいた。後悔、という彼女の言葉に含ませた意図を翼は脅迫と受け取る。
清神翼は美神光葉へ油断なく気を張りながら、その目をジッと見つめ返し、問う。
「わかった。話をしょう。で、……一体、何を話そうってんだよ」
「ええ。お話しに応じてもらいありがとうございます」
美神光葉はニッコリと微笑んでから、清神家に靴を丁寧に脱いでから足を踏み入れた。靴は魔方陣の中に収納する。
「先日は色々とありましたから仕方ありませんが、そんな構えなくともいいですよ。単なる確認ですから」
「確認……?」
清神翼が怪訝そうに言うと、美神光葉は足音を響かせずにゆっくりと翼の方に近寄ってくるきた。
近づきながら答える彼女に、清神翼は表情を警戒の色を染める。
「ええ。確認です」
「何の確認ですか?」
「そうですね。いろいろとありますけど──」
美神光葉は少し考え込む仕草を取ってから口を開く。
「もっとも訪ねたことから問おうと思います」
「もっとも訪ねたこと……?」
「ええ」
美神光葉は清神翼の隣に寄り添うような格好になりながら、耳元に唇を寄せ、囁くように言う。
「それは恐らく、あなたの疑問を解くことになります」
「俺の疑問……」
美神光葉の唇から発された言葉に、翼は思わず怪訝そうな声を発した。
「どういう……こことだ」
「そのままの意味です。恐らくは感じたことでしょうけど…………自分は何で異世界の、人間を狩る亜人の組織である【創世敬団】に執拗に狙われているのか……そんな狙われている理由です」
「狙われている理由……」
それは翼は何度も思ったことであり、シルベットたちにも訊いていた話であった。それに対する彼女たちの答えは、わからないという漠然としたものだったが。
「美神光葉さんは、それを知っているんですか?」
清神翼のその問いに、美神光葉は妖しげに嗤った。あたかも、その問いを待っていたかのような顔に、翼は乗せられてしまったという後悔の顔を浮かべる。
「ええ。大体の目星はついてますね。それを確実にするための翼さんに対して確認したいのですが…………翼くんも大体の目星はついていそうですね。これはお互いの確認と情報交換を致しましょう」
「……どういうこと?」
「それは……ですね」
美神光葉は、耳元に唇を寄せる。今度は手を添えて、翼の耳に向けて琴の音のような美しい声でいう。
「あなたは、〈ゼノン〉を持っていますよね?」
「え……今、なんて──」
一瞬、美神光葉の言うことが理解できず、清神翼は思わず訊き返した。美神光葉は表情で思考を悟られないように微笑みを張りつけて翼の反応を観察する。
「…………〈ゼノン〉です。わかりませんか……」
「え……どういうこと?」
清神翼は理由もわからず問うた。
「…………質問の仕方を間違えました。異世界ハトラレ・アローラに関わり合いをもったのは最近である翼くんは、〈ゼノン〉といっても解りかねましたね。〈ゼノン〉はハトラレ・アローラの生きた剣です。聖なる力を得るために自由に動ける躯を捨てた剣です。自らの意思を伝えるだけの言語能力は持ち合わせています人間界には存在しない剣です」
美神光葉は〈ゼノン〉についての基礎知識を清神翼に教えた。
「継承者の魔力によって大きさは変化しますが、大体は一メートル半が通常サイズですね。形状は、柄が龍の頭部のような装飾をしていますが、翼くんは見たことはありますか?」
「〈ゼノン〉……。生きた生剣……。柄が龍の頭部のような装飾……」
清神翼は美神光葉が言った〈ゼノン〉の特徴を声に出して反芻する。思いっきり心当たりがあったが、それを気軽に打ち明けるほど、美神光葉を信用をしていない。
美神光葉は、現在は【謀反者討伐隊】側だと言ったが、多重間者である彼女は【創世敬団】側にもなり得る。自分を狙う敵になる可能性が高い彼女に、むやみやたらに情報を与えない方がいい。それに誰にも話すなと大男に言われている。
「…………う〜ん、心当たりはありません……」
清神翼はごまかすことを選び、美神光葉の様子を窺う。間者である彼女を確実に欺ける自身はない。だからといって、翼とて口止めされているのだから話すわけにはいかない。それに美神光葉が言った〈ゼノン〉の形状と酷似しているが、通常サイズが違う。夢の中で見た昔の記憶に出てきた言葉を話せる剣は、キーホルダーくらいだ。違う可能性は高いだろう。
清神翼は、念を押すように美神光葉に言った。
「今の時代、一メートル半もある本物の刀剣なんてもの、博物館くらいでしか見れませんよ。博物館に展示されている刀剣で、柄が龍の装飾なんて珍しいですし、見たら覚えていますよ……。それに、中学生の俺が本物の刀剣なんてもの持っていたら、今の時代の日本だと銃刀法にあたるし捕まってますよ。家に隠したとしても、後片付けで親に見つかって叱られるのがオチですから」
「…………そうですか。心当たりはありませんか。もしもそうならば、【創世敬団】が翼くんを襲う理由にもなるんですけどね…………」
「そうですね…………それなら、狙われる理由になりますね。お役に立てず、申し訳ありません。──だとしたら、俺を狙う理由は何ですかね…………?」
「…………そうですね。恐らくは──」
清神翼の問いに、美神光葉は顎に手を置き思案顔を作る。
「──二人いる〈ゼノン〉の後継者と見ているからじゃないですかね」
「え……?」
美神光葉の唇から発せられた言葉に、清神翼は理解できず、思わず怪訝そうな声を発した。
「どういう………こと……」
「そのままの意味です。〈ゼノン〉の後継者は二人います。一人目は、本人が既にハトラレ・アローラ側の半龍人が後継者であることを公言しています。それが誰かであることも一部の者ならば知っているようです。もう一人は、公言はしていませんが────ある情報筋から二人でいることやそれが人間の少年ではないかという話です」
「え……じゃあ、俺は〈ゼノン〉の後継者の一人なんですか…………?」
「ええ。私はわかりませんが、少なくとも【創世敬団】と【謀反者討伐隊】の上層部は、そう考えているようですね。私も翼くんが持っていれば、確実でしたけど……」
「だから、本人に直接、訊きに来たということか……」
「そうなりますね──ですが」
「……っ」
美神光葉は豊かな胸元を翼に押しつけて、右手を清神翼の胸元に伸ばす。彼女の思いがけない行動に翼は目を見開いた。
「な……!?」
「、翼くんのこれまでの発言が本当であることを証明がないので、一度確めさせてください」
言って、美神光葉はくすくすと微笑みながら、清神翼の胸の前に魔方陣を展開させる。翼は彼女の意図が掴みきれず、混乱する。思考を落ち着ける間もなく、美神光葉は翼の前で展開させた魔方陣に魔力を注ぎ込む。
その瞬間──
声がした。
『────い……っ! ────ろ!』
それは、戦いが終わってからご無沙汰ぶりの低めで渋い、ダンディな男を印象付かせる声だ。
『─────ない……っ! ───けろッ!』
その声は、慌てた様子で翼の頭の中で響かせるが、まだ聞き取れない。
『──ぶない……っ! ────つけろッ!』
次第に大きくなるその声は、肝心なところだけ雑音に消されているが、何かを訴えかけているかがわかった。
「うっ……!」
不意に、美神光葉に心臓に近い胸元を鷲掴みにされて激痛が起こる。これまで感じた痛みとは比にはならない痛みに清神翼は苦悶の表情を浮かべる。
駆け巡った激痛に何をされるかわからない恐怖で体が震える翼の頭の中で男性の声がはっきりと届く。
『ツバサ、危ないぞっ! 気をつけろッ! こいつはオレがお前の中にいることをわかった上で来ているぞッ!!』
美神光葉が清神翼に魔力を注ぎ終わると、翼の胸元から龍に模した刀剣を顕現した。
「嘘も誤魔化しも駄目ですよ翼くん。あなたは、嘘も誤魔化しもヘタクソなんですから」
顕現した剣を美神光葉は引っこ抜くと、鍔の龍の装飾が動き出し、首を彼女に向けてルビーの目を細める。
『オレの相棒を苦しめてまで引っ張り出した了見は何だクソ女? 了見次第では、タダじゃおかねぇからな……』
グルル……、と威嚇するようにて唸りながら睨み付ける龍の剣。それを、美神光葉はぐったりする翼を抱きかかえながら見据える。
「強制的に顕現させてしまい、申し訳ありません」
『謝って簡単に赦せるほど、オレの心は広くない。相棒を傷つけられて黙っていられないほど、頭に来ている…………』
「それは、申し訳ありませんでした。あなたの後継者を殺す気はさらさらありませんから安心してください」
『そういう問題じゃねえよッ!』
「大きい声を出さないでくださいよ……。見つかりたくないんでしょう?」
龍の剣〈ゼノン〉の荒げる大きな声に美神光葉は顔をしかめる。彼女の物言いにゼノンは、不服だと言わんばかりに不機嫌な顔をさらに歪めた。
『無理矢理に引っ張り出しておきながら…………よく言うなクソ女っ』
「…………どうして、生剣って口が悪いのが多いんですか……あと、クソ女じゃありません……美神光葉です。私は、翼くんを殺すこともしませんし、ファーブニルのオルム・ドレキに戻そうとは思っていませんから安心してください……。それよりも、訪ねたいことがあります」
『訪ねたかったら、順序よく訪ねてこいよ! 無理矢理に引き出されて、相棒を人質に取られている状況化でよく訪ねたいことがありますと言えたな……! 礼儀も道徳観念もねぇのかオマエには……』
「急ぎなんです。順序よく言ったって、引きこもりの生剣は出てこないでしょう」
『キサマみたいのがいるから出て行きたくないんだよッ。それに引きこもりは無理矢理に出しても逆効果なんだよ』
「無理矢理じゃなきゃ、あなたは出てこないでしょう。それに出てくるのを待っていたら世界が終わりますよ」
『オレは世紀末まで引きこもっていると思われているのかよ!』
「これまでファーブニルのオルム・ドレキに引きこもらされていて、今度は人間の少年の中で引きこもっているのを知って、外に出てくることはないと判断しました」
『勝手に判断するな。少なくとも、ファーブニルのオルム・ドレキのところにいるよりも出歩けるし、不自由じゃねぇよ。それに顕現したくとも出来ねぇ事情があンだよ』
「魔力問題でしょ?」
『…………』
〈ゼノン〉はルビーの目を逸らした。
『人間には、オレを顕現できる魔力はないからな。しょうがない。顕現できないのだからな。だからといって、不服があるわけじゃない。オレとしては、戦争なんていう力を使わなければならない場所に駆り出されなくっていい。オレは、相棒は青春を謳歌しているところを見ているのが一番の楽しみなんだ。つまり、オレは相棒を身護っている方がいい。このまま、姿を見せなければ、【創世敬団】は目標を変えるだろうし、ファーブニルのオルム・ドレキに引き戻される心配はないからな。つまりオレが云いたいことはオレと相棒をほっといてくれということだ。空気を読んで、オレを相棒の中に戻せクソ女』
「……そうですか」
〈ゼノン〉の言葉を聞いた美神光葉は冷たい目で彼を見下ろす。
「此処まで引きこもりを拗れていたとは思いませんでした……。あなたは、翼くんの何ですか? 親か子ですか? 引きこもりをするための宿か何かですか? だとすると、あなたはただの寄生虫ですね? 気持ち悪い……。生剣として身を変えたのなら、生剣らしく戦いなさい。彼を見て護るではなく、敵と戦って護ってくださいよっ! 誰のせいで、翼くんがこんなことになっているのか、少しは考えてくださいよ」
美神光葉は声を荒げながら捲し立てる。彼女の勢いに、〈ゼノン〉は視線を思わず向けて、ルビーの目を大きくして驚き、少しだけ押し黙った。
ふた呼吸の間を置いてから、金属音を少しだけ響かせて声を出す。
『…………ンなことわかっているんだ。でも、オレが相棒のところで顕現して戦ったりすれば、オレが相棒の下にいることを決定付けちまう。そうなれば、本格的にオレを奪還しょうとしてくる。特に、ファーブニルのオルム・ドレキは粘着質の塊な奴だ。どんなことをしても、奪おうとしてくるに違いない』
「ええ。そうでしょうね。わざわざ【謀反者討伐隊】に入隊して、あなたを捜しているくらいですし」
『もしものことも考えて、オレは相棒には加護を与えている。魔力がなくとも加護を与えられるからな。だが、その加護は相棒だけしか与えられない。複数に加護を与えるには、魔力がなければならない。本格的に狙われば、家族や友人まで被害が及ぶだろう。そうなれば、相棒の大切な人間が死ぬことになる。相棒だけでは済まなくなる。それは避けたい。それに、人間にオレを顕現する魔力を与え続ければ、二度と人間には戻れなくなる。そうなると、相棒を異世界の事情に巻き込まれちまうだけじゃなくなる上に、人間としての未来も奪うことになるンだ。それは、避けなければならないンだよ。それをわかって欲しい……』
此処で見たこと聞いたことを忘れてくれ、と頭を下げる生剣に美神光葉は溜め息を吐く。
「理由はわかりました。気持ちは察します。ですが、【創世敬団】──特にルシアスはあなたが此処にいることを確信しているようなのです」
『……そ、それは一体どういうことなンだ?』
〈ゼノン〉は下げていた頭を思わず上げて問うた。
「それは、ルシアスにあなたが此処にいるということを教えている者がいるということですよ」
『…………なっ!?』
〈ゼノン〉は目をこれでもかというくらい見開く。それもそのはずだ。〈ゼノン〉が清神翼の下にいることは一部の者しか知らない。美神光葉の発言はその一部の者から情報が漏洩したことを意味していた。
だが──
美神光葉が次に発した言葉は、〈ゼノン〉のその考えを打ち消すのは充分だった。
「多分、あなたが此処にいることを知っている方々の漏洩ではありませんよ。何故なら、ルシアスにあなたの居場所を教えたのは、人間界やハトラレ・アローラの関係者ではなく────“神界にいるルシアスの産みの親ですから”」
◇
キリアイの身柄を憲兵に移して、清神家に向かっていた美神光葉は、ふと、何か得体の知れないものを感じ取った。
足を止めて、気配を感じ取った方角に顔を向けると、白いロングワンピースに白い鍔広の帽子を被った美しい女性が立っていた。吸い込まれそうな色を湛えた瞳で、美神光葉を見据える。
「誰ですかっ!」
警戒心を露に構える美神光葉。そんな彼女に、女性は敵じゃないよと手を上げる。
《あたしは、どちらかといえば、ミカタだよ》
「味方……?」
《うん、ミカタだよ》
無邪気に笑う女性は、コクりと頷く。
仕種が子供っぽく、人間的外見は二十代後半ながらも、中身は五、六歳程に感じる。
「味方というのなら、そう信じる確たるものを見せなさい!」
《しんじるかくたるもの……? う〜ん……わかんない。でも、わたしはミカタだよ。それしかいえません。なまえは、アリエルだよ》
「アリエル……?」
それは、神界がハトラレ・アローラに蒔いた生命の種子たる七人の子供。その内の一人であるアリエルと同じ名前であった。
◇
神界とは、人間界やハトラレ・アローラでは“神”と呼ばれる存在が住まう者たちがいる世界だ。
神は、時空宇宙に幾万通りも存在する世界線にそれぞれ違った状況や生命の種子を蒔き、実験的に飼育していき、監視・観察を目的としている。だからこそ、あらゆる世界線を精通している。それによって、神は時空宇宙に幾万通りも存在する世界線の生命の頂点であり、親なのである。
ハトラレ・アローラで神界に親類関係があるものは少なくない。聖獣や上級種族や、元老院を勤めるモーリー、ガゼル、ヴラドといった者まで様々だ。特に、テンクレプとルシアスに関して別格であり、直属の両親は神界にいる。彼等が生命の種子たる七人の内の二人なのだから。
そのことから、〈ゼノン〉の居場所を神界にいる親がルシアスに知らせることは不可能ではない。
『……なるほど、神界の連中か…………。あいつらなら実験と称してやりかねないな…………』
「ええ。テンクレプは、口が堅いですし、両親もどちらかと言えば、考え方は【異種共存連合】側ですからね」
『まるで会ったことがあるような言い方だな……』
〈ゼノン〉は、訝しげに眉根を寄せると、美神光葉は深い溜め息を吐いた。
「会ったんですよ、先ほど……。ゴーシュに頼まれたことをしていた時に現れた【創世敬団】の刺客を憲兵に引き渡してから戻ってくる時に…………」
『へぇ……それで?』
「そうですね……。彼女から、“ルイン・ラルゴルス・リユニオンが非道な実験を行います。このままでは、破壊と絶望を以て、生まれものを見るために沢山の生命が奪われてしまいます。その手始めとして、息子であるルシアスに、〈ゼノン〉の居場所を教えて、奪還作戦を決行しょうとしています。リリスの襲来は、その序章です。ハトラレ・アローラと人間界だけではなく、時空宇宙にある幾万の世界の境界に齎す災厄を〈ゼノン〉さんと清神翼さん、シルベットさんで止めて頂きませんか? 彼女たちでは、ルシアスを完全に討つことは不可能です。力を得て、戦ってください。もう身を潜めているだけでは、清神翼とシルベットは護れなくなります。どうか判断を誤らないように”だ、そうです」
『…………ルイン・ラルゴルス・リユニオン』
〈ゼノン〉は美神光葉が先ほど会ったという神から聞かされた名前を憎らしげに口にしてから、合点が言ったように頷く。
『それで、話がしたいと言ってきたのか。なるほどな……』
片方の眉を上げて、美神光葉に言った。
『──だったら、直接来いとそいつに伝えな。信用ならねえクソ女に頼まずにな』
それなら動いてやると〈ゼノン〉が吐き捨てる。それに、美神光葉は大きく溜め息を吐いた。
「ええ。私もそう思いますよ。だから、連れてきましたよ」
『え……』
《はいるよ》
庭先から声がして、白いロングワンピースに白い鍔広の帽子を被った美しい女性が引き戸をすり抜けて入ってきた。
幽霊のような入り方をしてきた女性の顔を見て、〈ゼノン〉は驚愕する。
『オマエは、アリエルっ!? そんなバカなっ、アリエルは創世期の頃に、ルシアスに殺されたはずだ。なんで、彼女が人間界にいるンだっ』
〈ゼノン〉は美神光葉を振り向くと、彼女は「私もわかりませんよ……」と首を横に振る。
「私だって、創成期の頃に亡くなったアリエルと同一人物とは思いませんでしたから」
『まあ。それは、当然だわな…………』
〈ゼノン〉はマジマジとアリエルと名乗る女性を見る。それを彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
《ひさしぶり、ぜのん。すがたがかわっちゃったけど、げんき?》
『まあな……。それよりも詳しいことを聞かせてくれ。何が始まろうとしているのか。場合によっちゃ、オレがツバサを説得しなければならないからな。詳細な情報は必要だろう』
《うん、わかった》
アリエル──女性は大きく頷いて、理由を話した。




