第二章 二十二
水波女蓮歌は、ルシアスを相手に攻勢に出た。
薙刀を振りかざして、ルシアスに斬撃を喰らわせようとするが、全く当たらない。
いつもの彼女なら、諦めてしまっているが、それでも攻撃の手を緩めないのは、頭に血が回っているせいだろう。
「随分と言いたい放題と言ってた割りには、命中率悪いね」
「だからぁ、口開いて話さないでくださいよぉ。あなたの口の中が臭いんですよぉ」
「傷つくね……。口を開かなければ話せないじゃないか……」
「話すな、と言っているんですよぉ。わからないんですかぁ。こう見えても、傷つかないように遠回しに云ってあげていたんですよぉ……。にも拘らず、わからないんだなんてぇ……」
ルシアスに薙刀を振るう蓮歌。蓮歌の辛辣な言葉に地味に傷付きながらもルシアスは油断せずに回避する。ダメージ与えるどころか掠りもしない蓮歌にルシアスは肩を竦めた。
「そろそろ、やめたら? 無駄に疲れるだけだよ」
「黙りなさいっ!」
ルシアスの言葉に一喝して、薙刀を振り回す。乱雑に振るわれた薙刀をルシアスは軽々しく避ける。
面白いくらいに攻撃が当たらない。そんな蓮歌に哀れむかのような目で見据えて、大きな溜め息を吐いた。
「もういいだろう。どうやら、ぼくの口のニオイが苦手らしいし、きみは弱い。やめた方がいいよ。ぼくとしては、珍しくも敵に塩──いや、砂糖を贈らせてあげる」
「ん〜〜〜〜っ!!」
敵に同情されて蓮歌は頬を膨らませて赤く染める。そんな彼女にルシアスはウィンクしてからかう。
「ハハハ、かわいい怒り方だね」
「口臭いくせに、蓮歌をからかわないでくださいよぉ」
「そっちこそ、体臭がカレーくさいよ。ぼくに言う資格なんてないんだからね!」
ルシアスがあまりにも蓮歌に口臭いと言われて我慢出来ず声を上げた。それを蓮歌は、つーんと首を横に向いて言う。
「実際に、ついさっきまでカレー食べてきたばかりですし。まだ食べ終わってないので早く終わらせたいんですよぉ」
「そうかい。それは悪かったね。でも、ぼくもさっきまで豚骨ラーメンを食べてきたから、口のニオイをどうこう言われる筋合いはないと思うよ」
「蓮歌にはあるんですよぉ。口を開くと臭いので、もう言い返さないでくださいっ。豚骨ラーメンですかぁ。それはよかったですねぇ。蓮歌は、激辛ラーメンが好きですので、好みが合いませんねぇ」
「言葉も味の好みも激辛とはね…………恐れ入ったよ。きみはいろいろと自分勝手でワガママだね」
はぁ、とルシアスは深い溜め息を吐く。
「もういいや。話しは、きみがぼくの口がクサイというだけで平行線だし、まともに攻撃を当てられないきみではぼくには勝てない。“もう充分に時間稼ぎ出来たし”」
「“もう充分に時間稼ぎ出来た”…………どういうことですか?」
ルシアスの最後の言葉に疑問に感じた蓮歌は問うと、彼は口端を歪めて微笑む。
「きみたちは、ぼくらの術中に嵌まっているということさ」
ルシアスが言葉を発したと同時に、蓮歌の後方から凄まじい魔力が溢れて、突風に煽われる。
「キャッ!?」
急な突風に煽れた蓮歌は体勢を崩し、くるくると回り、何とか十数メートルのところで立て直してから突風が来た方を見た。
そこには──
長大な羽根が街中に生えていた。
〈錬成異空間〉に構築された四聖市の商店街から程近いところに、結晶のような光沢を放ち、しやかな羽根は膨大な量の魔力を溢れだして屹立している。
あれは一体何なのか、を羽根の周囲を注視していると、羽根の前に誰かがいることを確認した。
シルベット、ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵である。
──え……?
──いつの間に、シルちゃんがあんなところに……。
──というか、蓮歌がルシアスしている間に合流していたんですか……。
蓮歌は、状況が飲み込めないでいた。
ポカンとする蓮歌にルシアスは自慢話でもするかのように話す。
「まあ。簡単に言ってしまえば、ぼくの狙いはリリスをきみたちの【部隊】に潜り込ませようとしていたんだよ。ほら。きみらって、よっぽどのことがないと殺さないじゃない。捕縛したら他の【部隊】か憲兵へと引き渡されるじゃないか。そいつを利用して、きみらか他の【部隊】や憲兵に潜り込ませれば、いろいろと打撃を与えられるじゃなくってね。恐らく、きみがぼくを引き付けている内にリリスを他の【部隊】に引き渡して、加戦しょうかと考えたんじゃないかな」
「それじゃあ…………」
「恐らく、あのシルウィーンの娘さんが援軍に来た【部隊】に引き渡したんじゃない。まあ、予定と違ったのは、【謀反者討伐隊】や憲兵の中枢部じゃなかったことかな。不測の事態でも起こったのだろうけど、これで先日に捕まった時の意趣返しが出来て、ぼくとしてはざまぁみろさ」
シルベットが飛び回り、リリスに斬撃を与えようするが、鋭利な羽根で塞がれてしまっていた。ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵も同じである。
「あの羽根はね、ある世界線にいた天使から貰ったものさ」
「天使…………?」
「ああ。まあ天使で間違いないよ。だって、自らがそう言っていたからね。名前は忘れた。だって、これから彼女に喰われる奴の名前なんて覚える必要がないでしょう? で、その天使からリリスが奪ったのは、あの羽根さ。材質は、その世界にしか存在していない。恐らくは、あらゆる世界線の中で一番硬い物質で出来ているものさ」
「そんなものがあるんですかぁ?」
「あるよ。きみらみたいに四、五つの世界線にしか行っていない連中にはわからないものさ。きみも行ってみるといい。世界が広がるよ。ぼくを捕まえただけでなく、果敢にも口喧嘩してきたことを称賛して、きみだけ助けてあげるよ」
「……………………口臭い上に考えることも、言葉も臭いんですねぇ。躯が腐敗してるんじゃないですかぁ。助けてくれるのは有り難いですけどぉ、それで蓮歌はあなたのことを好きになるとは思わないでくさい腐臭男ぉ」
「わかっているさ。ぼくにはリリスがいるからね。不倫をするつもりはないさ。ただ、きみのその根性が捻れている性格はそこじゃ窮屈だと思うという話しさ」
ルシアスは手を差しのばす。
「きみには、怠惰の席を用意するよ」
「お断りしますぅ」
「即答かい」
「ええ」
蓮歌はにこやかな天使の笑みを浮かべる。
「蓮歌は、そちら側に行くつもりはないですよ。それで、誘っているつもりなら、その腐った性根や口臭体臭をもう少し何とかしたらどうですかぁ」
「そうかい。次は気を付けよう」
「次もないです。もう最初の印象でアウトです。蓮歌は第一印象で決めているんですよぉ。だから、あなたにチャンスはもうないんですぅ。永久に蓮歌の前から現れないでくださいっ。ホント、お願いしますよぉクズ」
「うぐっ!」
蓮歌の最後に口にした“クズ”に胸元を抑えて傷付いた顔を浮かべるルシアス。表情が見えないように頭を下げてしばらくの間をあけてから、苦笑を浮かべて、顔を上げた。
「……………………まあいいさ。ぼくとしては、きみたちに意趣返しが出来てよかったとするよ…………」
「そうですかぁ。その割りには、満足してないようですけどぉ…………」
「そりゃまあ、予定とは違ったし…………」
「それに意趣返し出来たかどうかは、あちらを見てから判断をしたらどうですかねぇ…………」
蓮歌は人指し指を向けた。ルシアスは彼女の指し示した方角を見ると、そこは現在、シルベットたちとリリスが戦っている商店街近辺である。
そこでは、シルベットがリリスの周囲を旋回しながら上昇して、一気に降下。地上一千メートルから引力のエネルギーを天羽々斬の刀身に乗せて、リリスの鎧に向かって肉薄をさせていた。
衝撃波が縦──上空から地上へと直下型に巻き起こり、ルシアスと蓮歌は風に煽れながらも何とかバランスを取り、身護る。
バキンッ!
音がした。
五キロは離れているのに聞こえる何か硬いものが割れた音。
蓮歌は、あらゆる世界線に置いて硬い材質で出来た鋭利な羽根に活路を拓いた音だと確信する。
「まだ終わってないのに、成功を確信しているはまだ早いですよぉ────」
それから炎柱が縦──上空から地上へと立ち、僅かに遅れて衝撃波が巻き起こる。二度目の轟音が鳴り響いた。
「────ちゃんと、決着が付くまでは安心しちゃダメですよ」
蓮歌が言い終わる前にルシアスの姿は彼女の前から消えていた。
辺りを見渡すと、ものすごい勢いでシルベットたちがいる方角に向かう闇の後ろ姿が視認する。
「話しは最後まで聞いてくださいよ…………────ん?」
話しは最後まで聞かず、置いてかれたことに蓮歌は頬を膨らませていると、何かに気づいた。
──シルちゃんやドレイクさんがしている技って…………もしかすると。
蓮歌は気づいたことを知らせるために八百屋から躓きながら、救助に向かった厳島葵と出てきたシルベットの下へと向かった。
リリスに八百屋まで吹き飛ばされたシルベットは、店内を救助に来た厳島葵に支えながら、ようやく出てきた。胡瓜や茄子、トマトやとうもろこしといった夏野菜からキャベツやレタスといった葉野菜などの残骸が散乱していた店内は躓きやすく、出てくるのに時間がかかってしまった。
「水無月さん、大丈夫ですか……?」
「ああ、何とかな……」
ゆっくりと起き上がったところで、どこからか呼び止められた。
「シルちゃああああん!」
かなり聞き覚えがある声だと思い、声のした方を向けば、ルシアスに辛辣な言葉を向けていた蒼い髪の少女──水波女蓮歌がいた。
「何だ水臭いの。ルシアスはどうした?」
「水臭いのと呼ぶのをやめてください。蓮歌ちゃんと呼んでくださいよぉ」
シルベットの付けた渾名にもの申してから、
「さっき嫁を助けに行かれました。なので、今ならまとめて倒すチャンスですよぉ」
「そうなのだが……、リリスとかいう奴の鎧は頑丈でな、重力を利用しなければ斬れぬのだ」
「そんなの〈重力〉の術式で真横にかければ、いちいち飛び上がる必要なくないですかー」
「え……」
「え……」
蓮歌の何気ない一言にシルベットと厳島葵はポカンとした顔を浮かべる。
そんな二人の反応に蓮歌は驚く。
「えっ。気づいてなかったんですか?」
「……ああ。まあな……」
「……はい。いろいろとあって、気が付きませんでした………」
「じゃあ、早く皆に知らせて、総攻撃をして終わらせましょう────って、スティーツさんっ!?」
視界の隅で入ったルシアスがスティーツ・トレスに攻撃を仕掛けようとしている光景に、蓮歌は出しかけていた言葉を思わずやめて声を上げた。その言葉に、シルベットと厳島葵も蓮歌が見ていた方へ視線を向ける。
そこには──
ルシアスがスティーツ・トレスを首もとを貫こうと剣を向けていた。
「隊長っ!」
厳島葵は、スティーツ・トレスを助けるために駆け出した。
◇
背後から前へと回り込んで、ルシアスの刺突を跳ね返した厳島葵は、ニヤリと微笑み、ルシアスには牽制という意味合いで言葉をかけながら、〈念話〉で【部隊】の仲間に号令をかける。
「──────第八百一部隊の意地をお見せしましょう」
『今です』
同時に出した言葉を合図に、【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊、その第八百一部隊、九名が自らを弾丸になって急降下。シルベット、ドレイク、スティーツ・トレスがしたように引力を利用して、五人がルシアスに、四人がリリスに、一斉に刃を向けて肉薄する。
「同じ手を何度も通じるとでも思うか!」
九人の奇襲に応戦しょうとして、ルシアスはリリスの羽根が余裕で入るくらいの巨大な〈結界〉を構築した。およそ、十も重なる強固な〈結界〉である。例え、貫かれようとしても、ルシアスに到達する頃には失速しているだろう。
次々と、飛来してきた第八百一部隊九名は〈結界〉に拒まれてしまう。
「くっ…………」
「おのれ、ルシアス……」
悔しげな顔を浮かべる第八百一部隊九名。そんな彼等に蔑んだ目でルシアスは嗤って言った。
「見事な連携攻撃だけど、その技は複数で来たとしても失速すれば、何の役にも立たないよ!」
「く──」
第八百一部隊九名は後退して、一旦距離を取った。
それを嘲笑いながら、ルシアスは魔力を練り上げる。彼が今装備しているものは、黒ずくめのスーツに色が黒いだけの至って普通の剣である。
強大かつ巨大なエネルギーである〈絶望〉という闇のエネルギーで作られてた最強の装備ではない。もし装備していれば、第八百一部隊はおろか、人間や亜人たちを全滅させて、あっという間に【創世敬団】に軍配が上がって終了だ。
一気に方がつくにも拘わらず、ルシアスが〈闇宵〉を装備せずに、普通の武器を使ってわざわざ戦っている理由としては、陰湿陰険な彼の性格を考えるなら簡単に予想はつく。恐らく第八百一部隊から〈絶望〉を収集するために過ぎない。ついでに戦争を余興として楽しんでいるのだろう。
舐められたものだ、と第八百一部隊は歯噛みをした。
〈闇宵〉を装備されてはひとたまりもないから、そこを言い返せないとしても、わざわざ戦って、戦争を余興として楽しんでいる彼等に目にもお見舞いしてやると、第八百一部隊は作戦を実行に移す。
──目にもの見せてやる。
──その、余裕の微笑みを悲痛に染めてやる。
宙を舞い、再び一斉に肉薄する。
第八百一部隊九名が〈結界〉外から仕掛ける中、スティーツ・トレスと厳島葵が〈結界〉内からルシアスとリリスに肉薄。スティーツ・トレスとルシアスは剣と剣がぶつかり合う。
二人が激しい剣戟を繰り広げている横で、厳島葵が剣を振るい、シルベットとドレイクと、スティーツ・トレスが打撃を与えた部分を中心に与えようとするが、それを阻止しょうとリリスは鋭利な羽根をこちらに向けて振るってくる。
少し掠っただけで厳島葵の躯に傷をつける。直撃すれば、ただじゃ済まない。
ぶつかっても大した怪我をしなかったシルベットの頑丈さが羨ましく思ってしまう。
スティーツ・トレスはルシアスの躯に多少の裂傷を与えたが、すぐに時間を戻すかのように修復されてしまい、キリがない。傷を塞がる余地を与えずに連撃を与えなければならないが、斬撃を防がれてしまい、なかなかルシアスにダメージを与えられない。
それを嘲笑うかのようにルシアスはスティーツ・トレスに挑発的な発言をした。
「隊長と呼ばれていたけど、それで隊長なの? 弱いよ。弱すぎるよ。もっと強くないと、大切な部下が死んじゃうよハハハ」
「それには一にも承知だ。隊長たるもの部下の命を護ることが一番に大切なことだからな。ただ、それを貴様に心配されることではない」
「──そうだ。スティーツ・トレスの言う通りである」
ふと、声と共に、二人の間に割って入ったのは、赤き武人である。
ルシアスの脳天目掛けて戦斧を振るうそれは──
「炎龍帝………ファイヤー・ドレイク…………」
降り下ろされた戦斧をルシアスは空いていた左手に剣を召喚させて受け止めて、その名を呼んだ。
「よくぞ受け止めたな」
「いきなり、しゃしゃり出てくるなよ…………ジジイ!」
ルシアスは、手に一本ずつ剣を握って、二人に反撃する。
それを二人は受け止めて、鍔迫り合いに縺れ込む。
「ホント、しつこいねきみも…………」
「貴様には絶対に言われたくない言葉だな…………」
「その言葉をそっくりそのまま返そう…………」
「う、うるせぇ……っ!」
ルシアスは言葉を荒げる。
その瞬間、〈結界〉が乱れた。
その隙を見逃せまいと、第八百一部隊九名が〈結界〉に突入する。それをルシアスが気づき、〈結界〉を立て直す。
「乱れたところを狙っても無駄だよ。ちょっとやそっと乱れても、さっきのお嬢ちゃんの落下攻撃以上のものじゃなければ、ぼくの〈結界〉は壊せないよ!」
「じゃあ、それ以上のものを見せてやる!」
ふと、声がして、振り向くと建物を衝撃波で吹き飛ばして猛追してくる少女──シルベットの姿があった。
◇
八百屋前からルシアスたちがいる地点まで一直線で、道には何の障害物はない。シルベットはその道に立ち、前方で第八百一部隊十一名がルシアスとリリスと戦っているのを見据える。
シルベットは〈念話〉でドレイク、如月朱嶺、第八百一部隊十一名に蓮歌が教えてもらった方法を伝えると、前屈みになって、脚力に魔力と意識の全てを集中させて溜め込む。
肉薄するには充分過ぎる量の魔力が溜め込むと同時に地面を踏み切り、一気に開放。アスファルトの道に蜘蛛の巣のような波紋を描き、爆発的な瞬発力を発揮する。
〈重力〉の進行方向をルシアスとリリスにして行使すると、落下しているわけではないにも拘わらず、落下速度と同等もしくはそれ以上の速度をもって、周囲の建物を衝撃波で破壊して〈結界〉に突入。
〈結界〉を魔力が宿った天羽々斬の刀身で斬り裂き、侵入。スティーツ・トレスとドレイクは飛び退いて、彼女に道を受け渡し、シルベットは速度を落とさずにルシアスに肉薄する。
ルシアスを目掛けて天羽々斬は振るい、それをルシアスは「ひっ!」と声を上げて、寸前のところで漆黒の剣で防ぐ。
そのまま、鍔迫り合いと縺れ込む。
「──くッ! 随分と重い斬撃じゃないかっ…………。先日の戦いの時は…………、あんなに軽かったのに、一体……何をしたんだい?」
「さあ、恐らく日頃の鍛練の賜物だろう」
「それを鍛練で得たと片付けられても納得がいくとも思うかい?」
「納得しなくとも納得しろ」
「無理を言うね……」
「無理ではない」
「無理だね……。鍛練で得る力はそんな一日や二日で身につくもんじゃない。きみのその力は、鍛練で身についたものではないのはわかるんだよ……」
「相変わらず、喧しいな貴様は……少しは黙れ」
シルベットはルシアスのしつこい追求に、煩わしげに言うと、〈重力〉を行使させた天羽々斬に魔力を込めた。ルシアスは天羽々斬の刀身に魔力を込められ、鮮やかな魔力が加わったのに気づく。
「学舎に通ってないくせにして、どうして………こんなに強いんだよ……」
「それは貶しているのか誉めているのかどっちだ?」
「皮肉ってんだよッ!」
「そうなのか。では、皮肉を皮肉で返してやろう。学舎に通ってない私に苦戦している気分はどうだ?」
「ムカつく…………。すごくムカつく…………」
「そうか。苦戦しているついでに負けてくれ。私はさっさと終わらせたいのだ。長話をしている暇などない。早くカレーを食べたい」
そう言って、天羽々斬を握る手に力を込める。
「コイツ…………ぼくとの戦いよりもカレーが大切なのか…………」
「ああ」
「即答するなよっ! 【謀反者討伐隊】的には少しは考えてよ!」
ストレートなシルベットの言葉にルシアスは思わず声を上げてしまう。生まれてはじめて、世界戦の命運がかかっている戦争よりも食べ物──カレーが大事という【謀反者討伐隊】とあるまじき彼女の発言に驚きが隠しきれない。
そんな彼にシルベットは話を続ける。
「もっとも生物に大切なことは、戦争ではない。皆が平和に暮らすために、良く食べて良く寝て良く遊ぶか働くことが、平和に暮らしていくことが大切なんだッ!」
そう言って、シルベットはルシアスを押し返してから一旦、距離を取った。二つの術式を行使させてから突撃する。
「きみはかなり生温いことを言っているね。もはや、そんなこと出来ないほどまで拗れてしまっているん──────」
「そんなもの私が叩き斬ってやる!」
ルシアスの言葉をシルベットの斬撃が遮る。
「く──なんで、こんなに重い斬撃を放てるんだよッ! 落下していないにも拘わら────まさかッ!?」
ルシアスはシルベットの重い斬撃の仕掛けに気付いた。
「どうやら気づいたようだが、もう遅い!」
シルベットは〈重力〉と自らの司る力を込めた天羽々斬を振るう。それをルシアスは、咄嗟に右横に回避した。
シルベットの斬撃は、ルシアスの左袖を斬り裂き、二の腕から手首にかけて一筋の線を引く。
それだけで、傷口から大量に血飛沫を出た。
「こ、これは…………あの忌々しい力…………。ぼくの細胞を破壊し、腐らせ、死に至らせるその力…………銀龍族の禁忌──〈原子核放射〉か…………」
肌の表面を斬り裂いただけで血が噴き出し、傷口から躯の細胞を破壊させていくシルベットの力に慄く。その隙を見逃さずにシルベットは駆け出す。
ルシアスは横を通りすぎて、シルベットは勢いを殺さずに、そのまま進行方向にいたリリスに肉薄する。
「喰らえ、ウシ乳がぁ!!」
シルベットはリリスに対して失礼極まりない渾名で呼び、頭部と左肩を損傷している彼女に容赦なく天羽々斬を振るう。
リリスは彼女の天羽々斬に恐怖を感じて、防ごうと羽根を前に出す。
しかし──
「え──」
すぱーとトイレットペーパーでも切るかの如く、あまりにも呆気なく、一刀両断された。
先ほどまでは、一切歯が立たなかったとは思えない斬撃に呆然とするリリスの懐に入り込んだシルベットは、
「さっき弄んだ分も込みで返してやる!」
リリスの四肢に連撃を与える。
「はぁあああああああああああああああッ!!」
ガガガガガガガガガガッ と連続して金属と硬いものがぶつかる音が鳴り響く。
シルベットはリリスの腕、脚に斬撃が与えると、鎧に次々と皹が入り、破壊されたと同時に残骸を吹き飛んだ。
無数の破片と血飛沫が宙に舞い、
「いやぁああああああああああああッ!!」
リリスの口から断末魔のような悲鳴を上げる。
「これ以上はやらせるかぁ!」
ルシアスは、シルベットの狙いがリリスであったことに気づき、妻を助けるために背後からシルベットに肉薄する。
その直前に──
『させると思うかぁああああああああああああッ!!』
複数の怒号がルシアスの鼓膜を震わせる。ルシアスは周囲を見回して気づいた。
ドレイク、水波女蓮歌、如月朱嶺や十一もの【謀反者討伐隊】人間世界方面日本支部派遣部隊、その第八百一部隊がール・シャス)】が〈結界〉を蓮歌から教えた〈重力〉を利用した攻撃で撃ち破り侵入し、ルシアスを取り囲んでいた。
「いつの間に…………────あ、そういうことか…………」
ルシアスは気づいて、表情を屈辱に歪んだ。
シルベットが〈結界〉を斬り裂いて突入し、修復する間を与えずに斬撃を繰り出した隙を狙って、〈結界〉外にいた水波女蓮歌、如月朱嶺や十一もの第八百一部隊が内部に侵入させる。内部に皆が入ったところで、ルシアスに反撃をさせる余裕を与えないように〈重力〉にルシアス唯一の弱点である〈原子核放射〉を行使して、傷を負わせた。〈原子核放射〉で傷を負わせることにより、通常の治癒力を働かせないようにするためだ。それにより、魔力の大半は〈原子核放射〉で斬り裂かれた傷口を塞ぐために使われてしまうのを見越して。
「またやってくれたな銀龍族ッ!!」
【謀反者討伐隊】は各自、それぞれの武器を振り上げて、悔しげに咆哮するルシアスを目掛けて攻撃を仕掛ける。
「喰らえッ!」
まずは、ドレイクが機先を制する。戦斧を右上から左下へと振り下ろし、ルシアスを叩き斬る。
「…………こ、こんのぉ…………っ」
思わず身構えた右腕を斬り落とされルシアスは煩わしげに顔を歪める。そんな彼に、続けざまに水波女蓮歌が腹部にやや右下から左上へ、如月朱嶺が同じく腹部を逆方向──やや左下から右上に振り上げて、一閃。
腹部にバツ印に線を入れたのを皮切りに間髪入れず、九人が一閃ずつ、ルシアスの躯を斬り裂いていく。
「邪魔をするなぁああああああああッ!」
肩、腕、胸、腹、腰、脚とダメージを斬り裂かれたルシアスが吼える。そんな彼に、臆することなく容赦なく厳島葵が左上から右下へと剣を降り下ろした。
ルシアスの左肩から右脚にかけて大きく斬り裂かれた後、スティーツ・トレスが上段からの構えから斬撃を放つ。
「くたばれぇええええええええッ!」
ルシアスは思わず左に躯をずらして避けようとしたが、降り下ろされたスティーツ・トレスの斬撃は右半分を捉え、斬り裂いた。
時を同じく、シルベットは鎧を破壊して、容赦なくリリスに斬撃を放った。
およそ十四もの刃を受けたルシアス、シルベットの連撃を浴びたリリスは体からは拍動に合わせて噴水のように血が噴き出す。
「ぐっ…………」
「……がっ……」
痛みと斬撃のショックでリリスは意識は早々と失い、ルシアスは苦悶の表情を浮かべて、地面に転がる。
それから、ぴくりとも動かなくなった二人の血により、〈錬成異空間〉の世界に紅蓮の華で染められた。




