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第二章 二十一




 リリスと戦っているシルベットたちの援軍に向かっていたドレイクとスティーツ・トレス率いる第八百一部隊は突如として襲来した闇──リリスを確認し、速やかに厳戒態勢へと移行した。


 シルベットたちが〈錬成異空間〉に構築した四聖市に包囲網を敷く。まず、〈錬成異空間〉から逃げられないように端に、三重の〈結界〉を張り二、三人の少数で編隊を組み、四方に分かれる。地上から〈無音〉、〈景色同化〉、〈高温感知〉の術式をかけて、様子を窺いながら、徐々に円状に包囲網を狭めていく。


 リリスは、シルベットたちが珍しくも協力して捕縛した報せを如月朱嶺から〈念話〉で伝えられた。これでルシアスに戦力を回せるが、それでも足りない。さらなる援軍を要請したが、急いでも五、六時間はかかってしまう。それまで、ルシアスを逃がさいようにしなければならないだろう。


「リリスは捕縛したようですけど、水波女蓮歌がルシアスに捕らえられてしまったのは痛いですね」


 厳島葵が注意深く、上空を見上げながら言った。


「ああ。ルシアスは恐らく捕縛されたリリスとの引き渡しを願うだろうな」


 およそ三キロほどの上空にいるルシアスとシルベットたちを見上げながら、スティーツ・トレスは返した。


「それが妥当といえる。離れていて、僅かに届く声から察するように蓮歌の解放条件は、リリスの引き渡しのようだからな」


「引き渡しは不味いですね。せっかく、ルシアスにだけに戦力をリリスにも割かなければならなくなります。援軍はおよそ六時間以内ですから、数が充分ではないまま、【創世敬団ジェネシス】の幹部と戦わなければなりません」


「援軍の到着まで、彼奴らを此処から逃がすわけにはいかない。先日の戦で、蓮歌は得意の歌声を武器にルシアスの聴覚に打撃を与え、捕らえるために一躍かった人物だがな。一度勝った相手にまた勝てるほど、戦争は甘くはない。二度も負けるほど、【創世敬団ジェネシス】を束ねるルシアスは落ちぶれてはいないだろう。用意周到に準備を整えてきているはずだ。だからこそ、蓮歌を人質にとったと見ていいだろうな」


 何とかリリスを引き渡さずに蓮歌を助け出し、ルシアスを空間内に留められないかと策を練るドレイク。その矢先、動きがあった。


 蓮歌がルシアスが口元から手を離した隙を狙って、何かを言い放った。それにルシアスはポカンとしている。


 ──一体、何を言っているんだ……?


 ドレイクたちは三キロ先の蓮歌の声を聞こう耳をたてると、僅かながらだが、透き通った声が届いた。だが、聞き惚れてしまうくらいの声からは全く想像できないくらいの濁った言葉。耳を疑うばかりの暴言が確認した。


 そんな蓮歌の暴言を聞いた厳島葵が先に口を開く。


「……どうやら、ルシアスの口はかなり臭いようですね」


「そのようだな。ボルコナの首都カグツチの拘置所では、まだ食事をすることが赦されていないはずだ。そうすれば、カグツチから四聖市に訪れるまでに何処かで腹ごしらえしてきたということか」


「そのようですね。腹ごしらえする余裕があったということですか……完全になめてますね」


 厳島葵は少し不機嫌な表情を浮かべて、ルシアスを見据える。


 ルシアスは蓮歌の暴言に地味に傷ついた顔を浮かべて、頭を下げている。声は小さく、聞こえない。その様子を見て、厳島葵は口を開く。


「意外と利いてますね……」


「私でも、辛辣に口臭いと娘くらいの年齢の子に言われたら地味に傷つく……。奴にもそのくらいの心はあったということだな」


「傷つくものなのですか……?」


 スティーツ・トレスの言葉に厳島葵は疑問を述べた。それに彼は簡単に短く答える。


「ああ、地味にな」


「そうですか……。以後、言葉遣いには気をつけたいと思います」


 厳島葵は少しこれまでの発言を思い起こし、申し訳なさそうに頭を下げた。スティーツ・トレスは別に構わないと手を振る。


「厳島の辛辣な言葉に慣れている。私は、辛辣な言葉をかけられて嬉しがる性質の持ち主ではないからな。少しオブラートに包んでほしいが、そのような性質の持ち主には叱咤激励して最適だろうからな」


「…………私は変態専用ですか。厭ですよ。わかりました。以後、オブラートに包めるよう努力はします」


 端正な顔をこれでもかというくらいに皺寄せて、厭そうな顔をする厳島葵。それをスティーツ・トレスは苦笑を浮かべて、横目に一瞥してから、蓮歌やルシアスに注視する。どうやら蓮歌の暴言は止まらないらしく、思わず謝ったルシアスに畳み掛けるように辛辣な言葉の雨を降らせている。


 ドレイクや第八百一部隊は、人質になっている身柄で相手を刺激しかねない言葉を吐く蓮歌にハラハラしてしまう。


「人質でありながら、下手に刺激してどうするんだ……。ルシアスが自棄を起こしたら、【部隊チーム】で一番力が劣る蓮歌ではひとたまりもないんだぞ……」


「流石は問題児ですね……」


「巣立ちの式典でファーブニルのオルム・ドレキに向かって暴言を吐いたと耳にしていたが…………」


 次々と吐き出される蓮歌の暴言に、ドレイクは教官として保護者として不安げに見据える。彼の不安とは裏腹にルシアスは自棄を起こすことなく、思わず手を離した。


「蓮歌が解放されました……。相手に自棄を起こさず、まさか暴言だけで………」


「なんと、これは好機か……」


 蓮歌がルシアスに薙刀を華麗に振りかざして剣先を向ける。ルシアスが蓮歌に注意が言っている間に、シルベットとエクレールは何やら言葉を交わしたあと、それぞれ違う方角に散っていった。


 エクレールは、蓮歌とルシアスの視界に入らないように気をつけながら、低空飛行で大きく旋回して清神家があるところへ向かう。ルシアスが現れたことにより、聖獣である地弦に助けを求めようとしているだろう。


 一方、シルベットは布地で目と口を塞がれ、包帯と縄でグルグル巻きにしたリリスの髪の毛をわしづかみにして、キョロキョロと辺りを見回しながら、ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵がいる方へと向かってきた。


 ドレイクを探しているのだろうか。ドレイクはシルベットに〈念話〉で送る。


『シルベット、どうした?』


『なんだ赤爺か、丁度いい。このモジャモジャ口裂け女を持っていては戦えぬ。あの…………るしあす、とやらに渡されないようにも、引き渡したいのだが……………どこにいる?』


 相変わらず上官に対して恐れずに変な渾名で呼ぶシルベット。


『そうか……。事情は何となく理解したが……吾輩は赤爺ではない、ドレイクだ。モジャモジャ口裂け女とはリリスのことか?』


『どれいく……覚えていたら、呼んでやるぞ。そうだな。このモジャモジャ口裂け女は確か…………リンゴ酢といっていたな』


『…………わかった。あとでエクレールにも確認しょう』


 ドレイクはシルベットにこれ以上、名前について訊かないことにした。


『何で金ピカに聞く?』


『上官や敵の名前をろくに覚えない貴殿に訊いても、正確な名前はわからないことがわかった。これからは、一緒にいた者にも確認することにしょう』


『だったら、金ピカではなく、アカネにすればいい』


『朱嶺だけは覚えているんだな……』


 頭痛がしたのか、ドレイクは頭を抱えた。次第に、このままシルベットたちの【部隊チーム】で教官としてやっていくことに不安が募る。


 ──吾輩は、こいつらの教官として上手くやっていけるのだろうか…………。


『そんなことはどうでもいい。今どこにいる? 合流して、早くこのモジャモジャ口裂け女の引き渡したい』


『どうでも良くはないが…………わかった。戦うには片手間で勝てる相手ではない。吾輩たちは現在、貴様から直線距離で五キロ程、離れたところにいる』


 〈念話〉で伝えると、シルベットはおよそ五キロ程の距離を目を凝らして見据える。どうやら確認できなかったらしく、『わからん』と詳しい現在地を求めた。ドレイクは近辺にあった平和堂なる和菓子屋付近だと伝えると、『ああ……あそこか』と頷き、やっと合流した。




「リンゴ酢ではない、リリスだ……。最初と最後しか合ってないし、一文字増えている。渾名を付けるのなら、もっと原形を留めたらどうなんだ…………」


 シルベットが蛇髪をぞんざいに掴み、魚を持ち上げるように掲げた包帯とロープで梱包されたリリスを憐れむように見据えながらドレイクは言った。


「覚えやすいようにしたら、リンゴ酢になった。それだけだ」


「仕方なくやったみたいなことを言うな。【部隊チーム】で活動していく上でも、吾輩らにわかりやすくしろ」


「わかった。善処するように心掛ける」


「そうしてくれると有り難いがな……。シルベット。早速だが、リリスが来た時の状況を吾輩にもわかりやすく報告してみろ?」


 ドレイクは早速シルベットに状況報告を求めると、彼女は頷く。


「ああ。わかった。この…………りりすとかいう奴は、〈錬成異空間〉を張らずに来たのだから、注意と事情を聞き出すために話を訊いていたのだが……」


 シルベットはこれまでの状況を簡潔に報告した。


「なるほど。状況を訊いた限りでは、リリスは話し合いで改心させることは不可能だな」


「ああ。話しを訊いた限りでは、こちらを小莫迦にしているように思えるな。端っから話し合いにはならないことを決めつけているようだな」


「私たちはこれでも譲歩しているつもりですがね。リリス──少なくとも【創世敬団ジェネシス】の幹部相当の方々は話し合いで解決は出来ないでしょうね……」


 シルベットの状況報告を訊いて、ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵はそれぞれの感想を述べた。


「しかし、そいつみたいな奴は説得して改心させるのは難しいのではないか? ルシアスでも感じたことだが、人間界だけではなく、あらゆる世界線について、何も考えてはいない。口先ではあーだこーだと言っていたが、護ろうとは思っていない。私らがしていることを無駄だと考えている。そんな感じだった。そんな奴らを話し合いで改心させることは難しいのではないだろうか」


 シルベットの疑問に厳島葵は答える。


「元々は同じ世界線の住人です。些細な感覚や意見、考え方の違えど、話し合いで改心させる可能性は少なくありません。同じ世界線出身の方々とは、誰だってやり合いたくはありません。ハトラレ・アローラ的には言葉を一切交わさずに戦うよりは、理由を知ってからの方が無駄な争いがなくなる可能性にかけたいと思ってのことでしょう」


「話し合いの場を設けたとしても無駄な場合はどうするんだ……?」


「ええ。その時には交渉決裂として争いになるだけです。悲しいですが、仕方ありません。貴重な話し合いの場を設けても改心できないこともあるということだけは覚えておいてください」


「難儀だな。話し合いが出来ても改心させられなかったら、討伐しなければならんとは…………」


「敵だって、同じ世界線出身と争いを起こさなければ理由は様々だ。強固たる意思があれば、僅か二、三十分の話し合いで改心は出来ない。もう少し、長くお互いに歩み寄りが出来ればいいんだがな…………」


 戦争が始まれば、そんな余裕はないのは仕方ないことだと、スティーツ・トレスは苦い顔を浮かべる。


「何度も話し合える機会があるのならば、それに越したことはありませんからね。戦場ではどうしても、話し合いの場さえも設けられないのが殆どです。私たちとしては、ろくな話し合いをせずに戦わざるを得ないのです」


「それを聞くと、話し合いさえも無駄に思えてならぬな…………」


「そう思えてしまうのも仕方ない。だが、敵組織であっても同じ世界線の生物だ。あらゆる世界線の生物を滅ぼしてまで殺し合わなければならない意図を知る権利は私たちもある。同じく【創世敬団ジェネシス】には私たちが世界線の生物を護り、共存していく意図を知る権利はあるだろう。充分にわかった上で、何故反対なのかを解いていく必要もまたある」


「それでも話し合いで解決できるような奴ではなかった場合は、戦うしかないわけだな」


「敵味方を誰一人とも命を散らさず、話し合いで改心させ、無駄に血を流すに済むのなら、どれだけ良いことか、ということですね」


 厳島葵の言葉にシルベットは頷く。


「うむ。剣を振るわさずに無駄な血を流さない。平穏無事にあらゆる世界線を往き来し、共存することは良いな」


「そういうことですよ」


 厳島葵はリリスを一瞥する。布地や包帯、縄でぐるぐる巻きにした彼女に動きはない。まだ気絶しているのか、蛇髪をウヨウヨと動いているだけで身動き一つもしない。


「こちらが理解しがくっても理解すれば、自ずと向こうも理解してくれると────ん?」


 厳島葵は、身動きをしないリリスを見て何かに気づき、何か引っかかった。


 訝しげにリリスを見据える厳島葵に、スティーツ・トレスは訊く。


「どうした……何か気になるのか?」


「ええ」


 厳島葵はリリスの状態を確認しながら口にする。


「──気のせいだと思いたいのですが……リリスは、身動き一つもしていませんが、蛇髪は動いています」


「ん?」


 厳島葵の言葉に、ドレイクとスティーツ・トレスがリリスを振り返った。


 その時──




「流石は下士官と違って長年、戦場に身を置いた戦士は違うわねぇー」




 頂門に生えた一匹の蛇髪が言葉を発した。リリスの声で。


 シルベット、ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵はそれぞれの武器を構えて、リリスに警戒する。


「そこの銀龍族のお嬢ちゃんはおろか、あの金髪のお嬢ちゃんも気づかなかったっぽいけど……流石ね」


 蛇髪が口端を歪めて嗤う。


「あの金髪のお嬢ちゃんに気絶する前に、意識を蛇髪に移したのよ。そこの銀龍族のお嬢ちゃんに鷲掴みして身動き一つ出来なかった上に、ぞんざいに掴み上げたことにより、苦しかったけどね……」


「意識を移した、だと…………?」


「ええ。あの金髪のお嬢ちゃんがワタシの中に電流を流し込んで気絶させる時に、意識を失う前に蛇髪に移動させたのよ。幸い蛇髪はそこの銀龍族のお嬢ちゃんが持っていたお陰で、頭──蛇髪まで電流を流し込んでなかったから」


「つまり、私が掴んでいたから助かったということか」


「そういうこと……アリガトウネ、銀龍族のお嬢ちゃん」


「く──」


 シルベットは悔しげに歯噛みする。彼女が蛇髪を掴んだことにより、エクレールがシルベットを巻き込まないようにするため、蛇髪まで電磁を流さなかった。それにより、リリスの意識は完全に意識を失わせることは出来なかったどころか、会話を聞かれてしまった。


「ワタシたちを話し合いで改心させることは不可能よ。これからは、あなた方の声に耳を貸さずに、戦争を始めさせることにするわ。だって────」


 リリスは躯を動かす。包帯と縄にぐるぐる巻きにされた躯を産まれたての小鹿が立つようにぷるぷると震わせながら起こすと──


 躯の中から──特に背中から腰にかけてモゾモゾと蠢き出すと、包帯と縄を突き破った。


 リリスの躯を拘束されていた包帯と縄を切り裂き、突き破ったそれは、長大な羽根だった。長身なリリスの倍近い羽根は、結晶のような光沢を放ちながらも、柔らかな質感のある。先が刺々しく、鋭い。大小様々な針や棘といった鋭いもので付け合わせたかのような形状をしている。


「必然的に、あなた方は同じ世界線出身のものと争うことになる。実にオモシロイじゃない…………フフフ」


 張り付いていた包帯と縄を羽根を広げて吹き飛ばしたリリスは、目と口を塞がれていた布地をゆっくりと取ると、笑みの形を作った。


「面白いだと……?」


「ええ」


「何が面白いというのだ……?」


「何がオモシロイか、ですって……そんな決まっているわよ。あなたたちが“絶望”するその顔を見るだけで快感なんですもの……」


 リリスの身震いをする。薄い唇を赤い舌で艶めかしく舐めて、恍惚に表情を歪めている。


 その瞬間、リリスはシルベットたちは話し合いで改心させることは不可能であることを悟った。


 シルベットは天羽々斬の剣先を、リリスに向ける。


「わかったぞ」


「何がぁ?」


「貴様と話し合いしても改心させることは不可能だということが!」


「だからなにぃ? そんなことは最初から決まりきっているわぁ。ワタシは、アナタたちや世界が絶望に打ちしがれるのを最高の悦びとしているのだからぁ。改心させることなんて────」


「はぁっ!」


 シルベットはリリスの言葉を遮るように、電光石火の如く勢いで肉薄する。


 リリスの首を目掛けて天羽々斬を振るう。


 しかし──


 ガキン! と甲高い音を立てて、シルベットの斬撃は弾かれる。


 シルベットの斬撃を弾いたのは、リリスの背に生えた鋭利な羽根だった。


「なっ!?」


 天羽々斬の斬撃を防がれて驚くシルベットの頬を掠め、一筋の線を入れた。


 結晶のような光沢を放ちながら、柔らかな質感のある羽根は、斬撃を受けてもなお、妖しい輝きに欠けておらず、傷一つも付いていない。


「フフフ……最高の顔ね」


 ご満悦そうに嗤うリリスは羽根を広げて、シルベットを吹き飛ばした。


「うッ!」


 空中で回転して、何とか浮遊力を働かせて地面に着地する。


 すかさず、天羽々斬を構えて、前傾姿勢を取り、肉薄の好機を窺う。


「あらあら、まだ立て直せるのね。そのまま、倒れていたら楽に殺してあげるのに…………」


「これくらいで、倒れるほど私はヤワではない!」


「ええ。その方が負けた時の顔が素敵に歪められるからいいわぁ」


「好きに言ってろ! すぐに吠え面をかかせてやる」


「出来るものならしてみなさーいっ。この羽根は、現在、存在する世界線において、群を抜く硬さで出来ているワタシのお気に入りよぉー。そう簡単に貫けないと思ってぇ!」


 リリスは、大量の魔力を羽根に注ぎ込んだ。


 すると、妖しげな輝きを放ちながら羽根は、範囲を広げて躯を覆っていく。


 ドレイク、スティーツ・トレス、厳島葵はリリスを囲み、包囲網を張り、厳戒態勢を取る。


 ひと呼吸する間を置いて、天羽々斬を弾くほどの頑強な羽根は、リリスの躯全体に纏っていた。


 それはまるで──


 鎧だった。


 出るところ出て、へっこんでるところはへっこんでるリリスの肢体がわかるように全身を包み込んだリリスの鎧は一見、薄く簡単に貫けそうだが、そう簡単に貫けるものではないことを背中から生やした羽根が証明している。


「これでアナタたちは、容易にワタシに攻撃を与えなくなったわね」


「く──!」


 シルベットは悔しげに歯噛みをする。それを見て、躯をまた震わせる。ピクピクと痙攣させて、リリスは鎧の中で喘ぎながら言う。


「フフフ。悔しげに歪める顔…………いいわ。すっごく、いぃ……! 濡れてきちゃうわぁ……。もっと、ワタシに悔しがったり、もがき苦しむ顔を見せてチョーダイね」


「何だか知らんが…………貴様が変態であることがわかった」


 シルベットは嫌悪感を露にしながらも、隙を狙って鎧が弱いところを探そうと機会を窺う。


「ええ。誰かが不幸になるのは大好物の変態よぉ!」


 リリスは羽根を羽ばかせて、肉迫する。


 速度は遅く、回避するには容易い。


 シルベットは銀翼を歯ばかせて、後ろに回り込む。


「はぁあああああああっ!!」


 降下すると同時に、天羽々斬を降り下ろす。


 ガキンッ!


 またしても、弾かれた。


「く──やはり弾かれたか…………」


「無駄よ、この鎧を貫けるものはないわ」


 ゆっくりと後ろを振り返るリリス。


 顔まで覆って見づらいのか、はたまた重いのか、動きは鎧を着けていない時よりもゆったりとしていて、遅い。いや、遅すぎる。


 のんびりと振り返るリリスに若干、苛つく。


 今すぐにでも、叩き斬ってやりたいが鎧や羽根がある限りは刃を通せず、弾き返されてしまう。


 鎧を貫ける何か秘策はないのか、考えながら相手の死角に回り込む。


「アナタたちは今更、人間界に媚うって友好関係を築こうとしているけど…………人間界って、友好関係を築く価値はあるのかしら。戦争でしかモノを生み出せない役立たずよ」


 シルベットがリリスの後ろに回り込んでいる時に、ドレイクたちが肉薄して攻めるが、どれも弾かれる。


 鎧の一番脆いところをしらみ潰しに探すように、あらゆる箇所に斬撃を与えるが傷一つも付けられない。


「人間たちはねぇ。科学技術の発展の裏側には、必ず戦争の影が存在しているの。鉄が生産されたのは工業の為ではなく剣や鎧を作る為だし、馬が飼育されたのは農業の為ではなく騎兵の生産の為よ」


 シルベットはリリスが話しているのを構わず肉薄して、同じ箇所に斬撃を連続して与える。


 傷一つも付かず、弾かれるだけで一切ダメージもない。


 一旦、後退して、様子を窺う。リリスは尚も話している。


「近い時代で挙げるなら、核技術開発の発端も戦争よね。人類同士の戦争という暗い過程へて科学技術の発展が生まれているのよ。人間たちというのは、戦争という明確な目的を持つことで発展してきた野蛮な生き物なの。そんな生物を喰らおうが仕方ないとは思わない?」


「やかましいっ!」


 シルベットは一声で返す。それを面白そうに含み笑いを出してリリスは続ける。


「人類同士の戦争という暗い過程が飛躍的に発展を遂げてきたのは紛れもない事実よ。戦争というものは多くの死者を出し、それは同種族を殺すという、生物にとっては本能に逆らう最大のタブーを犯し続ける愚行そのもの。そんな輩と友好関係なんて必要なのかしら?」


「さっきからゴチャゴチャとやかましい…………そんなことを貴様らに言われたくはない。誰かの不幸を願い、絶望に堕ちるところを楽しむような貴様など、愚行の中の愚行を行う愚者だ。そんな輩の話を聞くと思うか?」


 シルベットは攻撃されているにも拘わらず、勝手なことを話しまくるリリスに言い返す。


「耳障りでしかない。少し黙ってろ!」


「厭よ。アナタのその迷惑そうな顔もダイスキなんだからぁ」


「…………」


 シルベットは眉間に皺を寄せて、実に鬱陶しげに見据える。そんな反応する彼女に、リリスは楽しげに嗤う。


「いいわぁ。もっとワタシを楽しませてチョーダイ!」


「これ以上は付き合い切れぬ……」


 シルベットは苛立ちを露にリリスの周囲を旋回する。


 ぐんぐんと、飛行速度を上げていく。


 渦巻き状に上昇していき、あっという間にリリスの真上に到達した彼女は、上空一千メートル辺りで、双翼を折りたたみ、天羽々斬を刺突の構えると、


「てぃやぁああああっ!」


 リリスを目掛けて直角に急降下する。


 地上一千メートルから引力のエネルギーを天羽々斬の刀身に乗せる。衝撃波が縦──上空から地上へと直下型に巻き起こりながら、リリスに向かって落下していく。


 シルベットの最高飛行速度を上回る速度で落下してくる、ドレイク及びスティーツ・トレスらは彼女が地上の引力を利用することに通常の速度を上回らせることにより、リリスの頑丈な鎧にダメージを与えようとしていることがドレイクにはわかった。


 だが、こちらがわかるということは、敵にもわかるということである。


 現に、リリスは恍惚に微笑みを浮かべて落下してくるシルベットを見据えていた。


「シルベット! リリスに気づかれているっ」


「回避されるぞっ!」


 ドレイクとスティーツ・トレスの制止するのも虚しく、シルベットはリリスに向かって落下した。


 だが──


 思いかけないことが起こった。


「フフフ…………」


 リリスは、数ミリ程度だけ躯を右側にずらして頭での直撃を避けた。


 バキンッ!


 天羽々斬は、リリスの左肩に皹が入った。


「へぇ。重力を利用して速度を上げた刺突だと、ヒビが入るのね。水無月さん家のシルベットちゃん、アリガトウネ。今度からアナタの上空からの攻撃には気を付けるわ…………残念でした」


 リリスは左羽根でシルベットを前に吹き飛ばす。続けざまに、右羽根を上げて、シルベット目掛けて降り下ろした。


「──っが!」


 シルベットに降り下ろされたリリスの右羽根が直撃。地面に叩きつけられて、苦悶の表情を浮かべる。


 間髪入れずに、左羽根を卓球のラケットのように、浮き上がったシルベットを目掛けて振るう。


 左羽根に直撃したシルベットは。躯を宙を舞い、回転しながら、何度か地上に叩きつけられながら、五十メートル離れた八百屋まで吹き飛ばされた。


「厳島! シルベットの救助に向かえっ」


「はい!」


 スティーツ・トレスは厳島葵にシルベットの救助に向かわせて、剣を構える。


「今度はアナタが相手かしらぁ?」


「──いいや」


 スティーツ・トレスは首を振り、真っ直ぐとリリスを見据える。


「次の相手は────キミが吹き飛ばしたシルベットの教官だ!」


 リリスは上空を見上げる。


 そこには──リリス目掛けて落下してくる炎の塊があった。


 轟音と共に、急降下してくる巨体。一見すれば、隕石と見紛うそれは、ドレイクである。


 ドレイクはシルベットの倍以上の落下速度をもって、リリスの頭上目掛けて、戦斧を降り下ろす。


「──ッ!?」


 降り下ろされた戦斧は、リリスの頭部を包み込む兜に直撃する。


 ドカンッ!


 音を立てて、兜が砕け散る。


 砕けて露にされたリリスの顔は、何が起こっているのかわからない顔を浮かべていた。


「吾輩の教え子を吹き飛ばした分だっ!」


 ドレイクは着地すると、耳をつんざく爆音と、凄まじい衝撃波と共に、地面が浅いすり鉢状に削り取られていく。


 その中でもドレイクは攻撃の手を止めない。落下した勢いを殺さず戦斧を振り回して、二打目をシルベットが皹を入れた左肩に向けて振るう。


 バキッ!


 鈍い音を立てて、左肩を破損させることに成功した。


 続けざまに、頭部と左肩を破壊されたリリスは一旦、後退する。


「教え子がやられた直後に、教え子がやった技を真似するだなんて…………それでも教官?」


「ああ。教官だ。教え子が敵を倒す活路を拓いてくれたのをやらないでどうするんだっ」


 ドレイクは戦斧を向けて言った。


「つまり、あのお嬢ちゃんした技以外でこの鎧にダメージを与えられなかったから、唯一ダメージを与えた教え子を取ったということねぇ……」


「言い方を悪くしてようだが…………そうやって、精神的に追い詰められるほど、吾輩は柔ではないぞ」


「そうみたいね」


「貴殿の鎧は決して貫けないわけではないことがわかった。降参するなら今のうちだ」


 戦斧に魔力を込めて炎を纏わせて構えるドレイク。そんな彼を嘲笑うかのように、リリスは言う。


「いちいち、上空まで行って落下して攻撃を仕掛けるつもり? そんな直線的な攻撃にまた直撃するほど、ワタシは甘くなくってよ」


「ああ。その通りだ」


 ドレイクは頷く。


「だから、これからは落下速度以上を持って、貴殿に攻撃を与えよう。────吾輩ではない者でな」


「えっ?」


 ドレイクの言葉に厭な予感を感じたリリスは上空を見上げた。


 そこには──


 目と鼻の先で、スティーツ・トレスがリリス目掛けて剣を降り下ろしていた。


 これまで二度に渡り、轟音が伴う上空からの落下攻撃をリリスは受けている。同じ技を三度も通用するとは思えない。


 だからといって、リリスの鎧を貫ける方法は落下攻撃しかなく、スティーツ・トレスは対策として〈無音〉の術式で落下音を消した。


 シルベットは、かなりの轟音を立てて落下攻撃を行っていた。それを見て、ドレイクは落下した途中まで〈無音〉を使用し、直前で解くという行動に出た。これは、リリスに落下攻撃には上昇している時は〈無音〉で消せるが、落下音は消せないと思い込ませるためである。


 ドレイクは、シルベットの攻撃を見て、何度も通用する技ではないことを悟り、〈念話〉でスティーツ・トレスに作戦内容を即座に伝えて、三度目の布石を作った。


 スティーツ・トレスにより、三度目の落下攻撃は──


 リリスの左肩をえぐり斬った。


 地上に着地すると、耳をつんざく爆音と凄まじい衝撃波を伴って、既に浅いすり鉢状に削り取られていた地面をさらに削り取っていく。


 深く削り取られたクレーターの中で、スティーツ・トレスの攻撃の手を緩めるつもりはない。


 スティーツ・トレスは落下速度を殺さないように、躯を回転させながら地面すれすれに剣を降り下ろしてから、リリスの首を目掛けて振り上げられる。


 リリスの首を目掛けて振り上げた斬撃は──


 届かなかった。


 何故なら──


「ぼくの嫁を苛めちゃダメだよ」


 突如として、闇がリリスとスティーツ・トレスの間に現れて防がれてしまった。片手で。


「ルシアス…………」


「ルシアス様ぁ」


 スティーツ・トレスが憎らしげに、リリスは愛しそうに闇の名を呼んだ。


「ふふふ、此処からは、ぼくも加わるね」


 闇──ルシアスは、せせら笑いながらスティーツ・トレスの剣を振りほどく。


 すかさず刺突の構えを取ると、スティーツ・トレスの首もとを狙う。


 スティーツ・トレスは、一瞬だけ反応が遅れた。


 咄嗟に、持っていた剣で防御しょうとしたがルシアスの方が速い。


 ──く……、間に合わない。


 ルシアスの剣がスティーツ・トレスの首もとから僅か五センチまでに到達しょうとした──


 その時だった。


 カキン


 甲高い音と共に、ルシアスの左後方から現れた刀剣が弾き返した。


「お?」


 両端から突如として現れた刀剣に驚くルシアス。刀剣の持ち主は女性である。


「厳島っ!」


 スティーツ・トレスが女性の名を呼んだ。厳島葵は振り返らずにルシアスに警戒の視線を向けながら隊長であるスティーツ・トレスに言う。


「隊長、大丈夫ですか?」


「少し油断した」


 スティーツ・トレスは首もとが無事かどうかを触って確認しながら態勢を立て直す。


「思いがけない来客だね」


「お邪魔でしたでしょうか?」


「いや、そんなことはないさ」


 ルシアスは余裕の微笑みで漆黒の剣を構える。


「いまさら一人、二人と増えたからといって文句はないよ。何なら十人以上、来ても構いはしないさ」


「なら、良かったです。──────此処からは、第八百一部隊の意地をお見せしましょう」


 ニヤリと厳島葵は微笑み、最後に口にした言葉を合図に、周囲から複数の人影が一斉に墜ちてきた。




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