第二章 二十
〈錬成異空間〉に壮絶な威力で飛び込み、横切ったその闇には四肢があり人の形を模していたが、禍々しい魔力量を有しているそれはルシアスだった。それをリリスの襲来により、清神翼、天宮空、鷹羽亮太郎、清神燕を速やかに〈錬成異空間〉外──現実世界の清神家へと無事に転移・避難させ終わった地弦は確認する。
「なんということでしょうか…………」
地弦の顔が強ばった。
「どうしたんですか?」
横にいた清神翼が空を見上げて表情が変わった地弦に恐る恐ると問いた。
地弦は微笑みを何とか浮かべて、「何でもないです……安心してください」と答えたが、彼女の微笑みには先ほどの柔和さは消えて、ぎこちなさだけが少し残っている。
清神翼は、何となく不測の事態でも起こっているのだろうか、と不安が過った。
シルベットたち【部隊】の仲を深める意味でのカレーパーティは、微妙なところで中断してしまった。【部隊】の結束は果たして出来たのだろうか。彼女たちの安否もさることながら、連携が上手くいっているのか少しばかり心配である。
だからといって、何の力も持たない清神翼はシルベットたちの戦いの邪魔にならないように遠くで無事を祈るしかない。
ぎこちない微笑みを浮かべて、清神翼に不安を与えないようにした地弦だが、動揺は未だに住み着いている。
ルシアスが〈錬成異空間〉に入った時を見て以降、脳裏に過るのは、最悪な想像だ。
ルシアスは、南方大陸ボルコナの首都カグツチで煌焔が引き止めていた。地弦が人間界に向かう前に、緊急事態として人間界に降りる前に他の聖獣たち──水波女蒼蓮と白夜などに援軍を頼んでいたが──
神に近し力の顕現し、ハトラレ・アローラに生存する種族の中でももっとも上位である聖獣。他の種族と違い、強大かつ巨大な力を有している聖獣がそう易々と負けるとは考えられない。
しかし、聖獣たちが相手にしていたルシアスが人間界に現れたことは──
ハトラレ・アローラの現状を知らない地弦は、最悪な事態を想像してしまったのを頭を振って、不安と心配に振り払う。
──しっかりとしなければ……。
──聖獣は、そう簡単には死滅しませんから、生きながれているはずです。
不死鳥たる煌焔がそう易々と負けるとは考えられない。
──それよりも、私は今しなければいけないことを。
気合いを入れるために頬を叩いた地弦は、戦いによる余波が人間界に災厄として及ばないように、シルベットたちが構築させた〈錬成異空間〉に五重の〈結界〉を張った。
「これで〈錬成異空間〉の被害が人間界に及ぶことはないでしょう。彼女たちも思う存分に戦えるはずです」
「何をしたんですか?」
「先日の戦では、〈錬成異空間〉に亀裂が入ったりしましたからね。人間界も少しだけ被害が及んでしまったようですし。そうならないように、錬成異空間〉の外回りに五重もの〈結界〉を張ったんです。これにより、〈錬成異空間〉に少しでも亀裂など入ったとしても、人間界に災厄として降りかかることはありません」
安心してくださいと口にする地弦。さっきほどよりはぎこちなくはない微笑みを浮かべていることから、完全に不安は払拭されたわけではないが、清神翼は少しだけ安心できた。
「何はともあれ、現在は四聖市にある戦力が〈錬成異空間〉に集中している状況です。この隙を狙って、【創世敬団】が奇襲を仕掛けてくることは考えられます。援軍は呼びますが、六時間以内に駆けつける距離にはいないようなので、しばらくこの辺一帯に、援軍が到着するまで〈結界〉を張りますね」
「この辺一帯ですか……」
この辺一帯と聞いて、どこからどこら辺までだろうかと清神翼は考える。
「六時間以上は持たせられての範囲ですので、四聖市がすっぽり入るくらいです」
「四聖市すっぽりって、結構広範囲だと思うんですけど…………」
四聖市すっぽりと聞いて清神翼は驚いた。
四聖市の面積は、東京二十三区中十二区──つまり半分ほどはある。〈結界〉に関しては、シルベットとエクレールらが張っていたのを直に見たが、あれが四聖市をすっぽりと囲んでしまう巨大なものが清神翼は想像ができない。
「聖獣ですから、大丈夫ですよ。六時間は絶対に維持できますし、動いて戦えます」
「…………そうなんですか」
聖獣ですから、という地弦の言葉にどう反応していいのか解らず、清神翼はぎこちなく返した。そんな彼の反応に、地弦は気にすることなく続ける。
「ええ。聖獣といえど、力は無尽蔵ではありませんがね。そこら辺の種族よりは多く高いのです」
地弦は、言いながらも術式を構築する。
土気色の魔力を躯に帯びて、地上と上空に同時に文字とも図形ともつかない奇怪な紋章が描かれたそれは、光の輪となって一瞬で広がり、夕暮れが近い空の端──水平線の向こうへと消えてしまった。
さらに輪の内部に複雑な紋章を描くように、様々な光の筋が走り回る。それも単に巨大なだけではない。良く見ると、ラインを描く光の粒一つ一つが、別々の魔方陣なのだ。まるで海を泳ぐ魚の群れのように、地を歩く蟻の行列のように、何億何十億という魔方陣で構成されたそれは、四聖市をすっぽりと囲み、規則正しく流れていく。
清神翼は上空と地上に展開する魔方陣を見て、思わず絶句した。
遠くにあるものは小さく見える──こんな遠近法なら小学生でも分かる。シルベットとエクレールが構築させた〈結界〉とは形態も大きさも桁違いの〈結界〉に口をあんぐりと開けざるを得ない。
「通常の〈結界〉ですと、地中からの攻撃には弱いですからね。それを補うためにも、半球型ではなく、丸箱型にしました。これで────」
地弦が説明していた声を止めて、外を見やる。理由は簡単だ。〈結界〉の外から魔力の反応を確認したからだ。
「翼さん、敵襲ですので外には出ないでくださいね」
「あ、はい……」
地弦は翼の返事を聞いてから、念のため鍵をかけておくようにと言って、ベランダから飛び出し、庭で跳躍。一気に、上空に躍り出ると、〈結界〉の外──北側から僅かな笑みの形を作り、悠然と降りてくる人影を四人を確認した。
黒のスエットに軽装的な鎧を身に付けた男性たちである。白虎やドレイクほどではないが服からでもわかるほど筋肉繊維が盛り上がっており、武器は短刀のみだ。武道に秀でた戦士であることが窺える。
「何者ですか?」
「それはこちらの台詞ですよ。ルシアス様が邪魔な【謀反者討伐隊】の犬どもを引き付けてくれるうちに人間のガキを処分しょうとしたのに……────〈結界〉なんか張りやがってこのクソババア」
左真ん中の男性が地弦を口汚なく罵った。彼の言葉に少しばかり不機嫌にしながらも、微笑みを絶やさずに応対する。
「口が悪いですね。私がクソババアと呼ばれたのは、あなたを含めて三人目です。こう見えても、若く見える方なんですがね…………」
「うっせいぞテメェ…………レヴァイアサン様以外は、全てがババアだ」
「レヴァイアサン……? ロタンちゃんのことですね……」
「そんなの決まっている。貴様ごときがレヴァイアサン様の本名を口にするな!」
「私としては、ロタンちゃんとは古くからの付き合いですので、レヴァイアサンと呼ぶよりはロタンの方がいいなれているので」
「だからなんだ!」
「つまり、あなたよりはロタンと呼んでもいいんですよ」
「殺ス!」
男性は、唾と共に吐き捨てる。目だけで他の男性に指示を送ると三人は〈結界〉の穴を探すように上空を旋回する。
「可能な限りに穴をなくすように構築させましたから無駄ですよ」
「それはどうかな……」
「それはどういう意味でしょうか……?」
「穴がないということは、貴様は俺らに攻撃が出来ないということだ。つまりだ──〈結界〉の外にいる人間たちをなぶり殺ししても手出しはできないということさ」
「あなた…………私がそんなミスすると思いますか?」
「どういう意味だ……」
「この〈結界〉はあらゆる攻撃を通しませんよ確かに。でも、“此方から”の攻撃は通せますし、出入りが出来るんですよ」
「──ッ!?」
「〈結界〉外を見殺しするほどは私は非情ではありませんですし、それを考えない輩は世界のことを本当に考えていない証拠ですよ。私たちは人と仲良く手を取り合おうと考えている夢想家でありませんから。それに────」
地弦は悠然と微笑む。
「────あなたがたは、もう少し気を付けた方がいいですよ」
「どういう意味だ…………?」
「それは…………ですね────」
地弦は男性の方──彼の後ろを見据える。
男性は何かに気づき、後ろに振り返ろうとした途端──
「焼き尽くせ【業火】ッ!」
「貫け【白い鉄拳】ッ!」
「捕らえろ【暴れ渦】ッ!」
男性四人の頭上から炎、白い雷、水が襲いかかる。
炎が彼等の回りに渦巻き、行動を制限し、白い雷で躯を痺れさせ、自由をなくす。
さらに、渦巻く水が四人の男性を巻き込み、平衡感覚を奪う。
とどめは──
「【鳥籠】ッ!」
地弦が構築した牢の中にぶちこんだ。
「勝手に逃げるとは酷いもんだな」
「く──煌焔…………それに、蒼蓮、白夜。何故、此処に…………」
火と雷を受けた上に溺れかけた男性は、上空から降臨する三つの人影に向かって言った。
「決まっているだろう。妾の国をメチャクチャにしおった返しを付けずに見逃すと思うか小童」
「ルシアスに出し抜かれただけではなく、【創世敬団】にいいようにされるわけにもいかない」
拳を打ち付け、鋼のメリケンサックを鈍い音を響かせる白虎。
「人間界を巻き込まない程度にぶちのめしてやるぞ【創世敬団】」
偃月刀──青龍偃月刀に華麗に振りかざして、水波女蒼蓮。
降臨した仲間に見て、地弦は無事であることに安堵した。
「良かった。無事で…………」
「いろいろとあったが、辛うじて無事だ。地弦がシルウィーンの小倅と白龍のふしだら皇子に頼んでいたお陰でな」
蒼蓮が苦笑して言った。シルウィーンの小倅とはゴーシュ・リンドブリムで、白龍のふしだら皇子は白蓮のことであることがすぐにわかった。
「大丈夫だったんですか?」
「彼等にカグツチを護らせていたお陰で、そこまでの侵攻はなかった」
「少なからず、戦闘の被害はあったがな。国民は、殆ど無事だ。現在は、カグツチを鳳凰やゴーシュやふしだら皇子に護らせている」
「そうですか。こちらは、リリスがこの〈錬成異空間〉にいます。現在は、シルベット、エクレール、水波女蓮歌、如月朱嶺が応戦しています」
「ほう。リリスがいるのか……………」
「はい。援軍として、ファイヤードレイク、スティーツ・トレス率いる第八百一部隊が向かっていますけど…………ルシアスが先ほど、〈錬成異空間〉に突入するのを目撃しました」
「戦況は厳しいかもしれないな。リリスだけではなく、ルシアスもいるとなると激戦になることは目に見えている」
地弦が言おうとしたことを引き継ぐように白虎は言った。
「追加に要請した援軍は近辺におらず、駆けつけるまで少なくとも六時間以内はかかると。それまで彼等を逃がすわけには行きません」
「六時間以内か…………。炎龍帝がいても、流石に問題児で構成された【部隊】や一人欠いている第八百一部隊だけでは厳しいな。彼女たちも腐っても上位種族なんだがな…………」
「その中に我が娘が含まれているから言い方に気をつけろよ煌焔」
「ああ……わかったわかった」
煌焔が蒼蓮のクレームを簡単に受け流し、話を続ける。
「先日の戦ではルシアスを捕らえることに貢献した蓮歌やシルベットだが、二度も捕らえられるほど、彼もバカではないだろうからな。妾たちも二度も取り逃がすなど出来ない。戦力差を埋めるためにも加わるのが一番だろうな」
「間違いはないな。しかし、あの小さき〈錬成異空間〉に聖獣全員で突入して戦うには、窮屈ではないだろうか」
白虎は四聖市三分の零・五ほどの〈錬成異空間〉を見据える。
聖獣の人間態の大きさは白虎、水波女蒼蓮、煌焔、地弦だが獣態は玄武、白虎、朱雀、青龍の順である。聖獣の獣態でもっとも小ぶりな青龍でも山二つ分はあり、もっとも巨体である玄武は富士山の二つ分に相当する。シルベットたちも中にいると想定して、四聖獣が一辺に自由に戦うには狭すぎる。人間態でも先ほどのように充分に戦えるのだが…………。
「相手はルシアスとリリスだ。カグツチでは、人間態で戦って取り逃がしていることを考えると、獣態で力の出し惜しみなく、戦った方が捕らえられるかもしれん」
「ただ、全員一辺はお互いに巻き込んでしまうということですね。じゃあ、私は〈結界〉も維持してますし、此処で【創世敬団】の援軍を撃退しておきます」
地弦は手を上げて、〈錬成異空間〉外の護りに撤することを志願する。
「私は、先ほどまであのシルベットたちが構築した〈錬成異空間〉の中にいました。私の獣態では、小さ過ぎますから、戦うには不利です。それを見越して、清神翼たちを現実世界に避難させ、可能な限り〈結界〉を拡げて、【謀反者討伐隊】の援軍が到着するまで、【創世敬団】の援軍を薙ぎ払うことにしましたから。引き続き、私は此処で残ります」
「わかった。シルベットたちも考えると、妾たちが全員獣態に入ったら、狭苦しくって戦いづらいしな。後程、行使者をとっ捕まえて、〈錬成異空間〉を拡大させてから地弦が戦いに加わればいい話だな」
「はい。そうですね。その方が確実です。それに〈錬成異空間〉外の護りを固めれば、ルシアスたちは容易には逃げられませんですし」
「此処でケリが付けられるな! じゃあ、誰が行く? 見たところ、二人が限度だが…………」
「なら、こうしょう────」
煌焔は、〈錬成異空間〉内でルシアスと戦う聖獣を二人決める。
「遠・近距離攻撃の蒼蓮と白夜の雄雄ペアが行けばいいだろう。ルシアスが〈錬成異空間〉から逃げたら妾が討とう」
「いや」
煌焔の策に物申したのは、蒼蓮だ。
「煌焔はやり過ぎなところがある。今回は、カグツチでのことがある。我を忘れて、先日の戦のようにやり過ぎる可能性は充分にある。人間界に火の海にされてもかなわない」
」
「地弦が〈錬成異空間〉を構築するまで何もしないよ」
「本当か? 出た瞬間に足止めと称して、火槍でも放ちそうな勢いが貴様にはあるぞ」
研ぎ澄まされた目で、蒼蓮は煌焔を射る。それに煌焔は反論する。
「なんだ……、妾を信用できんのか?」
「貴様の性格は長年の付き合いで熟知している。短気で我慢がきかないということをな」
「つまり、短気で我慢がきかない性格だから、〈錬成異空間〉が構築する僅かな間を大人しく待っているということが出来ないと言いたいだな」
「そうだな。だから前衛でルシアスにぶちまかした方がいいんじゃないか」
「早く妾の大事な国民に与えた罪を償わせたいと思っているのは、確かだな」
「確かなのか……」
蒼蓮は、攻撃的な性格が変わっていないことに不安と安堵をない交ぜしたかのような苦笑を浮かべる。
アガレスの策略により鎖国化された領地──ボルコナを護るために尽力してきた彼女の心身的な負担は計り知れない。疑心暗鬼にかかり、性格が少し変わってしまったのでは、と危惧していた。
「妾の国は長年、鎖国化されたんだ……。その間、かなりの我慢を強いられたんだぞ。今更、〈錬成異空間〉を構築する時間さえも我慢も出来ないわけないだろう……」
「ああ。そうか。わかった」
蒼蓮は煌焔が少し我慢強くなったことを理解した。そう察した上で、彼女は笑う。
「安心しろ。さっきは取り逃がしたが、次も取り逃がすつもりは一切ないからな。戦闘不能に陥るほどに叩きのめして捕らえてから、国民に与えた分だけいぶり殺す…………」
「………………そうか」
蒼蓮は煌焔が味方側で良かったと改めて思った。
「じゃあ、前衛が蒼蓮と白夜、後衛が私とホムラちゃんがつとめるということで話を決まったということで────ん?」
地弦は視界の端に入った人影に気づいて、言葉を止めた。
言葉を止めて、地弦が向けていた方角──清神家がある方角に視線を向ける。
そこにいたのは──
夏の夕陽に照らされてもなお黄金に輝く少女がいた。
「あれは…………エクレールか?」
「辺りを見回しているのが……」
「恐らく……」
これまで見たこともない助けを求めるかような必死の形相をするエクレールを見て、地弦はあらかたの予測がする。
「私に助けを求めて来たのでしょう」
「それはつまり、〈錬成異空間〉内に何かが起こったことを意味するな」
「だとするなら、彼女から状況を聞き、それからルシアスに奇襲を仕掛ける策を練る」
「それがいいな。己は、蒼蓮と一緒にエクレールと合流する。煌焔、地弦よ、後を頼んだ」
「ああ」
「わかりました」
二人の返事を聞いた後に、蒼蓮と白夜はキョロキョロと辺りを見回すエクレールのもとへと、颯爽と向かっていった。
「えっ……蒼蓮と白夜?」
「様を付けろよエクレール。最近の若い奴は何で尊称を付けないんだよ……」
驚きながら、尊称を付けずに口にしたエクレールに注意をし、愚痴る蒼蓮。そんな彼は続けざまに言う。
「──今は、尊称がどうのうこうのう言う時間はない。手短に中の様子を話せ」
「……は、はい……。わかりましたわ」
エクレールは簡潔に状況報告を行った。
「リリスは、貴様とシルベットで捕縛してたと…………」
「ええ」
「…………………………、そうか…………」
蒼蓮は、嘘はないか、リリスに〈催眠〉の類いがかかっていないかを確認する。見たところ、どちらもかかっている気配はない。
「どう考える白夜?」
蒼蓮はエクレールから白夜に視線を移して問いた。
「リリスにしては、呆気なさ過ぎるな。わざとやられている可能性が高いと見るべきだ」
「それも考えて、念のために気絶をさせましたわ…………」
「だから大丈夫という考えは甘いぞエクレール。それも策のうちだという可能性も否定はできない。特にリリスはな」
「リリスが関わってきた戦争の状態を考えればな。援軍に引き渡す際を何か仕掛けると見ていいだろう。もしくは【謀反者討伐隊】や憲兵が引き渡した先で、覚醒したと同時に」
「では、銀ピ──シルベットが危ないのですわ!」
エクレールはいつもの銀ピカを言い直して、シルベットの心配をする。
「ドレイクたちに引き渡す前に何とかしなければなりませんわ…………」
「…………ああ」
「…………そうだな」
蒼蓮と白夜は、エクレールが意外にもシルベットを心配するような意外な言葉を口にして考えた。
巣立ちの式典を皮切りにエクレールとシルベットはしょっちゅう仲違いを起こしている。それはこれまで上がってきた報告書に戦果以外にも記載されていた。地弦と一緒にいて、チームワークのいろはを学んだとしても、僅かな時間で仲良くなるほど、コミュニケーションは難しい。
リリスに何らかの暗示がかかっているのだろうか。しかしそれは先ほど蒼蓮が確かめた限りなかった。
──エクレールの中で、何らかの心境の変化でも起こったのならば、嬉しい限りだな。
「銀ピ──シルベットがリリスをドレイクたちに引き渡す前に、何らか手段を講じた方がいいんでしょうか…………?」
「そうなるな……。だが、引き渡したとしても、包帯と縄で身動きが取れないようにしているのだろう。ならば、問題は…………────」
蒼蓮は白夜へ視線を向ける。白夜は頷き、言葉を引き継ぐように言った。
「────蛇髪か、邪視眼といった何処からか奪った能力か」
「でも、彼女は邪視眼を使えないと言ってましたわ。現に、わたくしを金縛りのように動きを封じただけですわ」
「リリスが奪える能力に制限はない。敵である彼女の言葉に惑わされるな」
「これまで、戦場で幾多もの命を奪って能力を得てきたのだ。今更、使うには制限がある能力があるとは到底考えられない」
「では、あれは…………」
「貴様ではなく、シルベットやドレイクたち援軍を狙ってのことだろう」
「…………っ!」
エクレールの顔に不安と後悔の色が濃く出た。
敵の言葉を鵜呑みにしてしまった後悔は計り知れず、それにより【部隊】に与える打撃は相当なものだと考えて、エクレールは顔面蒼白となっている。
少しだけ色馳せた金色の彼女に蒼蓮は言う。
「安心しろ。此処から俺達も手伝ってやる。その上で自分の失敗を取り返せばいい」




