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第二章 十八




 金銀蒼の三つの光が上空に突き抜けた。


 紫かかった桃色の光とは違うそれは、大地に奇怪な紋章を残し、辺り一円に陽炎のドームを立ち上らせて、四聖市全域を覆ってゆく。


 人々は、紫かかった桃色の光の直後に訪れた衝撃により気絶してしまったが、気絶するほどの衝撃から逃れた人間はその光景を傍観して固まる。状況が理解できないといった表情のまま、四聖市全域を覆っていた三つの光のドームは一瞬にして消え失せたがこれら、突如として眼前に展開された事象を人間たちは幻覚でも見たかのような朧げな面持ちで見ていた。


 亜人によって引き起こされる不思議──人々から隠蔽を目的とした因果孤立空間。


 そこに錬成された本物そっくりな世界に、突如として誘われたのは──


「〈錬成異空間〉ね……」


 不快げに眉根を寄せた漆黒を基調としたドレスに身に纏った見目麗しい女性だった。


 身長の高い女性である。【部隊チーム】の中で身長があるシルベットや蓮歌よりも背丈以上はある。目尻の垂れたおっとりとした雰囲気の美人で、病的に白い肌が宵闇の中でもひどく目立つ。


 肌にぴったりと張り付いた同色の装束が目につく。黒い外套を羽織っているが、大きく膨らんだ胸元と腰脇を大胆に開け、あちこちに黒いベルトや金具がついていて、妖艶な体の大事な部分を頼りなくも隠している。ウロボロスの二人が纏っていた魔装に漆黒のドレスを合わせたような格好だ。ウロボロスとは違い、豊満な体つきのため、派手に動いたら取れてしまいそうな感じだが、ギリギリのところを張り付くように取れないみたいだ。さらに腰のベルトには牛の骸骨に似た装飾があり、黒光りするドレスの中で一際邪悪な光りを放っていた。


 彼女は、自分の身長の二倍はある長くも美しい白髪を頭の上でまとめているが、膨大な髪はまとめきれずに、下にだらりと下がっている。地上から見るそれはモサモサとした細長いものが浮かんで見えるだろう。


 どことなく妖艶な佇まいの女性の手には、邪悪な光りを放つ漆黒の鍵を携えていた。


「よくぞお越しくださいましたわ……。わたくしの名前は、エクレール・ブリアン・ルドオルです。食事中には相応しくない無礼窮まりない登場に、少々不機嫌ですので、ご注意を」


 女性が視線を巡らせると、そこには三人の少女たちがいた。シルベット、エクレール、蓮歌である。


 女性は、彼女たちの姿を一目見てから、〈錬成異空間〉を構築させた行使者であることを理解した。


「ああ。アナタたちねぇ、この〈錬成異空間〉を構築させたのは──」


「そうだが、何だ?」


 せっかく楽しくカレーを食していたのに邪魔しおって……、と丁寧に挨拶した少女──エクレールの右隣にいた銀翼銀髪の少女──シルベットが腰に携えていた刀を抜き放ち、女性に刀身を向ける。


「金ピカが名乗ったから、私も名乗ろう。私の名前は、水無月・シルベットだ」


「知っていると思いますがぁ、私は青龍族の水波女蓮歌ですよぉ。あまり時間がありませんからぁ、ちゃっちゃっと済ませたいので、簡易な自己紹介ですけれどぉ」


 左方にいた蒼髪の少女──水波女蓮歌が戦場にはあまり似つかわしくない間延びした声音で言い、両端に刀身が備えてある薙刀を持ち、構えた。


「わたくしたちは、早急に夕食を優雅に過ごしたいので、話し合いでの解決か、戦っての解決かを、さっさと選んでくださいません」


 戦った後にお食事は色々と厳しいので出来れば話し合いを推奨を致しますわ、と話し合いでの解決を提案する。


「フフフ。お食事の最中に悪いことをしたわ。ワタシとしては、お役目を果たそうとしただけ。終わったら帰るわよ」


「ほう。お役目とは、一体なんなのか、言ってみろ。内容次第では、そのお役目とやらを止めなければならない」


 天羽々斬の剣先を向けて警戒心を露にするシルベット。そんな彼女をおちょくるように女性は嗤う。


「フフフ、マニュアル通りの軍人さんね。討伐といっても、同じ亜人を殺すのは酷だものねぇ。話し合いで解決できるのならぁ、そっちを選ぶわ。でもねーお嬢ちゃんたち、この世界──いえ、世界線にある世界全てが話し合いで解決できないように出来ているのよ」


「まあ、確かに話し合いで解決が出来たのなら、こうは拗れなかっただろうし、人間界での友好関係は築けているだろうな……」


「でしょう? だから話し合いなんてむ────」


「──だが、しかし。話し合いは相手を知るには大事な手段である」


 女性の言葉をシルベットは遮る。


「戦争で相手を捩じ伏せてまで従わせるよりも安全な方法だ。それに、根気強く相手を解ろうとしてあげればいい話ではないか。相手を理解できなくっても、そういう性格なんだと割りきればいいだけのこと。だからといって、自分とは違うからと仲間外れにしては、何も変わらない。つまり相手を尊重しろということだ」


 続けざまに口にしたシルベット。彼女の言葉は、ブーメランのように自分たちに跳ね返ってきて、エクレールと蓮歌は思わず胸元に手を当てて、咳払いをしている。当の本人は自覚がないのか平気な顔をしているところを女性は様子を窺うと苦笑した。


「フフフ、見るかぎりではアナタ方の仲はよろしくないようね……。だとしたら、自分たちのことを棚に上げて言える権利はないわよ。ワタシたちをどうこう言う前にアナタたちの仲をどうにかしたら?」


「そのための親睦会を邪魔されたのだ。邪魔される権利は貴様にはないはずだが、そこはどうなんだ」


「アラ。生意気な口を叩くのね。気にくわないわ……」


 手に持っていた邪悪な光りを放つ漆黒の鍵を彼女は愛しい我が子のように撫で回しながら呟く。


「どうする? ──うんうん、そうね。生意気な口を叩いたのなら、お仕置きが必要よね?」


 彼女たちの誰かに、問うのではなく、手にしていた鍵に問いかけて、うんうん、と頷いている女性を彼女たちは怪訝な表情で見据えている。


 鍵は剣に近い形状をしている。先端は二メートル弱ある、刃のように輝いてそこからギザギザと歯(合い形)がついている。また持ち手となる頭部はブレードのように丸く平らになって装飾はシンプルだ。


 肩の端までに届くほど長い漆黒の手袋をはめている彼女は、その鍵状の剣を手離すと、それは重力を無視したかのように女性の横に浮かんだ。恐らく重力がかからないように何らかの術式を編み込まれているのだろう。ゆっくりとした動作で、細身ながらも出るところの出た艶やかな肢体を揺らしながら、垂れ下がる艶やかで美しい長髪を編むように束ねていく。


「交渉は決裂。自分たちの不仲さえも解決出来ない未熟者に従う必要はないわ」


 垂れ下がっていた膨大な量の髪を手慣れたように編んで纏めていった女性は、そう言った。


 話し合いでは、止められないことを悟ったシルベットたちは警戒を最大に上げて、武器を構える。


「交渉は決裂か……。何を考えて仕掛けてくるかは知らんが、〈錬成異空間〉を張らずに人間たちを巻き込む気はあることは間違いない」


「そうね。問題ばかり起こす人間なんて生きる価値はないでしょう」


 シルベットの言葉に女性は頷き答えて言うと、彼女たちは女性を倒すべき敵と判断した。




「まあ。〈錬成異空間〉を張らずに仕掛けてくる不逞な方ですからね。話し合いで解決できないことは予想の範疇でしたわ……」


「それでも話し合いを持ちかけて応じただけ、【創世敬団ジェネシス】ではマシな分類に入るだなんてぇ……」


『何を考えているかわからない上に得体の知れない感はどこよりもありますね……』


 エクレールと蓮歌の言葉に、敵と判断した女性から見えないように膜を張り、援護に回っていた如月朱嶺が〈念話〉で伝えてきた。


『アカネさん、ドレイクさんは援軍の手配は出来まして?』


『はい。炎龍帝ドレイク様には既に〈念話〉で伝えてあります。近辺にいた【部隊チーム】に援軍を求めたところ、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】人間世界方面日本支部派遣部隊第八百一部隊が向かうとのことです』


『こないだ、謀反を起こした輩がいましたところですわね……』


 第八百一部隊が援軍に向かっていることを〈念話〉で知って不安感を覚えるエクレール。第八百一部隊は、先日の戦にて、敵に唆されて謀反してしまったシー・アークが所属していた【部隊チーム】である。


 シー・アークは現在、共謀した別【部隊チーム】の東雲謙と同じく、軍規違反を犯したとして、シー・アークは上等兵、東雲謙は一等兵と降格され、二十四時間の謹慎処分が言い渡されていた。


 東雲謙の所属していた第六百四十三部隊もエクレールの【部隊チーム】の援軍にあたっていた【部隊チーム】の一つであることから、エクレールが二つの【部隊チーム】に置ける信頼度は低下している。


『シー・アークは玉藻前によって一命を取り止めたようですが重症を負っていることには代わりはありませんし、当分は復帰出来ないと見ていいでしょう。東雲謙は所属する第六百四十三部隊は全滅していまったと訊いています。必然的に、二人の身柄は一旦ハトラレ・アローラに還されていることは間違いないでしょうけど……』


『一度だけだとしても、敵組織に唆されただけで謀反を起こした隊員がいる【部隊チーム】が援軍として駆けつけることに不安を覚えてしまうんですね……』


 エクレールが感じていた不安を如月朱嶺は〈念話〉で伝えてきた。


『そうですわ。第八百一部隊の隊長であるスティーツ・トレスとは、わたくしが〈念話〉で援軍を求めた時に一度は会話し、戦の終了後には合流を果たしていますし、大体どういう人物なのかは知っていますが……。不安がないと口にすれば嘘になりますわ』


『その不安はごもっともですが……現在、援軍に来れそうな【部隊チーム】は第八百一部隊しかないんです。我慢してください』


『シー・アークが問題行動を起こしたのですから、所属していた第八百一部隊は連帯責任として一緒に強制送還ではないのですか』


 連帯責任ルールはどこにいった、と不満げなエクレールの〈念話〉に如月朱嶺は答える。


『代わりに配属される【部隊チーム】がまだ決まっていないので、撤退できないらしいです。これで、人間界の任務は最後になりそうなので、大目に見てください……』


 如月朱嶺が〈念話〉で伝えてきた、大目に見てください、という言葉にエクレールは不安感は拭えないどころか、人間界での任務が最後になるだからと無茶な戦い方はしないかどうかという心配が深まったことに大きくため息を吐いた。


『こちらの【部隊チーム】に迷惑をかける戦い方だけはやめてくださいまし、とあちらの隊長のスティーツ・トレスに伝えてくださいまし』


 エクレールは如月朱嶺に伝言を伝えると、援軍が到着して派手を起こす前に終わらせようと心に決めて、前の敵に注視する。


 女性は調度、シルベットに名を訊ねられていた。




「話し合いしても、無駄なようね」


「そうだな。貴様を敵と判断したわけだが──ところで、貴様の名前はなんだ?」


「ワタシの名は、リリスよ」


「……り、リリスですって…………」


 女性の名前を訊いて、血相を変えたのはエクレールと蓮歌だ。何も知らないシルベットだけが、二人の反応をぽかんと見ている。


「リンゴ酢か何だか知らないが有名なのか?」


「有名ってもんではないですよぉー!」


「最初と最後しか当たってませんわ。リリスですわよ。【創世敬団ジェネシス】の元帥の一人ですわよ」


「知らんな」


 シルベットが小首を傾げて答える。【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の入隊する際に受ける講習や筆記試験には必ずしも【創世敬団ジェネシス】の陣営についての項目に出題されている。さらに、問題児のレッテルを貼らされたシルベットとエクレールは人間界に訪れる前におさらいとして再度、講習を受けているため、知らないはずがない。


「【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の入隊する際の講習や入隊試験を受けていますわよね?」


「ああ。あの細々としたものか。受けているぞ」


「講習のことは忘れていなかったのなら話が早いですわ。そこで【創世敬団ジェネシス】の陣営についても教えられましたわよね?」


「ああ。あれか」


「その中で、七つの陣営の一つで、ルークリスリア陣営を率いるとされているのがそのリリスですわよ」


「ほう。つまりは、あれか。ルシアスの次に悪い奴か」


「…………まあ、そうですわね」


 シルベットに、ざっくりとまとめられて少しげんなりとするエクレール。そんな彼女たちのやり取りを見ていたリリスは頷いた。


「あなたが水無月さん家のシルベットちゃん? もしくは、シルウィーンのところのお転婆娘かしら」


「確かに、私の姓は水無月で、シルウィーンは私の母だが」


「お転婆は否定しないのね。でも、いいわ。あなたはあの二人に似ているし、何かと当たり前のことに対して説明を求めて脱線してしまうところが親子譲りだから」


 リリスは懐かしそうに、忌々しそうにシルベットを見ながら、手にしていた鍵状の剣を刺突の構えで彼女に狙いを定めた。


 その刹那。


 一瞬にしてリリスはシルベットに接近した。


 僅かの間に距離を縮められたシルベットだが、構えていた天羽々斬の刀身を盾にして、まるで闘牛士のようにリリスの刺突を身を翻って躱す。


 躯を回転させ、天羽々斬に魔力を注ぎ込む。リリスの背後についたと同時に、彼女の右側──首筋に狙いを定めて降り下ろす。


 しかし、シルベットの一撃はリリスには届かなかった。


 シルベットの回転をかけた斬撃は首筋に届く寸前で防がれた。リリスの膨大な髪によって。


「なっ!?」


 先ほど纏められていた膨大な量の髪は生きているかのように、もじゃもじゃと蠢めき、リリスの右側に防壁を作り、シルベットの斬撃を受け止めていた。


「ワタシの能力はねぇ。相手の能力を奪うことなのよ。これも奪ったもの。確か、ゴルゴンと呼ばれる三姉妹だったわ。三姉妹全員が頭に無数の生きた蛇と、目で見たものを石に変えてしまう邪視眼を持っていたわ。これはその能力の一つよ」


「ほう。相手から奪った能力をまるで自分が最初から得たかのように使っているわけだな」


「言い方は悪いけど、その通りね。でもね、どうやら細かい条件があるらしく、全ての能力を奪うことが出来ないみたいなのよ」


「どういう意味だ?」


「三姉妹から奪って、ワタシが行使が出来たのは、この蛇髪だけ。邪視眼は奪えなかったわ。恐らく変化の限界ね。赤龍族──バジリスクの目でも移植すれば扱えるようになると思うわ」


「そうなると、戦いづらくなるな。その前に、貴様を仕留める」


 それを合図に、金色の尖端が二手に分かれた鎗を構えたエクレールが女性に肉薄した。


「ふふふ」


 リリスは笑って、蛇髪を操って応戦する。


 シルベットは、柄を握る手に力を入れて蛇髪から引っこ抜くと、一旦後退して出方を窺う。


 リリスは、エクレールの巧みな三尖刀捌きを躱し、蛇髪で防いでいる。伸びたり縮めたりと蛇髪はあらゆる角度から攻撃を仕掛けているところを見て、蛇髪は長さを自在に変えられることから蛇髪の攻撃範囲は広い。死角である背後から仕掛けても。先ほどのように防がれてしまう恐れはある。


 膨大な蛇髪の攻撃にエクレールはたまらずに後退した。


「な、なん、なんですのあの髪は……?」


「ワタシのこの髪は、伸縮は自在でね。切り離したとしても、動くことが出来るのよ」


 リリスは、自分の蛇髪を鷲掴みにすると、鍵状の剣を使って切り離した。すると、一斉にシルベット、エクレール、蓮歌に無数の蛇髪が向かってくる。


「なんと厄介な……」


「ひっ! 気持ち悪い……」


「あんな沢山の蛇髪なんて捌き切れませんわよ!」


 エクレールは、ガンマンの早撃ちとも見える神速の動作で、槍を持っていない左手を前方に突き出す。


 しかし、左手に握られている物は、銃ではない。


 硬貨だ。金貨が一枚握られていた。十円玉である。最初に【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に支給され、エクレールが無駄遣して残った小銭、二十五円の内の十円玉だ。


 エクレールは、ピン、と親指で十円玉硬貨を真上へ弾き飛ばし、ヒュンヒュンと回転して、再び親指へ返ってくると同時に、それを前方──向かってくる蛇髪に向けて、弾く。


 すると、十円玉硬貨は音はなく、黄金色に近いオレンジ色に光る槍となって、恐ろしいまでの速度と正確な狙いをもって、目標である蛇髪へと飛んでいく。槍、というよりレーザー光線に近い。


 あっという間に蛇髪の大群を蹴散らして、リリスに向かっていく。僅かな驚きを持って、リリスは横に急いで逃れる。


 光線は逃れたリリスが先までいた場所を、虚空を突き抜けた。


 一瞬、遅れて雷のような轟音が鳴り響く。


 巻き起こる空気を破る衝撃波に周囲が吹き飛び、後方三十メートルに渡って一直線に破壊の道を残して、爆砕した。


 一直線に黄金の残光に、空に在るリリスも思わず、


「へぇ……なるほど……美しい技ね」


 現出した妙技に、嘆声を漏らした。


「電磁を司る金龍族にしか現出することが出来ない技ということね。エクレール・ブリアン・ルドオル……。あなたのその技、欲しいわ」


 目に鮮やかな欲深い輝きを讃えて、リリスはエクレールを見た。


 そんなリリスの言葉を、エクレールは鬱陶しげに見据える。


「残念ですわね。この技は、ツバサさんの本棚にありましたライトノベルから参考にした技ですのよ。欲しいのなら、そのライトノベルを読んでから取得したらよくって。これは電撃系のわたくしにしか使えませんから、奪っても扱えるようになるとは到底思えませんが」


 エクレールは、十円玉硬貨を構える。先ほど地弦から生活費を支給してもらったお陰で出し惜しむことなく、十円玉硬貨を使える。もし、地弦から生活費を工面してもらってなかったら、十円玉硬貨を弾丸にしょうだなんて考えなかったことだろう。


 だからといっても、エクレールの所持する硬貨は残り十円玉と五円玉である。無駄遣いは出来ない。


 エクレールはリリスに狙いを定める。照準の先で彼女は思いがけないものを見た。


 嗤ったのだ。リリスが瞳に宿る欲深い色は弱まるどころか強めて。


 そんなリリスを見て、エクレールの背筋にぞわわとした悪寒が騒いだ。


「そうね。アナタの言うとおり、電撃系の種族でなければ扱えないでしょうね。でもね、安心して頂戴。──アナタの司る力も奪ってあげるから」


 ニィと嗤うと、口の端が耳まで裂けていった。


「な、なにを、しょうとしてますの……」


「まさかだと思うが……あやつの奪う能力って────食べてではないだろうな」


 シルベットが不吉なことを口にした同時に、リリスは爆発的な勢いをもって、接近してきた。


「銀ピカが不吉なことを口にしたせいで、リリスが来ましたわよ!」


 エクレールは慌てて、リリスを狙って光線が発射する。


 リリスは、射線を読んで巧みに攻撃を回避。〈錬成異空間〉内の空を、まるで幽鬼のように妖しくも軽やかに舞う。


 エクレールは、舞いながら迫るリリスに向けて、光を射ち放つものの、リリスは先読みをして躱し、接近してくる。


「ふふふ、そんな真っすぐ来られても避けるのも造作もないわね。段々と狙いが限られはじめているわよ」


「うるさいですわよっ! だったらこの技はいらないんじゃなくって」


 茶化すようなリリスの言葉に苛立つエクレール。彼女がライトノベルを参考にした技は、自らの指先に電磁気を溜め込み、硬貨を放つと同時に解放することで超高速移動を可能としている技だ。


 敵を一気に蹴散らすには最適といえる技だが、それはあくまでも動態視力が人間並みで、瞬発力がない生物に限定される。電磁気により超高速移動する硬貨の弾道は直線的過ぎる線を描くのみで、照準である指先を注視してしまえば、ある程度の着弾が読めてしまう。


 予測するのが遅れたとしても、亜人の動態視力と瞬発力を持ってしまえば、寸前での回避も容易い。種族によって音速で飛行する者もいるため、硬貨を装填している最中に接近されてしまう恐れがある。リリスは音速を超えた飛行は出来ないようだが。


 動態視力や瞬発力があっても、有効なのは不意打ち──つまり最初の一弾目といえるだろう。せめて連射さえできれば形成が逆転したかもしれない。司る力によって運動能力を上げて高速移動しながら、硬貨をばらまき、不規則に狙いを変えて連射すれば、意表をつくことが出来ただろうが、持ち合わせの五円玉硬貨しか残っていない。


 エクレールは確実にリリスに命中させるため、動態視力や瞬発力をもってしても回避できない近距離から放とうと彼女を引き付ける。ふと、外せば喰われてしまう恐怖が沸き起こり、五円玉硬貨を持つ手が震えてしまうが、必死にこらえて、リリスに照準を合わせ続ける。


 射たなくなっていたエクレールを見てリリスは嘲笑う。


「ふふふ、どうやら玉切れが近いみたいね」


「く──」


「ワタシならアナタよりもその技を上手く使いこなせてみせるわ。だから素直に負けを認めて、ワタシに食べられなさい」


「厭ですわ! 断固として負けを認めませんわよ。大体、その自信は一体、どこから来てますのよ……」


「ワタシの豊満な躯からかしらね」


「…………あなたまでわたくしをおちょくるんですわね」


 自信ありげなリリスの挑発にエクレールの心中に殺意が沸いた。必ず仕留める、と怨みがましい目で照準を合わせる。


 およそ十メートルまで近づいてきたところで光線が発射。リリスは速度を緩めずに僅かに躯を横に流して躱されてしまう。


「さあ、アナタのその能力を寄越しなさい!」


 リリスの目が妖しく光ると、エクレールの躯は光線を射ち放った姿のまま、固まってしまった。


「──っ!?」


 急に躯が動かなくなり、エクレールは混乱する。


 ──どういうことですのっ?


 ──急に躯が動かなくなりましたわ……。


 ──ゴルゴンと呼ばれる三姉妹から奪った能力は蛇髪だけで、目で見たものを石に変えてしまう邪視眼は奪えなかったのではないの……。


 エクレールは動かない躯を見て、自分の躯は石にはされているわけではないことに気付いた。躯はただ金縛りのように膠着しているだけで、ある程度の動きが制限されているだけである。恐らくリリスが使ったのは、躯の動きを封じる種類のものなのだろうとわかったところで、


「エクちゃん!」


 蓮歌の悲鳴じみた呼び声が飛んで、目の前の事態に気付かされた。濃い紫に妖しく光るリリスがエクレールの躯に蛇髪を巻きつかせると、耳まで裂けた口を開けはじめていたのだ。


「らいほしわすのほ……」


 何をしますのよ、と叫ぼうとしたが口が固まって上手く声が出ないエクレール。そんな彼女の反応など、おかまいなしに口に運ぼうとする。


「させるかモジャモジャ口裂け女」


 不意に頭上からの声と共に、


「なっ!?」


 シルベットが飛来した。


「はぁああああああああぁぁぁぁああああっ!!」


 気合いの声と共に、空中で身体を縦に回転させて、エクレールとリリスの間に突撃。エクレールの躯に絡みつく蛇髪を切り離した。


 勢いをそのままに、刀身に魔力を注ぎ込みながら、大きく旋回させて上昇、下からリリスを肉薄する。


 天羽々斬をやや横一文字の振るう。シルベットの速度に追いつかないリリスは、蛇髪で応戦するが構わず振るわれた一閃は、蛇髪ごと背後──右脇下から左肩に斬撃を喰らわした。


 シルベットは止まらず、数学の記号である八の字の軌跡を描くように、上空を旋回させて急降下する。


 擦れ違い様に、再び斬撃を喰らわすと、リリスの右肩から左脇下にかけて一線を入った。リリスの躯から血飛沫が飛び、苦悶の表情を浮かべたが、シルベットはまだ止まらない。


 再び下降しながらも旋回させて急上昇。リリスは、鍵状の剣で蛇髪を鷲掴みにして次々と切り離して、何とかシルベットの攻撃を止めようとするが、彼女は一切止まらず、刺突の構えで蛇髪を吹き飛ばしていく。


 刺突の構えのまま、リリスに肉薄する。


 リリスは躱そうと左に躯を向けたところで、上空にいる人影に気づく。


 エクレールである。横には、蓮歌がいた。


「逃がしませんわ」


 彼女の手元には、六枚の硬貨が握られていた。




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