第二章 十四
「はい。これ、約束の生活費です」
そう言って、地弦は長方形の何かを包んである布を取り出した。
緋、紫、藍のグラデーションをした布に包まったそれは万札の束である。翼たちは生活費の補填だと渡されていたそれに度肝を抜く。明らかに、一般家庭の生活費を越える札束である。
札束を翼たちの眼前に広げる地弦は、それをシルベット、エクレール、蓮歌、朱嶺、翼の前に置いていく。
「人間界の日本で使える日本円に両替しておいてます。全額で、およそ五百万円ほどあります」
「……ご、ごひゃく、まん、えん……!?」
翼は額に開いた口が塞がらない。
「それを五等分に割らせて頂きます。少し納得はしていない捕らえ方でしたが、任務を完了したのは事実なのはかわりありませんので、約束通りに生活費を私の財布から補填をします。翼さんには、居候なのに遠慮せずに食べてしまう方がいるようですし、人間界に不馴れな彼女たちを世話してもらっている謝礼です」
「あ、いや……そんなにいらないから」
翼は思いっきり遠慮した。来月までの生活費にしては額が違い過ぎる。確かに大食漢のシルベットにより家計は圧迫しているが、この額はあまりにも多過ぎだ。翼は初めて直に見る札束の多さに慄き、受け取れないと伝えたら、地弦が口を開いた。
「遠慮なさらずに。翼さんは、普通であれば、今頃は私ども【謀反者討伐隊】と【創世敬団】の戦いなど知らずに、ごく普通に暮らしていた身なのです。私どもの世界線の戦いに巻き込まれたお詫びですよ。足りませんか?」
「いやいや、足りるというか……、そんな大金あれば、何年間遊んで暮らせるけど。いきなりそんな大金を中学生の俺に渡されても、どうしていいかわからないし困りますよ」
両親がしょっちゅう仕事で短期間で家を空ける清神家は、翼が妹の燕と家計をやり繰りしている身である。なるべく泊まり込みで一生懸命に仕事をする両親の邪魔をしないように、生活費の追加をしないように細々と暮らしている。
清神家において、地弦の持ってきた大金はシルベットたちによって危機と瀕している今の経済状況を脱出する以外に、生活を更なる豊かなものになるには間違いはない。
しかし、同時に贅沢を覚えてしまう麻薬のようなものだ。
人は、贅沢を覚えてしまうと二度と今のような暮らしには戻れなくなってしまう。
燕を面倒をみている身としても翼は、燕がどこかのお嬢様のように贅沢を覚え、わがままに育たないように一般庶民でもそれなりの生活をなるべくさせてやらなければ本人のためにはならない。
だからといって、負担してくれないと清神家が破産してしまう。
「一気に百万という大金をいりません。出来れば分割……──いえ、もしくは負担額だけを支払ってくれればいいですよ。あと、シルベットたちには、自分の給料があるなら、そこから捻出できるように、人間界の暮らす上での節約を教えてやってください。一応は、如月さんに教えてもらってますけど……」
「そうですか。では、分割で負担額を振り込みさせていただきますね」
地弦は、翼の分と前に置いた百万札の束から十五万だけを抜き、それを翼に渡した。
「というわけで、ここまでの負担額です。一人三万円という計算で計五人分です」
「五人分?」
「ドレイクさんの分ですよ。彼に基本的に寝泊まりはしていないようですが、朝食と夕食は召し上がっていると聞いていますので」
「ああ。なるほど、ドレイクさんですか……」
ドレイク、と訊いて翼は思い当たる。ドレイクは基本的に外の見張りの強化を勤めており、清神家に訪れるのは情報交換する早朝と夕方のみで、その際に生じる食費はその場で支払っており、彼の分はもう既に支払い済みである。
「──でも、ドレイクさんは自分の食費分は支払い済みですけど……」
「これからの前払いということで受け取ってください。彼にはそう話を付けるつもりですから。──では、シルベット、エクレール、蓮歌について人間界で暮らしていくに必要な節約術を教えて差し上げますが、今からでは少しだけしか教えられませんね。まずは一泊ほど宿泊させて、教えますので……はい。私のお泊まり賃三万円です」
そう言いながら、地弦は懐から蟇口財布を出して、折り畳まれた一万円札を出した。翼としては、生活費に響かないのなら大丈夫だが、両親がいない間に知らない人を泊めてしまうのは些か悪い気がしてならない。
シルベットたちには、今後ともこんなことにならないように翼の要望で【異種共存連合】と【謀反者討伐隊】から支給から負担させて、無駄遣いしないように節約術を教えることで地弦が話しが纏めた。
今後を考えれば、少ない給料で人間界で暮らしていく上で節約は大事だということを自覚しておきながら、彼女たち本人の意思を聞かず勝手に了承し話を纏めた二人に反対意見が飛ぶ。
「勝手に決めないでくださいまし! 生活費のやりくりはわたくしたちで何とかしますわよ」
「そうですよぉ。勝手に決めないでくださいっ」
エクレールと蓮歌が反対意見を述べる中、ただ一人のみが賛成をした。
「私は、別にいいぞ」
予想外にも賛成をしたのは、大喰らいで清神家の家計を窮地に立たせているシルベットだった。
「こっちは、お客ではなく居候となっている身だ。負担した分を払うのが妥当であろう。少ない給料で負担するには、なるべく給料を使わないようにしておかなければならない。その上で節約を無料で学べるのならよいと考えるぞ」
うんうん、とシルベットは彼女らしからぬ至極真っ当な言葉を自分で納得して頷く。
そんな自分は正論を言った感を出す彼女に、犬猿の仲であるエクレールは当然のように噛み付いた。
「あなたが一番の原因ですわよ! 遠慮無しの食いしん坊のおかげで、わたくしたちは巻き添えを喰らったのですわっ」
「そうですよー。シルちゃんがおかわりがなくなっても、食べたいってワガママ言うからぁ……」
蓮歌までも口を開く。出逢ってから一週間、シルベットとエクレールの小競り合いは何回も見たことがあった翼だが、まさかのおっとりとした蓮歌までも参加し始めたことに頭が痛くなった。
人間との友好関係を結ぶ組織である【異種共存連合】の一員として、【創世敬団】を討伐する【謀反者討伐隊】の戦士として相応しくない小競り合いを始めた三人に、翼の前にいた地弦も嘆息する。
ルシアスを一度は捕らえたが、今現在は地弦を抜けた聖獣たちで必死に捕らえようとしている最中だ。そのうちに【創世敬団】が動き出す恐れもある。キリアイやウロボロスたちは捕らえることに成功したが気を引き締めなければならない状況には変わらない。にも拘わらず、シルベットたちが諍いを起こしている。まだ油断は出来ない状況化で【部隊】で不仲は任務に支障を与えかねない。加えてお世話になっている清神家に迷惑をかけてしまいかねないと地弦は一言を注意しないわけにはいかないと口を開く。
「言い争いはやめなさい。見苦しいですよ。あなたたちは、人間界に何しに来たのですか?」
地弦は問いかけた。しかしシルベットたちは動じない。お互いに鋼鉄を穿つような目線を、相手に注ぐ。
獣が相手を威嚇する呻り声を発する代わりに、彼女たちは言語をぶつける。
「私だけのせいのような言い方をするな! 同じ居候である貴様らもいろいろとわがままに振る舞っておるではないか。私にだけに責任転嫁させるということはあまりにも都合がいい考え方だぞ。それでは、人間界ではやってはいけぬぞ。もう少し、この世界のことを勉強するのだ」
「銀ピカこそ、わたくしが悪いみたいな言い方をしないでくださいまし! 先ほどまで図々しくもアカネさんに金を払わせておいて、自分はタダ飯をたらふく食べていたあなたが一番の原因なんですわよ! そのことを自覚してから勉強した方がよろしいですわっ」
「同じくアカネに払わせておいてタダ飯を食べている貴様などに言われたくないっ」
シルベットに至極当たり前のことを言われ、エクレールの眉間に深い皺が生まれた。
金龍族の女王として誇りを持ち、他よりも自尊心が高いエクレールにとって、自分よりも劣っている又は下位に言われた行為は、それを傷つけられたのと同義である。
「わたくしたちは別に給与からの負担をしたくないわけではありませんのよ。ただ、自分の給与から出すためにわざわざ聖獣様に節約を学ぶのは如何というものですわっ」
「私とて、自分の給与から生活費をどうツバサに渡すかを考えておるぞ。そのためにも節約は学んでおいた方がいいと考えているのだっ」
シルベットとエクレールは自分の給与から負担する意思を示した。翼としてはありがたいことである。暴飲暴食娘の姿はどこへいったのやら、彼女らしくない真面目な発言に驚きを隠しきれなかったり、その発言により【部隊】分裂の危機に陥るのではないかという言い争いに不安を感じざるをえない。翼と地弦は安心していいのやら悩んでいると、一人だけが答えていないことに気づいた。
水波女蓮歌である。彼女は、ジトッとした視線で、自分の両側にいるにある同僚たちの諍いを黙って眺めている。
そんな彼女に、地弦は問いかけた。
「あなたはどうします水波女蓮歌さん?」
「…………はい。蓮歌が使った分を支払うのならぁ、まあーいいですよぉ。ただ、自分以外の分まで負担するのだけはイヤなだけですからぁ」
蓮歌は地弦に問いかけられて、拗ねるように口を尖んがらせて答えた。
「……そうですね。確かに自分以外の分まで支払うことに対して、抵抗があります。ですが、あなた方は【部隊】です。同じ【部隊】同士で、暫くは苦楽を共にしなければなりません。その際に、“自分だけ”ということが出来なくなったりと不測の事態にならないという保障はありませんから。そのためにも、同じ【部隊】の仲間として助け合えるようにしませんか?」
地弦は蓮歌を優しく諭すために目線を合わせる。
「水無月・シルベット、エクレール・ブリアン・ルドオルの両名は、あなたの【部隊員】です。決して他人なんかではありませんよ」
「そうですねぇ。二人は【部隊員】なのはわかりますよぉ。──でもぉ……、エクちゃんは幼なじみですし学舎が一緒だったので友人以上恋人未満マスコットですが……、シルちゃんに到っては、巣立ちの式典からの面識しかありませんよぉ。殆どが初対面ですから“他人”当然なんですよー」
マスコットって何ですのよ……、とマスコット扱いした蓮歌に不快感を露にしたエクレールの言葉は無視される。
「確かに、水無月シルベットに関しては、巣立ちの式典で屋敷からやっと屋敷からの外出した身ですからね。彼女のことを知らないのは当然でしょう。ですが、知らなければ、これから少しずつ知っていけばいいのです。エクレールも最初に出会った頃は何も知らなかったでしょう? せっかく同じ【部隊】の仲間になったのですから、仲良くして交流を深めましょう。これから【部隊】として、一緒に戦う仲間であり、家族なんですからね」
地弦は、同じ【部隊員】になったのだから、面識もないシルベットを仲間外れにしないようにと蓮歌に教えるが、彼女は少し納得がいかない様子だったが、ゆっくりと頷いた。そんな彼女たちのやりとりを、翼は見護っていた。
どうやら蓮歌は、面識がない者に対して心を開くには時間がかかる人見知りタイプであった。異世界ハトラレ・アローラでは舞姫という人間界でいうところのアイドル的存在とあって外面はよく、誰とでも話しかけられたら話すし、自分から話す場合もあってわかりづらいが、これまでは清神翼とは護衛・保護対象者だから、ドレイクは上官として、如月朱嶺は人間界にいるハトラレ・アローラ関係者として、天宮空と鷹羽亮太郎とは護らなければならない者として、接することは可能だったが、生活が困窮してきてその余裕が無くなってきたのだろう。
蓮歌が唯一、心を開ける存在は、幼馴染みであり、学舎での付き合いが豊富のエクレールである。彼女とはいくら突き放そうとしても、懲りずに懐いているのは、友人以上のものを感じているようだが……。
その好意を寄せるエクレールが嫌っているというのもひとつの要因でもあるが、幼馴染みでもなく学舎にも通っておらず、巣立ちの式典からの面識しかないシルベットに対して、生活困窮の原因と相まって、強烈な人見知りと嫌悪感を抱いていることは不平不満が溜まったかのような蓮歌の顔を見れば一目瞭然といえる。
シルベットに対しては厳しい目を向け、同じ【部隊】の仲間として認められないようだ。
「エクちゃんは幼い頃からの彼女を知っていますからぁいいですよぉ……。でもぉ、シルちゃんは日も浅いしぃ、半龍半人の混血な上に禁忌など使えるというじゃないですかぁ。いつ暴走するかわからない状況で、平気で開放しちゃうシルちゃんを見て、心配は尽きませんよぉ」
「水波女蓮歌さん。確かにあなたの言うとおりに、心配になるのもわかりますよ。それを補うのも【部隊員】ですし、【部隊】は連帯責任ですから、彼女の禁忌が暴走して、自分も責任を負わされてしまうか、わかりませんからね。そうならないようにシルベットは自分の力量を見極めて、暴走しない程度に開放していく必要がありますし、エクレールと蓮歌には、彼女が暴走するような力を開放する事態にならないように助け合わなければなりません。一度、【部隊】を組まされたのですから、上から異動届け、もしくは【部隊】の解散が通達されるまでは、あなたたちは【部隊】なのですから。──それに、あなたはこの【部隊】は辞めたくないのでしょう? 加えて、シルベットをこの【部隊】から追い出そうとも考えてもいない。違いますか?」
地弦は蓮歌に問う。蓮歌の澄みきった目に映る心意を地弦の眼力は、既に見抜いていた。蓮歌は【部隊】をやめたいとは言っていない。シルベットに対しての不平不満は含んでいるが、彼女の扱いに困っているといった種の言葉が目立つだけで、【部隊】から追い出そうとは考えてもいないことを。
蓮歌の父である蒼天とは地弦は戦友の付き合いだ。だから蓮歌のことはよく知っていた。少しは彼女の性格に熟知しているつもりだ。蓮歌とシルベットには殆どが面識がなく、接点もない。噂で禁忌について訊いているために、どう接したらいいのかわからない。加えて、心を開いているエクレールが嫌っているから、腫れ物を見るかのようになってしまっているだけで、本気でシルベットを【部隊】から追い出そうという気はないことは地弦にはわかっていた。SNSだったら、炎上される内容のことを口していたのは容易に想像できるが。
蓮歌は頷く。
「そうですねぇ。この【部隊】を辞めたいとも、シルちゃんをこの【部隊】を辞めさせたいとも考えていませんよぉ。そんな何も知らないだけで追い出すことはしませんよぉ、当たり前じゃないですかぁ。そんなことをしたら、蓮歌が自己チューな人間たちと同罪になっちゃいますよぉ」
「何気なく、人間が批難されたんだが……最近の人間たちのトラブルは確か、こみゅにけーしょんとやらの意思、感情、思考、情報といった伝達、交換が不足していることだから、何とも言えないな……」
蓮歌の言葉にシルベットが呟いた。その呟いた言葉に人間代表である翼と朱嶺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
最近の人間界は、コミュニケーション不足が否めない。SNSが発展して文字だけで自分の意思、感情、思考、情報を得るには、かなりの国語能力が必要となってきている。しかし、近年では、人間の若年層の国語能力、熟年層の認知能力が落ちていっているようで、コミュニケーション不足でのトラブル、事件、事故が絶えない。
ネットで検索すれば、すぐにわかってしまうご時世のために、自らが考えて脳を働かせるといったことをあまりなくなってしまった。それにより、文字だけで相手の意思、感情、思考、情報を推し測ることが出来なくなったところか、相手への尊重も出来なくなってしまい、若年層の国語能力や熟年層の認知能力の低下と至ってしまったのだろう。
段々と、勘違いや思い違いなどといったことに発展し、相手を軽んじたことにより心傷を与えてしまったといえる。そういったトラブルを防ぐには、軽はずみに勘違いや思い違いをする言葉を使わないことによるが、相手を尊重する心遣いも必要といえる。
仕舞いには、相手に対しての興味が薄れていき、考えることや大切な思い出や人、自分も忘れていってしまう。そうならないようにするには、なるべくネットで検索して調べせずに、適度に脳に刺激を与えることが重要といえるだろう。
週に三日、翼は定期的に脳に刺激を与えるために小説や専門書を読みあさって国語能力と認知能力の低下を防ごうとしているが、たまに忘れ物をしたりする。まだまだ足りないのだろう。人間たち全てが個人を尊重し、相手を傷つけなくなるようになるまでは、しばらく時間はかかりそうだが。翼と朱嶺は、こういった異世界から来た住人に言い返せる世の中にしたいと切に思ったのだった。
「この【部隊】は元々、水無月・シルベットとエクレール・ブリアン・ルドオルの二人編成で新しく作られた【部隊】です。そこにあなたが加わりました。それからハトラレ・アローラからドレイクが、人間界側から如月朱嶺が加わって、現在の編制となりました。まだ、この【部隊】には歴史も経歴もありません。作っていくのはあなた方です。いずれ、【部隊員】は増えていきます。最初に、あなた方が自分たちを認めなければ、後に続きませんよ。この【部隊】はあなたたちで作って行かなければならないんですからね」
大事にならないように、これから【部隊】を作っていく彼女たちに向けて、諭さなければならないと地弦は言った。
「はい。わかってますよぉ。蓮歌は、新しく作られた【部隊】をこのメンバーで作っていく気はありますよぉ。エクちゃんはこれまで通りに、シルちゃんはこれから知っていきますから」
「それはよかったです。そのためにも、交流を深めてもらいたいですね」
あなた方も何かいうことはありませんか、といった種の問いを含んだ目を地弦はシルベットとエクレールに向けた。
嫌々と、渋々と、地弦のその視線に二人は応じる。
「……水臭いのがいうのなら、私のことを教えてやろう」
「これまで通りについては、考えさせていただきたいですわね……」
そう言って、何とか【部隊】に生じた不協和音が悪化しないように食い止めたわけだが、まだ足りない。
ここからは彼女たちが自分の力で乗り越えてもらえなければならないだろう。何か【部隊】でなければ成功しない任務を彼女たちに与えて、お互いのことをわかりあえて友情が芽生える出来事が必要である。
──さぁて、どうしましょうか?
あれこれと考えていると、翼が声をかけてきた。
「あの……」
「何ですか?」
「地弦さん、助かりました。これから夕食を作るので宜しかったら……」
「よろしんで、ですか?」
「はい」
「では……ん?」
地弦は手に持っているものに目を止める。
翼が持っているものは、ボールペンと紙が握られている。メモとペンを取り出して、そこに書き留めていたことに地弦はある秘策を思いつく。
「これですね」
「え……?」
翼はシルベットたちの揉め事が少し落ちついたところを見計らって、夕食の買い出しに行こうと、買っていくものを書き留めていた。
それに見た地弦は何かを考えて思いつき、翼に言う。
「翼さん。出来れば、こちらからお礼させていただきませんか?」
「え……」
地弦の急な申し入れに翼は驚いていると、彼女はシルベットたちの方を向いた。
「【謀反者討伐隊】では新兵が入った場合は先輩が歓迎会のようなものを行ったり、戦勝を祝って野外パーティーという名のバカ騒ぎに興じていたりします。パーティーするための口実として戦っているのではなかろうか。そんな疑念が湧いてくるほどの【部隊】があるくらい。大体、その【部隊】の結束を固く、敗けたことはありません。この【部隊】は新しく作られたばかりですので、そういうのがありませんでしたね。戦いばかりでは、心が荒んでしまいますし、楽しくありません。任務に支障が出ないくらいのイベントは赦されてます。心身的にゆとりを持たせる意味でも、そういったイベントをやるべきなのです。なので────」
地弦は、ニッコリと微笑んで翼の方を振り向いた。
「生活を困窮されたお詫びとして、彼女たちが今晩の食事を振る舞わせてください」
「えっ?」
「ぬっ?」
「はあ?」
「え……?」
「なっ?」
その瞬間、翼以外の全員が驚き、疑問の声を出した。疑問の声の五連鎖に地弦は動じることなく、圧がある微笑みを讃えながら言葉を続ける。
「あなた方は翼さんを【創世敬団】から護っている身ですが同時に、人間界での暮らしをサポートしている身なのです。今あなた方が路頭に迷わずに屋根下で生活出来ていることは誰のおかげでしょうか?」
地弦の問いにシルベットが答える。
「ツバサのおかげだな」
「正確には、清神家の皆さんです。清神家が部屋を貸してこの家に居候できていることを清神家の皆さんに感謝し、今晩は翼さんに楽をさせてはいかがでしょうか?」
「……そうですわね。百歩譲って、セイシン家の皆様方に感謝を伝えることに異論はないですわ。しかし、何でわたくしたちが料理を振る舞わなくてはいけませんのよ」
何も食事でなくとも……、とエクレールは渋い顔をする。
「何か問題でもありますか? 本当に申し訳がないと言うなら出来るはずですよ。学舎では、料理についてもひと通りは出来るように学んでいるはずですよね?」
「ええ。習っていますし、作れないわけではないと思いますが……何故、【部隊】の結束を固めるためとセイシン家のお礼に料理などと────」
「何不自由なく、過ごさせてもらっている分を感謝でも返そうという誠意を見せることも必要なのですよ。【部隊】の団結力は、共通の目的をもって養われるのです。戦闘訓練では養いきれなかった団結力を持つには、やはり宴といったものですね。協調性を養うにも何かを協力して作るのがいいのです」
「だから料理なんですかぁ……?」
蓮歌の問いに地弦は頷きながら答える。
「ええ。料理ならば、清神家にお世話になっているお礼として振る舞われますからね。【部隊】の結束も固められて、一石二鳥なのです」
こうして、翼とシルベットたちから渋々とながらも同意を得られて急遽、【部隊】の結束を兼ねた感謝会が始まることなった。




