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第二章 十三




 電撃を浴び気絶し、墜落するキララを地上から百メートルほどのところでエクレールが受け止めて、無事に確保したところを横目で確認したシルベットは、未だに立ち向かって来るキルルに刃を向ける。


 斬られた傷は治っているものの、見た目が拘束衣に似ている魔装はボロボロだ。特に先ほどシルベットが左脇腹から右胸にかけて与えた斬撃は、魔装にかなり大打撃を与えている。身体の各所をベルトのようなもので締め付けられ、あらゆる箇所が既に露出していた被虐快楽者的魔装が、胸部と陰部が今にもはだけそうで頼りない。


 激しい動きをしたらぷっつんと切れて今にも落ちてしまいそうな酷い有り様の彼女は肩で息をしている。限界が近づいているように見えているが、そう受け取ってよいのか、判断に困る。彼女は仮にも【創世敬団ジェネシス】のグラ陣営で上位にあたると情報を得ている。


 しかし──


 不死身と豪語した割りには、同じ不死である朱雀とこれまで戦った【創世敬団ジェネシス】の幹部と比較すれば、攻撃力は低い。低すぎるといってもいい。ハルバートを持つ太刀筋はぞんざいで荒削り、素人に近く動きは雑だ。シルベットの斬撃が当たった確率は約九十パーセント以上だ。つまり殆どが直撃していることを意味している。彼女の攻撃は、大降りでぞんざいに振るうだけで単調だ。だからこそ、攻撃を読めてしまう。


 魔術を要した攻撃もない。魔力を魔装の修復をする術を知らないのか、使う余力がないのか、ボロボロの魔装ま自分の魔力で修復することさえしない。または、その素振りを全く見せない。魔装を身に纏っているのだから、魔力は扱えるはずなのだが……。


 攻撃力もさることながら、防御力もない。キルルからの攻撃は八十パーセントは防げている。残りの十から二十パーセントの確率で、迫り合いに持ち込んだりするが、最初は出方がわからず苦戦はしたものの、難なく振り切れてしまう。今となっては、呆気ないほどに振り切れてしまう。片手で。


 キルルは、防御を殆ど棄てて、斬りかかってくる。自分の躯が壊れてもお構い無しといった風情だ。その割りには攻撃力がない。何度斬られてもすぐに治る、殺されてもいくらでも蘇るといったウロボロスの特性上、傷つくことを厭わないのか。もしくは、自分がどんなに傷ついても大丈夫だと思い込ませられているのだろうか。傷口の治癒と蘇りが無尽蔵ではない可能性は肩で息をしている彼女を見れば一目瞭然といえる。


 恐らくウロボロスたちは体力と持久力はかなり低い。亜人の傷の治癒には体力、魔力、司る力、そして生物が生きる上で重要な生命力を消費して免疫力を働かせている。あらゆる力は無尽蔵ではない。必ずしも底というものがある。特にウロボロスは子龍のように小さく、明らかに巣立ちした成龍ではない。いくら不死身だとしても、力の量力は限られていると見ていいだろう。普通であれば、力を使いきらないように温存しながら戦わなければならないわけだが、それがウロボロスは出来ていない。


 お構い無しに酷使した結果、キルルの顔に疲労の色が濃く出たといえる。このままでは、先日のエクレールのように殆どの力を消費してしまえば、手足も動かせることは困難となり、戦闘不能に陥ってしまうことは目に見えている。


 だからといって、知恵を絞ってくるのかと思えばそれも無い。シルベット以上に無鉄砲に肉薄してくるだけで、攻撃を不死身だからと高を括って避けようともしない。死を恐れていないにも拘わらず、脅威と感じるほどの戦闘能力もない。持久戦に持ち込めれば、少しは面白くなってくるのだろうが……そこまで戦えるほどの暇などシルベットには持ち合わせていない。早くウロボロスたちを捕まえて夕食を食べたいシルベットは戦っても何の手応えも感じないキルルに向かって言う。


「いい加減に捕まるか、倒れるかどちらかしたらどうだ?」


「先に言ったでしょう。私らは、不死身とされる種族を掛け合わされた新しい種の生物なの……。あなたみたいなのと、躯の造りは違うのよっ!」


「確かに治癒力はずば抜けているが、言うほど強くないだろう貴様らは」


「なっ!」


「隙だらけで、肉薄すると十回に九回は攻撃を喰らうし。見たまま素人で動きは雑。攻撃力も防御力も並み以下、鍔迫り合いに持ち込んでも、案外簡単に振り切れてしまう。魔術力もなければ技術もない。せめて知恵が絞って騙し討ちをしてくるのかと思えばそれもなし。戦っても実に面白くない。駆け引き無しの真正直な戦い方には賞賛したいが、考えていることが子供のちゃんばらのようで戦いとは言えないな。まあ、それもよいが……戦いがワンパターン過ぎて飽きてくる。恐らく何度も生き返って敵を疲れさせたいだけだが……私はあんまり疲れないタイプだから、かなりの戦闘能力をもって挑まないと私を疲れさせるには出来ない。もっと戦闘能力を磨いて出直してくるか、お縄につけ」


「くっ……うっさいな! 私は不死身なんだから、あなたを一生つけ狙って疲れさせることができるんだから」


 シルベットの手厳しい評価にキルルは悔しそうに歯噛みをして言った。そんな彼女に大きく息を吐く。


「……まだ不死身か。口を開けば、不死身、不死身とやかましい。何度も戦っている暇などないし、貴様と戦っていても面白くない。そんな長時間戦っても、何度も殺されては生き返ったことにより生命力と司る力が消費して疲れて倒れるのは貴様ではないのか」


「残念でしたぁ! 私の治癒力は底を尽きませんから、べぇーだ」


 キルルは舌を出してあっかんべーをする。ここぞとばかり胸を張ったその格好は言い負かされそうになった子供が、逆ギレしているかのようで滑稽である。


「魔装の修復もしとおらんし、肩で息をしているのだが……」


「肩で息なんかしてないし!」


「どうやら貴様は自覚がないらしいな……」


「どういうことよ?」


 シルベットの言葉にわからないといった声で問いかける。問われたシルベットは自分が置かれている状況が理解していない滑稽な仔龍に問われて、どう答えるか、少し考えていると──


 不意に頭の中で声が響いた。


 それは〈念話〉である。それは聞き覚えがあり、彼女にとって耳障りな高い声だ。加えて、音量が無駄に高い。


『銀ピカ、聴こえまして?』


『……何だ金ピカ。〈念話〉の音量を下げろ。充分に聴こえているから音量を低くしろ……。貴様のキンキラな声が頭に響いてうるさくってたまらないんだが……』


 無駄に音量を高く、頭が割れそうで顔を顰める。ただでさえ(シルベットにとって)耳障りな声に拍車をかけている。


 〈念話〉は頭の中に直接伝えている。そのために、聞かないようには出来ない。耳を塞いだりしても無駄である。音量が高かった場合は相手に頼んで下げてもらう必要があるのだが……。


 シルベットの音量を下げろという言葉に、『あらそうですの』と、惚けた声を出して、取り合わない。わざとなのか、慌てて音量の設定を誤ったのか、シルベットはエクレールの態度から察して、何となく前者だろうと感じた。


『別によろしいじゃないのですの。それよりもウロボロス──キルルの気を逸らすように何とかしてくださいまし!』


『……貴様、わざと音量を高くしているだろう。逆に聴き取りづらいから下げろ……』


 シルベットは簡単に済ませて本題に入ろうとするエクレールに不満げに〈念話〉で伝えたが、『わたくしの声を“多少”大きくしただけで文句は言わないでくださいまし』と全く下げないどころか上げてくる彼女にシルベットは不快感と不満を顔に張りつかせる。


 〈念話〉のやり取りなど知らないキルルは、シルベットの不満げな表情を見て言った。


「何その厭そうな顔は……」


『今一番大事なのはそこじゃありませんわよ……』


 キルルの声と同時に、〈念話〉でエクレールの声がした。キルルと話しながら、エクレールとも〈念話〉を会話しなければならないことに非常にめんどくささを感じながらも、シルベットは対応する。


「気にするな。子龍である貴様の頭でもわかりやすいようにどう伝えればいいか、考えていたら頭が痛くなっただけだ」


『そうだな……。だが、〈念話〉で伝えやすく音量を調整するのも大事じゃないということなのか』


「なっ!」


『な、何ですかその態度は? 少しでも低くしますと、あなたは聞き取れないと無視したりしますでしょうが……』


 エクレールの〈念話〉を嫌々と訊きながらぞんざいに言ったシルベットの言葉はキルルの自尊心を激しく傷つけた。


『そんなの貴様の声が耳障りだからに決まっているだろうが……』


『どう足掻いても、わたくしの声が気に食わないだけですわね……』


「もう一度、言おう。自分の置かれている状況を理解していない貴様にわかりやすく話そうとしたら、頭が痛くなった。それだけだ。私は父と違って教えるには不向きな性分だからな」


 眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をして不満をあらげにするシルベット。そんな彼女と対面しているキルルは不満げに見据える彼女に少しだけ動揺する。


「な、何よ……、そ……、それじゃ私らが頭が悪くって説明してもわからないみたいじゃないの! 言っておくけど、私らはね────」


「また不死身か……。これで二度目だが、さっきから口を開けば不死身、不死身とうるさいほど誇らしげに言っているが、それしかないではないか。魔装を自らの魔力で修復が出来ない、何度も斬りかかろうとしているが一切避けることなく、蘇っては肩で息をしているくらい疲労困憊ではないか。そんな不死身だけを頼りで向かって勝てる相手だと思われていることに非常に腹立たしい。何の作戦もない、考え無しに突撃してくる、何度も懲りずに同じことを繰り返す貴様を莫迦の一つの覚えというのだ。つまり貴様は莫迦ということだ。それに口を開けば、不死身、不死身とやかましい。黙れ、それだけで豪語するな。弱いのを弱いといって何が悪いんだ」


 キルルの声を遮ってシルベットは苛立ち混じりに捲し立てた。一息で言い切ると、その様子をどこかで見ていたエクレールは〈念話〉で呆れ声で伝えてくる。


『銀ピカ──あなた……何気なくものすごく酷いことをウロボロスの仔龍にしてますわよ』


『何が酷いんだ……。貴様の方がよっぽど酷いぞ。いい加減に音量を低くしたらどうだ? これには来月までの生活費がかかっておるのだぞ。私たちの任務成功条件はウロボロスの二人を捕らえることだ。どちらも欠けても支給される確率は低くなるじゃないのか』


『わかりました。そこまで高くしていませんが……しょうがありません』


 渋々と、仕方なくといった声音でエクレールは音量を低くした。


『これでいいですわね……』


『ああ。貴様の声は耳障りには変わらないが、音量はちょうどいい。で、何だ金ピカ?』


 やっと音量が聴きやすい高さになったシルベットは、少しだけ喉に引っ掛かった骨が取れたかのように晴れ晴れとした顔を浮かべる。わかりやすい態度をするシルベットに、エクレールは盛大なため息を吐いてから、後を続ける。


『わかりやすいですし、一言、二言と言葉が余計ですわよ。──それよりも忘れてはいけませんわ。彼女たちは不死身というだけで脅威的な能力も持ち合わせておりませんが、れっきとした【創世敬団ジェネシス】ですのよ。いくら知能も戦闘能力も魔力もなくとはいえ、彼女はウロボロス。朱雀と同じく不死者であり、あらゆる始まりと終わりの力を持つとする亜種ですわ。一人残されて信じられない力を出す恐れがありますわよ。十分に気を付けてくださいまし』


『わかっておるぞ。ああ見えて【創世敬団ジェネシス】だ。どうして、ウロボロスの称号を得たのかはわからんが、見極めて捕獲しなければならん。生活費のために』


『ええ。わたくしたちは玄武からの仕事をやり遂げて生活費の補填を得る意味でも彼女を捕らえなければなりませんわ』


『ああ。──で、キルルの気を逸らすようにと言っていたが何をすればいい』


『それはですわね……────』


 エクレールが作戦内容を伝えた。訊き終えたシルベットは、心底やる気がなさそうな顔を浮かべて、大きく息を吐く。


「はあ……」


 何で私が……、といったシルベットの心中がわかるような顔を浮かべていると、悔しさと怒りを混ぜたキルルの声がした。


「そんなことを言うなら、私に勝ってからにしてよ!」


 シルベットの何気ない言葉に自尊心を傷つけられたキルルは、若干の涙目になりながら言った。シルベットはエクレールと〈念話〉をしている内に、少ししおらしくなったキルルに素で驚く。


「ん? 何を泣いているのだ……」


「わからないのかよっ!」


 空中で足を地を何回も踏みつけるかのようにバタバタさせるキルル。何にそんなに悔しがって空中で地団駄を踏んでいるのか、一体何が起こったというのか、シルベットは首を傾げる。


 彼女としては、ただ単にキルルを不死身だけで何の特性もなく突っ込んでくる無駄に死にたがるつまらない相手だと思っていたことの一部分を、少しだけ口にしただけの程度で、傷つけた感覚はない。勿論、悪気もない。悪気がないために謝る気もない。


 そのため、シルベットはまず気になったキルルが口にした“勝ってからにしてよ”という言葉について訊く。


「何を泣いているかは知らないが…………勝てばいいのか?」


「泣いてないし! 何であなたなんかに叩かれなければならないのよ。勝ってから、ボロクソに言ってよ……」


 キルルは腕で目元を拭い、精一杯のやせ我慢をした。目を赤く腫らして滲み出る悔しさをあらわにするキルルに、シルベットは何を泣いて悔しげなのだろうかと眉を潜めながら、キルルの言葉をあさってに返す。


「斬ってはいるが、叩いておらんぞ……」


「ものの喩えよっ! 叩くように私をボロクソに言ってたじゃないの……」


「ああ。なるほど。──だが、事実を言ったまでだ。悪気はない」


 手でぽんと打って頷くシルベットは、すぐさまとキルルに言った。それが返って、キルルの悔しさと怒りを増幅させる。


「ムカつく……! そういうことを全部ひっくるめて、私のことを斬って勝ってからにしてよ……」


『あなたって、他人を苛つかせるには天成の持ち主ね……』


 〈念話〉でのエクレールの言葉は無視される。


「ああ。じゃあ、遠慮なく斬らせてもらおうか」


 キルルの言葉に頷き、天羽々斬を構えるシルベット。にやりと微笑みをキルルに向けて、空中で足と背中にある双翼に意識を集中させる。力と意識の全てを剣ではなく、背の双翼と足へ向ける見たこともない構えを行うシルベットに、キルルは警戒する。


「もうそろそろ終わらせぬと間に合わないからな。言われた通りにさっさと決着を付けて、また言わせてもらうぞ」


「やりたいならやってみろ!」


「わかった。貴様がいくら斬って殺しても治癒されて生き返るというのなら、ここは今まで鍛練では相手を殺してしまいかねない業の実験体には、おつらい向きだ」


 悪戯を思いついた子供のような顔でシルベットは続ける。


「そうだな。相手がケガするから止めておきなさい、と母に言われておった業を出す好機だな。先日はチャンスだというのに出来なかったからな。今は上手く出来るか貴様で何度も試し斬りができる。それに、貴様の生命力が限界を越えないことを切に願おう」


「……そ、そんな業……、いくら使っても私らの不死身の遺伝子で────」


「ちなみに、まずは逃げられないように四肢を切り離して動けなくしょう。これで逃げられず、狙いやすくなる。何度も生き返るのならば、四肢を切り離しても大丈夫だろう」


 キルルの言葉をシルベットは遮った。シルベットの言葉に確かな動揺が浮かんでいたが、明らかにキルルは引き攣った顔を浮かべる。


「いっ!」


 自分の言葉を遮られたことに対しての悔しさや怒りではない感情が混ざりはじめる。それは恐れだ。不死身である彼女は死滅することはない。にも拘わらず、シルベットの言葉に激しく動揺を抱いている。不死身といっても、四肢は切り離しても戻らないということなのか。だとしても、キルルの気をこちらに向くには絶好の機会といえる。


 シルベットは、その好機を逃すまいと、構いなしに続けた。


「まずは、ひと太刀といこう。そのまま、治癒が始まる前に一秒間に万の連撃をして何度も練習をしていくのも一興だろうな」


 試し切りの内容を嬉々として残酷なことを口にすると、大いに動揺するキルル。実に楽しそうに語るシルベットにかなりの恐れを抱いたのだろう。これで目を離すことは出来なくなった。


 別にシルベットは、四肢を切り離してまで逃げられないようにしてまで、業の的にしたいわけではない。そこまで非情ではない。地弦からは捕らえることを頼まれている。生きた上での捕縛である。いくら不死身だからといって、四肢を切り離して確保しても彼女は任務成功としないだろう。恐らく彼女たちは何らかの事情を知っており、それを訊き出すために生きて捕らえなければならない。それをシルベットは理解していないわけではない。地弦がウロボロスを捕らえたい理由を訊いた限り、なるべく無傷に捕らえた方がいいことは彼女とてわかっている。


 ただ、シルベットが見るかぎりウロボロス──キルルとキララは弱い。最初はグラ陣営の幹部にあたるといって、即行で戦いを始めたが、作戦を変えざるを得ないだろう。無傷で捕らえることは難しいから交渉して自らから投降をしてもらいたいが、戦いが始まった以上は話し合いでの決着は難しい。不死身だから傷口はすぐに完治するからといっても、地弦が見護る中では出来ないし、そこまで外道な戦いは好きではない。


 ──では、何故そんなことを言ったのか?──


 理由は単純である。〈念話〉によって、気をシルベットに向けさせるようにとエクレールから指示があったからだ。


 ウマが全く合わないエクレールに指示されたことに対して、癪に触らなかったわけではない。厭だった。不快感を抱かないわけではない。今回は、わざと無視できないように〈念話〉の音量を高くしてきて、余計に腹立たしかったが、早く終わらせるには、電撃で感電させて眠らせた方が捕らえるために納得しただけに過ぎない。


「い、いや……ちょ、ちょっと待て、いくら治癒力があっても、何度も生き返るからといっても斬られたら痛いんだよ……」


「当たり前のことを言うな。誰しも痛覚はあるのだ。それを承知して貴様は戦場に来ておるのだろう。遊び半分で【創世敬団ジェネシス】に入ってしまったことを後悔しろ。そして、諦めて私の未完成の業でも眺めて、寝てればいい。貴様とは今しがただが、剣を混じりあった仲である。といっても貴様は重い鉄斧だがな。初めてやる業だからどうなるか知らないが、少しでも苦痛を与えぬように斬ってやるぞハハハ」


「遠慮するよぉ……。あなた──それでも血の通った亜人なの?」


 〈念話〉でもエクレールからキルルと同じ内容の言葉を返される。


『銀ピカ──それでも血の通った龍人ですの?」


「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


『……金ピカ──貴様が、少しでも私の方に気を逸らすようにしろといったのではないか』


 シルベットはキルルと〈念話〉でエクレールに言った。其々に、どの口が叩いていると言わんばかりに。


 エクレールは、接近していることを悟られないように〈無音〉で体と所持品が微かな物音をさせないようにし、〈景色同化〉で躯を空と同じ色で染めて視認できないようにして近づいている。


 司る力である電撃を片手──右手に溜め込む。例え目が覚めても、すぐに起き上がれないように麻痺が残る電撃を蓄積させて、キルルの背後につく。


『準備万端ですわ。いつでも行けますわよ』


『なら、さっさとやれ!』


「行くぞ!」


 シルベットは背中の翼を大きく羽ばたかせてから、燕のように風の抵抗を極限までなくすために縮込ませて、〈結界〉の術式で足場を作り、力と意識の全てを足へ向けさせた瞬間──


 ビリビリとした音と共にキルルの背後に激痛は走った。


「うっ!」


 完全にキルルがシルベットに注視したところで、エクレールが彼女の背中に気絶する程度の電撃を送り込んだ。


 背後からいきなり電撃を喰らわれたキルルは、苦悶の表情を浮かべたまま気絶し、墜落していく。


 シルベットは先ほどの構えのまま、堕ちていくキルルに狙いを定める。


 強風が渦巻く中で、キララがどう堕ちていくのかを大体の予測して、受け止めやすいように堕ちる延長線上──約一メートル先に狙いをつける。そのために、足場である〈結界〉を瞬時に斜めに配置をした。


 スターティングにつくマラソン選手のように空中で前屈みになった姿勢となったシルベット。


 最も足に意識と力集中した瞬間──


 背中の翼が白銀に輝き、一気に足場を踏み切った。


 その時、シルベットは白銀の残光と残像だけ残して、驚きべき爆発的な瞬発力により発揮する。


 およそ十二、三メートル離れていたキルルとの距離を恐ろしいまでの速度をもって、一気に移動。強風が渦巻く中をものともせず、キルルが堕ちる延長線上の先──およそ一メートル先につき、彼女を受け止めた。


 まさしく、あっという間の出来事だといえる。


 シルベットの光速移動に一番驚いたのは、目の前で見ていたエクレールだ。エクレールはキルルからは一メートルも離れてはいない。にも拘わらず、堕ちていくキルルに反応が出来なかった。キララと同じように電撃を与えて動けなくなったら、浮遊力は失って堕ちることは予想できたにも拘わらず、動くことに数瞬遅れてしまったのだ。


 ところが十二、三メートルも離れた位置にいたシルベットが先に反応したことに、エクレールは悔しさを顔に滲ませる。


 ──な、何ですのよ……。


 ──わたくしがしょうとしたことを横取りをするのは腹立たしいですが……あの業は一体?


 ──わたくしの動態視力をもってしても追いつけませんでしたわ……。


 構えに関しては、キララが堕ちる前から既に体勢についていたのもあり、力と意識を背中の翼と足に入れていたこともあるが、それを差し引いたとしてもシルベットの光速移動は、エクレールの動態視力をもってしても捉えることが出来ないほどに速く、今さっき思いついたにしては、その完成度が高かった。


 エクレールは、キルルをお姫様抱っこで地上に降りていくシルベットを見据える。


 ──あのような業をいつ編み出したのでしょうか……。


 エクレールはシルベットがウロボロス──キルルに言っていたことを反芻した。


 ──“相手がケガするから止めておきなさい、と母に言われておった業を出す好機だな。先日はチャンスだというのに出来なかったからな”──


 キルルに言ったシルベットの言葉が自分に気を向けさせるために吐いた嘘ではなく、本当だった場合、彼女は幼少期は一体どのように育てられたのだろうか。ウロボロスたちを捕らえるといった任務は果たされたが、シルベットについて興味が出来てしまい、エクレールは思わず歯噛みしてしまった。


 ──何でわたくしがあなたなんかを知りたいと思わないといけませんの……。


 エクレールの心中で渦巻くのは、これまで眼中にもなかった下級種族で半龍半人の混血の彼女に興味が出てしまったことに対しての悔しさだった。




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