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第二章 十二




 夏の日は、夕刻の時間を迎えても未だ高い。


 そんな白けた明るさの元、天宮空は一人、大通りから脇道に入る。


 中途半端に広いその道は、住宅地から大通りに出る支道の一つで、両脇の商店と通行人の多さから、市街中心にある繁華街とはまた違う、生活の賑やかさに満ちていた。


 スーパーより安いことを声高に叫ぶ八百屋、同じく魚屋。配達のビンを篭にくくりつけている酒屋、部活帰りの女子学生を集めるケーキ屋、いかにもスポーツマン的な男子学生が屯う唐揚げ屋、せわしなくバンに荷物を積むクリーニング屋などが、それぞれのやり方で手際よく、掻き入れ時を過ごしている。 それら活力の波にもまれて、天宮空は人にぶつからない程度に顔を上げて、重そうな買い物籠を提げて歩く。


 母親の手伝いで買い出しをしているのだが、夏休みとあって、平日よりは人が多い。それでも、まだ道を歩けないわけではない。人混みの間をすり抜けて目当ての店へ向かう。


 今日は、暑いから冷やし中華だけど、冷えたものや同じものが続いてばかりでは栄養バランスが悪い。夏バテしないように精をつけなければならないことを考えるなら、野菜とか多めに買っていく方がいいだろう。母親に渡された買い物リストにもそのような感じで書かれている。


 だが、猛暑のため野菜を買うのはまだだ。他に必要な食材を買っているうちに傷めてしまう恐れはある。こういうのは帰り際がいい。


 天宮空は生物を帰りがけに買うことにして、傷めにくい方から買うことにして、商店が立ち並ぶ奥にある小売り店へとぼとぼと歩く彼女の目の前に、歩道にぽつんと一人、行く手をさえぎるように立っていた。


 十歳ほどの双子の少女が。


 その、生まれてから十しか経っていないと思える小さな姿には、しかし異様なまでの存在感があった。逃げるどころか、目を逸らすことさえできない。


 ──え……?


 その双子の少女たちは、老若男女が行き交う商店街、これから涼しくなっていき人通りが増えていく道の真ん中で暗色の外套を纏い、身体の各所をベルトのようなもので締め付けていて、おまけに両手両足と首には錠が施された少し拘束衣のようなものを着ていた。光沢があるフリルスカートが異様に艶やかしい。


 十歳の少女にしては整われた顔立ちに、長い橙色の髪を可愛らしく三つ編みに括り、水銀色の瞳はキョロキョロともの珍しそうに商店街を見渡している。


 そしてその子供たちの異様さの極め付けとして、身の丈の倍はある長く巨大で重厚な重い鉄塊のごとき斧に長柄をつけた太い棒を、片方の肩に立てかけていた。中が空だとしても、子供が担ぐには不自然すぎる体積と質感が、その棒にはあった。


 それを柳のような細い腕と、白魚のような細い指で重厚なる棒を担いでいる彼女たちを天宮空は何かのコスプレイベントがあるのかな? とは思ったが、近所でそんなイベントが行われることは一切聞いてはいない。それより大罪を犯した咎人か、猟奇的な被虐快楽者のような格好をしている彼女たちを行き交う人々は、普通に通り過ぎていく。まるでそこにいないかのように。


 天宮空はその双子の少女たちを見る内、謂われのない不安が、胸に押し寄せてくるのを感じた。なぜか一瞬、二人の姿に橙色の光が包まれているかのようなに見えた。目をぱちくりして、見間違いかと思い、目を擦り、今一度見た。見間違いではなかった。彼女を包み込んでいた光が今度は一瞬だけではなく、ハッキリと見てとれた。


 非現実的な現象に天宮空は怖気が走る。人間の防衛本能が此処にいてはいけないと警告している。今すぐ此処から逃げ出したいが躯が何故か動くことが出来ない。


 少女たちの口が、開いてゆく。なぜかその様子が、はっきりと、ゆっくりと、見えた。


 そこに、何かを得体の知れなさを感じたのだ。


 今ある現実が、あまりに呆気なく壊れてゆくような。


 それは、これまで過ごしてきた日常が失ってしまうような。冷たく重い恐怖が漏れ出てくるような、そんな不安が途方もなく流れてきて。


 二つの少女の声がした瞬間と天宮空が思わず涙を流したのは、同時刻だった。


「「〈錬成異空間〉!」」


 その時、街が夕焼けとは違う真っ赤に染まった。




      ◇




 地弦は、シルベットたちに特別として救済措置をすることを提案する次いでに、いろいろなことをシルベットたちが説明してくれなかった、もしくは忘れていて出来なかった(主にシルベット)ところを懇切丁寧に説明をしてくれた。


 聖獣や上級種族の王族、皇族、華族、貴族が人間界等の世界線に来る際は降臨。一般庶民は降りるというらしい。朱雀──煌焔や玄武──地弦、実は同じ日に白虎──白夜も人間界に降りていたことに驚いたのは翼だけでなく、エクレールたちもだった。人間界に一度に聖獣が三人降りることは滅多にない。それほどまでにラスノマス、レヴァイアサン、ルシアスと敵組織である【創世敬団ジェネシス】が襲来してきたことが異常だったことが頷ける。


 翼としてはもうこれ以上は巻き込まれたくないのだが……こんな出来事はまた訪れることはあると地弦は言った。


「最初に翼さんを襲ったラスノマスは逃げられてしまっていますから。彼等の狙いがあなた──清神翼である限り続く、何度も訪れます。同時に、私たちもその度に護りますし、安心してください」


「安心……」


 安心……、と暗い表情で言った翼を気付いた地弦は口を開く。


「何か問題でも?」


「何もない、と言えば嘘になります」


「何でしょうか? 遠慮せずに言ったください」


「そうですか。でも……」


 清神翼はゼノンについて訊いてみようとしたが、夢の中に出てきた大男がまだ訊いていい時期じゃねぇと叫んでいる気がしてやめた。


 ただ──


 そのまま、質問しないのも怪しまれたりはしないが、せっかく答えてくれるというのだから、【創世敬団ジェネシス】のことで少し気になっていたことを訊くことにした。


「みんなの話を横で話を訊いていて思ったことですが…レヴァイアサンは元はロタンって呼ばれていたんですよね?」


「はい」


「ウロボロスも違う名前があるんですよね?」


「ありますね。確か……キララとキルルと呼び合っていました」


「じゃあ、そっちが本当の名前ということですよね?」


「はい」


「【創世敬団ジェネシス】って、ウロボロスやレヴァイアサンといった人間界の悪魔や堕天使の名を付けるようにしているんだろうと……何となくだけど思ったんだけど、何か意味でもあるんですか?」


 翼の率直な感想としては中二病っぽいな、と感じていた。まだ異世界ハトラレ・アローラの概念に中二病というものがあるのかどうか、はわからないが。


 レヴァイアサンやウロボロスと耳にして、幼い頃に呼んだ空想上の獣が載っている事典や図鑑を思い出す。


 レヴァイアサン。またはリヴァイアサン、レヴィアタンは、旧約聖書に登場する海中の怪物であり、悪魔である。“ねじれた”、“渦を巻いた”、“とぐろを巻いたもの”という意味のヘブライ語が語源だ。ファンタジー系の創作物には、よく登場している人間界ではちょっと有名な龍種でもある。


 ドラゴンもしくは蛇状の非常に巨大な生き物と描かれ、伝えられている姿は様々だ。鯨や鰐などをモチーフになっている説や、多頭である記述が見られ、統一性はない。レヴァイアサンという名前に“とぐろを巻いた”という意味から長い身体をした蛇状である可能性は濃厚だろう。体長は五キロメートルと剣も槍も通じない鱗を持っていたと記されていた。


 ウロボロス、は自らの尾をくわれ輪になった蛇として描かれている。名前はギリシャ語で『尾を貪り食うもの』という意味を持ち、無限大を表す記号のモデルになったとも言われている。ウロボロスの起源については諸説あるが、地図上の不明地域を表すためのものや、エジプトの神メヘンの図版がギリシャに伝わったものとも考えられている。他にも自らの尾を食わえた蛇のモチーフはアステカや古代中国、ネイティブ・アメリカンの文化などでも見られることも出来るという。


 ウロボロスは時代とともに象徴する意味を変えていくが、古代ギリシャにおいて口は体の始まりで尾は体の終わりを表し、食わえた円は生と死が結合している象徴と考えられていた。又は、円には始点も終点もないことから、『不死』や『無限』を意味し、今なおシンボルとしてある。


 そんなことを、ふと、思い出して、コードネームとして使用している意図を知りたいと少し興味が沸いた。


 そんな翼を地弦が一瞥する。


「意味ですか……。翼さんはそれが知りたいのですね」


「え……まあ」


「わかりました。解る範囲ですが、お教えしましょう」


 地弦が翼に言うと、どう答えようか少し考え込む動作をしてから首を縦に動かす。


「──では、まずはレヴァイアサンについて教えましょう。レヴァイアサンは【創世敬団ジェネシス】の元帥であり、七つある陣営の一つであるグラ陣営の巨頭です。レヴァイアサンというのは、【創世敬団ジェネシス】のコードネームですね。【創世敬団ジェネシス】に在籍する者──特に幹部クラスは、正体を欺くために本当の名で呼ばれることはありません。リヴァイアサンというのグラ陣営を統括する巨頭に与えられる呼称のようなものです。本当の名はロタンといい、東方大陸ミズハメの海竜族です」


「そのレヴァイアサン──ロタンが三日前、俺とシルベットが〈錬成異空間〉を脱出した後に現れたわけですね」


「そうです。物分かり良い方で安心しました」


 地弦は朗らかな微笑みを称賛した。少し褒められて翼は照れくさくなってしまう。


「……い、いやいや……。ドレイクさんから少しばかり教えられていましたから……」


「では、【創世敬団ジェネシス】が人間界で名が知れた悪魔や堕天使の名前を捩ったようなコードネームを使いたがる性質を持っている者が多いことも訊いていらっしゃいますか?」


「……訊いてはいませんが、何となく、〈アガレス〉とか、レヴァイアサンとか口にしているのを見て、なんか悪魔や堕天使の名前っぽいなとか……少し中二病というか」


 翼は、彼女たちの会話から感じ取ったことを素直に話した。


「そうですか。何より彼等をまとめるルシアスがそういった人間でいう思春期に見られる“ちゅうにびょう”と似たような性質のようです。私はその“ちゅうにびょう”に関して、あまりよくわからないのですが、知っている者からするならば、限りなく近いようです」


「そうなんですか。じゃあ、ルシアスとかアガレスも本当の名前があるということでしょうか?」


「ええ。ルシアスは【異種共存連合ヴィレー】や【謀反者討伐隊トレトール・シャス】は【創世敬団ジェネシス】で使われるコードネームで呼んでますし、他の元帥も正体が知るまでのしばらくの間は、識別名として呼んでいたりますが、大体はコードネームのままです」


「じゃあ、ルシアスの本当の名前は何ですか?」


「そうですね……」


 地弦は思い出すように視線を上に少し向けてから、


「ルシアスというコードネームよりも“ちゅうにびょう”な名前ですね…………確か──」


 地弦が口にした──


 その直後。


 キン、という家の揺るがす地響きと共に、耳をつんざく不快な轟音が鳴り響く。


 翼たちの悪寒をぞわわ……と刺激する。強烈に心臓を締め付ける感覚と得体の知れない不安感が広がっていく。この感覚は先日から何度も経験していたこともあって、すぐに何なのか気付くことが出来た。


 一瞬にして、清神家の床に奇怪な紋章──魔方陣が描かれ、外は薄暗くなり、赤い月明かりが照らされる。赤い月明かりが照らされただけで、目の前に広がるのは清神家だ。何も変わらないように見えるが、まったくの偽物だということがわかった。違和感がある。何度も経験した【創世敬団ジェネシス】に誘われた時と同等の、自分が居てはならない、この世界にとって異物であるかのような不思議な感覚がある。


 訝しげに目を細めたシルベットたちが立ち上がり、それぞれの武器を召喚して構えて、翼を護るための配置につく。


 シルベットは日本刀──天羽々斬を、エクレールは三尖両刃刀を持って、庭先に面した窓際で外の様子を窺う。水波女蓮歌は薙刀を、如月朱嶺は錫杖を持って翼の横に付き、護りを固める。


「先に向かったにしては、大分遅れての登場ですね」


 立ち上がった地弦は、ゆっくりとした足取り庭先に出ると、上空を見上げた。


 そこには、影が二つ。


 シルベットたちは知らないが、地弦には本日二度目の対面だ。




「ウロボロス──キルル」


「ウロボロス──キララ」


「「只今、参上!!」」


 大仰というか、芝居がかっているというか、妙に無駄に格好いいポーズを付けて上空を見下ろす長い橙色の髪を三つ編みに括った顔が瓜二つの少女たちがいた。




 〈錬成異空間〉に創られた四聖市の空──赤い月明かりが浮かぶ空に厚い雲が渦を巻く。それは段々と、驚くべき速さで、広がっていき、立ってはいられないほどの風が吹き、時間にしては一分も経たないうちに荒れ狂う。


 地鳴りのような風音が周囲から鳴り響き、辺りに生えた木々をばさばさと揺らす。木々だけではない。木よりも頑丈な電柱でさえもギシギシと軋む音を響かせて揺れるほどの強風。大型台風もかくやというほどの暴風である。近くのゴミ箱が転げでもしたのだろう、空き缶や新聞紙が視界の中を横切っていった。


 その一つを庭先で警戒していたシルベットが白銀の絹のような長い髪を強風に靡かせて取った。それは新聞紙だったが、中身は三歳児の子供が書いたかのような字面にイラストが描かれていたのを確認した彼女は、それを荒れ狂う空の中心にいる長い橙色の髪を三つ編みに括った顔が瓜二つの少女たちに見せる。


「個性が出ていて良いが、新聞紙は落書きを書くものではない。その時の出来事を書くものだぞ。偽物だとしても少しは似せる努力をしたらどうだ?」


「う、うるさいな……!」


「人間界は細かいものが多すぎて創るのがめんどくさいんだよっ!」


 シルベットが言うと、キルルとキララは口ごもり、先ほどまでの大仰な調子を忘れたように叫んだ。それでも無駄に格好いい構えを乱さないのは流石というべきか。


 強風が吹く中、庭先に出てきたのは、金髪ツインを靡かせたエクレールだ。


「〈錬成異空間〉は相手の創造性が良く出るといいますが……フフフ、あなた方はそうですわね」


 嘲笑めいた表情を浮かべるエクレール。彼女のあからさまな挑発に三つ編みに括った長い橙色の髪の少女たちは、顔を顰める。


「何そのバカにした態度は?」


「私たちはこれでも強いのよ!」


 重厚なハルバートを振り回してから彼女たちに向けて構えるキルルとキララ。そんな彼女たちにエクレールは肩をすくめる。


「……莫迦にした? それはあなたたちのおつむが足りないから、勘違いをしているだけではありませんの? それとも自覚していて、そう感じているのではなくて? 妙な疑いをかけるのはやめてくださいまし。小門が違いますわよ。〈錬成異空間〉で創る街の小物さえもまともに作れない仔龍は学舎の幼等部からやり直してくださいまし」


 莫迦にしていることを隠しているようで全然隠していないエクレール。あからさまに挑発して相手に冷静さを奪おうとしているのだから、隠していないのは当たり前かもしれないが、少し八つ当たりしている感が否めない。そんな彼女の挑発にウロボロスは怒り狂う。


「どう見てもバカにしているよあの幼児体型金髪ツインテール」


「体つきは私らと変わらないくせに生意気よ幼児体型金髪ツインテール!」


「……幼児体型と言いましたか?」


 幼児体型、というウロボロスたちの言葉にエクレールは眉間を寄せて、顔を顰めた。シルベットや蓮歌と比較したら、躯の成長にコンプレックスを抱く彼女に対して、幼児体型という言葉に地雷である。それを知らないウロボロスの二人は口々と彼女を刺激する言葉を平気で吐く。


「言ったよ幼児体型金髪ツインテール!」


「チビで貧乳なんだから幼児体型でしょ」


「というか、膨らみがそこまでなさそうだから貧乳よりはまな板じゃない」


「そうだねまな板だね」


「流石にまな板よりはありますわよっ!」


 ウロボロスたちの悪口の応酬に冷静を保っていたエクレールは声を上げる。


「初対面で失礼にも程がありますわこの仔龍たち……」


「確かに失礼だな」


「……え?」


 横にいたシルベットが言葉を発した瞬間、エクレールは疑問の声を発した。


 それもそのはず、普段の二人の仲を考えたら、庇うことはあり得ない。シルベットとエクレールは、何かある度にいちいち噛みつくほどの険悪な仲である。そんな普段の仲を知っている翼たちからしてみれば、敵側について一緒になって、彼女のコンプレックスに対して弄くり倒す可能性の方が高いというものである。


 そんなシルベットにエクレールは訝しんでいると、周囲の反応にシルベットは気づくことなく、ウロボロスの二人に向けて口を開く。


「……金ピカが人を小莫迦にしたような口を聞くのも、幼児体型なのもいつものことだ。初対面で私のことを殆ど知らないにも拘わらず、突っかかってくる者だ」


「あなた……わたくしを庇ってますの? それとも、一緒になって貶そうとしてますの?」


 エクレールの疑問は無視される。


「だから何も知りないうちにとやかく如何ものだろうか、と感じるのだが、あえて言わせてもらおう仔龍ども。まな板は言い過ぎだな。一緒に風呂に入った時に確認したが、金ピカはまな板ではない。茶碗ほどの膨らみがあったぞ。貴様らのような少なくとも大罪を犯した咎人か、猟奇的な被虐快楽者かは解らぬが……いろいろと露出狂した格好をしたのような貴様らよりも綺麗な肌艶をしていたことを教えてやる。見もせずに、金ピカの胸をまな板判定するな愚か者が」


 お碗だお碗、と続けたシルベットの言葉にエクレールは頭痛でもしたのか頭を抱える。


「最初にまな板判定して決めつけてきた愚か者が何を言ってますのよ……」


 まな板をお碗にランクアップさせても、シルベットの言動はエクレールのコンプレックスを刺激する発言に変わりはない。彼女なりに庇っているつもりなのだろうか。だとしても、余計な一言が多すぎる。その分、余計に貶されていると感じてしまうのも無理はない。


 釈然としないエクレールを置き去りにして、シルベットはウロボロスたちに向けて言う。


「あと強いと言ったな? 誰がだ?」


「オマエ……、私らの話し聞いていないのか。私らだよ」


「そーだそーだ私らは強いんだぞ!」


「貴様らだという言葉は訊き間違いではなかったというわけだな。なら、ちょっと思い上がりが過ぎるというものではないのか……」


「あ゛ぁ?」


「何か文句でもあんの?」


「あるな。強いんだとしたら、どのくらいなのか。五秒以内に百八十文字で語ってみろ」


「はあ?」


「はいどーぞ、ですわ」


「えっ……」


「な、なん!?」


 シルベットとエクレールの急なムチャブリに戸惑うウロボロスたち。そんな彼女たちにシルベットは挑発的な微笑みを向ける。


「何だ言えないのか?」


「銀ピカ、ダメですわよ……。いくら強くとも、自分の力を言葉で表せないおつむの悪さですのよ。これ以上は虐めになってしまい、倫理的にいけませんわ」


 エクレールが口元に手を当て、笑いを漏らながら言うと、


「それもそうだな……すまなかったな」


 シルベットはまるで可哀想な目をウロボロスたちに向けて謝った。小バカにされた上に憐れみで謝られたことがよほど屈辱だったらしい。構えを取りながら叫ぶ。


「べ……、別に言えるし!」


「おつむが悪いわけじゃないし!」


「百八十文字どころか二百八十文字以上は言えるもん!」


「無理はするなチビたち」


「そうですわ。無理に頭をフル回転しても、百八十文字という制限内に自分の強さを伝えきれないと誇示してしまっては、期待できませんわ」


「別に誇示しないし!」


「ちゃんと、百八十文字以内におさめられるもん!」


「無理はするなよ」


「無理しないでくださいまし」


「無理じゃないし! んと……」


「無理じゃないもん! えーと……


 自分たちがどのくらい強いのかを百八十文字に語れというムチャブリにまんまと乗せられたウロボロスたち。彼女たちが考え込んでしまった隙をシルベットとエクレールは見逃さない。


「──隙ありですわ」


「──隙ありだ」


 シルベットとエクレールは肉薄する。


 ウロボロスたちは彼女たちの接近をおよそ二メートルの位置で気づき、瞬時に重厚なハルバート振りかざして防ぐ。


「──あ、危ないな!」


「──ふ、不意討ちなんて卑怯だぞ!」


「瞬発力だけは認めるぞ……」


「流石はウロボロスですわね……。ただではやられてはくれませんわね」


 天羽々斬とハルバート、三尖両刃刀とハルバートがぶつかり、激しい迫り合いとなった。


「ナメられたものだねウロボロスを……」


「ホントそうだよ……」


「貴様らも私たちをナメ過ぎだ……」


「卑怯な手で申し訳ありませんが、おつむが悪く油断したあなた方の責任ですわ」


 悪く思わないでくださいまし、とエクレールは三尖両刃刀は力を込めた。黄光りが刀身に宿り、雷のような轟音を響かせる。


「ちょっと……何これ、痺れてくるんだけどっ?」


「わたくしの電撃ですわ。卑怯な戦い方をしてしまったので受け取ってくださいまし」


「いらねえよ!」


「ほう。金ピカはそう来たのか……ならば、私はこうしょう」


 エクレールの戦いを見て頷いたシルベットは天羽々斬に魔力を溜め込むと、刀身に白銀の光が宿り、ドクンという脈動と共に刀身が大きくなった。


 およそ六メートルまで刀身を巨大化させたシルベットは思い切り力を込める。


「何この龍人たち……、何か急ぎの用事でもあるの?」


「決着を早急に付けようと必死に見えるんんだけど……」


「はあああああああああああああああああああああああッ!」


 シルベットは彼女たちの言葉に答えず、気合いの声と共にキルルが押し切る。


「……な、なんてバカ力なのよ……──キャッ!」


 シルベットは、キルルを押し切ると天羽々斬を振るう弾き飛ばした。


 弾き飛ばされたキルルにシルベットは間髪入れず、肉薄して天羽々斬を振るう。


 縦横無尽に飛び回り、相手を攪乱させ、左右上下、四方八方と斬撃をし、相手が反撃する余地を与えることをさせない。


「くっ!」


 シルベットの司る力が宿った斬撃をハルバートで防ぎながら、キルルは悔しげに顔を歪める。


「強いならば、少しは反撃したらどうだ?」


「イイ気になるなよバカ力銀髪ロング……」


「バカ力で結構だ。私は貴様と違って成長していないわけではない。言われてムキにならないからな」


「今ムキになっているでしょうがっ!」


「なっておらん。戦いが長引けば、夕餉が食べられないかもしれないから早急に終わらせたいだけだ」


「まさかの理由っ!?」


「夕食前に終わらせようと短期決戦しょうとしているあなたたち……」


「無論だ」


「……わたくしは違いますわよ」


 シルベットは頷いて肯定し、エクレールはため息混じりに否定した。そんな彼女たちの答えにウロボロスたちは混乱する。


「どっちよ!」


「捕らえてから教えてやる」


「いろいろと事情がありますの……。まずは一度捕まってくださると有り難いですわ」


 二者二様の答えにウロボロスたちは混乱させたまま、二人は武器に力を込めた。


 今日の夕食まで、清神家に負担をかけないだけの来月までの生活費を補填するために。




 ウロボロス襲来から僅か数十分前──


 生活費救済措置として、地弦はこれから襲来するウロボロスを捕らえることを条件に、来月までの生活費が持つだけの補助を行うことを約束した。ただし正規での給付金でない。地弦のポケットマネーからの補助である。


 地弦が見護る中で、生活費の補填のためにウロボロスを捕らえようと躍起になっている二人。それを下から見護るのは、地弦、清神翼、水波女蓮歌、如月朱嶺だ。彼女たちは如何にして、ウロボロスたちの戦いを翼が買い物に出かける前に終わらせようとするかを見ているわけだが──


「捕らえるのが目的なのに斬りつけちゃまずくない?」


「ええ。まずは話し合いをして説得、投降を働きかけるべきなのですが、完全に挑発してますし、相手をわざわざ小莫迦にして怒らせることはなっていませんね。もしかすると、話し合いをして説得すれば無駄な戦いをせずに済むのですが……」


 いろいろと減点ですね、と地弦は大きな息を吐く。


 その横で、申し訳なさそうな顔をする如月朱嶺。


「シルベットはともかく、エクレールまでも挑発してしまうとは意外ですね。彼女の性格上、出方を窺いながら交渉を持ち込みそうですが……」


「それは恐らく、時間が限られているため、交渉を省いたんじゃないですかぁー」


 エクレールと幼馴染みの蓮歌が間延びする声で言うと、如月朱嶺は難しい顔を浮かべた。


「それもそうですが……、ウロボロスが意外と自分よりも小さい、もしくは劣ると思ったから交渉ではなく戦いでの短期決戦に持ち込んだ可能性も」


「あり得ますけどぉー。どちらかと言えば、まずは挑発して相手の出方を窺っていたけど、気にさわることを言われて、予定変更をしたとかがもっともじゃないですかー」


 蓮歌の言葉に如月朱嶺は頷いた。


「そうですねぇ……。一つ加えるならば、シルベットのペースに巻き込まれた可能性も少なくないと思いますね」


 二人とウロボロスたちの戦いを見護りながら口々と言っていると、天羽々斬の斬撃をキルルはハルバートで止めた。


「あんまり私らをナメるなよっ!」


「ほう。やるな」


「私らはね。不死身とされる種族を掛け合わされた新しい種の生物なのよ。たかが、躯を再生出来ないほどの力を失っただけで死滅してしまうあんたらとは躯の造りは違うのよっ! 夕食までに私たちを捕らえるだなんて不可能よ」


「ふうん。だからなんだというのだ……。刺身か不死身かは知らんが、私が勝つのだ。ただ単に人間やか弱い生物を自分の狩猟本能や殺戮衝動を満たす者と違って、こちらは護る者と生活がかかっておるのだ!」


「え……生活? ──キャッ!」


 シルベットは、何気に口にした生活という言葉を考える暇を与えない。キルルを押し返し、すかさず後退する彼女に向かって、右下段から斜め上に向かった斬撃を食らわした。


 キルルの左脇腹から右胸にかけて斬られて一文字が入ると、少し遅れて血飛沫が吹き出す。


「キルルッ!」


「あなたのお相手はわたくしですわよ」


 キルルが斬られて気がそちらに向けたキララの姿をエクレールは見逃さなかった。エクレールは一瞬にしてキララの間合いを詰める。


「二度目の隙ありですわ」


 エクレールは三尖両刃刀は突きの構えを取る。


 少し右側へと流れるようにわざとずらして、キララの右脇腹を擦るように突く。地弦からの任務は捕らえることであり、殺すことではない。殺さず戦闘不能に陥らせて、動きを封じる攻撃をしなければならないため、無理に突き立てることは出来ない。生命力があるウロボロスは擦り傷を与えても、一瞬にして治してしまう。


 だから、その擦り傷は単なる通過点である。エクレールの狙いは脇腹に突き立てる直後にある。


「なっ?」


「今ですわ!」


 右脇腹に突き立てた瞬間、エクレールは司る力である電撃を傷口に流し込んだ。


 その瞬間、キララの体内にダイレクトに電撃が伝わり、先ほどよりも苦悶の表情を浮かべる。


 頑丈な皮膚の上からでも動きが鈍くなるくらいの痺れがあった電撃である。皮膚を貫き、体内に流し込まれた電撃は、躯を黄金の光りが駆け回り、蹂躙していく。如何にウロボロスと言えど、躯の自由を奪うことは出来る。


「……こ、こんのっ……、……幼児体型金髪ツインテールがぁ……」


「…………また、そのような口が訊けるほどの元気がありますのね。じゃあ、遠慮なく質量を上げさせていただきますわ」


 エクレールは悪魔のような天使の微笑みをキララに向けて、電撃の質量を上げると、


「ひっ! や、やめ──い…………………………ッ!!!!」


 キララは声無き悲鳴を上げたあと、動かなくなった。気絶したのだ。


 その瞬間。


 術式は操作する術者を失い、魔力や司る力を供給できなくなり解かれていく。体内にある力が全て抜けて、浮力を失ったキルルは急降下していく。


 エクレールは三尖両刃刀を異空間にしまい、墜落するキララを抱き止めてかかえる。


「まずは、一人ですわね。あとは────」


 エクレールはぐるりと首を回して、上空にいるシルベットたちの方を見た。


 上空にあった〈錬成異空間〉特有の赤き月がぶれ始める。ウロボロスの片方──キララが気絶したことにより、〈錬成異空間〉に供給していた魔力が減った。それにより、キルルの魔力だけでは術式を維持するには足りず、乱れ始めたのだろう。


 学舎で通っていれば、気絶しても多少の魔力や司る力を術式に供給できるように教われたり出来るのだが──


「どうやらウロボロスたちは銀ピカと同じように学舎に通っていないのでしょう。では、どこから魔術を覚えたのでしょうか……まあ、彼女たちの発言から大体のことは察し出来ますね」


 シルベットと対峙していたキルルの言葉を思い出す。


 ──“私らはね。不死身とされる種族を掛け合わされた新しい種の生物なのよ。たかが、躯を再生出来ないほどの力を失っただけで死滅してしまうあんたらとは躯の造りは違うのよっ!


 エクレールは【創世敬団ジェネシス】が彼女たちにしたことについて見当をつけると優しく降下していくと、


「蓮歌、アカネさん、この方を捕縛しておいてください」


 と、蓮歌と如月朱嶺に任せて、再び上空へ飛び立った。




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