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第二章 九




 腰まであろうかという白銀の髪をなびかせ、水晶の如き瞳をキラキラと輝かせながら、冗談のように美しい少女が、興奮気味にそう言って、手にしていた容器を翼の眼前にずいっと突き出してくる。


 清神翼は気圧されるように身を反らしながら、少女の名を呼んだ。


「し、シルベット……さん」


「うむ、なんだ!?」


 背景に花が咲き乱れるかのような屈託のない笑みで、少女──水無月・シルベットがそう言う。


「……や、その」


 言いたいことはいろいろあったのだけれど、その眩しすぎる笑顔に、何も言えなくなってしまう。


 シルベットはそんな翼の様子を不思議そうに眺めてから、容器を渡した。


「そんなことよりも、さっさとオカワリをくれ!」


 言って、シルベットがまたも満面の笑みを作る。


「…………」


 翼は、言い知れぬ寒気が背筋に走るのを感じた。


 風邪の症状というものではない。


 これは──食卓の端から発せられた彼女達の怨嗟に似た視線によるものである。


 だがそれも無理からぬことなのかもしれない。


 シルベットのお代わりが既に十杯目というのもある。


 ただでさえ、清神家は両親が共働きだとしても、経済的に余裕がなく、少ない仕送りと小遣いでやりくりをしている。世間は物価や税の上昇により、贅沢する余裕など、まったくないのだ。


 しかしそれが、居候に四人も増えたことにより、清神家の経済に莫大なる損傷を与えた。特に居候の中にいるシルベットは大食漢であり、一日に人より何倍もの食料をぴろりとたらいあげる。どうやって、あの細い体に吸い込まれていくのか、不思議に思ってしまうほどだ。しかも、いくら食べても太らないという女性なら羨ましい体格の持ち主である。


 一番近いところだと、すぐ近くにいた居候の一人──金髪碧眼の少女が虚ろな眼差しで、「な、なんですの? 何なんですの? あれだけ食べて太らないとかありえませんわ……」などと呟いていた。


 白米を無駄に美しい所作で食べる彼女の名は、エクレール・ブリアン・ルドオル。シルベットと同じく居候の一人。


 二つに結わいだ見事な金髪をなびかせて、端整な顔立ち。均整の取れたプロポーション。きらきらと、空気が光って見えるほどの美少女である。


 しかし、不機嫌そうな仏頂面が、妖精のごとき美貌を台無しにしている。まとうオーラは敵対的で、まるで獰猛な獣のようだ。


 エクレールは、シルベットとは犬猿の仲であり、いつも何かと啀み合っている。


 その二人を隣にいる蒼髪の少女は、「あらあらまぁまぁ」と苦笑していた。


 水波女蓮歌。彼女も四人もいる居候の一人である。


 絹糸のように艶やかな蒼紺の髪に、手入れを欠かしたことのないであろう滑らかな肌。まごう事なき美少女である。愛くるしい顔立ちに、ちょっと動くだけで揺れるその魅惑的な豊満なバストといったプロポーションは、男性の運命を狂わせるには十分と言えるだろう。


 何気なく清神家の食卓に混じっている彼女達は、人間ではない。


 銀龍族の姫の母親と人間な父親との間に生まれた半龍半人、水無月・シルベット。ハトラレ・アローラの五大大陸のうち北方タカマガを領地とする核を司る銀龍族と人間界──日本人のハーフ。


 混じり気なしの純血種であり金龍族の女王、エクレール・ブリアン・ルドオル。中央大陸ナベルを領地とする電磁を司る金龍。


 蒼穹の空を踊る舞姫、水波女蓮歌。東方大陸ミズハメを領地とする水と草木を司る青龍。


 彼女達は、龍人、と呼ばれている種族だ。秘密裏に行動をするために、常に人間と同じ姿形をしているが、本性は戦闘に特化した能力や凄腕の龍である。あらゆる世界線の生態系を脅かす【創世敬団ジェネシス】という乱獲者らから守護するために、異世界ハトラレ・アローラより、人間界に降り立った。


 シルベットたちは、普段は人と同じ姿をしているのが、ひとたび【創世敬団ジェネシス】に戦闘を仕掛けられたり、翼や人間界の住人たちに被害を及んだ場合は、周囲三十キロほどに人除けのドーム状の空間を展開させて戦う異世界──ハトラレ・アローラの軍人である。


 内部を世界の流れと断絶させ、外部から隔離、そして、術式を駆使して本物とそっくりに似せた〈偽の街〉を作り出す〈錬成異空間〉。その名の通り、本物と瓜二つの空間を構築させた別次元の世界のことだ。その空間内においてとは、人間態で対応出来なくなった強敵と判断した時に限りだが、本来の龍の姿で戦闘することがあるという。翼は、その時を間近に目撃し、その壮絶な戦いを目の当たりした。


 ハトラレ・アローラとは、それは別次元にある異世界であり、この世界と密接に近い世界である。


 異世界から来た彼女達──龍人達は【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に属している。


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】とは、【創世敬団ジェネシス】ら敵組織からあらゆる世界線の生態系から護るために【創世敬団ジェネシス】を討伐する人間界非公開組織である。それが彼女達の正体だ。


 【創世敬団ジェネシス】とは、我がままに人間界を蹂躙し、跋扈し弄り、放蕩の限りを尽くそうと企てる、人間はおろかあらゆる世界線の生物を家畜としかみない。人間界を、暴風のように襲来して、世界を勝手気儘に人間を喰らう、ただ刹那の欲を満たすためだけ跋扈する亜人の組織である。


 他の世界の者がなにを訴えても、どんな危機が迫っていようとも、この世での放蕩を止めようなどとは思わない無法者の集団。ただ自分の自由、己が欲する意思を、実現するために彼らは止めようとする【異種共存連合ヴィレー】や【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の言葉など塵屑のように聞かない。何者何事も、憚る気になどない。


 人間を守護し、欲望の成就と計画を邪魔する【謀反者討伐隊トレトール・シャス】を討ち滅ぼされていく戦を、人間が平和な日常生活を過ごしている裏側で起こっていた最中だというのが翼は四日前に知った。


 翼は、夏休み前日──およそ四日前【謀反者討伐隊トレトール・シャス】と敵対する【創世敬団ジェネシス】の使役するドラゴンに襲われ、その時にシルベットに助けられたのをきっかけに知ったばかりだ。その後、エクレールと蓮歌と合流し、何度かの困難をくぐり抜けて、翼を最初に襲ったドラゴンを使役したラスノマスは取り逃がしたものの、【創世敬団ジェネシス】の最高統括であるルシアスを捕らえることに成功したのだが──


 未だに護衛を任務を解かれていない。


 【創世敬団ジェネシス】を統括するルシアス、七人の元帥の一人であるレヴァイアサンを【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に捕らえられたのはいいが、翼を付け狙っていたラスノマスを取り逃がしてしまったことにある。彼がもう一度、翼を襲われないと保障がないため、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】は監視下に置かなければならなくなった。


 ラスノマス──【創世敬団ジェネシス】が翼を狙う理由は、まだ確証を得られるものが【謀反者討伐隊トレトール・シャス】にはない。予めテンクレプがシルベットたちに翼の護衛を任せたのだから、【創世敬団ジェネシス】に狙われる理由があるのだろう。


 その理由については何も知らされていないが、翼は、何者かに記憶を思い出せないようになっていたことを夢の中で大男に告げられていた。それは五年前に、父親の実家に帰省した時に行った水無月山で起こったことがきっかけだというが、翼はまだ全てを思い出してはおらず、大男からはそれ以上のことを聞かされてはいない。


 少しずつ思い出していくらしいが、夢の中の大男からまだ他に話してはならないと言われている。特に、十一杯目をオカワリにするシルベットには彼女が思い出すまで口にするな、と言われている。大男の他にも、妖弧である玉藻前からも同じ内容の言葉を言われて、翼は彼女たちに伝えないままである。


 彼女たちは【創世敬団ジェネシス】が翼を狙う理由がはっきりしていないまま、彼女たちが清神家に居候を始めてから四日目が経った昼時、問題が起こった。


「? どうしたツバサ。さっさと、オカワリをよこせ」


「え……い、いや……その」


 翼が頬をぴくつかせながら言うと、シルベットが不機嫌そうに眉根を寄せた。


「むう……なんだ、ツバサは私にオカワリさせてくれぬのか……」


「そ、そういうわけじゃないけどさ。し、シルベットさんのは……その、食い過ぎというか何というか……」


 翼はしどろもどろに話した。


「だから何だ。食うものはよく育つぞ」


「いや、育つのは……べ、別に、いいんだけどさ」


 翼の彼なりにオブラートに包もうとした結果、しどろもどろとした遠回しのお代わりはやめてほしいという気持ちはシルベットに伝わず、不機嫌さを色濃くさせた。


「はっきり言わんかっ! 私は日本語は通じるが、そんなしどろもどろではわからん。男なら覚悟を決めて、単刀直入に言え!」


「た、単刀直入に言ったら、怒るだろ……」


「怒らないぞ!」


 シルベットは苛立だしげに翼を見据えて、大声を上げた。


 既に怒っているじゃないか、と翼は頬に汗をひとすじ垂らし、不機嫌さを隠しきれないシルベットと対峙する。


 そんな二人に、一人の少女がゆっくりと歩み寄ってきた。


「そんなに食べたら、清神家の明日のご飯は危うくなるわよ。もう少し考えて、気を遣いなさいよ……」


 思わず息を呑むような、清冽な美貌の少女だった。細身で華奢だが、儚げな印象はない。幼さを残しながらも均整の取れた体つきと、すらりと伸びた背筋。美しい猛獣を見ているような、しなやかな強靭さを感じさせる少女である。


 如月朱嶺。それが彼女の名前だった。


 彼女は人間だが、異世界であるハトラレ・アローラのその南方大陸ボルコナが人間界で運営する学校出身であり、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の日本支部所属の兵士という奇妙な肩書きを持っている。


 南方大陸ボルコナの守護者にして、支配者である朱雀──煌焔直属の派遣により、【創世敬団ジェネシス】から狙われる清神翼の守護及び、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の新人であり問題児であるシルベット、エクレール、蓮歌の監視・サポート係が主な仕事だ。


 しかしそれはそれとして、彼女の見た目が可憐な少女である事実に変わりはない朱嶺は、翼の前まで辿り着くと、一つの封筒を差し出してきた。


 封筒の中身は、まだ折り目や汚れなどのついていない真新しい紙幣──万札が白い紙に束となって留められた状態で入っていた。およそ百万はあるだろう。


 百万という大金を持ったこともない翼は、手が震えてしまう。


「これは、今月分の生活費です」


「多くない? いや、多すぎない?」


「シルベットさんの食欲を考えると、あたしには少なく感じますけど……」


「あ……」


 納得してしまった。エクレールと蓮歌は普通の人間ほどしか食べてはいないが、シルベットがこのペースで食べ続ければ百万渡されても足りなくなってしまうだろう。


 しかし、百万という大金を受け取ることに翼は別に悪いことをしていないにもかかわらず、震えてしまうのは、ただ単に持ちなれていないだけである。


 シルベットたちは、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】から給付金は出ており、それなりに支給はされてはいるが、エクレールは、五千六百円。蓮歌は、五千三百円と【謀反者討伐隊トレトール・シャス】が日本の経済や物価の高さに関して、どう計算しているのかはわからないが満額を渡されても足りなかった。下士官のため、少ないらしい。それでも命をかけて人間たちを護っているのだから、もう少し上げてもいいんじゃないだろうか。来月からは、ルシアスを捕まえたという功績により給付金の額が上がるらしいが、どれくらい上がるのかはまだわからないという。


 【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の給付金だけでは生活が出来ない場合が多いため、通常ならば他の世界線に住む場合には、【異種共存連合ヴィレー】に入らなければならない。


 【異種共存連合ヴィレー】とは主に、異世界間の共存共栄を目的とした組織であり、主に学業や商業や移住を目的とした異世界からの来訪者たちへのサポート、または人間界や他の世界線からハトラレ・アローラに学業や商業や移住をする生物たちの支援組織である。


 人間界に来る亜人達全てが【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に属しているわけではない。学業や商業を目的とした異世界人が移住することもある。そのため、仕事先や移住先を見つけるまでの間、仮住まいや資金の援助を受けられるのが【異種共存連合ヴィレー】という組織だ。


 しかしその両組織に所属しているのは、現在はシルベットだけであり、エクレールと蓮歌は所属していない。現在、登録中であるがその間、彼女達は、翼を【創世敬団ジェネシス】から護るといった任務も兼ねて、清神家に居候として住み込んでいる。


、ちなみに、シルベットの給付金は、【謀反者討伐隊トレトール・シャス】からは五千六百円、【異種共存連合ヴィレー】からは十七万八千九百六十五円である。都内でも贅沢しなければ最低限は暮らしていけそうだが……。


「え、ええと……ありがとう、ございます……」


「邪魔をするな! 銭でツバサを釣るとはいい度胸だな!」


 翼が反応に困っていると、シルベットがぷんすか! といった調子で声を上げた。


 しかし朱嶺は微塵も怯まず、シルベットにジト眼で見据え、、のどを震わせる。


「何を言っているんですかシルベットさん。あたしは、あなたたちの食費を出してあげているんですよ。【異種共存連合ヴィレー】から支給された生活費をあっという間に使いきったシルベットさんが悪いんですよ!」


「し、仕方ないではないか……腹がすいて戦は出来ぬ」


「だからといって、市街地にある飲食店をはしごしますか。しかも全メニュー制覇しょうとしていたと聞いています。……呆れますよ。あなたの大食漢のせいで、【部隊員チームメイト】どころか居候所の清神家の金銭状況が危ういんですよ! それを次の生活費までに何とかカバーするために大金を預けたんですよ。……………といいましても、シルベットさんのあの食欲では足りないと思いますけれど……」


「何を言うか! あとから来ておいて偉そうに!」


「後とか先とかは関係ありません。あなたの食欲のせいで、清神家に損害出すわけにはいきませんし、【部隊チーム】を路頭に迷わすわけにはいきません!」


「な、なんだと!?」


「あなたは、お代わりを一度の食事に十杯以上するし、一日三度の食事では飽きたらない。おやつを三度も取る挙げ句、平等に分けられたわたしたちのおやつまでに手を出す始末。それでの諍いは絶えない。これでは迷惑以外のなにものでもない。先ほどの、手洗いが不十分だったし、女子としてどうなのって感じでした。箸等の礼儀作法はいいですけど、食べ物を殆ど噛まずに飲み込んで、早食いとかしないでください……。あなたがそんな感じだと、こっちまで同じ目で見られちゃうんですよ。連帯責任って、言葉知ってますよね。シルベットさんは、日本大好きでこういう言葉の意味は異常に詳しいですもんね。ほんと、それ以外は何を学んできたのか疑わしいんです! ちゃんと地人・他者のことを考えてくださいよもう……」


「な……っ」


 マシンガンのように繰り出す朱嶺の嫌み、皮肉、怒りがこもった言葉に、虚が突かれたように、シルベットが目を丸くする。


 なぜだろうか、朱嶺の言葉を発せられた瞬間、残りの居候人達が、ざわめいた。


 それもそのはずである。シルベットが一ヶ月間、人間界──日本で贅沢しなければ充分に暮らせる生活費を一日で消費。所持金、二百円。エクレールも僅かばかりの給付金を、用途がわからない金のメダルや何やら置物に使ってしまった。置物は東京タワーと東京スカイツリーである。東京土産には欠かせないものだが、必ずしも生活する上で決して必要という代物ではない。金のメダルは完全に子供の玩具であり、同じく子供がいないエクレールたちにとって、宝の持ち腐れのようなものである。


 蓮歌も置物を購入している。カエルとクマである。勿論、生活する上で決して必要というものではない。厄介なのはそれが一つではないことだろう。およそ二十個以上はある。一個の値段としては、大したことはないが、二十個以上は多いし、邪魔だ。


 二人合わせて、所持金五十円まで減らしてしまい、合計金額は二百五十円しかない彼女たちは完全なる無駄遣いをし、二百五十円で次の給付金まで清神家に厄介にならなければなくなってしまった。それが普段は人間の姿でいる異世界の住人である彼女達が、経済的にも余裕がない清神家にホームステイしなければならなくなったもう一つの理由でもある。


 エクレールたちが他人のふりををし、素知らぬ顔でご飯を食べていることにシルベットは気づく様子もなく、ぐぬぬ……と拳を握りしめる。


「け、剣術が優れているからそれくらい大丈夫なのだ!」


「……はあ。剣術だけでまかり通るような世の中じゃないんですよ。第一に、剣術だけで一日の食費を稼げるわけがありません。時代が違います。出直してください。それにあなたには、免許皆伝も何もないでしょう。──それに、あなたは日本のことについて、いろいろと時代がずれていたりしてたりするのを直してください。現在の日本じゃ、古めかしい言葉使わないし、剣術だけで食べてはいけないのよ。ちゃん今の時代にあった言葉遣いと考え方を身に付けてください」


「……っ!?」


 朱嶺が言うと、シルベットは眉をひそめる。


「な……っ、なぜその場で言わんのだ!」


「そこまでする義務はないもの。──あたし的には、あなたには自立してもらいたいだけよ。どうせ、人のいうことなんて無視して、一人に突っ走っちゃうんでしょけれど」


「う、うるさいっ!」


 シルベットはそう叫び、目にもとまらぬスピードで、横に魔方陣を構築し、そこに手を突っ込み、日本刀を召喚する。


 それは、全長三、四メートル程ある美しい長剣だった。


 切れ味も装飾性も特化された華美なる神剣。ずしりととした重量感はある輝きを放つ幅広の長く分厚い刀身を持ち、両刃。柄も長く一メートル半もあり、全長三、四メートル程ある長剣の三分の一を占めているからシルベットが両手で握っても有り余る。


 少女が扱うには、とても不向きで、小回りが利かない刀剣をシルベットは軽々と扱い、如月朱嶺に向けた。


 朱嶺も同じように、武器を召喚する。


 それは冷たく輝く銀色の槍だった。


 槍の柄が一瞬でスライドして長く伸び、同時に、格納されていた主刃が穂先から突き出した。まるで戦闘機の可変翼のように、穂先の左右にも副刃が広がる。洗練された近代兵器のような外観である。


 二メートル近くにも伸びた美しい槍を、少女は軽々と操って、それの刀身をシルベットに向けた。


「……き、斬る、斬り捨ててくれる! 貴様など私の天羽々斬で一太刀だ!」


「すぐに武器を召喚するなんて、あなた人間世界に来た自覚があるんですか……。もしも、ここに燕さんがいたら、どう言い訳するんです?」


「今はツバメは、しょっぴんぐに行っていて、おらんからいいだろう。貴様も武器を出しおって私のことをとやかく言えないだろうがっ」


「それはあなたが殺気を出したからでしょうが……」


「お、落ち着けって、二人とも」


 放っておいたら斬り合いになってしまいかねない。翼は二人の間に割って入ると、「まあまあ」となだめるように距離を取らせた。


「これも、これも、ツバサが早くオカワリをくれないから悪いのだ!」


「え?」


 と、不意にそんなことを言われ、翼は間の抜けた声を発した。


 続いて、朱嶺が翼を庇うように前に立つと口を開く。


「翼さんのせいにしないでくださいよ。元々は、あなたが生活費を一日の食費に使ったばかりでこうなったのですよ! 決して清神家が金銭的に厳しいのが悪いわけではありませんよ。いちいち、ボルコナに生活費について援助を求めなければならない生活をしなければならなくなったのは、シルベットさんのせいです……」


「……い、いや。それは、遠回しにウチの経済状況を皮肉られているしか聞こえないんだけど……」


「べつに、翼さんのせいだなんていませんよ!」


 翼の言葉に反応した朱嶺を苛立ちをそのまま言葉を荒げた。


「いいや、オカワリをくれないツバサが悪いといっておるぞ!」


「決してそれ以上、シルベットさんにおかわりをあげないでくださいよ翼さん!」


「貴様に私のオカワリを止められる権利はない!」


 シルベットは持っていた茶碗を翼に渡そうとするが、朱嶺が行く手を塞ぐように槍で構える。刺すような眼光で睨み合い、二人の勢いに射竦められた翼は、シルベットが餌をくれというペットと、朱嶺が餌をそれ以上やるなという母親に見えてきてしまう。


 七月十八日。


 真夏の猛暑にあてられた彼女達の諍いは、翼を幻いを見させるには充分だ。ご飯のおかわりだけで戦いが行われても困るため、翼は台所から釜を持ってきて、蓋を開けてシルベットに現実を見せた。


「ごめん。もうないんだ……」


 空っぽである釜を何度も確認して、シルベットから力が抜けて、床に崩れ落ちた。


「もうない…………だと?」


 愕然とするシルベット。それを朱嶺は大きなため息を吐きながら、呆れ果てる。


 自分の席に座って食事を終えたエクレールと蓮歌はコップに注いであった麦茶を飲み干して、私は関係ありませんといった顔で席を立ち、自室に戻っていった。


 翼は自分の席に戻り、食べかけていた白米が残る茶碗を手に取ると、一気にかこむと、食べ終わった皆の皿を流し台に持っていき、後片付けを開始する。


「……ほら。さっさと食べて、自分の食べた分を片付けしろよ。あと、今日はオカワリ無しだからな」


 そう言って、再起不能だったシルベットを我に返らせて、武器を魔方陣にしまう。朱嶺も少し疲れた顔を浮かべて席に戻ると、すっかり冷めてしまった昼食に手を付ける。先に食べ終わったシルベットは、食器を流し台に持ってきて、シルベットは、「次は何だ」と早速夕食のメニューについて訊いてきた。


 翼は微笑みを浮かべながら口を開く。




「それは夕食になってからのお楽しみだ」





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