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第一章 六 




 角を生やして宙をうねる長い胴体を持つ東洋の龍は生かす“東”として、二足歩行の蜥蜴のような姿をした西洋のドラゴンは殺す“西”として、人間界の各地で伝承や神話など重要なやくどころとして今なお語り伝えられてきている。


 伝承と神話での扱い方に相違がある理由としては、龍は比較的に神格化した鯉や蛇、蜥蜴として、人間たちを助ける善として描かれ、ドラゴンは人間たちに災いなす存在──悪魔として描かれるのが一番の理由だろう。


 そんな龍であると名乗った銀翼銀髪の少女──シルベットは龍とドラゴンのハイブリッドであると語った。


「私──銀龍族の龍態は、蛇のように胴体に白銀の羽根を背に生やしている。宙をうねりながら泳ぐように飛翔することも、銀翼を羽ばたかせて飛行することも可能だ」


「つまり、東西の龍の特徴を融合させた姿をしている姿ということですか?」


「そうだな。大体、そうだな。銀龍族は龍とドラゴンの融合型のようなものだ。龍の種族は、他にも蛇型だったり、蜥蜴型だったり、鯉型だったりと多岐にわたるが、いちいち説明するのがめんどくさいから省くぞ」


 そう言ってシルベットは茶を啜った。


 そんな彼女の話を聞いて見て、ふと、疑問が浮かんだ。翼が知っている龍とドラゴンの伝承には、シルベットが言った龍とドラゴンの融合型の銀龍はなかった。記憶にないだけかもしれないし、まだ知らないだけかもしれない。はたまた、滅多に人間界に来ることはない種族なのだろうか。


「そういえば、龍とドラゴンの融合型の銀龍族って、人間界に来たことありますか?」


 翼は何となく聞いてみた。


 美味しそうに茶を飲んだシルベットは翼の質問に若干めんどくさそうな顔を浮かべてから答える。


「銀龍族は今まで龍態で人間界に訪れたことは、あまりない。龍態よりも、人間態の姿で訪れたことが多いからな。それゆえに、銀龍族は他の一族よりも人間慣れしているし、精通している。それゆえに、人間界の地域問わず、両界からの偏見には晒されてきているし、疎まれてきた時代が多いからな……」


 シルベットは表情にもの悲しそうな色を落とす。


「疎まれて、憎まれて……。好かれることは一部の種族や人間を抜かしては長年なかったのだ」


「そうなんだ……」


 いつの世も、どこの世界にも、どの生き物でも、差別、偏見、いじめのようなことがあることに心が痛まれた。


「まあ、かなり過去の話しだからな。ツバサが気にすることではない」


「……」


 シルベットはさっきの悲しげな表情が一気に消え去る。切りかえの早さに言葉を失う翼をよそに、シルベットは銀翼を周囲のものを接触しない程度に広げて、大仰に腕め広げて語る。


「昔、ハトラレ・アローラで伝説とされた悪魔の襲来により、テンクレプ率いる悪魔討伐隊の中に私の御先祖が参戦して、多くの功績を果たしたことにより、薄まってきてはいるのだ。今や昔ほど苦ではないことを言っておくぞ」


 時代劇で出でくるお代官みたいな笑い声をあげる。その度にドレスからいまにもこぼれおちそうなほど豊艶な胸の双丘が揺れる。


 そしてそれを目にし、しばしの間身体を硬直させた。


「……っ」


 翼も男の子である。その魅惑的な身体に興味がないわけではなかったが、欲望を理性で押し込めて、頬を赤くしながらもコホンと咳払いをする。


「は、話しを変えるけどいいか?」


「よいぞ」


「シルベットが龍に変化したら、どのくらい大きいんだ? あのドラゴンくらいか? まだ話しを聞いただけでは、具体的な大きさとかの想像が追いつかなくって」


「そうだな、あの雑魚よりも大きい。そうだな──まだ測ったことも見比べたこともないが、その辺のビルよりは大きいな。小山が一つか二つほどくらいか、または、それ以上か」


「はあ……」


 シルベットの問いが簡潔的過ぎて、全体の想像がつかない。


 漫画やアニメ、ゲームなどでしか見られないファンタジーの生き物でしかなかった龍。ドラゴンは先ほど追いかけられて、散々な目に合ってもう見たくはないが、シルベットの龍態に興味がないといえば嘘になる。


 シルベットの龍態ならば少し怖いながらも見てみたいと怖いもの見たさ、で翼はシルベットに頼み込んでみる。


「もしかして今、変化できたりする?」


「貴様は何を馬鹿なことを言っている──」


 その問いに、シルベットは心底呆れ果てたといった表情を浮かべて、肩を竦める。


「そんなことをすれば、貴様の家が壊れてしまうぞ。それでもいいのか? それでもいいなら、遠慮せず────」


「それはダメです! 変化しなくっていいです! 間に合ってます!」


 翼はシルベットの言葉を遮って即座に断った。


 もしも、シルベットが龍に変化して半壊でもしたら、友達の家に寄り道をしてくるといった妹の清神燕や来月仕事から疲れて帰ってくる両親にどう言い訳をしたらいいのか、わからない。


「そうか。なら、いい」


 と、ウーロン茶を飲んだ。


 飲食に対して、意地を張ったシルベットを見て、翼は思い出した。


「そういえば、シルベット?」


「なんだ」


「あの、黄金の龍はどうしたんです?」


 黒いドラゴンの群れとシルベットが戦っている最中に現れた黄金の龍。


 シルベットと罵り合いながらも、翼を安全圏内までに運んでくれた龍の姿が元の世界に戻ってから、一度も見ていない。


 蛇のように長い胴を黄金に輝かせて、頭には鋭く歪んだ角。蛇のように裂けた顎の隙間から、雷を吐き出しており。逆三角の鋭いエメラルドと同じ緑に輝くの眼光。


 金のような光沢を放っている身体は蛇のような鱗だが、どこか神格的な姿は、東洋の龍そのものだ。


 目を覚ました時には、シルベットの姿しかなかった。どこに行ったのだろうか。人間が行き交う街で、あの姿のままということは有り得ないだろうが。


「あ、あれか……」


 シルベットは眉を不機嫌に歪ませて、そんざいな言い方で答えた。


「金ピカなら、敵の偵察だ。気にするな」


 苛立たしげに舌打ちをして、


「せっかくの茶が不味くなる。あの金ピカの話しはするな」


 そう言って、飲み干したコーヒーカップを覗き込む、お茶のお代わりを催促してきた。


 あの異空間でも感じたことだが、シルベットと黄金の龍は仲がよろしくないようだ。


 翼はシルベットからコーヒーカップを受け取り、お茶を注いであげながら、黄金の龍の件について、なるべく話さないことにした。


「基本的に人型で過ごし【創世敬団ジェネシス】と戦うが、強敵が顕れ人型で対処出来なかった場合は見れるぞ。まあ、あの程度の雑魚が相手が続くなら、龍型の変化やあの金ピカがいなくとも私の自慢の〈クルワ〉で一降りで霧散に変えられる」


「くるわ?」


 またしても聞き慣れない単語が現れた。


「【十字棍クルワ】とは私の腰につけている、これのことだ」


 シルベットは腰に付けていた翼を追いかけ回した龍を一太刀で倒した剣を取り出した。


 ガチャ、とシルベットは少しばかりか鞘から抜き、刃が翼に見えるようにテーブルの上に置いた。


 置いたと同時にゴツ、という重厚感がある音と刀特有の金属音がした。


 テーブルに置かれた十字架型の刀は、ドラゴンの大群と戦った時には紅く染まっていた刃も、今はとても鋭く銀色の光りを妖しく放っている。


「【十字棍クルワ】は【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に支給されたものだ。この【十字棍クルワ】は日本でいうところで、妖刀にあたると考えた方が貴様にはわかりやすいだろう」


「え……」


 翼はシルベットから危険という単語を耳にして恐れ慄く。妖刀、という単語を聞いたりするのは漫画とかでよくあるが、初見の翼は、好奇心でもっと間近に見たいという気持ちは少しながらあったが、持ち主であるシルベットが真剣な表情で、危険の二文字を出したことにより恐怖が勝った。


「【十字棍クルワ】は、【創世敬団ジェネシス】のドラゴンを頑丈な鱗を簡単に貫くことが出来る。しかし、所要者、または標的のある一定の血液を抜き取る吸血剣でもあるため、目標をしっかりと殲滅しなければ、それなりの代償を払うことになってしまう。まあ私は龍人であるからちょっとやそっと血液を吸われようと何ともないが、血液量が少ない人間には扱えない代物だ。見るのはいいが、触ることは薦めん」


 と、一口。コップに入ったウーロン茶を飲み。コップを覗き込み、残りを確認してから一気に飲み干す。


 牛乳をがぶ飲みするかのように、ウーロン茶を飲み干したシルベットは、コップの中を覗き込んでから、顔を上げた。


「もう一杯あるか?」


「まだ飲むの……? お茶、本当に大好きですね」


「大好きだ。私の父親は日本から迷い込んだ人間でな、よく美味しいお茶を飲ませてくれたのだ」


 と、シルベットは満遍の微笑みを浮かべて、何の悠長もなくコップを差し出した。


「わかりました……んっ?」


 翼は何気なく口にしたシルベットの父親の思い出話に、疑問を感じた。


「父親が日本から迷い込んだ人間?」


「そうだ」


「え……でも」


 清神翼はシルベットの容姿を確認する。まばゆい光りを放つ銀翼、肩に腰に絡みつくように煙るは、銀翼と同じ色をした長い髪。


 凜と見上げる、何とも形容しがたい深い赤色をした双眸。


 女神にさえも嫉妬するような顔貌だけではなく、体も金属のような、布のような不思議な素材で構成されたドレスに身に纏っていてもわかる美貌を誇っている。


 どう見ても、日本人の血が流れているなんて想像がつかない。ハーフだとしても、少しは日本人らしさがもう少しあってもいいほどにシルベットの顔立ちは日本人から離れていた。


「ああ。日本人に見えないのであろう。よく言われる。私の場合は母親似なのだ。完全に人間化した場合は、銀翼は引っ込んでしまい、父と同じ黒目黒髪となり日本人らしくはなるがな」


「人間化?」


「そうだ、人間化だ。当然の如く、空は飛べないければ、〈クルワ〉が使えない。戦闘最中になったら不便だ。しかし普段、人間世界で生活するなら不便はないはず────おっと?」


 シルベットはまた何かを思い出したように話しを一旦、中断した。そして、辺りをキョロキョロと様子を見遣ると、


「そういえば、貴様の両親はどこだ? さっきから見当たらないんだが……」


 キョロキョロと動かしていた顔を翼に向けて聞いてきた。


「両親なら帰ってきませんよ。父と母は主張中ですから、来月までは帰りません」


「ほほう。兄弟とかはいないのか?」


「弟はいませんが、妹はいます」


「ほう。それで妹は?」


「まだ帰ってきてません。多分、友達と一緒に寄り道をしていることでしょ」


「貴様には、一緒に寄り道をする友達はいないのか?」


「……えっ、と、それはですね」


 翼は言葉を鈍らせる。本当は今日は友達と盛大に寄り道をする予定だったが、あのドラゴンのせいで時間が狂い、結局は行かれなくなってしまったのだ。


「行く予定でしたが、ドラゴンに襲われたり、シルベットさんに助けられたり、話しが長引いたので後で合流するのが出来なったよ……」


「ならば、なぜ行かれなくなったという連絡をしない」


「しましたよ。シルベットさんが自販機でお茶について熱く語っていた時に、メールで」


「めーる?」


 シルベットはメールという言葉自体知らないと言った感じで首を傾げた。


「まさかだと思いますが、その反応はメールを知らないんですか? スマホや携帯についている機能のことですよ」


「すまほやケータイは知っている。簡易的に言えば、持ち運びが便利ないろいろなことが出来る電話のことだろ?」


「まあ合ってますけど……」


 携帯は知っているのになんでメールは知らないんだろう、と翼は疑問に思ったが、口にはしないでおいた。


「前、地下鉄というものに乗った時に、隣の席に座っていた若造がを耳にあてて、周囲の人の目も気にせずに大声で話していた代物だろ?」


「それは確実にマナー違反ですね。って、その前に、地下鉄に乗ったんですか!?」


 翼は驚いた。シルベットは容姿はどう見ても都会の風景から浮き世離れしている格好だ。それどころか、腰には〈クルワ〉と呼ばれる剣があるから警官に補導されるレベルなんてもんじゃない。日本は銃刀法がある。だから、現行犯逮捕される可能性は充分に可能性がある。


「まあ乗ったぞ。その時代にあった、相応しい人間の扮装でな」


「どんな扮装なんですか?」


 と、言った後に翼はなんか緊張と水分補給も忘れて今までぶっと通しで話しを聞いた為に喉が渇いたので、翼は目の前にあった自分のお茶を飲み込んだ。


「それよりも私にもうーろん茶はどうした?」


「あっ」


 すっかり、話しに夢中になって忘れてしまっていた。


「さっさと私のうーろん茶を持って来い!」


「はいはい」


「はいは一回にしろ!」


 会話を勝手に中断して、大威張りで言うシルベットに若干ムカつきながら、翼はコップを持って台所へ足を運んだ。


 シルベットの頭の中の優先順位は、飲食の方が高いようだ。


 というよりも、これは逆じゃないだろうか。


 立場上、シルベットに助けられた身で命の恩人という位置なのだが、ここは清神翼の家であり、翼はこの家の住人である。こんなにわがまま顔で座らせてよいものだろうか。それよりも、いつまで居座るつもりなのだろうか。


 時間は、午後四時三十二分。


 あと少しで妹の燕が帰ってくる頃合い。


 帰ってきて、女の子──しかも、銀翼銀髪の異形で異国の少女がいたら、どう反応するだろうか。


 確実に連れ込んだと勘違いさせる。いや、連れ込んだことは事実だが、別に卑しい意味で連れ込んだわけではない。


 それに銀翼を生やしていることでどう思うか。最初はコスプレと勘違いするだろうが、本当に背中から生やしていることに、確実に驚くだけでは済まない。


 しかし──


 どう説明しても、暑さのせいで頭をおかしくなったと思われる。それか、シルベットの姿を見てどう思われるのだらうか。勉強のし過ぎで頭がおかしくなって、痛い人に捕まったなんて思われてしまうじゃないだろうか。


「……あ」


 本来であれば、ファミレスで天宮空と鷹羽亮太郎と夏休みの計画をたてながら、たっぷりと出された宿題を終わらせる勉強会を──


 翼は思い出した。


 宿題が入った鞄は、龍に追われた時に教室に落としたっきりでいたのだ。


「……い、……さ」


 更にその際、長期的な休み時に家に持ち帰らないといけない代物を全て教室に置いてきてしまったことを。


 もう一度、戻らないといけない。これでは三度目の学校へと戻る羽目となる。まさしく三度手間であるが、翼は学校へ取りに行く気にはなれない。


 昼間にもかかわらず、血のような深紅に染められた夜のような薄暗い空間で【創世敬団ジェネシス】のドラゴンと対峙した時の情景が頭の中から離れないでいた。それを考えると、足を踏み出せずにいた。


「──し、しまった」


 翼はあまりのことに、愕然となった。


 取りに行くには、学校に戻るしかない。しかし、翼を命を狙う【創世敬団ジェネシス】がまた襲いに現れるかもしれない。どうすればいいんだ……。


「おい!」


 しかし、まだいるとは限らない。なら、長距離走が得意な脚をフル活用して取ってくればいいか。


「おい、翼!」


 だけれども、万が一のこともある。考えていくはないが、十分に有り得ることだ。だが、そうなったら今度は上手く逃げられる自信はない。正体を知ったからといって、次は上手くいく保証はないのだ。


「……無視をするなっ!」


「うわぁ!」


 いきなり耳の側で怒鳴られて、翼は思わず叫んでしまった。


「な、何なんだよ……」


 翼は三、四歩前に進み、声がした方向を向き、視線を集中させた。


 視線の先。


 日本の一般のご家庭にあるキッチンには、あまりにも似つかわしくないドレスを纏った銀翼銀髪の少女がいた。


「し──シルベットさん!?」


 そう、翼の脳か目に異常がなければ、その少女はさっきまでリビングで話しをしていた人物だ。


「ようやく気づきおったな」


 背筋が凍るほど美しい顔を不満げな色に染めた、シルベットがいたのだ。


「な、何してんだ、シルベットさん……」


「……用があったから来たのだ。悪いか?」


「悪くないけど……。それよりも用って、何だ?」


「うむ」


 シルベットは凛とした表情で腕組みをする。


「言いたいことがあったのだ。今日【創世敬団ジェネシス】に最初に襲撃された場所はどこだったか?」


「えっ、どこって……」


 またしても唐突に、シルベットは聞いてきた。


「ドラゴンを最初に見たのは、確か学校の自分の教室だけど……」


「ならば、そのがっこうのきょうしつ、とやらに案内しろ」


「えっ……なんで?」


 いきなりの道案内に翼は戸惑うのを見て、シルベットはニヤリと微笑みを浮かべる。


「先手必勝。これから【謀反者討伐隊トレトール・シャス】に任務として、【創世敬団ジェネシス】にほんの宣戦布告として奇襲を仕掛けようと思ってな」


「え……、ちょ、ちょっと……」


 奇襲、というシルベットが口にした言葉に翼は悪い予感しかしない。


「いつ何時襲われるかわからんという状況では、貴様の精神的に疲弊しかねない。ここは、あえて先手を討つ。そうと決まれば行くぞ!」


 シルベットは矢継ぎ早に考えた策を口にして、翼の返事を待たずに手を掴み、半ば強引に玄関先へ向かおうとする。翼の体調面について考えての行動なのだろうが、少し独断専行過ぎるじゃないだろうか。


 と、そこで翼は致命的な事象に気づいてしまった。


「し、シルベット! その格好はまずい……ッ!」


「ぬぬ?」


 翼が言うと、シルベットはさも意外といったように目を丸くした。


「私の格好のどこがいけないのだ。これは巣立ちの式典で支給された【謀反者討伐隊トレトール・シャス】の制服だぞ」


「その格好だと、この世界では目立ちすぎるんだよ……! 服装とか、銀の翼とか銀髪とか、その腰に備えられた十字架型の剣とか!」


「そ、それでは全部ダメではないか!」


 容姿とか含めて目立つ以前に、怪しいから仕方がない。


「全部が目立つからしょうがないじゃないか!」


「ではどうしろというのだ」


「銀髪はしょうがなくとも、銀の翼を目立たない服で隠せたり出来ないだろうか?」


「双翼は見えなくすれば可能だが、空中戦は難しいだろうな……。出来れば、背中がぽっかりと空いた服か、良い服があれば錬成して、双翼を隠したままでも大丈夫なんだが……」


 といってから、何か思い付いたかのように、ポンと手を打つ。


「ならば、そのがっこうという中に入り、誰もいないことを見計らって、〈錬成異空間〉に入るまで双翼を隠すというのならよいか?」


「うん……それなら、問題はない。どうや──」


「初めて地下鉄に乗った時の服装ならよいか?」


 シルベットの翼の返事を聞く、次の疑問を口にする前に問いを続けた。


「え? どんな……」


「こういうのだが……」


 シルベットは左腕を伸ばして左横に真っ直ぐと向け、掌を広げる。


 そしたら、広げた掌を軸に白銀に光る魔方陣が現れた。白銀の魔方陣は、シルベットの体よりもやや大きめに拡がり、左から右へと横滑りしながらシルベットの体全体を包み込ように通り過ぎる。


 すると途端にシルベットが身に纏っていたドレスが端から空気に溶け消えていく。


 かと思うと、それと入れ替わるようにして周囲から光の粒子のようなものがシルベットの身体にまとわりつき、別のシルエットを形作っていった。


 三秒も経たずに、魔方陣が通り過ぎて跡形もなく消失した時には、どこぞのアニメに登場しそうなコスプレめいたセーラー服を着用したシルベットがいた。


 まばゆい光を放つ銀翼は、相変わらず存在しているが、銀翼は消えていた。いや、見えなくなっているという言葉が合っている。先ほどまで銀翼が存在していたシルベットの後ろをよく目を懲らしてみると、透明な翼の形をした膜みたいなのがあり、時折シャボン玉の表面のように虹色をうねるように光が流れている。


「どうだ。日本でやっているアニメの登場する『いまどきの女子学生』を視認情報だけで顕現させてやったぞ」


 ふふんと腕組みし、シルベットが言ってくる。


 そんな彼女に翼は、頬に汗をひとすじ垂らした。


「え……それで?」


「そうだが……」


「……いやいや、そんなことができるなら最初から言ってよ、とは思ったのはさておき、それだとさっきよりはいいが、まだコスプレっぽくて余計に目立つよ」


「何だとっ! 私はコレで地下鉄とかに乗ったのだぞ」


「それで地下鉄に乗ったなんて恐るべきチャレンジャーとしか言いようがないよ。さぞかし、好奇の目で見られたでしょ? 日本のいまどきの女子は、そんなセーラー服を普段から滅多に好き好んで着ないからな。ハロウィンか、コミケか、コスプレパーティーだけだから!」


「な──」


 シルベットが、ハッと気づいたように声を上げた。


「ぬっ! ぬ、ぬぬぬ……! だっ、だから、周囲からあらゆる方向から視線を感じたのか?」


 頬を赤く染め、シルベットは狼狽する。


 さっきのドレスほどではないが、今着用しているセーラー服も十分に目立つ。それにセーラー服がいまどきというのは、一体いつの時代の情報だろうか。外国人ならよくある話しではある。侍が今でも日本に存在していると信じているのと同じようで、それは別世界であるハトラレ・アローラでも例外ではないようだ。


「ど、どうすればよいのだ!」


「とりあえず落ち着け! まず、深呼吸しろ」


「すー、はー、すーはー」


 シルベットは何の疑いも抱くこともなく素直に深呼吸をした。


「そして、これでも飲んで心を落ち着かせるんだ」


 翼は深呼吸しているシルベットに、コップに入れたウーロン茶を差し出す。


「お、おお。わ、わかった……」


 シルベットはウーロン茶が入ったコップを受け取ると、一気に飲み干した。


「落ち着いたか?」


「……何とか」


 シルベットは眉をひそめながら、胸に手を当てて翼の問いに答えた。


「じゃ、シルベットさんに聞くけどいいかな?」


「なんだ……」


 疲労の色が見え隠れする表情で、シルベットは翼を見た。


「確認するけど、さっきの魔方陣で見た服は何でも着られるのものか?」


「ああ、出来る。視認した情報を魔方陣へと記憶を送れば可能だ」


「それは本でもか?」


「出来るが、それがどうかしたんだ……?」


 シルベットは訝しげに質問してくる翼の様子を伺う。


「じゃ、これから妹が買っているいまどき女子のファッションが詳しく載っている雑誌を持ってくる。それを見て、さっき見たいに着替えた方がいい」


「お、おお。何と、そんな考えがあったとは──」


 シルベットが表情と声に歓喜に満ちる。


「なら、今リビングに何冊かあったから、そこから気に入った服を選べ!」


「おう、わかった」


 シルベットが首肯するのを確認すると、翼は大急ぎでリビングに行き、燕のファッション雑誌を二冊だけを持ち戻る。


「とりあえず、まずはこの中から選べ」


「うむ」


 シルベットは頷き、まずは一冊目を手に取る。


「これにする」


 二、三ページくらい開いて見ただけで即決した。


 女子というものは、服選びに時間をかけるものだ。母親と燕の服選びに何時間くらいか付き合わされたことがある翼にとって、服選びに一分もかかっていないことに驚きを隠しきれない。


「……選ぶの早すぎないか?」


「早すぎて何が悪い。時間がないのであろう。ならば、手頃な二、三ページでいいのを選んだ方が、翼にとってよいではないか」


 意外にもシルベットは翼のことなどを考えていてくれたようで、翼はそんなシルベットの行為は素直に嬉しかった。


「では、行くぞ」


 シルベットはさっきと同じように、左腕を伸ばして左横に真っ直ぐと向け、掌を広げる。

 そしたら、さっきほどと同じように、広げた掌を中心に白銀に光る魔方陣が現れて、白銀の魔方陣は、シルベットの体よりもやや大きめに拡がる。


 左から右へと横滑りしながらシルベットの体全体を包み込よう服が構成されていく。


 魔方陣の消失と共に現れたのは、清楚で爽やかな色合いがした青空色に色とりどりな紫陽花の刺繍が入ったワンピースを着たシルベットの姿。


「…………わあ」


「なんだまた文句あるのか?」


「いや、ないない。よおく、似合っている!」


 彼女自身の姿容は、服を脇役に霞ませるほど、ただでさえ美しい。


 さっきのコスプレめいたセーラー服でさえも、成り下がることはない。


 今回の爽やか紫陽花柄のワンピースでも衰えてはいなかったが、まばゆい光を放つ銀髪と透明感ある肌とモデル以上にスタイルの良さが、一層、際立たせている。


 幼さと大人っぽさがうまい具合に相成って、どこか遠い国の令嬢を思い起こされるほどに綺麗で、言葉を失うほど、よく似合っていた。


「そ、そうか?」


「ああ、キレイだ」


「フフフ、そうだろ。その通りだろう」


 翼が褒めて気をよくしたシルベットは、はにかんだ微笑みを見せる。


「では、行くか」


「わかった……」


 翼は短く答えた。




      ◇




「…………」


 清神翼の自宅近くで、塀の陰に隠れながら、玄関から出てきた男女をジッと見つめていたエクレール・ブリアン・ルドオルは、悔しそうな表情を浮かべながら睨みつける。


 水無月・シルベットと共に清神翼を護衛の命を降され、【部隊チーム】を組む身である彼女は、またしても別行動をしていた。いや、されてしまった。


 それには、理由がある。


 護衛対処者である少年を救い、【創世敬団ジェネシス】のドラゴンとの戦いが終わった後──


 シルベットは清神翼を安全圏までに逃がしたエクレールに御礼も言わずに、『敵の偵察に行って来い』と命令をされて、頭に血が上った。


 しかし、エクレールは急場しのぎで張り巡らせた網の中を逃げ出した者がいる可能性はないとは断言はできなかった。敵の〈錬成異空間〉に無理矢理に捩込んだ浸蝕の術式に穴がないとはいくら誇り高い金龍族の女王をもってしても、確認する他ならない。


 シルベットに調べさせたかったが、その手の術式を頭ではなく勘でしか働かせない銀翼銀髪のチームメイトには頼めない。


 もしもエクレールが張った浸蝕の術式に穴があり、そこから逃げ出した者がいた場合。


 それがシルベットに悟られたら、エクレールは穴に掘って入りたいくらいの辱めを受けることになる。もう胸を張って城に帰って、両親に合わす顔なんてない。


 シルベットだけには、あっても悟らまいと、エクレールは渋々と状態を見に行っている間に抜け駆けという形で清神宅にお邪魔していたのである。


 警察から散々と厳重注意を受けられて恨み、任命式に半龍半人のくせに上からものを言われたこと思い出して、怒りが込み上げてきた。


「まさかの抜け駆けとは驚きましたわ。なんか抜けているなんて思って侮っていましたが……これほどの策士とはお恐れ入りましたわ」


 シルベットに先を越されたことに込み上げてくる怒りを抑え切れない。躰全体を雷撃が迸り、人間の少年の護衛につくシルベットを睨み据える。


「この恨みを、晴らしてあげますわ……」


 周囲の電柱までに怒りの電流がバチバチとなり、耐えられないほど電圧に破裂した。


 細い体を鋭く返してエクレールは先回りする。




      ◇




 太陽の光りが傾き、蒼から緋色が混ざりはじめていく。まだ陽が落ちて夜の帳が降りるには幾何かの時があり、少しずつ夜の色を濃くしていく時間帯。


 街には橙色に包まれ、家族連れや恋人同士、遊びに投じる子供の群れなど人々が行き交っている。


 その中で、一人の偉丈夫が立っていた。


 ──……いた。


 遂に“問題児”水無月・シルベットをその目に捉えた。見間違えようもない、その少女は軽そうな足取りで、腕を大きく振って、保護対象者である少年と談笑(偉丈夫にはそう見えた)しながら歩いている。


 行く道を御丁寧に人避けの術式を施す辺り、少年を囮にして、これから【創世敬団ジェネシス】と戦闘をするつもりだろうか。それか足取りを調査をするつもりなのだろうか。しかし、通る道には不自然に人などいない状況では罠を張ってますとだと大声で言っているようなもの。


 ──爪が甘い。


 先が思いやられる。朱雀の焔が危惧した通り、未熟だ。〈チーム〉を組んでいた金龍族の女王も気配を消していない。何やら怒りのようなものをバチバチと感じる。これでは相手の思うツボ、偉丈夫は二人の仕事ぶりに頭が痛くなる。


 もう一人に至っては、合流さえしていない。


 ――やはり試す必要は感じないが、やるしかあるまい……。


 その見る先で、二人が道を折れた。


 見失わない内に、と知らず足早になって追いかけける。


 小走りに曲がった偉丈夫は、真正面から走ってきた誰かに衝突し、


 真上から氷入りのジュースを浴びて、


「うおっ!?」


 思わず声を張り上げていた。


 自分の前に転んで尻餅を着いていたのは、人間というところの十四、五歳の少女である。


 紺の制服に身を包んだ、細身の少女である。腰まであろうかという夜色の髪を二つに結い、美しい面は左側だけが不自然に長い髪で見えない。あらわになっている右には、水晶の瞳。


 どこか、ハトラレ・アローラで恐れられている殺戮者に似ていた。しかし他人の空似だと思い、首を振るう。


 ──あ奴は今、封印されて地球はおろかハトラレ・アローラの地も踏めぬのだから……。


 不意に過ぎった可能性を消すように首を振る。


 ──それに、あ奴はこんな清楚で可憐な乙女ではない。


 本人が聞いたら、憤怒しそうな暴言を心の中で吐くと、


「……う」


 偉丈夫のお腹を大きく濡らしたことに気がついて、ガバッと目の前で土下座した少女に気付いた。


「ご、ごめんなさい……」


「あん……」


 言いかけて、口をつぐむ。


 こんな謝られ方をしたら、人がまた集まってしまう。というか、もう集まっていた。人通りの多い往来、しかも年端もいかない娘が二メートルもあるがたいのいいどこか武将のような出で立ちをした大男に謝る姿は、目立たないわけがなかった。


「大丈夫だ。まだ気温は高めだ。いずれ乾くだろう」


「でも……」


「案ずるな。今吾輩は急いでる」


 頭を下げる彼女を追い越して、一目散に逃げ出す。危うく見失うところだった二人の遠い背中を、偉丈夫は周囲に気を払いつつ追う。


 敵が気付いていないか、流れる景色の中を注意深く観察。


 幸い二人は、歩みは遅く。すぐに追いついた。


 向こうは振り向くことも周りを眺めることもしない。ただ、少年がたまに引き返そうとする体をシルベットが無理矢理に前へと進ませようとしている。まだこっちの姿は見られてはいない。


 やがて二人はある建物で立ち止まる。人の気配がしない学校だった。


 学校の敷地内に、いくつかの敵の気配を感じる。


 どうやら罠と気付いた【創世敬団ジェネシス】のドラゴンが先回りし、二人の向かう先で迎え撃つつもりのようだ。敵も安易すぎる策に、そのことを少年との会話に夢中になって気付かないシルベットにも呆れてしまう。


「仕方ない。早速だが、問題児どものお手並みを拝見させて頂こう」





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