第二章 七
水無月龍臣は、二人の安否を確認し、汚染されていない桜の木の下に優しく寝かせた。
愛娘──シルベットの方は許容範囲外の力を使い過ぎて魔力切れを起こしていた。命に別状はない。
ただレヴァイアサンの容態が芳しくない。シルベットの渾身の一斬は、大容量の破壊的エネルギーを宿している。それは亜人の免疫機能を一時的ながらも人間よりも低下させてしまう。そのため、治癒力が殆ど働いておらず、傷口が全く塞がりにくい状態だ。早く止血しなければ、出血多量により死んでしまいかねないだろう。
水無月龍臣は、気を失ったレヴァイアサンの出血を何とか止めようと、傷口を押さえていたがそれでは足りない。自分の衣服をビリビリと破き、包帯代わりにして巻き付かせて止血を行った。妻以外に女性の柔肌を触ることに抵抗がないわけではないが致し方ないと、応急処置を施したが出血は止まる気配が全くなく、すぐに布が真っ赤に染まった。
予断は赦せない状況が続く。今すぐ救急車を呼びたいが、水無月龍臣は携帯電話類を持ち歩いてはいない。持ち歩いていたとしても、電波が届かずどこも圏外で通話は困難だ。山を降りて、屋敷にある電話からかけて救急車やレスキュー隊が到着するまで一時間。近辺に病院はなく、一番近い病院までは二時間はかかるため、運び込まれるまでは、およそ三時間弱はかかるだろう。
それに、亜人を人間の病院に連れて行っていいのだろうか。彼女はハトラレ・アローラの罪人である。不用意に病院に担ぎ込まれて、何も聞けないままに連れて行かれるわけにはいかない。
「玉藻前。玉藻前はいるか!」
「いるぞよ」
水無月龍臣の呼びかけに応じたのは、幼い少女の声だ。
汚染された森の中を金色の瞳が二つ、妖しく輝いていた。からんからんと下駄の音を響かせて、金色の瞳の所有者は進むと、汚れが道を空けるかように分かれていき、そして消えていく。
森の中を浄めていく、金色の瞳の所有者は水無月龍臣の前に顕れた。
緋色の和服──巫女装束風の和服を纏った幼い少女だ。年のころは、五歳ほどの幼さがあるにもかかわらず、可愛らしい顔立ちには蠱惑的と呼びたくなる雰囲気を持っている。
「レヴァイアサンを救ってくれぬか?」
「敵の幹部を救えとな。龍臣らしいといえば龍臣らしい頼み事じゃな」
玉藻前と呼ばれた少女は肩を竦める。
「この場合は、いつ再び襲いかかるかわからんから殺すか。首謀者を洗い出すために生きて捕えるか、が普通じゃがな。妾としては、”妾の聖域”を汚した罰を降したいんじゃが」
「救ってくれぬのか救うのかどっちだ!」
レヴァイアサンに鋭く怨みがかった目を向けて、救おうとしない玉藻前に水無月龍臣は急かすに言うと、
「…………わかったのじゃ。これに関しては、怨みしかないが仕方あるまい。一時的に止まっている免疫機能が働くまで止血すれば助かるじゃろから、治すのは造作もないぞ。大切な情報源でもあるわけだしのう。妾のとしては、聖域を汚したことは腹立しいが救ってやるのじゃよ」
はぁ……、と嘆息してから、渋々ながらも了承した。
玉藻前がレヴァイアサンの傷口を治癒することを確認してから、「頼む」と言葉を残して、水無月龍臣は愛娘──シルベットの手にしていた剣に声をかける。
「大丈夫か? これは一体どういうことなのだ?」
水無月龍臣は、刃のように鋭く、ゼノンを見据えていた。愛娘を危険な目に合わせそうになったのだ。怒らないはずはない。
『すまねぇ』
傍らにあった生剣──ゼノンは、すぐに自分に非があったこと素直に認め、柄の龍の頭部を下げる。
ゼノンは此処に到るまでの経緯について語り出した。
『そこのお嬢ちゃんに封印されていた箱を抉じ開けられてな。丁度悪いことに憲兵がやって来て、悪いがお嬢ちゃんに運んでもらって逃げてきた。その時に、屋敷にあった【世界維新】が造った転送機──〈ゲート〉で此処に降りてきたんだ…………なんか、すまねぇ……。お嬢ちゃんを巻き込んぢまった……──まさか、人間界まで追っ手くるとは考えなかった……。しかもレヴァイアサンとはな……』
「【創世敬団】はしつこいからな。仕方あるまい。シルベットは屋敷内から出ることをまだ禁止されている。そんな娘がゼノンを連れてナベルにある〈ゲート〉を通ることはおろか、タカマガの検問か屋敷の周囲を見回っている憲兵で捕まってしまうのがオチだろう。だとしたら、屋敷内にある〈ゲート〉からだとしか考えられない」
『だとしたら、オレらが人間界に来ていることをどこで知ったのかが謎になっちまわないか? もしかすると、水無月家の周囲に張りついている憲兵が〈ゲート〉を開く際に、屋敷内から僅かな魔力でも感知し、辿ってきたんとかだったら。今度はファーブニルのオルム・ドレキがオマエん家に乗り込んでくるんじゃないのか?』
「ファーブニルのオルム・ドレキも【創世敬団】以上にしつこい男だからな。ただ……ファーブニルのオルム・ドレキよりも厄介なのは、シルベットとゼノンが人間界に渡ってしまったことを知られることだろう」
『だとしたら、最悪じゃないか……』
「最悪だな。ゼノンよ、シルベットと人間界に降り立ってしまったことについては、仕方ないと割り切って赦そう」
事情を話し終え謝罪したゼノンを水無月龍臣は赦した。
事情から察するにゼノンだけを責めるのは、お門違いだろう。【異種共存連合】、【謀反者討伐隊】、【世界維新】と活動をしていたために、屋敷にたまにしか帰ることが出来ず、シルウィーンに任せてしまった自分の責任といえる。遅いかもしれないが、シルベットには屋敷の物を無理矢理に開けようとしないことを教えようと決めて、水無月龍臣は話を進める。
「レヴァイアサンらがメアを脱獄させてまで、捜索しに遠路遥々と人間界まで来るとは想定できまい」
『【創世敬団】は何でそのお嬢ちゃんを狙うんだ? 異能以外にとりわけ変わったところないぞ、そのお嬢ちゃん。奴らがそこまでしてお嬢ちゃんを危険視しているのは一体何だ?』
「そうだな」
水無月龍臣は頷き、ゼノンの疑問に答える。
「シルベットには、ルシアスはおろか、【創世敬団】を唯一、死滅させる力があるからではないのか」
『それは一体、なんの冗談だ?』
水無月龍臣は、いつもは温和かな顔だが、目は笑っていなかった。つまり冗談ではない。
『すまねぇ。どういうことか説明してくれねぇか?』
水無月龍臣はゆっくりと語り出す。
「シルウィーンの父君──ハイリゲン・リンドブリムから訊いた話だ。シルベットには禁忌の力をもっている。それらは全世界線ありとあらゆる生命を奪う力だ。それはルシアスも例外なく有効だ。しかし、ただ行使しただけでは、ルシアスを永久に死滅させることは出来ない。シルベットと誰か、相対しながらも混じり合った戦士と聖なる剣によって、倒すことができる。とどのつまり、ルシアスを倒すにはもう一人と武器が必要ということだ」
『それは一体、何だ?』
「そうだな。教えてやってもよいがな。その前にしなければならぬことがある」
そう言うと、水無月龍臣は玉藻前を見ると、玉藻前は嫌そうな顔を浮かべて、しょうがない、と言わんばかりに頷いた。
「教えてやるのじゃ。その前に、おいそこの空を漂う赤黒いおなごよ手伝うのじゃ」
玉藻前は、上空で浮かんでいるメア・リメンター・バジリスクに目を向けて、言う。
「妾の聖域を荒らしたこのおなごを治療する社に連れていくからのう」
「何故、助けるの……?」
メア・リメンター・バジリスクは信じられないといった顔を浮かべる。
「仕方ないじゃろ。龍臣が助けるというのじゃから。理由ならば、龍臣にでも訊け」
玉藻前に言われ、メア・リメンター・バジリスクは目線だけで質問を促すと、水無月龍臣は答えた。
「拙者には、おなごを見殺しには出来ぬ。生けとし生ける者が死にいく姿は、どんな相手であろうと悲しいものだからな」
「だから助けると?」
「ああ」
「甘いです」
メア・リメンター・バジリスクは顔をしかめると、ハン、と小さく息を吐いた。
「助けられたとしても、【戦闘狂】となっている彼女は恩は感じませんよ。尋問しても、【創世敬団】についての情報は口を割らないことでしょう」
「うむ。そうかもしれんが、拙者は尋問をする気はない。ただ単純に助けたいと願っている。その他に理由があるのなら──」
水無月龍臣は瀕死状態のレヴァイアサンに目を向けて言った。
「このおなごを傷つけたのは、人間だ。それを行ったのは拙者ではなければ、身内ではない。だが、同じ人間として恥ずかしい。このおなごを助けて癒して生かして、これまでのことが無しにはなることはないが、恩を仇で返した贖罪をしてやりたいのだ」
◇
──時間の感覚が失われている。
この牢に叩き込まれて、どのくらいの時間が経ったのかもわからない。
牢には窓も時計もないから、今が昼なのか夜なのかも判別しょうがない。冷たいコンクリートの床に身体を横たえて、薄ぼんやりと闇を見据えている。
ベットがあり、寝具もそれなりに備え付けられているが、使う気にはならない。腰を落ちついた時に、ふかふかで座り心地が良かったのだが、此処で寝てしまったら煌焔に負けた気がしてならなかった。
だから、冷たく堅いコンクリートに横たわっているが、体が少しずつ痛めてきた。起き上がりたいが、起き上がりことさえも億劫になるほど、ロタン──レヴァイアサンは生きる気力を失っていた。食事も手を付けず、ただ時折尋問官が訪れ、容赦がない尋問を待っている。
容赦がないといったが暴力や拷問といったものはない。ただただ自白するまで、話すだけである。恐らく煌焔がそういったことをして、自白させないようにしているのだろう。軍人として甘い。
未だに、かつて親友だったロタン──レヴァイアサンを敵として見れないでいる。
何よりロタンが【戦闘狂】に堕ちたのは自分のせいだと責めている。別にロタンが【戦闘狂】に堕ちたのは、煌焔のせいでも、地弦のせいではない。
世界に、何より人間に絶望したロタン自身が選んだことだ。それによって、親友と分かつことになってしまったが、信頼できる主と出逢い、子供たちに囲まれた陣営での暮らしは孤島で独りぼっちでいるよりも幸せだと感じている。
そんな“家族”と呼べる陣営に戻るためにも、ロタンは口を割らない。
口を割ってしまえば、ロタンは家族を裏切ることになる。もう戻れなくなってしまう。自白をした後に待ち受けているのは絶望である。
希望の光りなど一切見えない絶望だ。
このまま、此処で耐えているより、死んだ方がマシではないか。そんな風に心が折れてしまいそうになる度に、“家族”を想い描きながら、その思い一つだけで、暗闇の中を耐えている。
四肢に魔力封じの術を編み込まれた拘束具を架せられ、床に横たわったまま、じぃっと闇を見据えつつ、ロタン──レヴァイアサンは今から五年前、人間界の日本に降りた時のことを思い出す。
ゼノンを追って、人間界に降り立ったロタン──レヴァイアサンは、メア・リメンター・バジリスクを連れて、ゴーシュ・リンドブリムが隠しそうな場所を探していた。
ゾォゥズフゥー・キャリーディスペアー──アガレスからもっとも可能性が高いとされる二つの国に目を付けた。ロタンは水無月龍臣の生まれ故郷である水無月山に、もう一つの可能性があったヨーロッパ地方──特にリンドブリム家がよく往き来していたドイツにメア・リメンター・バジリスクに向かわせた。
水無月山に、手っ取り早く炙り出すために、ロタン──レヴァイアサンは遊び半分の瘴気を山中に放った時のことを。
何故か忘れていた時のことを。
ロタン──レヴァイアサンはようやく思い出し、起き上がった。
何故、今頃になって思い出したのかはわからない。恐らく何者かによって、記憶に蓋を閉められていたのだろう。
その何者か、を必死に思い出そうと試みるが靄が顔にかかってわからない。
ただ──
見に覚えがある緋色の和服──巫女装束を花魁が着るように着崩した小柄で、五歳ほどの幼女。
今にも煙管をふかしそうな出で立ちに、腰まで長い髪や尖った狐の耳とモコモコとした毛並みであることは遠目ながらもわかる九本の狐の尻尾をしている。
そこから導くとしたら、種族は妖弧と考えられる。そして──人間界の日本にいる妖弧は、人間たちの信仰心だけで神に成り上がった玉藻前しかいない。
『お主がこのことを口外せぬのなら、別にこの記憶に蓋を閉められても害はない』
玉藻前はロタンにおでこに人指し指を立てる。
『妾としては、聖域を荒らした罪を償ってもらいたいが、龍臣がその必要がないというのだから仕方のないことだ』
玉藻前は小さな躯に妖力と聖力を帯びさせて、ロタンのおでこに立てる人指し指に集中させる。
『──だが、妾としては亡くなった民の分は償ってもらいたい。だから、ここであったことを忘却させる。ふとした瞬間に、思い出したとしても、その記憶に耐えられまい』
記憶の中のロタンが視線を玉藻前に向ける。
そこには──
一人の少女と一人の少年がいた。
銀翼銀髪の少女に、我が身を盾にするかのように庇い、降り注がれた魔力の矢に背を射貫かれた、生暖かい血潮に沈む少年の姿が。
『おいてめぇ、どうしてくれるんだ?』
倒れる人間の少年と銀翼銀髪の少女の前で、屹立するのは──
毛先を立たせた銀の短髪に、堀が深く巌のような顔立ちは獰猛な戦士を思わせる大男が低めで渋い、ダンディな男を印象付かせる声を荒らげている。
『これ以上は、思い出さないことをおすすめするぞ』
玉藻前の声がして、記憶は途切れた。
『今はまだ傷は癒えておらぬ故、傷が癒えた時に厭でも全部思い出させてやるから安心せい』
それが思い出せる範囲での記憶だった。
何故、今思い出したのかはわからないが、術が弱まっているのだろうか。それとも、何かが動きはじめているのだろうか。どちらにせよ、ロタンはまだ此処で死んではいけない理由が一つ出来たことに喜びを感じながら、このことをアガレスたちやグラ陣営に知らせなければならないと、脱走するために思考を巡らす。
封印を施され、ベット周りとトイレしか歩き回れない部屋の中から、脱走するのは不可能だ。
看守をたぶかそうとしても、ロタンの前で従事しているのは、女性騎士だ。明らかに色目を使うことはできない。
尋問する時間を狙うか。ロタン──レヴァイアサンは尋問室に行くまで七人の看守がつく。男性を加わっているが、色目を使っても一切反応がないことから、惑わせることは難しいと考える。
だとしたら──
望みの綱は、細いが。
陣営の仲間が。
家族たちが。
仲間が来てくれるのを待つしかない。
闇を見据えながら、ロタン──レヴァイアサンは心中で呼びかけた。
彼女に残された、たった一つの可能性。確率は低いが、たった一つだけの可能性にロタン──レヴァイアサンは運命をかけた時、闇の中に溶け込むような靄が通気口から下りてきて、人の形を二つ形作る。
それは男性だった。
彼は、見覚えがない顔をしていた。しかし、内に秘めている禍々しさや見覚えがある魔力反応を間違いなく、ロタンの知っている者であることは間違いない。
◇
女警備員からボディチェックを受け、受付で来訪者名簿に名と階級、面会理由を書き込むと、待ち受けていた担当官から、地下の留置場へ案内される。
大気は地下にも拘わらず、湿ってはいないが少しばかりかかび臭い。どこの国家でも牢獄は陰湿な空気が流れている。大抵の重罪者は地下に留置されるのだから仕方のないことかもしれないが、
「少しカビ臭いな。環境的に大丈夫か?」
「掃除は一日に三回、除菌も三回を行っています。一日に二回は浄化して清潔に保っていますが、足りませんか……」
「そこまでやっても、カビ臭いのは取れないか……」
「取れませんね。これでも前よりはカビ臭くはないのですがね……」
「留置場を快適にして犯罪件数を増やしても困るし、不衛生でもダメだからな。可もなく不可もない真ん中の室内環境を維持しなければならんな」
「そうですね。まあ、留置場の環境については、不衛生が当たり前ですからね。此処は、充分に綺麗な方ですよ」
監獄島なんて害虫や細菌、ウィルスだけじゃありませんからね、と煌焔と地弦を先導する担当官に地下の留置場についての環境について話し合いながら、薄暗い階段を降りていく。
一応の合格点を貰えた担当官の背中からややほっとした空気が伝ってきた。
地下二階にまた警備員がいた。担当官が身分証を示すと、顔を確認してから落とし格子を上げる。
亜人を留置する場とあって、格子が十二重と大仰であり、一つ一つの格子にあらゆる魔力の攻撃を無効果にする術式が刻まれていた。
狭い廊下をくぐり抜けると、右手に牢が現れる。
牢の中は殆ど空室だ。しかし僅かに空気の中に血が香っている。
──何で血のにおいが。
そんな思考が爆ぜる。二人から悪い予感が大きくなった。案内した警備官もその異変に気づき、少し足早に急ぐ。
ある牢の前で、担当官の足が止まっり愕然とする。
煌焔と地弦も足を止めて、牢内へ目を送ると、暗がりの牢獄の中には、誰もいなかった。
◇
拘置所の警報がけたたましく鳴り響く。
清掃作業員に成り済ませたアガレスとガイアは、湿った闇の中、円錐形に注ぐ電球の光域を三つ潜ったところを走り抜ける。
通路は突き当たり、さらに階段を降りていく。
コンクリートが剥き出しの側壁に走る二人の影が二人の跡を一定の距離を保ちながら追ってくるように映り込む。足音が不吉な警報器のように反響する。
地底深い死の国へ誘われるような錯覚がする階段を降っていく。
門番であるイフリート──レンの長話に付き合い、少し疲労していたところで、いくつもの身分証の確認を通り抜けた。しかし、ロタン──レヴァイアサンとルシアスが収容している牢は清掃作業員は入る区間ではなく、入ることは赦されなかった。
そのため、作戦変更を余儀なくされたのは言うまでもない。
まずは、通気口から侵入し、牢の周りに従事する看守を可及的速やかに一掃。脱獄させるための経路に障害となるものを可能な限り減らす。勿論、始末した看守は見つからないように異空間に放り込む。あとはルシアスの下に辿り着き、脱獄のために確保をした経路を辿って脱出すれば任務は完了である。
アガレスは、地下奥深くの拘置所に収容されているルシアスの救出するために地下に向かっていたが、どうやら気づかれたようだ。
しかし、そう簡単に戻れないところまで来てしまっている。何とか、こちらに来ないように地上にいるウロボロスであるキルルとキララに司令を送る。
『まだレヴァイアサンもルシアス様の救出はまだだ。狭い屋内な上に二人しかいない中で敵兵が押し寄せられては不利だ。何とかこちらに向けさせないようにキルルとキララは、地上で暴れろ!』
『了解しますた♪』
『ラジャーラジャー♪』
陽気に応じてから、皆殺し♪ と二人で詠いながら〈念話〉を切った。
残酷で無邪気な双子の出陣だ。ただでさえ、無限にある魔力に不死の力を持つ子供である。
聖獣を相手にするには、そこまで化け物じみた種族でなければ抑えることは出来ない。
キルルとキララに任せればいいと安心してルシアスが収容されている牢がある地下二十六階に辿り着いた頃。
キルルとキララが〈念話〉を送ってきた。
『まずいよ! 聖獣が二人もいるよ』
『煌焔に地弦だなんて、ちょっと聞いてないよ〜!』
◇
「いつになったら会えるんでしょうか?」
「さあ。わからないな。取り敢えず、あの双子を取っ捕まえて、居場所を訊くのが妥当だろう」
「そうですね……。可愛らしい少女たちを取っ捕まえることには、引け目を感じますが仕方ありませんね」
地弦は、胸の前で一拍してから両の手を地上に付ける。すると、土気色の魔力を躯が帯び、両の手を伝って地上に流れていく。
地弦の魔力が、地上──荒野の範囲に染み渡った。
「【鳥籠】」
声を上げたと同時に、長い橙色の髪を三つ編みに括った少女の下──地上が取り囲むように膨れ上がった。
顔が瓜二つの少女たちは、水銀色の瞳を細めて、整った造作の面を悔しげに歪める。
双子は危機を察して、まだ塞がれていない上空に逃げようと飛び上がる。
双子の少女たちが脱出しょうとした上空には、一人の影が立ち塞がった。
「小さきお客さま、せっかくボルコナの首都カグツチに来てくれたんだ。ゆっくりと話そうじゃないか」
「邪魔ッ!」
「死ねッ!」
立ち塞がるのは朱雀──煌焔だ。周囲は玄武──地弦が塞いでいる。しかし構わず少女たちは速度を落とさす、突っ込んでくる。そんな彼女たちに、煌焔に肩を竦める。
「何だその言葉遣いは、礼儀がなってないな。これは大きなお世話だが────叩き直してやるっ!」
全長百七十メートルの燃え盛る炎槍を召喚させた煌焔は、下方──双子の少女たちに向けて生えていく。遅れて、どうん、という轟きが空間を圧し、さらなる爆炎が盛り上がった。
二回、三回、続けざまに炎槍が空中で火線を描きながら、向かってくる双子へ襲いかかる。
双子の少女は片方の掌を前にして〈結界〉を張ろうとするが、煌焔の一切容赦ない炎槍が掌を貫いて阻止した。
「うわっ!?」
「くあっ!?」
掌ごと炎槍は双子たちを地面に引き戻し叩きつける。
すぐに起き上がり臨戦態勢を取ろうとしょうとして彼女たちの躯の動きを封じようと炎槍が、次々と、炎槍が貫いていき、身動きが取ることは出来ない。急所は僅かに外しているが、 暗色の外套を纏い、身体の各所を、ベルトのようなもので締め付け、鎖に繋がれている手の両足と首には錠が施されいる少女たちの姿に何も思わない煌焔ではない。
「他者のファッションについて、とやかく言いたくはないが……そんな大罪を犯した咎人か、猟奇的な被虐快楽者みたいな格好は主の趣味か……?」
「うるさいっ!」
「とやかく言いたくないなら言うなっ!」
そんな拘束衣のような鎧には、漲る魔力が満ち溢れている彼女たちは、煌焔の言葉にぞんざいに言いながら、自分の躯を封じる炎槍をどかそうともがく。
「何これ外れないよ……」
「躯を傷つけずに、絶妙に魔装を貫くとか逆に鬼畜じゃないのあのオバハン」
「おいこら」
煌焔の低めの声が双子たちの鼓膜に届く。
「それ以上の発言したら、若気の至りとしても妾は容赦なく潰すぞ」
彼女たちが掌を貫いた時に取り落としてしまった巨大で重厚なハルバートを念動力で操り、持ち主である双子たちに巨大な刃を向ける煌焔。彼女の表情が憤怒に彩られ、思わず押し黙ってしまう。
その瞬間、動きがなくなったところに地弦が彼女たちの周りに魔力封じの檻を構築し、閉じ込めると同時に、手、足、胸、腹と躯に煌びやかな光が幾重に巻きついていき、拘束される。身動きがとれず、魔術を行使はできない。鳥籠に閉じ込められ、拘束された双子たちの前に地弦がゆったりとした面持ちで歩いてくる。
「ダメですよ。ホムラちゃんにオバハンと言っては。女性として、年齢は気になるんです。いくら不死でも。あなた方も時期にわかりますから、言葉がブーメランとして返ってこないように口を慎むことをおすすめしますよ」
にこやかに、好意的な微笑みを讃える地弦。
そんな彼女に反抗的な表情を向ける双子。
「厭だね」
「オバハンはオバハンでしょう」
「それにきみたちは敵」
「従う必要ないし」
「あなたみたいなオバハンの説教なんて聞きたくない」
「そうですか……」
地弦のにこやかで好意的な微笑みが影が帯びるのを煌焔は感じ取り、あちゃー、と顔をしかめる。
地弦は、一歩一歩と近づく。踏み出す度に表情から笑みが消えていく。笑みが消えて現れたのは般若だった。
「長生きしている者に対しての礼儀がなっていません! 今から指導しますよ!」
「ひー!」
「やー!」
双子たちの悲鳴が鳥籠に鳴り響いた。
煌焔は、地弦が憤怒の表情で彼女たちに鬼教官の如くスパルタ教育しょうとしている光景を一瞥して、肩を竦める。
地弦は、煌焔と同じく長命である。不老ではないが、童顔のためにそうは見えない。
人間的外見は、十八〜二十歳くらいには見える。聖獣の中でも比較的に若く見える人間態をしている。イフリート──レンが一目惚れしてしまうほどの可愛らしい分類の顔に加えて誰でも優しく、怒った試しがないが礼儀作法には厳しい。シルベットとゴーシュに煌焔に対してオバハン扱いされた時に、怒り狂いそうになった比にはならないながらも、歳上に対して口答えに関して、何か言いたくなってしまう。
地弦は、戦士というよりは教職員気質だ。普段は優しいが、こういった礼儀作法が悪い輩にはどうしても黙っていられない質だ。それ故の性分といえるが、彼女としては、彼女たちのために言っているだけだが、彼女たちからして見れば余計で大きなお世話であるのは間違いない。
「教えてやるのもいいが、ロタンについても訊いてやれよ。妾はなんか、もう眠い……いくら不老不死とかでも一ヶ月は徹夜で寝てはおらん。相当に来る。当たり前だがな……だから、早く済ませたい」
長く続かないように、地弦にそれだけ伝えて、煌焔は少し厭な予感が過った。それは背中に冷水などを浴びせかけられたかのような悪寒だ。
亜人は高い治癒能力があるため人間がかかる風邪など比較的に引かない。だから風邪ではない。だとしたら、この悪寒は何なのか。亜人──特に聖獣たちの悪寒は高確率で悪い予感で引き起こされる。
それを考えながら、地弦を見た時、地弦も悪寒を感じたのか、こちらを向いた。
もしやと思い、収容施設を見た瞬間──
一際強い光が上空で炸裂し、煌焔と地弦は一瞬顔をそむける。
巨大な爆発のようにも見えたが、収容施設は破壊されていない。光が収まって視線を上空に向けると、何かがそこにいることに気付いた。
青空に一点だけ墨に塗り潰されたかのような闇を纏ったそれは胸の裡を埋める万感の思いを言葉に乗せる。
「〈絶望〉は、滅びない。この世に生きとし生きる者がいる限り、どんなに足掻こうがなくなりなどしないのだ」
謳うように言ってから、両手を、広げる。
「──さあルシアスの復活だ」




