表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/143

第二章 二




 室内には、テーブルが二つあった。一つは中央、もう一つは室内の隅。どちらのテーブルにも折り畳み式のパイプ椅子が側に置かれている。恐らく人間界──日本製のパイプ椅子であることがわかった。テーブルの上には何も置かれてはいない。ライトが取り外しが出来ないようにテーブルに固定されている。外からの光をふんだんに取り入れる窓には、格子が嵌めてあった。


 だからといって、暗い雰囲気はなく、病院のカウンセリングコーナーと遜色ない清潔さと無機質な明るさがある。


 銀髪の青年──ゴーシュ・リンドブリムは簡単な身体検査を受けた後、彼を連行してきたのは、白い法衣を着たサングラスをかけたパンキーな髪型をした男性だ。これほど法衣が似合わない男性がいるだろうか、むしろ派手な衣装を着てディスコで踊っている方が似合っている。アフロ頭をした白い法衣の男性──バララ・ルルラルに言われるがまま、ゴーシュは部屋の奥側にあたる椅子に座った。


 そしてバララ・ルルラルは向いの入り口側に席に座るとサングラスを外す。


「さあ。〈ゼノン〉の在処とこれまでの逃亡劇について、お聞かせ頂こうか」


「随分と意気込んでいるところを悪いけど知らないよ。それよりも取調室が人間界寄りになってきたじゃないか。逃走をはかれないようにご丁寧に術を編み込んでいる以外は、人間界の──日本の警察ドラマや映画に出てくる取調室と装いが同じだ」


「そうだな。人間界との友好関係が上手くいったら、人間たちがこちらに訪れるかもしれんからな。全てが良い人間とは限らない。従来の取調方法では、種族差別や世界差別が起こるかもしれない。それで比較的、大人しい犯罪者は此処で取り調べをしている」


「へぇ。ボクが居ぬ間にハトラレ・アローラも変わってきたもんだね。すると、隣室はこの取調室を監視できる部屋があって、あの鏡の中から見ているのかい?」


 ゴーシュは、壁に面した長方形の巨大な鏡を指をさした。それは、取調室を外から確認できるようにしてある透視鏡である。取調室からは、監視されていていることは分からないようになっている鏡に見える窓といっても差し支えない。透視鏡の向こうには、取り調べの監督責任者を置き、より適正で公正な取り調べが行なわれるようされているのだろう。人間界──日本では、二千八年からは、冤罪などの防止のため、取り調べの一部を録音、録画することになっていたことを思い出す。それに倣い、ハトラレ・アローラでもとり得ている。


「……わかっているのなら仕方ねえな。ゴーシュ・リンドブリムはハトラレ・アローラでは有名人だ。お偉いさん方がそこで揃い踏みで見ているよ」


「それは嬉しいね。でもボクにはかわいい可愛いカワイイ愛する義妹がいて、心の中はいっぱいなのさ」


「何か飲み物……といっても麦茶しかないが、飲むか?」


 バララ・ルルラルはゴーシュの発言を無視した。無視されたゴーシュは別段気にすることなく、首を横に振る。


「いいや。取り調べを始めようじゃないか」


 そう無駄に爽やかに微笑み、ゴーシュとバララ・ルルラルが対面してから十分間は自分の氏名と住所などの確認を行い、その後、人間界日本──四聖市で起こった出来事について調書を取ってから、バララ・ルルラルは訊いた。


「さあて、此処からが本番だ。──ゼノンはどこに隠した?」


「知らないよ」


「そうか。そう簡単に割らないねえよな……」


「残念ながら、ボクはゼノンの在処は知らない。嘘を吐いていると疑うのなら、人間界にある嘘発見機でも〈真偽〉やら術式を発動させてでも調べればいいさ」


 わかった、とバララ・ルルラルはゴーシュが発言に虚偽があるかどうかを彼に言われた通り人間界製の嘘発見機と〈真偽〉等の術式を要して同じ質問を行った。どちらも嘘を吐いている可能性は低く、真実しか口にしていないとわかった。




 その間、隣室でいた元老院議員やら憲兵の上官たち、そしてファーブニルのオルム・ドレキはその様子を窺っていた。


 彼が盗ったということは、監視カメラには撮られており、証拠映像として残されている。だが、映像には少しばかり修正を加えられた後が僅かに見られた。それは、些細な映像と映像を切り離して、前後を逆転にしただけのものである。恐らく〈アガレス〉がガゼル議員に成り済まして、ガゼル派である元老院議員らが編集したものであることはガゼル派への取り調べを行い、わかっている。これにより、“守護龍と巫女を惨殺し、ゼノンを奪った線”は消えた。だからといって、ゴーシュの在処は知らないといったが発言でゼノンを盗ったという容疑が晴れたわけでもない。


 映像は前後を逆転させただけの編集である。つまり、ゴーシュはゼノンを手にしたことには変わりはない。勿論、その映像が創られたものだと考慮して、何度も確認した上で、“ゴーシュがゼノンを手にして何処かに消えた”という映像には手を加えられた痕跡はなかった。つまり、ゴーシュがゼノンを持ち出したことは真実である。


 バララ・ルルラルはあくまでもゼノンをどこに隠した? と最初に訊いた理由は、既にゴーシュがゼノンを持ち出したことをわかっていたからだ。そして、その質問で彼が置かれている状況を考える。ゼノンが何処にあるのか、という質問にゴーシュは知らないと返した。それに嘘発見機も〈真偽〉等の術式により嘘はない。


 だとしたら、ゴーシュが置かれている状況を考えて、ファーブニルのオルム・ドレキが最優先事項として、バララ・ルルラルに〈念話〉で指示をする。


『彼が今まで何処で何をしていたのかを問い詰めたまえ!』


 頭の中でがなりたてるかのように響くファーブニルのオルム・ドレキの声を喧しそうに聞くと、眼前にいるゴーシュに問う。




「これまで、どこに身を隠していた?」


「さあ〜ね、あちこちと転々していからね。アメリカやブラジル、中国に韓国、ロシアやヨーロッパ地方にも行ったね。あと、アフリカやオーストラリアにインド、そして──日本。潜伏先も教えてあげるよ。徹底的に裏取りしてくれても構わないさ」


 余裕の微笑みでベラベラと話すゴーシュ。バララ・ルルラルはゴーシュの顔を観察した。ゴーシュの視線は座っている自分に置かれている。ゴーシュはバララ・ルルラルの視線を感じたのか、視線を合わせて微笑みかけてくる。やあ、と小さく手を上げてウィンクしてくるオマケ付きだ。


 バララ・ルルラルが少しだけ考え込む。ゴーシュは何も訊かれなくなったことにつまらなくなったのか、人間界──日本の警察と同じ作りの取調室を見上げている。見学にし来た子供のように憲兵の取り調べを興味津々としているそれである。


 様子を観察するバララ・ルルラルに気づくと、ゴーシュは自分にはゼノンを盗ったことはない善良な市民です、何をしても出てこないよ諦めな、といった余裕の微笑むを向けてくる。つまり、どの場所もゼノンを隠している可能性は低い。ゼノンを隠しているのなら、こうも容易く話さないだろう。恐らくゴーシュが口にした場所にはゼノンはない。


 しかし、裏をかいてあるかもしれない可能性も少なくはある。念のために捜索するとして、別な観点から攻めるべきだろう。


「そうか。その発言に嘘はないか捜索しょう」


「どうぞどうぞ。好きなだけ探すといいさ」


「では、次に質問だ。──貴様は、ゼノンを誰に渡した?」


「渡すも何もボクは盗っちゃいないよ」


 想定内の質問だったのか、ゴーシュは早く答えた。それがあらかじめ、そう答えると決められていたようで、逆に怪しいと感じてしまう。


「そうか……」


 バララ・ルルラルは頷き、〈念話〉で透視鏡の向こうでゴーシュに〈真偽〉の術式をかけている部下に呼びかける。


『どうだ?』


『そうですね。嘘を吐いている様子はありませんが、先ほどよりもほんの少しだけ動揺が窺えます』


『ほんの少しだけか……』


『はい。ほんの少しだけです』


 ゴーシュの様子をバララ・ルルラルは窺う。彼は微笑みを絶やさずにこちらの様子を見ている。不自然なくらい動揺がない。疲れを隠す事もしなければ、バララ・ルルラルの取り調べを実に楽しそうに受けている。


 ──何を楽しそうにしてやがるんだ……。つまり、ほんの少しだけ嘘を吐いているということ何だろう仔龍が……。


 バララ・ルルラルは余裕の微笑みがまだ崩れないゴーシュに腹立ちながら、心の中で毒づくと、彼の頭に声がした。


 ゴーシュの声である。


『実に形式通りの取り調べご苦労様だねバララ』


『何だ急に〈念話〉で伝えてきて、取り調べしているんだ口で話せゴーシュ』


 バララ・ルルラルは〈念話〉で伝えてくるゴーシュに注意をすると、眼前の彼が微笑んだ。


『まあ。ここからは〈念話〉との同時に進行することにするよ。何故、そんな手間をしてまで伝えようとするかは察してくれ。その上で、これから伝えることをバララの判断で透視鏡の向こう側にいるお偉いさん方に伝えるかどうかを判断してほしい。まずは、口裏も合わせた上で訊いて貰えると嬉しいね』


『…………わかった。何をだ?』


 バララ・ルルラルは少し考えた上で、いつでも〈念話〉で隣室に伝える準備を整えてゴーシュが〈念話〉に意識を傾けながらも口裏を合わせた。




「此処ってカツ丼出るの?」


「カツ丼は出ない。八時間に一回に休憩時間がある。その時に比較的に軽犯罪には食事を用意している」


「食事休憩にはカツ丼は出ないのかい?」


「カツ丼を出して居座れては困るからな。食事といってもそこら辺にある弁当が出される。それまで食事休憩は無しだ」


「弁当の中にはカツはあるのかい?」


「さあな、大体はサンドイッチにサラダと鶏肉だからな。カツはないんじゃないのか」


「それは残念だ。取調室が日本的にも拘わらず、弁当は少し欧米なんだね」


 あれからファーブニルのオルム・ドレキはゴーシュが口を割るのを辛抱強く待った。でも、いくら問い詰めても口を割らない。あまつさえ、食事休憩でカツ丼は出るのか出ないのか、弁当にはカツが入っているのかいないのか、といった話をし、はぐらかされてしまう始末だ。


 ゴーシュがこれまで身を隠していたとされたところを捜索したがゼノンは見つからなければ、手掛かりは一切なかったと報告を受けて、ファーブニルのオルム・ドレキは苛立ちを隠しきれない。


 持ち出したという映像はあるにも拘わらず、確証であるゼノンがゴーシュの手元にはない。誰かに渡したというとしたら、一体誰に渡したというのか? 渡した理由とは一体何なのか? まだ、彼を裁くだけの立件が揃ってはいないのだ。


「がっつり日本に合わせているわけではない。世界各国の良いところを取り入れている。それにサンドイッチなら手は汚れないだろう」


「おにぎりでもサランラップで巻けば手は汚れないさ。人間界には、サンドイッチのように片手だけで持てて食べられるおにぎりもあるということをわかった方がいいのさ」


「なるほど」


 バララは頷く。


「わかった。それについては検討しょう」


 そうバララが答えると、ゴーシュは微笑んだ。


「それは嬉しいよ。ところでバララはおにぎり派かい? サンドイッチ派かい?」


 映像はあるのに、その映像に映っている彼は何も語らない。それどころか、ゴーシュは暢気にもおにぎりとサンドイッチのどっちが好みか、を取り調べをしているパンキーなアフロヘヤーの男性──バララ・ルルラルに訊いている。


 ファーブニルのオルム・ドレキは苛立ちながら、〈念話〉で怒鳴り散らす。


『無駄口を叩かせるな! 重要な部分だけを問い詰めろっ』


『はいはい……』


 バララから面倒くさそうな応答が返ってきた。




『…………バララ・ルルラル──貴様……上官に対して、何と失礼な態度で返答している? くだらない話をしていないで、真面目に取り調べを────』


『今真面目にやっている最中だ。被疑者を口を割らせやすくするために、話しやすく事件に関係ない話をしてリラックスさせているんだ。いちいち、〈念話〉で怒鳴り散らすなっ! 頭の中で響いて集中が出来ないだろっ』


 ファーブニルのオルム・ドレキの声を遮るようにバララ・ルルラルは一喝した。


 こちらはこちらでゴーシュから供述させようとくだらない口裏を合わせながら、〈念話〉で話を訊いているというのに、と急かしてくる上官──ファーブニルのオルム・ドレキに舌打ちをする。


 その様子を見ていたゴーシュはバララ・ルルラルの状況を察した。


「急かされているのかい?」


「どうやらお前の熱烈なファンが自分の作り上げたシナリオ通りに動かないことで苛立っているらしい。今こちらに怒鳴り散らしながらクレームが入っているよ」


「そいつは、困ったね。決してそれが正しいわけではないのに…………、上官の妄言に動かされることはないよ。事実に反することはボクは断固として話す気はないからね」


 ゴーシュは肩を竦めて言うと、バララは心の奥底では同意したが頷くことはせず、気分を変えるためにアフロ頭を両手で整えてから話はじめた。


「さあ、続きを訊かせてもらおうかゴーシュ?」




『ゼノンに関してだが、ボクは持っていない。これは本当さ』


 ゴーシュがカツ丼の話題を出した時に〈念話〉で伝えてきた一声はそれだった。先ほどの取り調べの続きである。それだけならば、わざわざ〈念話〉で伝える意味がないと思えるが。


 バララはわざわざ〈念話〉で伝えなければならない意図を探りながら、ゴーシュの言うとおりにしばらく〈念話〉と同時進行で対話することにした。


『持っていない? それは一体、どういうことだ……。誰かに渡したというのか』


『誰かに渡したわけじゃない。第一に、ボクは彼──ゼノンを強奪したわけじゃないからね』


『それは一体どういう意味だ……。監視カメラには、ちゃんとゼノンを持ち出した貴様が映っていたぞ』


『それが本当に強奪というのをやめろといっているんだよ。まず、“強奪”という言葉の意味を今一度、わかってもらいたいね』


『貴様は、オイラを莫迦にしているのか……?』


 不機嫌そうに眉を寄せるバララ・ルルラル。そんな彼を見て、ゴーシュは面白がるような顔を浮かべる。


『いいや。バカにしていないさ。ただ単に、“強奪”というのはさ、暴力や脅迫によって強引に奪い取ることという意味でボクのしてきたことに当たらないということを伝えたいのさ。ボクはちゃんと、彼──ゼノンに許可を入れてあるんだからね』


『それは一体どういうことなんだ……』


『だから強引に連れ出したわけではないということさ。生剣が行きたい場所に持ち主以外が連れ出してはいけない法律はハトラレ・アローラにはないだろ?』


『確かにそうだが……』


 生剣を誘い出し、その本人の意志とは関係なく連れ去ることを強奪──誘拐となるが、本人の意志によるものなら強奪や誘拐とはならない。善悪がまだ判断できず、身体的な能力も大人よりも弱いとされる幼子の場合ならば、保護者の同意が必要だが、生剣は後継者がいなければ、生剣の意志が重要視される。ファーブニルのオルム・ドレキは後継者がいない間にただ単に守護していただけで、後継者でも所持者ではないのだから。


 善悪がまだ判断できず、身体的な能力も弱いとされる幼子と違って生剣は、元は成熟した龍神の魂を宿した武器である善悪の判断もあり、ただ動き回れるような手足はないものの、身体的な能力も高い。


 意志を持つ生剣を連れ去り監禁して、欲求を満たすためだったり、破壊して別な生剣として作り直すといった方が重罪である。ハトラレ・アローラの刑法では、基本的に生剣の同意がない連れ去りは、三十年以上七百年以下の懲役に処するとしている。ゴーシュの言うとおり、生剣──ゼノンの同意があったとするなら、刑罰には触れられないが、それにはあくまでもゼノンの証言が必要である。


『それを立証するには、ゼノン本人の口で語らなければならない』


『そうしたいのも山々だが……ファーブニルのオルム・ドレキには言うなと口止めされている。現在は、“二人いる次なる継承者のうちの一人”のところで楽しくやっているからね』


『次なる継承者が二人……?』


 ゼノンの継承者が二人いることが初耳だったのか、バララ・ルルラルは驚きに目を剥いた。


 その直後に、ファーブニルのオルム・ドレキから〈念話〉で怒鳴り散らされて、話が中断してしまった。


 気を取り直すように、『さあ、続きを訊かせてもらおうかゴーシュ?』と〈念話〉でも同じことを言うと、ゴーシュは「いいよ」と頷き応じる。


「ボクは、おにぎりが好みだね。具材は梅干しに鮭かな。ツナマヨもいいけど、義父の手作りおにぎりが何故か忘れられない。梅干しは自分で漬けていたのを使っていたのもあるし、鮭は釣れたてのものを捌くところから作っていたのもあって実に美味しかったよ」


 義父──水無月龍臣との思い出を語りながらおにぎり派だと語る中で、ゴーシュは〈念話〉でバララに伝える。


『そうさ。次の継承者は二人いる。どちらも見知った人物であることは教えておくよ。それを知った上で、バララは透視鏡の向こう側にいるお偉いさんに伝えるかい? そこに嫉妬深いファーブニルのオルム・ドレキがいても』


「そうだな。オイラは、おにぎり派でもサンドイッチ派のどちらでもない。食糧というのは食えれば気にしない質だったがな。貴様の話を訊いて、おにぎりに少しながら興味が出たよ。今度、昼間に梅干しと鮭のおにぎりを食べようと思うよ」


 バララはそう口で返答しながらも〈念話〉を返した。


『そうだな。この話を隣室のお偉いさん方に伝えたとしたら、自分たちで作り上げたシナリオとかけ離れ過ぎて叛乱しかねないだろうな。特に、ファーブニルのオルム・ドレキはその二人いる継承者を血なまこにして探しかねないだろうな……』


 バララ・ルルラルはゴーシュが食糧の話題で口裏を合わせてまで〈念話〉でそのことを伝えてきた意図を理解して、心中で嘆息した。


 ファーブニルのオルム・ドレキは嫉妬深く、独占欲が高い財宝蒐集家だ。ゴーシュから〈念話〉で伝えられたことをファーブニルのオルム・ドレキに伝えれば、二人の継承者を探し出し、最悪な場合は、ゼノンを奪い取るために二人を暗殺して手中に収める可能性は否定出来ない。


『まあ。それを伝えるかどうかバララに任せるよ。もしゼノンの証言が欲しいというのなら、今の継承者のことも教えてやってもいい。ファーブニルのオルム・ドレキに伝えないという条件付きだけどね』


『わかった……。継承者の命を確保できるまでは、ファーブニルのオルム・ドレキには悪いが、ゼノンが次の継承者に無事に渡ったことを知らせないでおこう』


 そうバララは〈念話〉で伝えると、ゴーシュは今度はサンドイッチについて語り出しながら、ゼノンの継承者についてと置かれている状況について教えてきた。




 ファーブニルのオルム・ドレキの感覚では三分ほど、実際には一分ほど、ゴーシュとバララは見合ったまま、何も話さない時間があった。それから突然バララは「え…………」と声を漏らし、顔を驚きの色に染めた。しかし、その表情もほんの一瞬だけ。すぐに、ゴーシュが堰を切ったように無駄話を話し出した。それに窺わせるものがあった。


 彼等の行動に違和感を感じる。傍目では何の変哲もない形跡通りの取り調べである。逆にそれが白鳥が見えない水中で激しくバタ足をするように、彼等が何かを隠しているように思えてならないのだ。ファーブニルのオルムは二人が〈念話〉でやり取りしているじゃないかと思い、取調室に仕掛けてある術式を発動する。


 盗聴・盗撮を恐れて取調官に〈念話〉で直接教えることが稀にある。それを防ぐために、取調室に発動した〈念話〉を強制的にこちらに流せるように術式をあらかじめ壁、床、天井と室内の至るところに編み込まれていた。それを発動すれば、彼等が〈念話〉でやり取りしている内容が筒抜けとなるだろう。


「おい! 取調室にあらかじめ編み込まれている〈念話強制傍受〉を使えっ!」


 ファーブニルのオルム・ドレキは、取り調べの監督責任者を怒鳴り散らすと、彼は「は、はい……」と戸惑いながら応じた。




『え…………』


 ゴーシュが〈念話〉で伝えてきたことに、バララは思わず〈念話〉と驚きの声を漏らしてしまう。


 それは無理はない。ゼノンの後継者が異世界である人間界に住まう、これまでハトラレ・アローラとは無関係の人間の少年──清神翼と、ハトラレ・アローラでは禁忌と巣立ちの式典で問題行動を起こしたことで何かと噂が絶えない人間と銀龍族の混血の少女──水無月シルベットであることもさることながら、ゼノンが清神翼の中にいることを【創世敬団ジェネシス】が既に知っていること、ゼノンは清神翼の中にいる間は外部から魔力を得ない限り、顕現することは出来ないということだ。


 驚きのあまりに、一分ほど沈黙してしまった。それからが長く感じるほどの沈黙が室内を覆い、ここに存在していない機械式の時計がカチカチと静かに時間を刻んでいるような不思議な錯覚が襲われる。このまま、変に間が空けてしまった状態が続けば、〈念話〉で対話していることを勘づかれてしまう恐れがある。ゴーシュは堰を切ったようにサンドイッチについて話し出したと同時に、〈念話〉で捲し立てるように伝える。


『【創世敬団ジェネシス】は清神翼の中にゼノンがいることを知っている。ただゼノンは魔力がなければ顕現できない。人間に魔力があるだなんて稀だからね。何らかの方法で外部から魔力を与えると顕現できるようだけど……魔力慣れてしてない人間に高濃度の魔力を与えるとどうなるかわかっているだろう』


『ああ。確か……高濃度の魔力を与えてしまうと、人体が耐えられずに破壊される。運よく人体が破壊されなくとも、“もう普通の人間に戻れなくなる”ということだろう』


 人間は、身体能力は普段三十パーセント、知的能力はほとんど、あるいは十パーセントかそれ以下の割合でしか力を発揮できないように創られている。百パーセント以上は精神や肉体に負荷がかかり破壊もしくは損傷をし、生命維持に支障を与えかねないからだ。人間の脳の約九十パーセント以上は生命維持として機能している。それは休むことなく、睡眠は体の単なる休息ではなく、睡眠時でも脳は自発的に眠りながらも重要な生理機能を担っていながら生命維持のために動き続けなければならない。健やかな睡眠を維持し、自律神経やホルモンなど様々な生体機能を整え、免疫力の向上、老廃物の除去を行っている。


 生命維持に関わるほどの過負荷は自動的に力を制限して、人体が耐えられる範囲で機能できるようにされている。生命維持に関わらないだけの筋力と知力を高めれば、潜在能力を少しずつ発揮できるようになるが、流石に百パーセントもの解放することは難しく、不可能に近い。亜人も筋力と知力を高めて潜在能力を発揮していることと変わらない。ただ、人間と亜人の違いは魔力を保留しているかいないかの違いだろう。


 人間の殆どは、魔力というものはない。だからこそ、人体にとって、抑制していた精神と身体の限界を無理矢理に高めて、耐えられる範囲を超えてしまう魔力は異なる力である。このままでは、生命維持に関わる魔力を排除しょうとするのは、当然といえる。


 魔力や霊力といった類いの力は、人体に影響を与えない程度に慣れさせると同時に、魔力や霊力を行使しても、生命維持に悪影響に与えないように体力と知力と同じように鍛えて、リミッターが外れても人体の許容範囲内に収まるように高めた方がいいとされている。要は慣れと力の向上が大事ということだ。


『魔力に慣れさせて鍛えない限り、清神翼はゼノンを維持するどころか顕現させることは出来ない。何の準備もしないで使えば、人体は破壊してしまうだろうからね』


『ゼノンが顕現しなければ、貴様のゼノン本人から頼まれてら持ち出した、という証言は出来ないぞ。さらに事態は深刻だ。【創世敬団ジェネシス】がゼノンを奪い取ろうと清神翼に戦いを仕掛ければ、呆気なく奪い取られてしまうじゃないかっ』


 アフロヘヤーを掻き乱して顔に焦りの色が濃くなっていくバララ。〈念話〉の内容を知らない隣室からは、なかなか口を割らないゴーシュに焦りはじめていると映っているだろう。カモフラージュには持ってこいだが、焦らせ過ぎるとボロが出てしまいかねない。モコモコとしたアフロを無造作に掻き乱して頭を悩ませているところをもう少し見物したい衝動を抑えながら、〈念話〉で伝えた。


『それに関しては、大丈夫さ。安心していいよ。我が愛しい義妹──シルベットをわざわざ下等生物の人間の少年──清神翼を守護させる任務に就かせた思っているんだい? テンクレプは十分に状況を理解しているよ。キミは、ファーブニルのオルム・ドレキに知られないように人間界──日本、四聖市に赴き、ゼノンから調書を取ればいいのさ。あと、隣室から術式の発動による波動を感知した。キミの「え…………」によってファーブニルのオルム・ドレキに怪しまれたのかもしれない。残念だけど、勝手に切らせてもらうけど悪く思わないでくれ』


 茶化しながらも一方的に早口で伝えると、最後に言ったように〈念話〉を強制的に打ち切られたバララは、不意にゴーシュを見た。ゴーシュは、もう〈念話〉で伝えなくともやるべきことはわかっているだろ? と言わんばかりにバララに微笑みを向けてくる。


 ──わかったよ……。


 バララは苛立しげに舌打ちしてから微笑み返すと、顔の前で手を組み、口を開いた。


「もう昼だ。おにぎりかサンドイッチかはわからないが、昼メシを食べて、充分に休憩を終えたら、改めてみっちりと取り調べしょう。無駄話をしていた分だけ、ちゃんと証言してもらうからな」


「それは楽しみだ。御手柔らかに頼むよ」




 取調室から〈念話〉は傍受できなかった。術式の行使も感知しなかった。傍受する寸前で気づいてやめたのか、はたまた話を終えてしまったのか、ファーブニルのオルム・ドレキはゴーシュ・リンドブリムとバララ・ルルラルを訝げに見据えていると、彼の頭の中に〈念話〉で伝令が入った。ゴーシュか人間界で身を潜めていた国に向かった捜査員の一人である。


『ゴーシュ・リンドブリムが身を潜めていた国の一つに、彼の同期生にして、元【部隊員チームメイト】の白蓮がいました』


 どうしますか? と確認してくる捜査員。白蓮はゴーシュの同期生にして元【部隊員チームメイト】という立場である。彼は白龍族の中でも随一とは言わしめた性欲の持ち主であり、皇子という権力を大いに振るい、種族昼夜問わずに異性との淫欲を貪り尽くしただけではなく、領地である北方大陸ヨルムンの北側の国民の保護を行わなかったどころか、災害時に改修・修復・補修するための運用費を私的に使い込んだ不届き者である。国民に使われる税金に手を出し、異姓の尻ばかりを追いかける彼は西方大陸ヨルムンのみならずハトラレ・アローラの中でも悪評高い。


 異性問題や脱税によって国をおわれたふしだら皇子が人間界にいたことに対して、ファーブニルのオルム・ドレキは、少し驚きはしたが、ゴーシュと白蓮の関係を考えるなら、匿っていた可能性があり、何らかの情報を得ている可能性がある。そのまま見逃す理由はない。匿っていた可能性を考慮して、早々と連行することに決めた。


『白蓮か……? ハトラレ・アローラ北方大陸ヨルムンを異性問題に関わる不祥事によりおわれた白龍族の皇子のことか……。何処かに行方をくらましたと耳にしていたが……────ゴーシュ・リンドブリムが身を潜めていた間、接触した可能性を考慮して捕らえて来い』


 ゴーシュに目を向ける。彼はすぐに捨てられる武器にもならない紙製の箱に入れられたサンドイッチを手にして、実に美味しそうに食べている。太陽のように晴れやかな笑顔で。


 ファーブニルのオルム・ドレキは笑顔でサンドイッチにありつくゴーシュに腹立たしげに見据えた。


 ──如何なる理由があろうと、我が宝であるゼノンに断りもなく触れたこと、あまつさえ持ち出したことは万死に値する……。


 ファーブニルのオルム・ドレキは、ゴーシュ・リンドブリムがゼノンが持ち出したことに正当性があったとしても赦す気はさらさらなかった。


 ──いくら無実だと、冤罪だと訴え、それが認められたとしても私からゼノンを引き離した罪には変わりはない……。


 〈アガレス〉──ガゼルがゴーシュ・リンドブリムを陥れようとして監視カメラの映像に手を加えられたことにより、守護龍と巫女たちを惨殺したことについての疑いは晴れたが、自分が大事にしていた宝──ゼノンに無断で手を触れたどころか、持ち出したことが赦すことが出来ない。独占欲が強い彼はゼノンを取り戻すこと、引き離した罪を償わせることしか考えてはいなかった。


 バララのあくまでも形式通りの取り調べに苛立ちが止まらない。さっさと牢獄に放り込み、罪を認めて居所を吐かせるまで詰問、拷問を繰り返した方がよっぽど早いと、ハトラレ・アローラの取り調べまでも人間界基準にしょうした元老院議員らの考えを甘いとして、暢気にサンドイッチを頬張るゴーシュ・リンドブリムに沸き立つ怒りが止まらない。


 笑顔で食事をするゴーシュに対して撲りたい衝動を必死で抑えながら、ゼノンの手掛かりを吐くまでは殺すことは出来ないことに憤りを禁じ得ない。これ以上、監視室でサンドイッチを実に美味しそうに頬張るゴーシュを見ていたら、我を忘れてしまいそうだと、ファーブニルのオルム・ドレキは冷静になるために監視室を出た。


 ──ゴーシュ・リンドブリム、貴様を私は絶対に赦さないぞ……。


 ──必ず……必ず、貴様を罰して見せよ……。


 ファーブニルのオルム・ドレキは監視室を苛立しげに出て、廊下を歩いていく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ